黒羽の影を追って
黒羽が再び動き出した――。
ギルドに届いた緊急の報せが、ハルトたちを新たな調査へと駆り立てます。
不穏さを増す黒羽の影、その裏に潜むものとは……。
訓練場での手合わせを終えたハルトとリュシエルが蒼風ギルドの広間へ戻ると、そこには普段の賑わいが嘘のような緊張が漂っていた。
カウンターの奥で地図を広げていたセシルが、二人に気づき、険しい表情のまま顔を上げる。
「……黒羽が、動いたわ。」
その一言に、空気がわずかに揺れた。
広げられた地図には、街の北西――小集落〈モルネ〉の名が赤い印で囲まれている。
「今朝方、モルネ近くで旅商人の一行が襲撃されたの。
現場には、黒い羽根が残されていた……。」
ハルトの胸が、冷たく震える。
あの夜、森で見た黒羽の光景が脳裏に蘇る。
冷たい闇の気配――それが再び現実に迫っていた。
「被害は?」リュシエルが問いかける。
声は落ち着いているが、その指先は短剣の柄を無意識に握っていた。
「幸い命を落とした者はいないわ。でも……重要な交易物資が奪われたの。」
セシルの言葉には、言いようのない焦燥がにじんでいる。
彼女は視線を上げ、真剣な眼差しで二人を見据えた。
「ガルドが討伐隊を率いることになった。――あなたたちも参加してほしい、と。」
その名が告げられた瞬間、背後から重い足音が響いた。
蒼の灯を受けて赤銅の髪が光り、琥珀色の瞳が鋭く二人を射抜く。
「モルネは街道の要だ。」
ガルドの声は、低く地を鳴らすようだった。
「黒羽がそこに足場を築けば、この街まで一気に浸食される。
放っておけば、次は市街が狙われる。」
ハルトは唇を結び、力強く頷く。
「……俺も行く。放っておけない。」
その言葉に、リュシエルも短く頷いた。
「黒羽を止めなければ、この世界にまた闇が広がる。」
腰の短剣がかすかに光を帯びた。
その輝きは、女神ルミナの加護そのもののように、静かで強い。
ガルドは地図の一角を指で叩く。
「日没までに出発する。霧が濃くなる前に森を抜けるぞ。
夜のモルネは……ただの村じゃなくなる。」
彼の言葉には、戦場を知る者の冷静な重みがあった。
ハルトは長剣の柄を握りしめ、リュシエルと視線を交わす。
その瞳の奥に、同じ決意の炎が灯っている。
黒羽。
女神の刃。
そして、自分の失われた記憶――
それらすべてが、今向かう〈モルネ〉で交わろうとしていた。
確かな運命の糸が、静かに二人の背を押していた。
今回で物語は次の局面へ。
ハルトとリュシエル、そしてガルドが向かう集落モルネで、どんな真実が待ち受けているのか。
次回、黒羽との初の直接的な対峙が描かれます。お楽しみに。
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