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双紅弓刃

 瘴気の結界の奥。

 闇を纏った女が、ゆるやかに姿を現した。


 黒衣に身を包み、白い指先には揺らめく魔の火。

 赤黒い瞳が仲間たちを冷ややかに見下ろす。


「……ヴェルネ」

 セリスが杖を握りしめ、震える声で名を告げた。

 かつてフェリオーネの宮廷に仕えた魔導師。

 だが今は――黒羽の幹部。


 ヴェルネは薄く笑う。

「よく来たわね……その刃を携えて」


 その視線は、リーナの手にある双剣に注がれていた。

 リーナは息を呑み、構えを取り直す。


「……知っているの?」


「ええ」

 ヴェルネの声は、甘やかに響きながらも底冷えするように冷たい。

「かつて王家に伝えられた宝具――《双紅弓刃》。

 “秋の理を葬る”ために生み出された、抗いの象徴」


 リーナの瞳が揺れた。

 初めて聞かされる名と意味。

 それは、自分が手にしてきた刃の正体。


 ヴェルネは愉快そうにその動揺を眺め、続けた。

「だが勘違いしないことね。私の名は“秋葬”。

 秋の理を拒むのではなく、秋そのものを拡げ、抗う意志ごと葬り去る。

 あなたの刃が希望なら……私はその希望を根こそぎ刈り取る絶望よ」


 吐息と共に、大地が割れる。

 赤黒い炎が地を這い、獣の亡骸さえ影となって立ち上がった。

 異様な光景に仲間たちの背筋が強張る。


 リーナは震える唇を噛みしめ、仲間たちの方へ一度だけ視線を向けた。

 皆の目が彼女を支えるように返してくる。


「……愚かでもいい」

 リーナは深く息を吐き、双剣を握り締める。

「私は、この刃で抗う!」


 紅の光が弾け、双剣が閃いた。

 瘴気の闇を切り裂き、ヴェルネの気配へと飛び込んでいく。


 紅の光を纏った双剣が、闇を裂くように走った。

 リーナの踏み込みは鋭く、矢を放つ時の集中がそのまま刃へ宿っている。


「はああッ!」

 双剣が閃き、ヴェルネを切り裂かんと迫る。


 だが――。


 ヴェルネは微動だにせず、白い指先をわずかに払った。

 瞬間、赤黒い炎が渦を巻き、リーナの刃を受け止める。

 火花が散り、耳を裂く轟音が結界に響いた。


「……悪くない。だが、まだ浅いわ」

 ヴェルネの声は冷ややかで、どこか愉悦を含んでいた。


 衝撃に押し返され、リーナは数歩よろめく。

 熱で手のひらが焼けるように痛む。

 それでも双剣を離さず、必死に構え直した。


「……負けない……!」


 その背に、ハルトが並び立つ。

 長剣を振りかざし、リーナの前に迫る瘴気の影を一閃した。

「おまえ一人じゃない。俺たちがいる!」


 ガルドも大剣を振り下ろし、押し寄せる影を叩き伏せる。

 土煙の中でその巨躯は揺るがず、まるで仲間を護る盾のようだった。


 セリスが杖を掲げる。

「光よ――仲間を導け!」

 聖なる輝きが迸り、瘴気の瘴を押し退ける。

 彼女の喉は裂けるほど痛んでいたが、それでも声を切らさなかった。


 そして、リュシエルの短剣が疾風のように走る。

 ヴェルネの放った炎の余波を切り裂き、仲間に迫る火の粉を断ち払った。

「隙は必ずある……見極めれば、必ず斬れる」

 その言葉は、静かな決意と共に響いた。


 五人の力が重なり合う。

 再びヴェルネの正面へ、紅の刃と白銀の光、そして仲間の力が集束していく。


 しかし、ヴェルネはなおも余裕の笑みを浮かべていた。

「さあ……その希望がどこまで持つのか、見せてもらいましょうか」


 彼女の足元から、さらに深い闇が広がり始めた。

 結界そのものが脈打ち、まるで“秋”という理を呑み込むかのように。



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