5.面会、悪の親玉
2022年8月14日
鋼鉄の扉の先には地下に降りる階段があった。20段ほど降りたところで、少し開けた空間にたどり着いた。5畳半ほどの広さで、コンクリートの壁に囲まれた照明以外何もない無機質な空間。その床の中心に、直径2メートルはある円形の機械が据え付けられていた。
「あれは...?」
『テレポート装置だよ。アレでアジト、もといボスがいる部屋に直接転移するわ』
「へぇ...便利ですね」
『あまり驚かないんだね』
「いろいろ見てきましたから、この程度じゃもう驚きもしませんよ」
『そう...少しネタバラシしてあげる!』
テレポート装置の上に立とうとした僕は、ブラッドリッパーに肩を掴まれて止まる。楽しげだが、どこか哀れみを感じる声で、彼女は話し出す。
『君はこの後、私達と同じケオスギアに改造する手術を受けることになるよ』
「おぉ!それは願ったり叶ったり...!」
『その成功率は0.02%。今まで数え切れない程の人間がその手術を受けたけど...人間からケオスギアに生まれ変わった実例は一人しかいないわ』
「おぅ......狭き門ですね」
『貴方が受けるのは実質、処刑。それもこの手術は非常に残虐で激しい狂気を伴う...だから...』
そう言うもブラッドリッパーは最初に会った時と同じように、僕の首筋に鋭い爪を当てる。そして慈悲の感情が籠もった声で言う。
『ここで痛みなく殺してあげても...』
「お断りします」
『...そ、即答しなくてもいいじゃん...』
「だってその必要ありませんから。僕は必ず、確率の壁を飛び越えてケオスギアになります」
『ホントにいいの...?死ぬよ』
「ここで死ぬようなら僕はそれまでの男だったということ...やっと掴んだチャンスです。低かろうが何だろうが...僕はこの好機に賭けます」
彼女なりの優しい慈悲を無視した。ブラッドリッパーの口元は呆れた様子で笑っていた。肩を掴む手が離された、僕はテレポート装置の上に立つ。
『...ハハッ...君やっぱヤバい人だよ』
「さっきそうだと言いましたよ」
『...行ってらっしゃい、君が私達と同じ...ケイスギアになれることを心の底から願ってるね』
彼女が別れの言葉を行った直後。乗っていた装置が光りだし、僕の視界は一瞬でホワイトアウトした。
◇◇◇◇◇
2022年8月14日
車酔いしたような気持ち悪さと共に、ホワイトアウトしていた視界が少しずつ戻っていく。辺りを見回してここが何処か確認した。
『ようこそ...我らケオスギアのアジトへ。歓迎するぞ、赤矢 一二三』
そこは宇宙を支配する悪の皇帝が座っていそうな機械的な玉座が置かれている広い空間だった。映画のセットだと言われたらそうとしか見えない程、全体的にSFチックな内装をしている。
そして...そんな玉座に座る者も、アニメの世界から飛び出して来たような悪役の姿をしていた。
「はじめまして...何とお呼びすれば?」
『ガレン...貴様がもし同族になれたのなら、長い付き合いになるだろう』
「今後ともよろしくお願いします、ガレン様」
『ふっ...気の早い奴だ』
玉座に肘をついて座る機械生命体。威圧感の感じさせる軍服を身に纏っているが、特徴的なのはマネキンのようにのっぺらぼうな顔だ。右顔と左顔で色が異なり、右顔は黒色で左顔は光沢のある白、機械的な赤い目が右顔に1つ付いている。悪の親玉と呼ぶに相応しい容貌と雰囲気の持ち主だった。
『話は聞いていた。魔法少女と戦いたい、そのために魔法少女と敵対する存在になりたいと?』
「えぇ、その通りです」
『魔法少女とソレに敵対する存在を調べていたらしいな?我らのことはどの程度知っている?答えろ』
機械生命体、ガレンはそう言いながら足を組む。赤く光る1つの目が、言葉に気をつけろと語る。だが何も物怖じする必要はない。
「はっきり言ってほぼ知りません...魔法少女と敵対している機械の怪物、その怪物のいる組織名がケオスギア...ぐらいの情報しか持っていません」
『そうか...では冥土の土産に少し教えてやろう。我らが何者で、何を目的に行動しているのか、部外者に話せる範囲だがな...』
「いいんですか?ではお願いします」
『あぁ...話してやろう』
そう言うガレンから怪しい雰囲気があふれ出す。身の毛がよだつ様な殺気だ。これは...手術の前に殺されるかもしれない。けど恐れる必要はない、涼しい顔で受け止めながら大人しく話を聞く。
『ケオスギア...これは組織の名前でもあり、我らを指し示す種族名でもある。我らケオスギアはこことは別の世界から来た異種族、つまり異世界人だ』
『別の世界...じゃあ目的は世界征服ですか?」
『正解、我らの目的はこの星の支配者たる人間を絶滅させて、新たな支配者に成り代わることだ』
「人間の絶滅...ならその目的を阻害する魔法少女は宿敵ですよね?」
『その通りだな...何が言いたい?』
心の中でほくそ笑む、やはり交渉の余地はある。ここは自身の立場を嘘偽りなく伝え、その上で自身が有用であると思わせるしかない。
「僕の目的は魔法少女と戦い、殺すこと...それはつまり、人類を守る魔法少女と敵対することです」
『利害が一致している...そう言いたいのか?』
「えぇ、今の私が皆様のお力になれることはありません。ですが仲間としてケオスギアにさせて頂けてた暁には...全力で皆様の目的、人類の殲滅を手伝わさせて頂きたいと思っています」
『...何が貴様をその狂気に突き動かす?』
「一言で言うなら野望、叶えたい夢を成す為です」
『そのために我らを利用すると?』
「はい、ですから皆さんも僕を利用して下さい」
『...........』
考え込むように黙り込むガレン、重い沈黙が流れ始める。どうだろう...上手く交渉出来たか?震えを必死に抑えながらガレンの返事を待つ。
『貴様の発する言葉に...何一つ嘘はないな?』
「もちろん、必ずお役に立たたせて頂きます」
『...本来なら即刻殺すべきだが...その誠実さと、うちに秘めた狂気を認め、チャンスをやる。確率を超えてケオスギアになれ、もしも我らの同族になれたとしたら......貴様を仲間として受け入れてやろう』
「ありがとうございます...!」
そう言い終えると同時に僕の背後で扉が開くような音が聞こえた。振り向くと壁だと思っていた場所が扉のように開きだしているのが見える。そして、そこから誰かが向かってくるのも見えた。
『ガレン総帥、お話は終わりましたか?』
『終わった、手術の準備は?』
『完了しております』
『よし、紹介しよう。彼女はフロブロ博士、我らの技術開発担当だ』
フロブロ博士、そう紹介された機械生命体は異質で奇抜な容姿をしていた。
頭部と思われるボウリング玉サイズの球体。その中心には大きな一つの目が、球体からは無数の機械的な触手が延び、それらで地面に立っていた。触手で這いずるように移動し、僕の目の前に迫る。
『初めまして、君が赤矢くんですね?』
「は、はい...そうです」
『最善は尽くしますが、死んだとしても私を恨まないでくださいね?』
こんな見た目だが声は凛とした女性の声だ。強烈な違和感を感じるが口に出して言う勇気はない。大きな目でジッと見つめられる。
「構いません」
『分かりました、では行きましょう』
フロブロ博士はそう言うと後ろを向き、入って来た扉の奥に向かって這いずりながら進んで行く。着いて来いということだろう。
『さらばだ赤矢 一二三、縁があればまた会おう』
扉は僕が通り過ぎるとじょじょに閉まり始める。背を向ける僕に、ガレンはどこか期待を向けるような声をかけ