1.彼女は白銀の魔法少女
2022年5月13日
廃工場へ足を踏み入れた桜花さんの背中を追うこと数分、彼女は廃工場の敷地の最奥にある倉庫に入っていった。窓から差し込む夕日が照らす、薄暗く埃っぽい倉庫の中心、そこで彼女は足を止る。
「......ねぇ、いつまで隠れてるつもり?」
そして、ゾッとする冷たい声で、そう言い放った。
「つ!?」
「バレてるわよ。いい加減姿を見せなさい」
息を呑む、終わった!振り返って僕がいる倉庫の入り口を見ている!ストーカーされてるのバレてて誘い出されたのか!?どうする?これはもう素直に姿を見せて謝るしかない!軽蔑される、いや最悪警察か?どうするべきだ!?
そう迷っていた時だった。
『困りました...バレてたようですね...』
ソレは薄暗い倉庫の奥からこつ然と現れた。
「!?」
物陰から出しかけた姿を再び隠した。どうやら桜花さんは僕ではなく、今現れた奴に対して姿を見せろと言っていたようだ。それはいい、安心した!だが奴はなんだ!?慎重に物陰から桜花さんと倉庫の奥から姿を見せた奴を見る!
「そっちにいたのね。後ろの気配は...勘違いね」
『こんにちわ』
「...ここに何の目的があって来た?ケオスギア」
『目的?目的は話せません』
ケオスギア。桜花さんは奴をそう呼んだ。なら僕もそう呼ぼう。倉庫の奥から現れたそれは、まるでヒーロー戦隊の悪役の様な機械の怪物だった。
赤い8つの機械的な目が付いた黒色円柱型の頭部、2メートルはある人型の鋼鉄ボディ。何より目立つのは殺意むき出しの武装だ。両肩にはバルカン砲、両手にチェーンソー型のブレード。今の人間の技術では、間違いなく製造不可能なロボット兵士――そんな印象を抱かせる見た目だった。
ケオスギアと呼ばれた円柱頭の怪物は、流暢な日本語で桜花さんの問いかけに応える。今にも殺し合いが起きそうな険悪な雰囲気が流れ始めた。
『ですが新しい目的を話すことはできます』
「へぇ、教えてくれるかしら?」
『ソレは......貴方を殺すことです』
そう言うと円柱頭の怪物は桜花さんに向かって歩き出す。同時に両腕に付いたチェーンソーブレードが回転を始める。8つの目が妖しく光った。
「私も同じよ。貴方を排除する為に来たわ」
冷たくそう言う桜花さんは懐から何か取り出す。それは白く輝く宝石の付いた腕輪だった。腕輪を素早く右腕に装着した、その瞬間腕輪が光る!
『死になさいッ!』
構わず円柱頭が両手のチェーンソーを振り上げて突っ込む!成す術もなく切り刻まれるか!?
否ッ!回避した!桜花さんは人間離れした動きで宙返りして斬撃を回避する!そして華麗に着地、その姿は別人に変わっていた――比喩ではない!
「無粋ね、変身中に攻撃はルール違反よ?」
『...どこのルールですか?』
「正義の味方のルールよ!」
腕輪を着けた瞬間、桜花さんは鎧とドレスが融合した白銀の神々しい衣装を身に纏った。それだけじゃない。艶やかな黒髪は綺麗な白髪になった。
まるで、いやどう見ても別人だ!桜花さんは腕輪を着けた瞬間、変身した!何に!?
「私は超常対策省所属の魔法少女、貴方は?」
『ケオスギアのサワコラ!貴様は我らの怨敵魔法少女!ここで殺します!』
魔法少女に変身した。僕を救ってくれた桜花 京香は魔法少女だった。 そして機械の姿をした正体不明の生命体と戦い始めようとしていた。日曜朝のテレビ番組を観ている気分だ。でもこれは紛れもなく現実、僕が一目ぼれした人は正義の魔法少女だった。
「ははっ...すごいな...」
夕暮れに照らされる桜花さんが変身した魔法少女の姿が、息を潜めながらこの非日常を眺めていた僕の脳に焼き付いた。決して消えない歪みと共に。
***
2022年5月13日
僕は徹底して傍観者であることに徹した。巻き込まれたら死ぬ、二人の戦いは少女向けアニメでやる遊戯のような戦いではない、命のやり取りだった!
『イヤーッ!』
円柱頭の怪物、いや、ケオスギアのサワコラ!両肩に装備されたバルカンが火を噴く。魔法少女と化した桜花さんへの初撃、戦闘開始の合図である。銃弾の嵐が彼女を襲う、生身の人間なら肉ミンチだ!
「防いで、アイギス!」
銃弾の嵐に対し彼女は怯むことなく指を鳴らす!瞬間、命中するはずだった弾幕は、突如として現れた宙に浮く白銀の大盾によって防がれた!
『遠距離防護手段あり、切り裂き重点!』
サワコラの足と背中からジェットが噴射される。両手のチェーンソーブレードを超高速回転させながら振り上げ、突進めいた勢いで桜花さんを守る白銀の大盾に叩きつけた!だが大盾は微動だにしない!
『回転重点!すぐに壊します!』
しかしそれは想定内!サワコラは受け止められたチェーンソーの回転速度を更に加速させる。大盾を破壊し、そのまま彼女を切り裂く算段だ!だが、想定内なのは桜花さんも同じ。妖しい笑みを浮かべながら、彼女は馬鹿にしたような口調で言う。
「馬鹿ね、ただの盾だとでも思った?」
『ナッ!?』
「耐久テストよ!」
彼女がそう言うと同時に!両腕のチェーンソーブレードを受け止めていた大盾が盛大に爆発する。
『ピガーッ!?』
爆発で吹き飛ばされたサワコラは、壁に向かって一直線に飛んでいく。そんな無防備な敵を、桜花さんが見逃すはずもなかった!
「穿て、オリオン!アルテミス!」
『グワーッ、ヤラレター...!』
桜花さんの背後からメルヘンな装飾の黒と白二対の弓が出現した!輝くレーザーのような矢を吹き飛ぶサワコラに放たれる。二つのレーザーは容赦なく彼の頭部と腹部を貫き穿つ!情けない声を出しながら地に落ちるサワコラ。勝負あったか?
『ナンチャッテ!』
だが彼はすぐに立ち上がった!レーザーで貫かれた円柱の頭部と腹部、そして爆発で削られたボディがみるみるうちに修復される。あっという間に傷一つない姿に回復、恐るべき超再生だ!
「あら...タフね?」
『私の再生力はケオスギア一です!欠片一つ残さず消し去らない限り、私を殺すことはできません!好きなだけ攻撃してください!』
「もしかして、私の魔力切れ狙ってる?」
『...ノーコメント』
再び攻撃を仕掛けてこようとするサワコラ。それに対して桜花さんはため息を吐きながら呆れてような様子だ。浮いていた二対の弓が消失した。馬鹿にするような表情と口調で、彼女は話し出す。
「...殺す前に二つアドバイス。一つ、戦いにおいて自身の戦略や戦法、能力を晒すのは愚の骨頂よ。二つ、戦いは自身の強みを押し付けた方が勝つ。その強みを生かせない相手と戦うのは避けるべきよ」
『もう勝ったかのような口ぶりですね?』
「当然よ...相手の攻撃を超再生で乗り切って、相手のスタミナ切れを待つような雑魚の貴方に、私は決して負けないし...戦う価値もないわ♪」
暴力的な笑みを浮かべる桜花さん!バチバチと音をたてて、彼女から魔力の奔流のような物が発生し始める。明らかに何か仕掛けるつもりだ。
「滅ぼせ」
桜花さんの右手には、いつの間にか死神が携えるかのような、禍々しくも神々しい黄金の大鎌が握られていた!大鎌を流れるような動きで構えた瞬間、彼女の姿が視界から消える!
『なっ...消え「ゴルゴーン!」ピガーッ!?』
消えたと思った桜花さんは......サワコラの背後に出現した!目で追えない神速で彼をその大鎌で斬りつけたのだ。悲鳴を上げるサワコラ、異常が起こる。
『動作異常...!?か、身体が...石化して...る!?』
サワコラの動きが制止する。大鎌に斬りつけられた腹部の辺りから、彼の身体が石化し始めた。困惑する彼の方に振り向きながら、桜花さんは口を開く。
「この大鎌は斬りつけた相手を問答無用で石にしちゃう恐るべき武器です♪」
『なっ...そんな無法な...!?』
「これでも弱い方の武器なのよ?一応対処法あるしね......けれど貴方の場合は無理ね」
『そ...そんな...こんなとこで...終わり...?』
「ごめんね?貴方は遊んであげるレベルに達してないの......だから瞬殺させてもらうわ♪」
恐ろしい速さで全身が石化していくサワコラ、機械の声が絶望で震えている。その時、僕は見てしまった...勝利を確信した桜花さんの表情を。
「くふっ♪」
息を呑むほど、桜花さんの微笑みに僕は目を奪われる。完璧超人で誰にでも優しい少女に似つかわしくない、侮蔑と光悦に満ちたサディスティックな微笑みをしていたからだ。その微笑みが脳に焼き付く。
『...す、すま...ない...みん...な...___』
見惚れているうちに、サワコラは全身が石像になってしまった。桜花さんは持っていた大鎌を消し、にこやかな笑顔のままルンルンで石像に近づく。
「えい♪」
そしてサワコラの石像を容赦なく押し倒した!ガシャンと音をたてて、サワコラの石像は砕け散る、その破片が動くことも、再生することもなかった。
「私の勝ちね♪」
決して誰にも見せることのない、蠱惑的な笑みを浮かべる桜花さん。僕だけが知ることになったその裏の顔に...僕は狂わされた。