0.僕はキモい奴
僕、赤矢 一二三は自己分析が得意だ。だから今自分がものすごくキモイことをしている自覚はある。けれど行為を止めるつもりは微塵もない、今の僕は自分史上一番最低で邪悪だ。何をしているのかって?見れば分かる......ストーキングさ。
放課後、夕暮れに染まり始めた空の下。僕は学校からずっとある同級生の後をコソコソとつけている。僕がこんな最低卑劣な行為に及んでいるのは、決して手の届かない美少女に一目惚れしたからに他ならない。
「...どこに向かっているんだい...?桜花さん...」
僕の10m前を歩く彼女の名は桜花 京香。僕の通う中学はなぜか美形揃いだが、その中でも群を抜いて容姿の整った美少女。サラサラな黒髪ロング、アイドル顔負けの顔面、スリムで長身の身体、アニメのヒロインがそのまま出て来たかのような同級生だ。
僕のようなストーカーを生み出すほどに.....桜花さんは綺麗で魅力的だ。僕が彼女をストーキングしている理由は彼女のことを知りたいからだ。決して何かやましいことしようとしている訳じゃない。この行為自体がやましい行為だって?うるさい!
「...ほ、本当にどこに向かってるんだ...?」
桜花さんが校舎を出てから既に30分、いま彼女が歩いているのは町外れにある工業地帯。廃れた工場が立ち並ぶ人影のない場所だ。到底、年頃の女の子が一人で来るような場所とは思えない。
「あっ...入ってった...」
遠目からでも分かるほど鋭い目つきで、桜花さんは閉じられた廃工場の門を軽やかに飛び越え、中へと入っていった。一体、こんな場所に何の用があるんだ?
「......」
嫌な予感がした。追いかけたら僕の人生が大きく狂うような、取り返しのつかないことが起きる気がした。門を飛び越えるのを躊躇する、廃工場を進んでいく彼女との距離が離れていく。その時、脳裏に3日前の記憶が駆け巡った。僕が彼女に惚れたその日の記憶が、躊躇う僕の背中を押した。
***
2022年 5月10日
「おい赤豚ッ!約束守れねぇってどゆこと?」
「あんな約束無理に決まってるよ!10万円なんて一日で用意できる訳ないよ!」
「おいおい五代くん、豚くん口答えしてるぜ?」
「何か言える立場かなぁ?赤豚く~ん!」
昼休み、僕は同じクラスのクズ共三人に体育館裏に連れ込まれていた。リーダー格の五代は幼稚園の頃からなぜかずっと同じクラスのいじめっ子だ。容姿が整ったイケメンで実家が金持ち、そして最高に性格が悪い。ブスデブチビの三拍子が揃った僕にずっと絡んでイジメてくるクソ野郎だ。
僕は五代とその取り巻き二人に十万円を寄越せと命令されていた。遊ぶ金が欲しかったらしい。当然中学生の僕に十万なんて大金は用意できるわけなく、彼らに理不尽な制裁をされていた。
「じゃあ約束守れない赤豚くんに罰ゲーム!十万円だから...十回!その太った腹ぶん殴りま~す!」
「えっ!?ちょっとまグエーッ!?」
「ひゃ~!サカキくん容赦ねぇ~!」
「ちょwめちゃくちゃ腹が波打ってるwダイエット出来るかもよw」
「いいねぇ!じゃあ多めに殴ってやるよ!」
こんなクソみたいな経験、もう何度体験したか分からない。僕は幼稚園のころからずっとイジメられてばかりだ。醜い体に弱い心を持った僕に抵抗は出来ぬまま、体育館裏の壁に寄りかかった。
「グワーッ!?」
「はいはいッ!もう一発!」
「グワーッ!?」
「はいあと7回ッ!」
4回目の腹パンが僕の太った腹を揺らそうとした。まさにその時だった。
「そこまでにしなさいッ!」
透き通る綺麗な少女の怒号が体育館裏に響いた。僕の腹を殴ろうとした五代の拳が止まる。五代たちと僕は、声がした方に自然と顔を向ける。そこには仁王立ちで五代を睨みつける美少女、桜花 京香がいた。
「ささささ、桜花さんッッッ!!??」
「五代くん、そして取り巻きの二人...君たち、入学以来ずっと赤矢さんのことイジメてるわよね?今も暴力を振るってたでしょ?」
「い、いやそんなことはないぜ!お、俺たち友達だよな!?な?な!?」
「そ、そうさ!イジメなんかしてねぇさ!」
ジリジリと問い詰めてくる桜花さん。それにビビッて必死に弁解する五代たち。状況が読み込めてない僕は呆然としていた。桜花さんは持っていたスマホの画面を五代に見せる。
「そう...これイジメじゃないんだ?」
「ゲッ!?これは...!?」
彼女が見せるスマホの画面、そこには五代が僕にしたイジメの決定的証拠を示す写真がいくつも表示されていた。顔を真っ青にした五代に容赦せず、桜花さんは追撃を与える。
「今、彼を殴っていた動画もあるわこれでもシラを切るつもりかしら?」
「...あ、うっ...」
何か言いたげな五代。だが、桜花さんが放つ強烈な怒気に気圧され、言い訳は封殺される。怯んでいる五代を睨みながら桜花さんは告げた。
「二度と赤矢くんに関わるのをやめなさい。さもなければこの写真を先生達に見せるわ」
「わ、分かった!ややややめるよ!だからそ、その写真は消してくれよ...!」
「そんなこと言える立場?何もなかったら卒業する時に消してあげる...分かった?」
「チッ...!なんだよ...クソがッ!」
終始桜花さんが話のペースを握り、五代に一切の反抗を許さなかった。有無を言わせない桜花さんに負けた五代たちは逃げるように体育館裏を去った。
「アイツら...最低ね、君に謝りもしないなんて」
「...あっ...えっと...」
「ごめんね?ちょっと前から君がイジメられてるの知ってたんだ。彼らを確実に脅すために証拠が欲しかったから泳がせてたの...ほら、立てる?」
体育館裏には僕と彼女だけが残った。桜花さんは倒れたままの僕に手を差し向ける。正直、その時彼女は何か謝ってまいたが、何も頭に入らなかった。優しい微笑みを向ける彼女に見惚れていた。
「な、なんで助けてくれたんですか?」
「だって見て見ぬ振りなんか出来ないもん、もう大丈夫だからね!またイジメられたら教えて?先生に証拠突きつけてやるわ!」
「あ、ありがとうございます...」
僕が彼女に一目惚れしたのは、その時だった。桜花さんは見た目も心も綺麗で、僕を救ってくれたヒーローだった。一目惚れするなという方が無理だ。
「じゃあね!また困ってたら呼んでね!」
彼女はそう言って見惚れる僕を置いて去った。その後ろ姿は今も脳裏に焼き付いている。僕が特別だから助けてくれたわけではない。彼女にとって僕の様なクズでも助けるのが当たり前だから助けた。ただそれだけの話。そんなこと分かっている。
でも僕は、僕を救ってくれた彼女に惚れたんだ。
***
2022年 5月13日
身の丈に合わない恋だ。そもそもストーキングしている時点でこの恋が実ることはないだろう。それでも、僕は桜花さんのことを知りたい!
「あわわ!?」
どんくさく門を飛び越えると、まだ桜花さんの背中は見えていた。僕は衝動に突き動かされて、廃工場を突き進む桜花さんの後を追いかけ始めた。
その決断が...僕を狂わせることを知らずに。
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