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第5話「海へ」

ハロワン第5話「海へ」


あの日、兄が見たのと同じ景色を見れば、何か手がかりが得られるかもしれない――

そんな思いを抱き、陸は一人、海を目指す。

道中、彼の窮地を救ってくれた片耳の無い中年男は、果たして敵か味方か――。


P.S.

片耳の無い中年男は、酒・金・女……全てに興味がない戦闘狂の渋めなイケオジです。このあとたくさん登場します。

私も好きなキャラです。是非ぜひ、覗いてみてくださいませ!


――――――――――――――――――――――――――――――

酒場でのシーンに一部流血描写があります。苦手な方はご注意くださいませ。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

家を出てから、三日ほどが経った。

その日、陸はドーム沿岸部のとある酒場にいた。


兄の行方を捜すため、勿論警察などへも届け出をしたが、アルカナやクロノスに関わる事案と分かった途端に、届け出は拒否され、結局、捜索は自分の手でやるしかなかった。

かといっていっそ直接アルカナに出向いて事情を話したところで、兄に会わせてもらえるとは到底思えず、だからこそまず向かったのは――兄の最後の手紙に記されていた”海”だった。

あの日、兄が見たのと同じ景色を見れば、何か手がかりが得られるかもしれない――

そんな希望的観測にすがるように、陸は旅の第一歩を踏み出したのだ。


自宅から最も近そうな沿岸部を目指して陸はここまでやってきた。

沿岸部に近づくにつれて、交通の便は悪化していき、《バルバロア》と呼ばれる不毛地帯が近づくにつれて、道は険しく、そして治安も明らかに悪くなってきている。

陸の住む都市圏から空港への乗り継ぎを何便も経由し、アトランティス内で最も辺境に近い空路拠点に到着すると、そこから先は公共交通機関を頼るほかない。

とはいえ、市営バスは二時間に一本、タクシーはほとんど走っておらず、どこまでも不便だ。


しかし、それもそのはず。この地域への移動自体にそもそも需要がなく、クロノスも積極的に推奨していないため、このあたりのインフラが整うはずもないのだ。

夕方、空はセピアに染まり始めた頃、今日のところはここまでで切り上げようと、陸は宿を確保し、その足で情報収集も兼ねて近くの酒場へ立ち寄った。


***


酒場は活気づいていた。

しかし陸が店に入った瞬間から、空気のどこかによそ者への警戒の視線が漂っている。

場違いだと思われているのか、それとも別の理由か……方々からの視線に居心地が悪い。

できるだけ悪目立ちしないように、陸は無難なオーダーを告げ、カウンター席の端にひっそり腰掛けた。


やがて、注文の品を用意しつつ、年季の入ったジョッキを片手にマスターがぽつりと声をかけてくる。


「……見慣れないね。なんでまた、こんなところに?」

「……人を探してるんです」


陸が小声で答えると、マスターはわずかに頷いて、静かに言葉を返した。


「ここじゃ、人を探すより、自分が消えないように気をつけな」


そう言いながら、陸の前にジャッキグラスを置く。

そして、カウンターに無造作に置かれていた陸の交通証を顎で示し、「そいつはしまっといた方がいい」と言った。

陸はハッとして、慌ててそれを胸ポケットに隠した。


「……頑張りな」


マスターはそれだけ言い残し、次の客のもとへと姿を消していった。

視線は……今はそこまで感じないが、陸は警戒を怠らなかった。

悟られぬよう、何気なく、自然と周囲の会話に耳を澄ませる。


「導守だぁ?どうせ自分たちだけ安全なところに引きこもってんだろ」

「治安税だかなんだか知らねぇけど、金だけ巻き上げて、いざってときにゃこのザマさ」


先日のオーデ襲来を受け、導守やクロノスに対する世間の評価は地に落ちていた。

ましてやここ、沿岸部の地域ではなおさらだ。どこか、棘を含んだ皮肉混じりの会話が多い。


「なぁ、オーデに会ったらどうする?」

「俺だったら嫁のまずい飯でも食わせるさ。そしたら二度と来ねぇだろ」

「そりゃいい!」


馴染みの客なのだろう、地元の常連らしき客たちが、酒の勢いに任せて笑い合っている。

既にかなり酒が回っており、見境なく大口を開けて笑いながら豪快に酒を飲んでいた。


(この感じじゃ、情報収集なんか無理か……)


ここでは皆が浮かれている。

酒場だから当然だが、陸はこの場にいる人間の中で、こんな深刻な問題を抱えているのは間違いなく自分だけだろうと、肩を落とした。

ふと店内を見回したその時、陸の隣に座っていた男女が、ためらいもなく唇を重ねはじめた。あまりに唐突だったので、陸は慌てて視線をジャッキに戻し、あたかも自然な動きでそれを口へ運んでやり過ごした。


陸が店の中心から目を離した、そのほんの一瞬の出来事だった――


「キャーーーッ!!!!」


女性客の甲高い悲鳴が酒場に響き渡った。

振り返ると、つい先ほどまで“客だったもの“が無残に血を流して倒れていた。床にぶちまけられた鮮血の量はおびただしく、頭部はまるで食いちぎられたように跡形もなく、そこだけが空洞になっていた。


「なッ……!」


その周辺だけ避ける様にして円状に人が散ったおかげで、陸の座っている店の端のカウンター席からでもその様子は鮮明に良く見えた。


その血だまりのすぐ傍に、“異形の何か”が立っていた。

ソレは、人間のようで人間ではない、歪な身体つき。耳まで裂けた異様な口元。

噛み砕いた頭部をくちゃくちゃと音を立てながら咀嚼していた。


(なんだあれ……オーデの一種か……?)


瞬間、場の空気が凍りついた。

先ほどまで笑い声が飛び交っていた酒場が、一気に地獄へと変貌した。

悲鳴と怒号が入り乱れ、客たちは椅子を倒し、グラスを落とし、荷物も何もかも投げ捨てて我先にと出入り口へ殺到した。

陸の席は入り口から最も遠い場所にあり、店から出ようと一つの出入り口や窓に向かって群がる人々の波が壁のように立ちはだかり、自由に身動きが取れないでいた。


その間にも、異形のソレは次の獲物を見定めていた。

目をつけたのは、倒れた女性客だった。

彼女は完全に腰を抜かしており、震える唇が「助けて」とかすかに動いていたが、誰一人それに気づく者などいない。

全員が、脱出することに必死だった。

その様子を目の端に捉えた陸は、怯みながらも奥歯を噛みしめた。

迷っている場合ではない。


「できるだけ離れて!」


そう叫んで、陸は躊躇なくソレに飛びかかり、背後から羽交い締めにした。

自衛官として身体に染み付いた必死の体術を駆使して、相手の動きを封じる。

女性は四つん這いで、もつれる足を引きずるように出口を目指し、芋虫の様に無様に這って脱出をめざした。


いつの間にか店にいたあらかたの人間は逃げた様で、血生臭い店内には、陸と、その女性と、異形のソレだけとなった。

だが、抑え込んだはずのソレは、異様な首の可動域でぐにりと振り向き――陸の肩に、鋭利な歯を突き立ててきた。


「……ッ!」


なんとか致命傷は避けたが、部分的に歯が突き刺さり、激痛が走る。

サメの様な鋭利な歯は一度刺さると抜けにくい構造をしており、陸は歯が突き刺さったままの状態で、痛みに顔を歪めた。

必死に押さえ込もうとするが、肩の出血のせいで力が入らない。


「……くッ!」


逆にじわじわと、ソレに押し倒されていく。

そのときだった。


――カラン


出入り口のベルが、静かに鳴った。

そこには、ただ一人、逃げまどう人々の動きと逆行するようにして店の中へ入ってきた男がいた。


店の出入り口よりも大きな、長身で、がっしりとした体躯。

漆黒に近い艶のある深色の軍服に身を包み、この鼻孔を劈くような血生臭い空気を吸い込んでもなお、一切同様していない気配を纏っている。

ライトグレーのその瞳は鋭く虚ろで、まるでこの世の何にも興味がないような無関心の色を宿している。年配の男の眉間に刻まれた皺は深く、口元の無精ひげからは、渋みと冷静さが滲む。

鍛錬の結晶のような圧倒的強者のオーラを纏った男からは、誰が見ても相当の手練れであることが伺い知れるほどだ。


男は、ひと目でこの状況を把握した。


「……まさか、ここに出るとは……えらいこっちゃ」


ぼそりと小さく呟いたあと、その目が鋭く細められる。

次の瞬間には、もうソレの背後に回っていた。


光の速度で刃が抜かれ、風が走り、ソレの肉を裂く――。

次の瞬間、ソレは陸に覆い被さるようにして、だらりと崩れ落ちた。完全に、沈黙している。

あまりに速く、的確な一撃だった。

息を詰めていた陸は、腕に絡みつくソレの重みに耐えかねてそれを押しのけようとした。

しかし――


シュッと、風を切る音がした。


次の瞬間には、男の刃の切っ先が、今度は陸の顔のすぐ前に向けられていた。


「……ッ!」


動揺する陸を尻目に、男は瞬時に陸の肩の傷を目視する。


「……肩をやられてるな。もう、染ってる。今楽にしてやる」


まるで、事務的に処理を告げるかのような冷たさで放たれる、無機質すぎる声。

男は、躊躇なく刃を振り上げたが――


「いや、いやちょっと…! ちょっと待ってください!」


刃を見上げながら、震える声で懇願する。

陸はまだ状況が呑み込めず、肩の痛みと恐怖で全身がこわばっていた。


「……もうじきお前もそうなる。その前に殺る」


低く感情のない声が返ってくる。

男は、陸の訴えにわずかに耳を貸したが、殺す腹づもりは変わらないようだった。


(俺がこれと“同じもの”になる……?)


陸は混乱しながらも、必死に思考を絞り、言葉を捻り出す。


「なんともありません! まだ大丈夫です!……あ、血の循環を遅らせることができます! 解毒さえできれば、助かるかもしれない……! なにか、方法はありませんか……!」


呼吸が荒くなる。

陸は自分にはまだはっきりと自我があることを男にアピールするように、必死に這いつくばって懇願した。


「まだ、死にたくない……! 俺……やらなきゃいけないことがあるんです……助けてください!」


しばしの沈黙。

男の瞳が、陸の傷口へと静かに移動する。


(たしかに進行が……遅い。………膿もない)


彼は無言で膝をつき、傷口を観察した。

加えて自分がここに来るまでの間、陸がたった一人であの異形に立ち向かい、他の犠牲者を出さずにここまで戦ったことににわかに思いを馳せる。


(フィジカルは悪くない。精神も――まだ折れていない、か)


男はようやく口を開いた。だがその声は、やはり低く、淡々としている。


「……解毒剤の調達まで、あと4時間。ほぼ走り。いけるか?」

「いけます! いきます……!!!」


陸は縋るように即答した。

男は頷くでもなく、黙ってソレの死骸を引きずってどかし、いつの間にか懐から取り出していた小型の容器から、粘性のある液体を取り出す。まるでボンドのようなそれを陸の傷口に塗りつけながら男は言った。


「これで、出血によるダメージは防げる。……ただし、途中でお前に兆候が出れば、そん時は殺す。それが条件だ」


条件付きの生かす判断――陸は首を縦に、力いっぱいブンブンと振って同意を示した。

男は手早く刀を鞘に納め、立ち上がって短く言う。


「……こっちだ」


陸もよろけながら必死に後を追う。二人は、夜の闇の中を、南西方面へと消えていった。


***


男の進路は、同じ大陸でありながら、中央政府に見放された地――未開の沿岸部バルバロアへと続いていた。

そこはオーデ領域の最前線。つまり、陸が探していた”海”の近くでもある。


先ほど「ほぼ走り」と言っていた男だったが、結局はなんだかんだとどこからともなく乗り物を調達しながら進んだおかげで、二人は最高速度でバルバロアの内地まで来ていた。

正規ルートでは手に入らないような、無骨なデザインの二人乗りのバイクに無造作に跨がりながら、男は淡々と言った。


「こっからはこいつに乗る。少しは休めるだろ」


陸も、もたつく手つきでバイクの後部にまたがる。

隣の男は、陸よりも二回りは年上に見えたが、その体躯はやはり鍛え上げられており、胸板は陸に2倍近く分厚く見え、隣に座ると大柄なのがよくわかる。

おまけに近くで見ると、彼の左耳は刃物のようなもので切断されてしまったかのように、完全に失われていて、雑な手術跡がかさぶたになって刻まれていた。


しばらくエンジン音だけが響く中、男から醸し出る底知れぬ治安の悪さに、陸は始めこそ躊躇していたが、やがて気になっていたことを口にした。


「……さっきのやつ、何だったんですか? 人間じゃないみたいな……化け物に見えましたけど……」


男は一瞬口を噤んだが、さらりと言った。


「……信じられないだろうが――、ありゃ人間だよ」

「……人間……」


陸は息を呑んだ。

あれが、人間……? 常識では考えられないような事態に陸の理解は全く追いつかない。

男はバイクを操りながら、ぽつりと呟く。


「あんな姿に、されちまって、可哀そうにな」

「……誰が、そんなことを……」

「――オーデ」


その言葉は、重く、しかし揺るぎない確信を持っていた。

陸は小さく目を見開き、再び黙り込んだ。


「それも、ただのオーデじゃない。……大陸外にいる、QK(ロイヤル)クラスのやつだ。こんなことができるのは、奴ら以外にいない」

「……QKのオーデって、本当に……いるんですね」


陸の声はかすれていたが、その目には明確な戦慄が浮かんでいた。


「いないと辻褄の合わないことばっかりだ。目的は不明だが……」


言いながら、男は遠くを睨むように目を細めた。


白幻街(はくげんがい)の連中が、過去にも同じ目に遭ってるのを、もう何度も見てきた」

「……白幻街……?」


陸は聞き慣れない地名を繰り返す。


「今から行く。俺の生まれ育った場所だ」

「あなたは……その、白幻街の医者……なんですか?」


バイクの振動に揺られながら、陸がそう尋ねると――


「……まあ、そんなとこだ」


男は相変わらず前を向いたまま、淡々と応えた。


「……そっか。なら……安心だ……」


その瞬間、陸の体が大きく傾いた。


……どさっ


意識が飛びかけていた。顔色は青白く、呼吸は浅く、脈が異常なほど早い。

陸の身体は限界を迎えていた。


「おい! ……大丈夫か!」


男はバイクを止め、揺り起こす。


「大丈夫だ、落ち着け。もう少しの辛抱だ……!」


陸は先程異形に噛まれた箇所から寝食してくるウイルスに侵され、ぐったりと項垂れたが、次の瞬間――カバンから滑り落ちた兄・海からの写真が、彼の目に留まった。

波打ち際に光が差し込む、かつて兄が送ってきた海の写真。

それを見た瞬間、陸の瞳はわずかに揺れた。


「……俺は、なんとしても、これを……見ないと……ならないんだ……!」


歯を食いしばって、小さく唸る。


「……」


男はそんな陸の様子を見て、それ以上何も言わなかった。

その意思に答えるようにアクセルを強く踏んだ。


***


やがて、バイクは荒れ果てた集落の中の一つ――古びた廃墟の前で停まった。

男は意識の飛びかけた陸を、軽々と抱きかかえると、慣れた様子で建物の奥へと入っていく。


噛まれた肩から腕にかけて、皮膚はどす黒い紫に変色していた。

体温は高く、意識はほとんどない。ときおり、ブルンと首を振るような異常な痙攣を見せる。

男は手早くTシャツを脱がせ、陸の胸元に手を当てて、指で慎重に位置を確かめる。


刺すべき注射のポイントは、二箇所――ひとつは心臓の静脈内、もうひとつは肺への筋肉注射だ。

男は息を整え目を閉じ、狙いを定めると、迷いなく注射を刺し込む。


「……よし」


注射のあと、陸の呼吸が次第に穏やかになり、そのまま深い眠りに落ちていった。

男はしばし、その様子を確認するように陸を見つめていたが、やがてポケットから端末を取り出す。


発信音わずか2コールで、相手が出た。


「あぁボス、今いいか」

『……寝てたんだけど?』


受話器の向こうから、いつにも増して迷惑そうな声が響く。


「すまんすまん」


しかし男は微塵も反省していない様子で続けた。


「”アレ”が、アトランティスに出た」


男が低く言うと、電話の向こうで、無言のままぼさぼさと頭を掻くような気配とシーツのこすれる音がする。

言葉はないが、受け取るべき情報は伝わっている。


“アレ”―― オーデに変えられた、生きた犠牲者のことだ。

やがて一言、電話の相手は少し脱力したような、諦めたような深いため息混じりの声で言った。


『……あとでまたかける』


通話はわずか数言のうちに終わった。

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