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第47話「世界の秘密」

ハロワン第47話「世界の秘密」


ようやく終焉のオーデのもとへ辿り着いた産土が目にした光景は、泣き崩れる高嶺の後ろ姿と、その腕の中からだらりと覗く見慣れた銀紫の長髪。

しかし一刻を争う事態に、産土は哀しみに沈む暇すらなく、自らの宿命に向き合わざるを得なかった――。


P.S

もともと人為を宿さぬ超自然的な力である〈オーデ〉は、なぜ死者の魂〈クグリコ〉と契約したのか。

長き眠りについていた彼らを呼び起こしたのは誰なのか。

なぜ〈導守〉は生まれたのか。

この世界の成り立ちとも言える”秘密”が、明らかになる回です。是非!


――――――――――――――――――――――――――――――

今回、残酷な描写はありません。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています。

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

「え」


――――……

―――……

――……


終焉のオーデが怒号をあげながら渦巻く、その麓にたどり着いた産土(うぶすな)は、目の前の光景を受け入れられずにいた。


嗚咽しながら、何度も久遠(くおん)の名を呼ぶ高嶺(たかね)の後ろ姿。

そしてその腕の中からだらりと覗く、見慣れた銀紫の長い髪。


――間に合わなかった。


危惧した最悪の結果に、思わず産土の足が震えた。


「……」


ここまで来るのに最善を尽くした。

考えうる最短ルートで、最高速度を維持して、死に物狂いで無様にも辿り着いた結果が、これだ。


かける言葉など、とても見つからない。


産土はただ、泣き崩れる高嶺の背中を見つめながら動けなかった。

しかし、悠長にはしていられない。その頭上では今も終焉のオーデが勢力を増して轟々と鳴りながら大陸を四方八方に破滅へと追い込んでいる。


「――いや。いやいや……ぽさっとすんな……」


産土は自分自身をそう鼓舞し、右手の刻印をあらわにする。

しかしその声は明らかに震えていた。


「っくそ……この期に及んで……!」


恐怖、やるせなさ、使命感――色々なものが産土の中で複雑に混ざり合う。

頭上でますます膨れ上がっていく終焉のオーデに、産土の瞳は大きく揺れた。


「……手前ぇがやるんだろ……やるしか、ないんだっつーの………!」


産土は自らの足の震えを抑えるように、固く握った拳を思い切り叩きつける。


目の前の、力なく倒れる久遠の銀紫の御髪が、あの人――志乃(しの)の姿を猛烈に想起させた。


「!」


次の瞬間――


産土は、まだなんの覚悟も決まっていないまま、ゆっくりとその場に屈んだ。

「開廷」を唱えるために。


「……っ」


喉はカラカラに乾燥して、額には脂汗が滲んだ。

その表情は焦燥と恐怖に染まり、大層無様に違いない。

産土はこみ上げる吐き気を抑え込むように、何度も生唾を無理やり飲み込んだ。


もういい。

覚悟なんか――どうせ死ぬまで決まらない。


産土は、地にゆっくりと手をついた。

思い出すのは、馬鹿話をしているときの朝霧と陸の笑顔だ。


(ついてきてほしいなんて……言えるわけがない)


産土は脳裏に浮かんだ光景を振り払う様に唇を噛み締め、手のひらを地に強く押し付ける。

そして一息、浅く息を吐く。


「開廷」



その瞬間――



突如頭上から降ってきた影が、産土の開廷の渦に巻き込まれる。

バッと顔を上げた産土の目に映るのは、見慣れた黒髪――


「……っ!!!」


見開かれた産土の金色の瞳が捉えたのは――


「……陸?!」


産土は動体視力のギリギリのところで陸の姿をとらえた。

衝撃の最中、瞬間、この闘いに陸を連れていくわけにはいかないと、手のひらを地上から離しかける。


しかし――


ガッ!!!


陸の手が産土の手を上から包むようにして地上に強く押し付け、それを一瞬にして封じ込める。


「はぁ?!! おま……何やってんの!!!」

「うるさい!!!」

「……は??!」

「いいから、俺も連れてけ!!!」


吹き荒れる風が二人を包む。

陸は産土の方を向いて、しっかりと強く頷いた。

まるで彼に「一人にしない」と伝えるかのように。


――…

ー…


そして、審議署空間にて。

一番連れてくるはずじゃなかった人を――陸を、連れてきてしまった。


産土は自分の横に立つ陸を見た。


(なんで陸がこんなところに……いや、手筈通り兄貴に会っていれば本来こんなところに居るはずない)


産土はグッと拳を握る。

絞り出した声が微かに震えるのは、怒りか、恐怖か、悦びか。


「……何してんの。人が折角――」

「勝手に戻すなよ」

「……あ?」


語気を強めた陸の予想外の反応に、産土は困惑の表情を隠せない。


一方の陸は産土の様子に全く動じていない。

冷静な面持ちからは、彼が他でもない自分の意思で今ここにいることを証明していた。


「俺の事だけ、“元いた日常”ってやつに、勝手に戻すなって言ってんだよ」

「……!」


産土は額に滲む汗をそのままに、陸の言葉に耳を傾けた。


「……いや、そう思ってくれたのは嬉しかった。

俺のために色々してくれて、本当、ありがとう」

「……」

「でも…………寂しいじゃんか」

「……っ!」


陸のそのストレートな言葉に、産土の瞳が見開かれた。


「それに……ボスだって、あんぱんだって、元はそこに居たんじゃん」


陸は産土の肩に手を置く。

そこから伝わる陸の体温はわずかに、しかし確実に冷え切った産土の心を溶かした。


「確かに俺は古参じゃないけどさ。それでも、特別扱いは寂しいよ」


切なげに目線を落とした陸が、続けて少し照れくさそうに告げる。


「それにもう、ボスとあんぱんは、俺の日常なんだ。

二人が居ないと、寂しくて仕方ないよ」

「……」

「もっと巻き込んでよ、ボス」


その言葉に、瞬間、産土の瞳が大きく揺れる。

そして、「どれだけお人よしなんだ」と言いたげな表情には、わずかに憂いを帯びた影が落ちる。


「でも……俺は開闢の力の使い方を知らない。

勝算は――」


産土が言いかけると、陸はその言葉を遮るように、産土の両肩を強く掴んだ。


「これが最後なんだろ。

――あの人に、会うんだろ」

「……!」


陸は鼓舞するように産土を揺さぶり、その目をまっすぐに見つめる。

その言葉に一瞬息を詰めた産土は、やがて薄く形の良い口をかすかに動かして言った。


「お前は会えたの? お兄さんと」


陸は自信に満ちた表情で頷いた。


「会った。会って、必ず戻るって約束して、ここへ来た」


産土は「信じられない」と、更に目を見開いた。


「俺はこうしたくてここに居る。自分の意思でここにきた。

でもボスはそうじゃないじゃん」


その語る陸の瞳はいつになく力強さがある。

産土は面と向かって腹の底にある本音を言い当てられ―――しかしそれは、誰にも言えなかった弱音にそっと暖かな毛布を掛けてもらえたようで―――言葉を返せずにいた。


「だからせめて傍に居て、励ましたくてここに来た。

俺がここに来たのは、FANG(ファング)だからでも、世界を救うためでもない。

ただ友達に会いに来ただけ」


「……」

「……」


しばし見つめ合った末に、どこかあきらめたように笑う産土は、肩の力が抜けたようだ。


「……やばすぎ。会いに来る場所が戦場なんだから少しは躊躇しなって」


陸はそんな産土を見ながら、今一度強く告げる。


「俺達は、ここで終わる気なんかさらさらない。そうだろ?」


言って、陸が頷く。

産土も彼を見つめ返し、言葉が出ない代わりに、彼の想いを受け取るようにしっかりと頷く。


産土の目にいま再び、正気を取り戻したように光が宿る。


「さて……」


審議署空間に広がる終焉の力を目の前に、産土は静かに口を開いた。


「来たのはいいけど、こっからどうしようか……」


産土は言いながら頭の中でビジョンを組み立てていく。


(まずは本体を探すしかないか……)


「おーーーい。恥ずかしがってないで出て来いよ。

開闢様が直々に来てやってんのに、失礼だろーが」


産土は両手をポケットに突っ込みながらいつもの調子で軽薄に言い放った。

陸は隣で、産土の様子がいつも通りに戻ったのを見て少し口角を上げた。


「開闢……?」


その時、岩陰からそう小さく呟く声が聞こえた。

二人がそちらへ目をやると、そこには忽然と、足枷をした一人のみすぼらしい少年が、目を輝かせながら姿を現した。


「子供……?」


目を凝らすようにして少年を捉える陸。

その隣で産土は、予想外の存在の登場に警戒態勢をとっている。


「お前……(おぼろ)の本体か?」


相手の一挙手一投足に、最新の注意を払いながらの産土の問い。

少年はそれには答えず、とぼとぼとこちらに近寄ってきた。


「止まれ!」


産土の一喝で、少年がびくりとその歩みを止めた。


「……っ」


その少年の目はまるで二人に縋るようで、産土も陸も予想外の展開に戸惑っていた。


この少年の表情に、一体どんな事情が隠されているのか―――。


少年には足枷がされており体の自由が奪われている。

加えて、やせ細った体には戦闘力など微塵もないだろうことが伺い知れる。


文字通り、丸腰状態でそこに傍若無人と立つ彼に鎖をかけて、執行してしまうことは、あまりにも簡単に見える。

しかしこのまま執行することが果たして最善なのか。

裏をかいているつもりはない。ただ直感的に、産土の本能がそれは違う気がしていたのだ。


(なんて声を掛ければ良い……)


鎖を掛けてしまえば、審判に必要な全ての情報が正しく読み取れるが、あくまでもそれで受け取れるのは事実のみだ。

それでは、彼の心の声や想いを受け取ることは叶わない。

彼はいつからここに居たのか、今どんな気持ちで、産土に何を言いたいのか――

何を背負ってきたのか――

なぜそんなに無垢な瞳をしているのか――


その正体を知るには、


「――話を、しないか」


産土は、手を差し伸べるようにして静かに対話を求めた。


「……」


少年は依然何も答えず、産土の方を見つめている。

三者の間には、緊迫した空気が流れている。


やがてそのか細い腕がゆっくりと持ち上がり、すがるような小さな手が産土の方へ向かって伸びる。


「……お願い」


掠れた小さな声が、産土の耳を震わす。

打算のない、確かに助けを求める純粋な声――まさに弱者のそれだ。

産土は少年の目をまっすぐ見つめ、その声に耳を傾ける。


しかし、少年が産土に何か言いかけようと口を開いた、次の瞬間――

彼の目は途端に虚ろになり、まるで何かに取り付かれたように全身が痙攣し始めた。


その異変に距離をとりつつ様子を伺う産土のすぐ近くで、陸は不測の事態にそなえ、直ちに産土を守れるよう臨戦態勢をとった。


少年は内側から込みあがる何かを必死で抑え込むかのように悶えている。

半開きになった口からは涎が垂れて、先ほど産土の方へ伸ばしかけた腕をもう片方の腕で押さえつけるようにしている。


まるで彼の中に、彼の意思とは反対の何か邪悪な力が眠っているかのように示唆された。


産土達が見つめる中、宙を仰いだ少年の口がグワッと開いた。

頬の肉が引き裂かれ、顎の形が崩壊する程に巨大に開いた口からは、とんでもなくどす黒い紫の物質が解放されたように勢いをもって放たれた。


――ッ!!!


陸は反射的に武器を構えた。


そして豪風の中、確かに二人の耳に言葉が届く。


「開闢をよこせ……!」


とうとう、終焉のオーデが姿を現した。


その言葉と同時に無数の腕の様にアメーバ状に伸びたものが、産土と陸の方へと放たれた。

その数に、迎え撃つのは分が悪いと悟った二人は瞬時に地面を蹴り、敵の全貌が確認できる位置まで後退した。


少年は逆さづりになった状態で、終焉のオーデ本体と同化していた。

その表情は、産土に縋るようにしていたときとは全く異なっていた。

両の目は見開かれ、血走った瞳孔が産土たちの動きをしっかりと捉えている様子は、おどろおどろしくも痛々しく、まるで呪われた人形の様だった。


「……」


遠くからそれを見つめる産土の目はどこか切なげだ。

陸は産土と肩を並べ、視線の先遠くの終焉のオーデを見据えたまま言う。


「どうする。こうなっちゃ対話も厳しそうだよな」

「あぁ。……残念だけど」


産土が指輪を外し、執行体制に入る。が、その動きはまだ、決意が揺らいでいる。


「これが正解、なのか……」


そう呟く産土の横顔を、陸はちらりと見やる。

終焉オーデの様子を注意深く観察していた産土は、眉間に小さくしわを寄せた。


「なんで動かない……あそこで、何を……」


産土達に「開闢をよこせ」と迫ったわりに、その攻撃以来こちらに新たな斬撃を繰り出すことをしてこない。


陸の額にも汗がつたっていた。妙な胸騒ぎを覚えつつ、陸は産土に言う。


「足枷だ。あれのせいで自由に動けないんだろ」

「距離を取りつつ接近して鎖を掛けるか」


産土の頷きを合図に、二人は再び終焉のもとへと向かった。


再び接近すると、目の前に広がる光景に二人は息をつめた。


――っ!!!


終焉が唸りをあげ粗ぶった様子で、少年の足枷を取ろうとしていた。

たった一本の鎖だが、強靭なオーデの力をもってしても鎖はびくともしていない。


「……何を。いや妙だな」


産土は続ける。


「終焉が必死こいて足枷を外そうとしてるってことは……あの足枷は、終焉の力を封じてるのか……? だとするとこれを解かないのは、あの少年の意思……なのか」


目下の――オーデと同化した少年を見つめる産土。


「……」


その言葉を聞いた陸は勝機を見出したように、産土を振り返る。


「なら完全体が解放される前に……!」

「あぁ。交渉できれば、間に合うかもしれない……っ」


鎖にひびが入る。


「陸、急ぐよ……! 既にのまれつつある……!」


産土は迷わず産土がオーデと同化した少年のもとへ舞い降りる。

陸がその周囲に終焉の力をおびき寄せぬよう、援護する。


産土はためらわず少年の肩をガッと掴み、目と目を合わせた。


「朧!!」


そして右手の刻印から放たれた鎖を、見せつける様に少年の目の前につきだす。


「コレに“聞いて”しまえば簡単だ! でも、それじゃあお前は救えない……!」


その言葉に、見開かれた少年の目が、微かに水気を含んで潤む。


「――!」


それに気づいた産土は、今までの朧への怒りや憎悪――その全てに蓋をして、そのまま目の前の少年に言葉を投げかけた。


「お前の口からきかせてくれ!お前がずっと隠してきたことを。

そうしなきゃいけなかった理由を。

世界の秘密を……!」


その瞬間。

少年――否、朧から眩い白光が全方位へ放たれ、激しい光の乱反射によって、陸と産土は視界を奪われた。



目の前が真っ白になった。



***


【回想録 ―― 古の記憶】


季節は夏頃だろうか。

太陽が照り付け、足元の地表付近はうねうねと小刻みに脈打っている。


その中をとぼとぼと、あてもなく放浪するみすぼらしい一人の少年――朧が居た。


一体どこから来て、既にどれほど歩いているのだろう。

その足取りはおぼつかなく、両手に持ったバケツの持ち手は、何度も細い指のスキマから滑り落ちてしまいそうになる。


誰に頼まれたわけでもない――この彼の唯一の仕事は、この街のはずれの、洞窟の中にある石像を毎日掃除すること。

彼は信じていた。磨き続けていれば必ずや良いことがある、今に全てが良い方へ風向きが変わる、と。


かつては丘の上の日当たりの良い場所に立っていたその石像は、長年の地殻変動や外部環境変化で、今は洞窟の暗がりの中にあった。皆から忘れ去られ、子供たちの遊び場と化していた。

何世紀もたった今、その石像の偉大さを語り継ぐ者、ましてやその加護を信仰している者などもう誰もいなかった。


触らぬ神に祟りなしと、誰も撤去しようともせず、人々によって無関心の姿勢だけが貫かれていた。

しかしこのみすぼらしい少年だけは、雨の日も風の日も、毎日どこからともなく現れて、決まった時間に必ず石像を磨いた。


石像は見たことの無い特殊な素材でできており、堅牢で朽ちることを知らなかった。

石像に眠るモノを起こさぬように、朧はバケツに組み上げた水は直接かけずに、堅く絞った濡れ雑巾で丁寧に磨き上げていく。


そんなある日のことだった。


いつも通り朧が石像の場所に行くと、石像に落書きをして数名の子供が群がっていた。


いつものように子供たちを追い払った。


子供達はキャーキャーとわざとらしい金切声を上げながら、朧を罵るような言葉を吐きつつその場を後にした。

そこまではいつもと、なんら変わりなかった。


しかし、次の瞬間、このときを待っていたとばかりに岩陰から数名の大人たちが姿を現した。


「なんだこれ、本当に人間か?」

「ガリガリで気持ちわりぃ……バケモンだな」

「害虫は駆除したほうがいい」


彼らは、石像に落書きして遊んでいた自分の子供たちが、朧によって危害を加えられたと勘違いしていたのだ。

突然屈強な大人の男に囲まれ、にじり寄られた朧は恐怖と驚きで声を失い、その拍子に持っていたバケツを片方ぶちまけてしまう。

その水が一人の男の靴にかかったことを皮切りに、朧はたちまち袋たたきにされた。


「汚ねぇ……!ここは人間の子供の遊び場なんだよ!二度と来るな」


虫の息になった朧は大人たちを見上げる。

彼らの効きなれない言語に朧は、この大人達が何を話しているのか分からなかったが、自分を目の敵にしている事だけはよく分かった。


「こんなのに逆恨みでもされてみろ。厄介だろ」


目があった大人のうち一人が、念のためだと息を潜めて他の二人に言う。


「二度とこの薄気味悪い穴蔵から出てこられないように、両足を切り落としてしまおう」


言った本人も、その隣の二人も、意を決したように足元の朧に向き合う。

斧を持っていた男性に「お前がやれ」と一人が言い、押し付けられそうになった男は「言い出したお前がやれ」と反論したりして暫く押し問答が続いた。


朧は力なくその様子を見上げることしかできない。


すると意を決したように言い出した張本人が斧を受け取り、朧を見下ろした。

その酷く動揺した瞳は恐怖と少しの好奇心に揺れており、朧はその時、言葉の意味は分からずとも青ざめた。


「……悪く思うなよ。みんなのためだ」


男は小さく笑いながら朧の両脚に斧を振り下ろした。


――ザグッ


「……うぅ……ぅ……っ」


なぜ自分がこのような目にあうのか。

涙目でふと上を見上げると、先ほど落書きをして遊んでいた子供が、母親の腕に抱かれて朧の方を見ていた。


ぱちりと合ったその目は、まるで勝ち誇ったようだった。


その瞬間、朧の体の奥底から灼熱の如く怒りが沸き上がった。


彼は悟った。神などいないのだ、と。


体温はみるみるうちに下がっていき、もう後先が短いことは火を見るより明らかだった。

このままあと数十秒後には―――


彼は、今際の際で彼は持てる最後の力を振り絞り、倒れていない方のバケツを手に取ると、汲んでいた冷水を思い切り石像にぶちまけた。



もう全てがどうでも良い。どうせ死んでしまうなら―――



「なんでもいい!誰でもいい!

力がほしい!天地をひっくり返せるだけの力を!

この世の理を全てぶち壊せるほどの!この世の仕組みを――

世界の秘密を教えてくれよ!!!!!」


物心ついてから、こんなに長い言葉を発したのは初めてだった。


鼓膜に反響する自分の声は、こんなにもしわがれていたか……と違和感を抱いたころには、もう出血多量で浅い呼吸のまま目を閉じそうになっていた。


すると突然、石像から強烈な光が放たれた。


朧の悲痛な叫びが唱えとなり、石像の記憶が目覚めたのだ。


石像から放たれた光は、地鳴りを起こし、轟々と突風を巻き起こしながら土煙を巻き上げた。

その光景は、まるで眠っていた太古の神々が「起こされなければ永遠に眠っていられたのに」と、怒りをあらわにするようだった。


あれよあれよと洞窟は崩壊し、気づいた頃にはそこはもう暗がりの中ではなくなっていた。

先程朧を襲った大人も、石像に落書きをして遊んでいた子供達も、決壊して飛び散った岩の破片に身体を砕かれ、その場に臥していた。


朧はやっとの想いで近くの岩にしがみつきながら、白銀の光の中で、とある光景を目にした。




【少年〈朧〉が見た光景 ―― ~走馬灯の記憶~】


──それは、まだこの世界に、たった七つの国しか存在しなかった時代のこと。

遥か昔、人類がまだ幼く、神話と現実の境界が曖昧だった時代だ。


その世界には、人為の介在しない強大な超自然的な力──後に〈オーデ〉と呼ばれる存在が、静かに息づいていた。


ある時、その力の均衡が、一人の愚かな男によって崩された。


強欲な男は、オーデの力を自分だけのものにしようと求めたのだ。

彼はもともとある王国の支配者であり、この世を統べるにふさわしいのは自分だけだと信じて疑わなかった。他の王国は取るに足らぬ愚か者の集まりにすぎず、己こそが神の代行者として世界を正しく導く存在だと──。


その証明には、全てをひれ伏す圧倒的な力が欲しいと、男は思った。

彼は、人智を超えた奇跡を手にしなければならなかった。


男は遂に、ある時、禁忌に手を伸ばした。

敵国の捕虜、異能を持つ者たち、珍しい血統の者、神の使いと称された異端者たち──およそ数百に及ぶその尊い命を、「献上」と称し一人残らず殺した。


男は言った。

それは単なる虐殺ではなく、死者の魂を繋ぎとめ、オーデへと捧げる儀式だ、と。


世界の全てを手に入れるために、彼は躊躇なくその手を鮮血に染めた。


「これが私の力だ。この尊き命こそが、我が望みの対価となる」


男はそう確信していた。


しかし、何も起こらなかった。待てど暮らせど、力は与えられなかった。


男は待った。

しかし結果は、どれほどの命を奪おうと、血を流そうと、オーデの力は彼には決して降りてこなかった。


──否。

降りてこなかったのではない。

彼の手によって奪われた命――その死者の魂〈クグリコ〉たちが、既にオーデと契約を結んでいたのだ。


この男に復讐するために。


「貴様の力ではない」


目の前に現れた無数の歪んだ影が言った。

人間ではない、神でもない。

その正体は、オーデと一体化した、献上された者たちの魂が形を持ったモノ。


男の顔が恐怖に歪んだ。

ただひたすらに、逃げて、救いを求めて祈った。


しかし、彼の前に立ちはだかる影は、どこまでも無慈悲だった。



そして──たった一夜で、世界は滅んだ。



かつて存在した七つの国。そこに息づいていた民も、動物も、草木さえも。

男の強欲な野心が生み出したオーデによって、その世界の全ての人類が消滅した。


残されたのは、静寂と、癒えぬ苦しみに悶え続けるオーデだけだった。

クグリコの悲痛な魂と契約し、その怒りと哀しみに共鳴したオーデたち。

しかし、彼らにはもう戦うべき相手も、嘆きの声をぶつける対象も存在しない。


彼らは、“終わらない悪夢”の中を彷徨い続けていた。

永遠に続く、怒りと苦痛の中で。夜も、昼もなく。



そんなある日──



人類が一度滅び去った後、数世紀ほど後のことだった。


世界の片隅に、一人の赤子が産み落とされた。

誰が生み出したのかも、どこから来たのかも分からない。

一度終わりを迎えたこの世界では、七つの国は灰と化し、かつて賑わいに満ちていた大地は荒れ果て、今も命の兆しなどどこにもない。

決して再び命が宿るはずのない世界だったというのに。


「おぎゃぁ……! おぎゃぁ……!」


その産声が、何も無いその地に響く。


それはまるで、滅び去った人類に与えられた、最後の赦しのようだった。


小さな命は、あまりにも無力だった。

言葉を持たず、ただ息をして、静かに目を閉じるだけの存在。


しかし、不思議なことに、彼女の周囲には、決して傷つけることのできない不思議な力が満ちていた。

どんな攻撃も届かず、どんな悪意も、彼女には触れることができない――そんな神の加護を一身に受けているかの如き尊い存在。

彼女はまるで柔らかな光に包まれているかのようだった。


彼女が、ふと手を伸ばす。

白く、小さく、やわらかな手だ。

その手が、オーデをひと撫でした瞬間──オーデたちの悪夢が、終わった。


長きにわたり、怒りと苦痛の中を彷徨っていたオーデは、まるで安らぎを得たかのように震え、静かに光となって溶けていった。


「この苦しみが……終わるのか?」


彷徨い続けた彼らにとって、それは理解できないことだった。

怒りや憎しみに染まったクグリコの魂が、まるでその全てから解放されたかのように、ただ静かに──眠るようにオーデの元から消えていく。


赤子は何も言わない。

ただ、微笑みもせず、泣くこともせず、ただそこにいるだけだ。


「ありがとう……」


悪夢から解放された哀れな魂たちが最後に呟いた声が、赤子に届いていたかは誰にも分からない。


彼らの長き苦しみは終わった。


安らかな眠りへとつかせてくれたこの不思議な力を宿した赤子を、皆は”ウブスナ”と名付け呼んだ。




――それから実に長い年月が流れた。


赤子だったウブスナは少女へと成長した。

当時の記憶を宿さぬ彼女自身もまた、この世界の秘密――その起源を知らぬ者となっていた。

己が生まれた理由も、オーデに与えた安らぎも、その名の意味すらも、彼女は知る由も無かった。


いつしか世界には再び人間が戻り、文明が築かれ、因縁の歴史は忘れ去られていった。


その全ては、ただひとつの――赤子だったウブスナが発見されたとき、彼女の寝台となっていた物言わぬ石像だけが、その全てを知っていた。


世界が再び過ちを繰り返してしまうその日まで、石像は何も語らず、ただそこに在り続けた──。




ウブスナによってオーデが長い眠りについた後、世界は再び希望や尊厳を取り戻した。


それは、自由闊達な再生というよりも、制約のもとでの“更生”だった。

人類に与えられた領地は、たった一国にも満たない大きさの小さな土地だった。

それはまるで、人類の再起を、神に試されているかのような、小さすぎる世界だった。


欲望にまみれた争いを繰り返すことなく、己の分を知り、慎ましく生きることができるか。

世界の理を破壊せず、与えられた最小限の土地の上で、健やかに生きられるか。

大地を耕し、海を拓き、慈しみの心をもって、動植物と共に生きられるか。


それは、人類が滅びる前に失ったもの──「他者を慈しみ、共に生きるということ」を再び取り戻すための、神より与えられた最も小さな箱庭だったのだ。


やがて、人々はこの限られた世界の中で、新たな生活を築き始めた。

かつての過ちを繰り返すことなく、慎ましく生きることが当然のことのように語り継がれた。

そこには、かつての戦争も、血塗られた歴史も、世界を焼き尽くした咎人たちの名も存在しない、平和な世界が築かれた。


そこに生きる人々は誰一人として知らなかった――

かつて、一人の愚かな男の欲望が招いた世界の破滅のことも。

オーデが、虐殺された死者の魂〈クグリコ〉と契約を交わし、世界を覆い尽くす憎しみの化身となったことも。

彼らが眠っている間は、この世界の均衡は保たれるということも。


何も知らない。


知らないからこそ、そこに平和が成立していた。


しかし、その”無知の安寧”が永遠に続くことはなかった。

彼らはただ、“眠りについているだけ”なのだから。


たった今、一人の少年によって、その眠りは完全に解かれてしまった――

それの少年こそが、幼き日の朧だ。


「……」


突然目の前に広がった光景に朧は何も言えずに立ち尽くした。

束の間、朧の前には眠りから覚めたオーデ達が「お前は解放者か」と迫った。


勿論、朧は解放者でも、ウブスナの血を引くものでもない。


「先程のお前の唱えで〈開闢〉と〈終焉〉を含む全てのオーデが解放されてしまった」


オーデは語った。

世界の秘密を再び紐解いてしまった罪は重い、と。

知らなければこのまま、全ての息とし生ける者は、変わらぬ“無知の安寧”を享受できたのにと。


「世界の秘密を知ってしまった者は、その代償に罰をうけなければならない。重たい罰を――」


彼らは朧に究極の二択を迫った。


その一つが、〈終焉のオーデ〉を生涯封じ続けるというもの――。


全てを終わらせることのできる終焉の力は、他のオーデすらも無力化するため、皆が恐れていた。そのため誰か一人、終焉を封じ続ける必要があるとオーデは語った。

封印者の世代交代などは“継ぎ目”となり、そうした封印の隙間は終焉オーデが封印を破って目覚めるきっかけとなりかねないと、皆は口をそろえて言った。よって封印はたった一人で行うべき宿命――つまり、その役を仰せつかった者は、生涯孤独に、限りない命を生き続けることになるのだ、と。


「お前が最も恐れているのは、命を奪われることではなく、孤独であることだな……?」


〈審判のオーデ〉のよって、朧はその本心を言い当てられた。

ただ誰かに愛されることを渇望した朧にとって、それは何よりも辛い罰だった。


「今回再び野に放たれたオーデの審判が済むその時まで、お前はずっと、終焉を封印し続けろ」


有無を言えぬまま、朧は契りを交わされた。

その瞬間、彼の痩せこけた足には、どこからともなく足枷が浮かび上がる。


「お前の本体(魂)に封印の番を託した。

仮宿(肉体)は自由だが、本体は封印を解くその日までここを動けない」


審判のオーデは朧にそう告げると、四方八方に光を放ちながら燃焼するように消え失せた。まるで自分の力を各地に分散させたように。

その審判の力を受け継いだ存在――それが後の、導守達である。


そしてその導守の宿命こそが、二択の片割れの役割だ。

彼ら導守に課せられた「やるべきこと」――それは、オーデと契約しているクグリコを審判にかけその魂をあるべきお宿に還す道標となること――それによりこの世界を、オーデが再び目を覚ます前の状態に戻すことだ。


「やがて才のある導守が頭角を現し、この地を再び安寧へと導くだろう――それまで貴様の長い孤独は続く」


燃焼しながら審判のオーデが最後に言い残した言葉が、朧の中に深く沈んでいく――。


「ずっと眠っていた世界の秘密を知った愚かな者よ。

今与えられし己の役割を全うし、同じ過ちを繰り返すな。

世界を、“始まり”の――元の形に戻せ」


――――……

―――……

――……


再び目の前が真っ白になる。


膨大な記憶の波はそこで終わりを迎えた。

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