第45話「地獄でも天国〈前編〉」
ハロワン第45話「地獄でも天国〈前編〉」
産土不在の中、終焉のオーデに対峙することになった久遠と高嶺。
無謀と分かっていながら彼らが立ち向かうのは、恐怖に打ち勝ったからでも諦めたからでもない。
ただ、互いに互いが生きていて欲しいと切に思った――その願いだけで、今ここに立っていた。
P.S.
第42話「君となら〈後編〉」の続きのシーンです。
回想シーンに、高嶺が初めて久遠の専属となった日のことが出てきます。
出会った日のことってなぜか不意に思い出したりしますよねということで、久遠はきっとこの時に思い出しただろうなと思い、描いてみました。
この主従関係の始まりの日を、是非。
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残酷な描写は今回はありません。
独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています。
物語の進行に併せて随時更新してまいります。
宜しければご覧くださいませ。
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世界が、音を失った。
結界を越えた瞬間、周囲は静寂に包まれる。
先ほどまで吹いていた 荒れ狂う風も、咆哮のような大気の軋みも、全てが遮断された。
まるで 時間そのものが切り離されたような、異質な世界がそこにあった。
久遠が顔を上げると、やはり高嶺はそこにいた。
久遠は安心した様な表情に一瞬なったものの、すぐに後悔する様に目を伏せた。
「わりぃ……お前まで」
申し訳なさそうにする久遠に高嶺は微笑む。
「いえ、私が勝手に着いてきたのです」
そしてひざまずき、久遠の手を取る。
「……私の方こそ弱音を吐いてしまい、申し訳ありませんでした」
高嶺はしばし目を瞑り、深い謝罪の意を示す。
そして顔を上げた高嶺の表情は、一際凛々しかった。
「しかしもう揺るがない」
高嶺は今一度居直ると、姿勢を正し左手で久遠の手を包み、右手で自分の心臓に手を当て久遠にまっすぐ誓う。
「我が君がこの身を信じてくださる限り、どこまでもお仕えします」
あの日と全く同じその言葉に、久遠は高嶺と出会った日のことを鮮明に思い出した。
***
【回想録 ―― 数年前のあの日】
「終わった……」
たった今、導守としての任務を終えた荒野で、久遠はひとり空を見上げて呟いていた。
「“そっち”だったか………」
彼の目には、導守の特殊な瞳にしか映らぬ空ノ柱がぼんやりと映っていた。
漆黒をしているそれは、久遠が対峙したクグリコが執行となったことを告げていた。
導守はいつも自分と対峙したクグリコが、転生と執行のどちらの道を辿ったのか、全てが終わったこのタイミングでしか知ることはない。
「……」
ただぼんやりと荒野に突っ立ち、空を見上げる久遠。
すると不意に背後から、瓦礫を掻き分けるような音がした。
一人のFANGが久遠に歩み寄っていた。
その足取りは、久遠の様子を伺うように遠慮がちだった。
それもそのはず――先刻の任務で、身バレを防ぐために身に付けている久遠の仮面や装備は全て外れ、今はその姿が露わになっていたのだから。
任務を共にしたFANGといえど、導守の姿を直に見る事は固く禁じられているため、男は話しかける事自体躊躇している様だった。
「誠に失礼ながら……その……導守のお方でいらっしゃいますか?」
久遠は背後の声に気づくと一瞬目を見開いた。
「……」
そこには一人の屈強な体格の男が立っていた。
所々傷ついているものの、この死闘が終わった今もなお立っていられるとは、それだけで彼がかなりの実力者であることを物語っていた。
「…………一人、生き残ったのかぁ」
久遠の声はポツリと独り言の様で、男には届かなかった。
しかしこの無防備すぎる状況下、久遠が間違いなく導守であることを確信した男は、すぐに久遠を保護しようと近づいた。
「……その、お怪我はありませんか?
もう時期ここには人が大勢来ます。その前にお姿を隠された方が宜しいかと……」
「……」
久遠はぼうっと男の顔を見つめるだけで何も言わない。
男はその様子に戸惑って見つめ返したが、風が二人の間を吹き抜けたのにハッとしたように男は自分のマントをはずした。
「この様なもので宜しければ……。何も無いよりは幾分マシかと……」
男は「失礼します」と軽く一礼してから、久遠に自分の脱いだマントをかけようとした。
「……あ、」
久遠の小さな声がすると、男は慌ててその手を止めた。
「申し訳ありません、やはりお気に召しませんか。どうか非礼をお許しください」
言って再び、素早くマントを自らの手元に纏めた。
その咄嗟の出来事に、今までなるべく見ない様に努めていた久遠の目と男の目が至近距離であってしまう。
「……っ!」
男は驚き、息を詰めた。
見つめる先にいる久遠の頬には、涙が伝った跡が残り、目は少し充血して潤んでいたからだ。
「………泣いて、おられるのですか」
男はしばらく困惑した面持ちのまま久遠を見つめたが、ふと我に返った様子で久遠の体へと目をやる。
「どこか痛みますか……?とにかくここから離れましょう。
さぁ、安全な所へお連れします」
久遠は男に言われて、自分が泣いていた事に初めて気づき一瞬目を見開いた。
しかしそれにはすぐに関心を無くしたように無気力な目に戻ると、男の言うことはまるで聞かずに代わりにじっと見上げた。
男は間近で見れば見る程に、端正な顔立ちをしていた。
「………お前、前に見たことあるなぁ……」
久遠がだらりと首を傾げながら言う。
「……てことは、俺に同行して何度も生き残ってるってこった。FANG-αか……?」
一方の男は、久遠が全く身を隠す素振り無しに自分に平然と話しかけてくる様子に困惑した様子だ。
「……ええ、まぁ。一応……」
かろうじてそう答えるも、依然たじたじとしている男の顔を、久遠は興味津々に覗き込んだ。
「ほーん……」
久遠は自分の頭の位置に手をやると、今度はその手をひらりと男の方へと近づけ、まるで自分と男の伸長を比べるような動きをしてみせた。
久遠の手は男の首のあたりにこつんと当たる。実にその体格差が20センチほどはありそうなことは明らかであった。
「……すげー。でかいな、お前」
「……」
男は困惑した表情のまま久遠の心中を探るように、ただただ何もできずに一連の動きを眺めていた。
「何食ったらこうなるんだあ……?」
揶揄われているのだろうか……しかし、首を傾げながらぐるりと男を一周するように覗き込む久遠の目はそんな風ではなく、どちらかと言えば無邪気な子供のようだった。
男が何と反応したらよいか困っていると、久遠の視線が再び男の瞳に戻ってくる。
「……お前、真面目そうで良いなぁ。報告書、俺の代わりに出しといてくれよ」
「え」
とんでもない無茶ぶりに男は一瞬固まるも、すぐに姿勢を正して言う。
「……恐れながら導守様、それは貴方の職務であって、私程度のものが書けることなどたかがしれて……」
「いーのいーの。真面目だなぁ……固ぇ事気にすんな」
「しかし……」
男がさらに何か言いかけると、久遠はグッと顔を近づけ、至近距離でその目の奥を覗き込む様に低い声で言った。
「いーからやれぇ……」
脅しの様な、鋭い眼光。
その威圧感に男はひるみ、言いかけた反論をそっとしまった。
「……御意」
男が承知すると久遠は再びへらりとした笑みを浮かべ、
「頼んだぞ~」
そう言って男の肩をぽんとたたいて、久遠は一人その場を後にした。
その日の夜――
久遠はある書類に目を通していた。FANGのリストが掲載された書類だ。
久遠は、昼間の任務に同行したFANG一覧が掲載されているページへと手を走らせた。
調べたいものはすぐに見つかった。
「……た、か、ね……?」
それが、久遠が報告書を押し付けた男の名だ。
そのまま高嶺の経歴を読み進めると、高嶺はFANGの最高位であるαをわずか2年で拝命しており、今までデッドアサインと呼ばれる案件に数多く同行していた。
勿論、その中には過去に久遠が担当した任務も含まれていた。
「……あー。あれん時、たしかに居たな……」
久遠は過去の死闘の任務記録を、まるで卒業アルバムでも眺めるかのような気楽さで、時折懐かしむように呟きながら読み進めた。
そうこうしているうちに夜は深まり、気づくとかなりの時間が経過していたようだ。
すると不意に、暗い部屋の中、端末が明るく光った。
「……げ。こんな時間になんだよ……」
久遠は怪訝な表情で画面を開くと、クロノス幹部からの通知であった。
用件は、たった今、とあるFANGから久遠の落とし物を預かっているとのことであった。久遠にはそれが高嶺だとすぐに見当がついた。
そしてその届け物は、恐らく久遠が昼間の任務で押し付けた報告書だということも分かった。
通常、報告書は導守が提出するものだ。高嶺は、久遠から提出できるよう、気を回したのだろう。
また、FANGは導守と直接接触することを禁じられているため、自ら直接届けずにクロノスを経由したのだろう。クロノスからのメッセージには、「こちらが無ければ大変困られるだろう、できればすぐに渡してほしい」と、そのFANGから急ぎ渡すよう預かった旨が記載されていた。
報告書は任務当日中に提出することが原則であったからだ。
「真面目だなぁ……」
久遠は呟きながら、片手でぽちぽちと返信のメッセージを打ち込むと再び端末を放った。
「直接本人に持ってこさせろ」
しかし直後、今度はクロノス幹部から着信が来る。
「……んだよ、面倒くせぇ」
久遠は舌打ち交じりに乱暴に端末を手に取る。
「久遠様、直接となるとお顔を見られてしまいますゆえ難し――」
「構わねぇ。早くしろ」
「……」
忠告する幹部の言葉など耳にもくれずに、久遠は命令を下す。
クロノス幹部も久遠の様な力のある導守に機嫌を損なわれ万一任務を放棄されるようなことがあっては困るゆえ、それ以上強くは出られなかった。
それからものの20分足らずで、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。
「おー、入れー」
久遠は部屋の中で椅子に腰掛けたまま答える。
ドアが少し開き、廊下の光が部屋に差し込むと同時に、見覚えのある男が顔を覗かせた。
「夜分に失礼いたします」
「おー。待ってたぞ? 高嶺」
高嶺と呼ばれたその男は、教えたはずもない自分の名前が飛び出し、驚いた表情を浮かべる。
「……私が来ると分かっていたのですね」
「まあな」
ドア付近に立ったまま部屋の中に入ろうとしない高嶺に、久遠がこっちに来いと自分の近くのソファを指さす。
高嶺は一礼すると指示されるままに部屋の中へと足を進めた。
久遠のそばまで来ると、申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「本日の任務の報告書が出来ました。ご確認ならびにご提出お願いできればと……」
膝をつき、分厚いファイルを手渡す。
「さんきゅ」
久遠は小さく言って受取り、指で高嶺にそこに座れと合図を送る。
恐れ入りますと高嶺が腰を下ろした向かい側で、久遠は報告書に目を落とした。
冒頭のサマリーを通読しただけで分かる仕事の丁寧さ。内容は申し分ない完璧なものであった。久遠はそれを確認すると、後のページはペラペラとめくるだけだった。
高嶺は「本当に確認しているのか?」と明らかに疑わしく思っている表情で久遠をじっと見つめたが、特に何も言うことなく黙っていた。
久遠はろくに文字は追わずに、ページをペラペラとめくりながら高嶺に問いかける。
「……今までにやった任務とか、覚えてんのか」
急に話しかけられ、高嶺はやや驚きの表情を浮かべたが、すぐに真面目な面持ちになり答えた。
「ええ……覚えています」
久遠はふーんと言いながら相変わらずページをめくっている。
その質問の意図が分からず、高嶺もそれ以上何も言わずに黙っていたが、こうも反応が薄いと自分の回答が不十分であった様に思えて少々気まずい空気を感じずにはいられない。
「確かにお前は、よく覚えてそうだわ」
「……恐れ入ります」
久遠は相変わらず報告書に視線を落としたまま静かな声で言ったが、瞼がやや重く少し眠たそうだ。
目の下にもうっすらとクマがあり、その様子に高嶺は心配になり声を掛ける。
「……あの、恐れながら導守様。この様な時間に自分が届けておいてなんですが、本日はもう休まれた方が宜しいかと……日中の任務でお疲れでしょう……」
でしゃばりかと思いながらも高嶺は慎重に言葉を選びながら久遠に睡眠を勧めた。
が――
「久遠」
久遠から帰って来たのはその一言。
「?」
全く予想外の答えにその先を促すように高嶺が小首を傾げると、久遠は続けた。
「俺の名前だ。覚えとけ」
「久遠様……。――ッ!」
高嶺は慌てた表情で勢いそのままに久遠の発言を制した。
「いけません……! 導守様の個人情報は極秘情報。
いちFANGにその名を明かしてしまっては――」
久遠はかったるそうに小指で耳をかきながら、その指摘の上からかぶせるようにして言った。
「へーへー、わーってるよ。けど、どうせお前は誰にも言わねぇんだから問題ないだろ?」
慌てているのは高嶺ばかりで、久遠は全く気にする素振りが無く、呑気に欠伸なんかしている。
高嶺がそれ以上なにも言い返さず静かにしていると、やがて久遠は組んでいた足を今度はソファに投げ出しながらぽつりと話し始めた。
「……俺はよく覚えていない」
これは先程の高嶺への問いかけ――「今までにやった任務を覚えているか」という話の続きだろうと、高嶺は静かに耳を傾けた。
「うまいモンとか、場所とか、そーゆーのは覚えんだよ。
ダメなのは自分が過去にやった任務のこととか、人の顔とか名前とか……そーゆーもんは殆どすぐに忘れちまう。
覚える気がねえってこった」
久遠は自嘲気味に笑って肩をすくめる。
「……けどま、そんな俺がホント、たま~にすんなり覚える奴が居んだよ」
そう言って高嶺の方を指差す。
「例えばお前ぇみたいに」
「……!」
驚く高嶺を他所に、久遠は長い髪を指先でクルクルしながら気ままに話を続けている。
「そーゆー奴は大抵、この先俺の人生に深く関わる奴だと決まっててなぁ」
「……それは、大変光栄な事でございます」
その、相変わらずお固いリアクションに久遠は思わず「ぷっ」と吹き出した。
「お前、変だな」
「……変?」
「おん」
心底不思議そうな顔の高嶺だが、はたと思い出したように、
「……確かに。よく、変わっているとは……言われます」
大真面目な顔でそう言うので、久遠は更に愉快そうに笑った。
「おーおーやめろぉ……腹痛ぇ!」
けたけたと笑う久遠とは裏腹に、高嶺は深刻な表情のままだ。
「根っからのバカ真面目ゆーとーせー。なんか話し方も面白ぇし。
色んな意味で絶滅危惧種すぎだろ」
貶されているのか何なのか……高嶺は相変わらず深刻な表情のまま久遠を見つめ返す。
久遠はソファに寝そべったまま高嶺の目をしっかりと見上げる。
「けど……うん。良い奴だ。多分」
人を見る目に自信があるのか、久遠は満足げに笑みを浮かべながら言った。
高嶺は感謝の意を示すように、胸に手を当て軽く頭を垂れた。「ほらそーゆーとこ」と指摘しながらまた久遠が笑う。
「αのFANGだけは仕える導守を選べるのは知ってるなぁ?」
「ええ勿論……」
「お前、俺を選べよ」
「え」
高嶺は突然の提案に驚き、硬直する。
まさかそんな提案をされるとは、想像もしていなかった。
「別に嫌じゃねえだろ?」
へらりと笑う久遠に、高嶺はいまだに驚きが隠せぬままでいた。
「……いや、その……実を申し上げますと、似た事と言いますか……私もそんなことを考えておりました」
その高嶺の言葉に、今度は久遠の方が驚き、見開いた大きな目で高嶺の方を見つめ返す。
金色の瞳は僅かに揺れて光り、高嶺はその目に導かれるように言葉を紡いでいった。
「……あのあと、貴方を……ずっと忘れられずにおりました……」
「……なんだ?急に。ぷろぽーずかぁ?」
久遠は半ば茶化すように欠伸をしてみせたが、高嶺は真剣な表情のまま続ける。
「……いえ、その……貴方の涙があまりにも美しく、あんなに儚いものかと……うむ、なんといえば良いか……」
高嶺は慎重に言葉を選びながらさらに続けた。
「僭越ながら、私はこれまで数多くの任務に同行して参りました。
恐らく現在の死神全員の任務を経験していると思います。
その中で……任務の後にあんな涙を流す方は、未だかつて見た事がなかったのです」
久遠は真剣な表情でじっと見つめたままで、高嶺の言葉を聞く。
「ある者は極めて冷淡、無関心、割り切った様にビジネスライク。
またある者は半ば面白がっている様子であったり、まるで任務を己の実力試しのように捉えている方……導守にはそんな方々が数多くいらっしゃいます。
しかし同時に、導守の宿命を背負った者は誰もがそうなる――それほどまでに大変な努めなのだろうと、解釈しておりました」
「……顔が見えねぇのになぜ分かる?」
眉間に小さく皺を寄せ、やや懐疑的な目を向ける久遠。
「そうですね、ご指摘はご尤も。根拠は何もございません。しかし、伝わるのです」
そう答える高嶺の目に迷いは無く、堂々としている。
久遠は高嶺の鋭い洞察力に驚いた。他の死神の面々を思い浮かべると、高嶺の語ったどの印象も彼らのそれぞれに当てはまるように思える。
「……なので、忘れられなかった。
死闘の直後に涙を流し、立ち尽くす貴方を。
導守は……いや人は、あんなにも儚く美しく清い涙を流すものなのかと……」
「……」
高嶺は久遠の瞳をまっすぐ見つめながら言った。
久遠には高嶺の真剣な視線が眩しく、何も言えずただただ見つめ返すことしかできないでいた。
「誰よりも強く孤高の存在。しかしその実態はあまりに脆く儚く、愛おしい。
そんな貴方をお側でお守りしたい。そう感じたのです」
高嶺は徐に立ち上がり、久遠の前まで行くと、迷いなく片方の膝を床についた。日常生活においてなかなかとらない姿勢だが、なぜか高嶺がやれば様になった。その姿はまるで御伽噺の王子さながらだ。
その様子には、久遠の方が驚かされ呆気にとらえたが、それが悟られるのも癪なのでソファにもたれたまま視線だけ高嶺へやる。
「我が君――久遠様。
この高嶺、これからは貴方だけを、この命をかけてお守りします。
これより私は、貴方の剣であり盾。ときに敵を討つ刃、ときに闇を照らす光となり、貴方を包み込みます。
これより後の人生全てをかけて、貴方の望むもの全て、手に入れましょう」
久遠はまじまじと高嶺を見つめた。
その言葉の一つ一つがあまりにも真剣で、冗談や気まぐれの類ではないとすぐにわかる。もう少し軽い調子で返されると思っていたのに、まさかここまでの覚悟を見せられるとは思わなかった。
「……お前な。そういうの少しは加減しろ。聞いてるだけで恥ずかしくなるんだよ」
掠れた声で小さく口を動かす久遠に、高嶺は微動だにせず、真っ直ぐな瞳で久遠を見上げ上品に微笑んだ。
「加減などできません。これは私の誓いです。
我が君がこの身を信じてくださる限り、私はどこまでもお仕えします」
その表情には迷いが一切なく、むしろどこか誇らしげですらある。その堂々たる態度に、久遠は息を詰めた。
「……」
「……」
沈黙が続く中、久遠は言葉を探すように目を伏せる。
高嶺の真剣な眼差しを正面から受け止めるのは、思いのほか難しい。
「……ま、気楽にいこーや。ゆーとーせー」
ようやく絞り出した言葉は、どこか照れ隠しじみていた。久遠はわざと軽くため息をつき、高嶺から視線を外す。だが、その耳先がわずかに赤く染まっていることを、高嶺はしっかりと捉えていた。
高嶺はその様子に微かに口角を上げると、一礼してから一歩下がった。
「はい、我が君。
そのお気持ちもまた、大切にさせていただきます」
その言葉に、久遠は一瞬だけちらりと高嶺を見たが、すぐにまたそっぽを向くのだった。
***
【そして現在――】
「我が君」
暗黒の世界に、いつも通りの自信に満ち溢れた高嶺の声が響いた。
「必ず、この闘いを終わらせてうちに帰りましょう。あたたかいお布団と、アップルパイをご用意します」
その場に似つかわしくない言葉を紡ぎながら、高嶺は優しく微笑んだ。
久遠もそれに釣られる様にして僅かに口角を上げる。
するとその時――
二人の頭上から不意に声が降る。
「お主がきたか……」
その声は間違いなく、朧のものだった。
高嶺と久遠は息を詰めて声のした方を見上げた。
遥か高み。 そこに影があった。
――遠い。
その姿形は曖昧で、まるで濃霧の中に溶け込むように揺らいでいる。
しかし、耳に届く声は確かにあの男のもの。
「”ハズレ”じゃな」
嘲け嗤うような朧の声に、久遠の目が鋭く細められる。
その言葉に、隣で高嶺も拳を握りしめ、怒りを露わにしていた。
「……っ」
朧のその一言が何を意味するのか――考えるまでもない。
やはり朧は、産土を待っている。
それでも今は、久遠がここにいる。
それでも戦うと、もう決めたのだ。
「悪かったなぁ、ハズレで……」
いつもの調子で悪態をつきながら、意識は朧の一挙一動に細心の注意を払っている。
いつ何時でも動けるよう、しかしそれを悟られぬよう、身体のどこにも重点を置きすぎぬように意識を巡らせる。
「……なら、誰なら“アタリ”だったんだよ」
「……」
挑発的に朧を見上げる久遠を、暫し冷たく見下ろす。
その沈黙が、さらに緊迫を煽る。
(何を……はかってる……?)
久遠のこめかみからは自然と汗が伝った。
隣では高嶺も朧への警戒を一際高めている。
「何やら訳知り顔じゃな」
「……!」
朧の不気味な嗤い声が反響したかと思えば、次の瞬間ふっと得体の知れない静けさが鉛の様にその場の空気を重たく落とす。
そして、朧の低い声が闇の中で響いた。
「お主も、世界の秘密を知ろうとした罰を受けると良い――……!」
その瞬間、高嶺が先手を打つ。誰の目に留まらぬ素早い動きで、一瞬にして遥か上空の朧の肩を撃ち抜いた。
――!
先刻の任務で武具は使い切り、銃弾などの類のものはもう手元に無い。
朧の肩を貫通したのは、高嶺が恐ろしく剛速球で投げつけたカフスだった。
先程投与したV.A.Mが効いており、高嶺の身体能力はまだ増強状態にあり、これを可能にしたのだ。
完全に意表を突かれた朧の身体が、真っ逆様に堕ちてくる。
久遠は高嶺がつくったこの機を逃さんと、右手の刻印から執行の鎖を素早く解放すると、いきおいそのままに地を蹴った。
「――その“ハズレ”に、」
飛び上がった久遠が朧を目掛けて鎖を放つ。
それと同時、朧が地にたたきつけられる。
土埃が舞う。
「――執行される気分は、どうだ……!!!」
確実に捉えた。
しかし――
「……っ?!!」
あまりの手応えの無さに、土煙の中目を凝らした久遠はその光景に思わず目を見開いた。
(続く)




