第44話「戦恐」
ハロワン第44話「戦恐」
最終計画の任務を終え、クロノス本部に帰還する道中の産土と朝霧。
久方ぶりの陸の居ない空間に、虚無感を感じずにはいられぬ二人。
しかしそれも束の間、突然目の前に広がった風景に二人は息を詰めた――
P.S.
第40話「断罪」の続きのシーンです。
いよいよこの後は、最終局面に入っていきます。
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今回、残酷な描写はありません。
独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています。
物語の進行に併せて随時更新してまいります。
宜しければご覧くださいませ。
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「疲れた……」
任務を終えた産土は、専用機の中で長い脚を放り出した。
「久々、後味最悪だったな……」
先程の兄妹のオーデの執行を思い出しながら、産土はそう言った。
隣では朝霧が愛刀を手入れしている。彼の肩はざっくりと裂け、黒い外套の合間から赤黒い肉がちらりと覗いた。
「……」
先程の戦闘で朝霧が産土を護った際に負ったものだ。朝霧がこれほどの傷をつくるのは珍しかった。
産土は見慣れない相棒の負傷した姿をちらりと見やった。
「……痛む?」
「そこそこ、な」
朝霧はふっと鼻を鳴らした。
「こっちからの攻撃は御法度……が、うちのやり方だからな」
朝霧が煙草を咥えると、産土は言葉の代わりに、敬意を示す様に自然な手つきでそこへ火を焚べた。
「さんきゅ」
朝霧が短く言って傷をさすりながら一服する。
少しの沈黙ののち、産土は口を開いた。
「……さっきのコの言ってたことは、よく分かる。どっちが悪いとか、正しいとか、ルールってもんがある限り、それで幸せな奴がいれば、そうじゃない奴もいるのは当然のこと。
ルールは作った奴の意思が全てだ」
産土は何気なく手の刻印に視線を落としながら続けた。
「さっきのコだけじゃない。俺もあんぱんも、てんてんも、りんりんもみんな……陸もさ。……言ってしまえば誰かの意思の奴隷だ」
産土は一拍おくと、かったるそうに一度大きく伸びをした。
「……ならせめて、抗う術くらい教えてほしいよね。こっちは相変わらず、〈開闢のオーデ〉の発動トリガーも、使い方も分かんないまんま………。
――どうやったら世界を変えられる?」
独り言の様に呟かれた言葉が、行き場をなくして宙ぶらりんになる。
「……」
「……」
また、しばしの沈黙。
頬杖をつき、外を見る産土。
今度は朝霧に呼びかけ、またぼんやりと言う。
「……なぁ、あんぱん。俺らは一体、"誰のための世界"の住人なんだろうな?」
答えを求めている訳ではない。
そんなこと、誰にも分からない。
産土の金色の瞳は、どこか遠くを見つめている。
地平線の、そのまた向こうのはるか彼方の、誰も知らないその地を渇望するかのような、そんな切なげな雰囲気が漂う。
「まぁ……ずぶとく行こうや」
朝霧はそれだけつぶやくと、何も言わず、ただ隣に立った。
そのまま黙って主の肩を軽くぽんと、一度だけ叩く。
「……」
産土はちらと横目でそれを見て、そしてふっと笑っただけだった。
「……」
「……」
そして、また沈黙。
いつもならこの辺りで、陸が何かしら話し出す。
任務終了を誰よりも心から喜び、「今ならごつごつが食べれる」だのなんだのと、産土や朝霧に話しかけてくるところだか――今日はその存在が、もう居ない。
「……静かだねぇ」
思わず産土が呟くと、朝霧は微笑を浮かべながら一服する。
「2人だとこんな感じだったか」
その相槌に、産土ははっと笑った。
「熟年夫婦じゃないのよ、俺ら」
その返しに、朝霧もまた短く笑って済ませた。
それにしても本当に静かだ。
産土も朝霧も、互いに言葉を探すが、なんとなくどれもマッチしない。
ただ時間だけが過ぎていった。
沈黙のまま、朝霧が遂に3本目のタバコに火をつける頃、産土が徐に口を開いた。
「……今頃、お兄さんに会えてる頃だよ」
主語は無いが、それは他でもない陸のことだ。
同じく陸のことを思い出していた朝霧も、産土の言葉を聞いてすぐに理解した。
「そうか」
短く答えながら、朝霧が産土の方を見ると、退屈そうに頬杖をつきながら、窓の外を見つめていた。
その目はどこか切なそうだった。
「ちゃんと会ってんだろうな……」
「……流石にな」
朝霧も産土と同じ方へ、窓の外へ視線をやる。
「……」
産土は黙って地平線を見つめていた。
この男のこんなに寂しそうな表情は見たことが無い、と朝霧は思った。
その表情に思わず言葉をかけてしまう。
「……そんなに寂しいなら、あんなこと言わずに、今回くらいまで連れてくりゃ良かったろ。どうせまだ契約切れてねぇんだから」
一瞬産土は驚いた様に朝霧の方を振り返った。
産土と同じく、陸の幸せを願う朝霧にしては、だいぶ矛盾する意見。しかし、そう言われてしまうほどに、自分が寂しい顔をしていたのかと、思わず産土は軽く笑ってしまう。
しかし何をとやかく言ったところで陸はもうここには居ない。それで良いのだ。
産土は口角を僅かに上げた。
「なに。あんぱん分かってたの?」
肩を少しすくめてみせる朝霧に、産土はそのまま続けた。
「……まぁ、後悔はしてないけど、誤算はあったよね」
産土は前屈みになると、目の前で組んだ両手に視線を落とした。
脳裏に焼きついている、あの日の陸の、なんとも言えぬ表情が、鮮明に思い出される。
「まさか、あんな顔されると思わなかった……」
朝霧もまさに同じことを思い浮かべていた。
「……そうだな」
「でもまぁ、ただの誤算だ……。そのうち陸も、こうなって良かったって気付くでしょ」
産土は仕切り直す様に、もう一度伸びると、盛大に話題を変えた。
「そういやあんぱん、あの気持ち悪い一斉調査、もう終わった?」
逮捕歴のある朝霧は専属FANGとなった今も、全大陸民一斉調査実施のタイミングが大陸の不毛地帯とされる〈バルバロア〉と同じというカースト下位の扱いなのだ。
「………そういやまだだな」
「遅くね?」
「あぁ。もうそろそろ来ていい頃だが……」
朝霧は端末の受信履歴を漁りながら呟く。
「やっぱまだだ……けど妙だな」
「何が?」
「陸はもうとっくに済ませたって言ってたぞ」
「陸……?」
「あぁ。あいつ今、住所登録がユートピアになってるからすぐ案内が来てたらしい。その会話をしたのがちょうど10日前くらい……底辺の俺でも、流石に案内来てていい時期ではあるけどな」
「…………」
朝霧の言うことは尤もだ。
その時、産土の頭に、ふと嫌な予感が過ぎった。
クロノスがもし、“値踏み”の調査範囲を、ユートピアだけに絞っていたら――
(調査の結果が出そろうタイミングは、今頃ってことじゃ……?)
産土のこめかみに、一筋の冷や汗が伝う。
(いや、考えすぎか――)
その途端――
目で追っていた雲の漂う向きが、急に踵を返したように変わった。
しかし実際に風が吹いている訳ではない。むしろ風一つ吹かない、異様な静けさの中、生ぬるい空気だけがその場を包み込んでいた。
「……嫌な感じがする」
産土がそう呟いた、次の瞬間――
とんでもない悪寒が産土と朝霧を襲った。
2人はすぐさま臨戦体制の形相で、気配を感じた方へと顔を上げる。
するとそこには、空間を切り裂く様な紫が見えた。
(この距離から確認できるってことは、相当デカい………!)
間違いなく、〈終焉のオーデ〉。
遥か遠く、空に浮かぶそれを見上げる二人。
「待って……。あれさ……」
珍しく産土も言葉を失っており、朝霧も隣で険しい顔をしている。
(――予定よりも、早すぎる……!)
空に浮かび上がった巨大な影。 それはまるで、世界そのものが裂け、喰われる前兆のようだった。
その時、手元の端末が強制通話モードに切り替わり、クロノス幹部がモニターに映し出された。
「……!」
産土と朝霧は戸惑いつつもすぐにそちらへ反応する。
「……――土様……――産土様、聞こえますか!」
朝霧が手元で素早く通信を安定させ、クロノスの声が次第に鮮明に聞こえるようになる。
産土はその問いかけには答えず、すかさず開口一番クロノス側へと指示を飛ばした。
「機体のスピードを最高速度に引き上げろ……!」
これにはむしろクロノス側が思わずたじろぐほどだ。
「しかしもうこれ以上上げてしまったら、期待が圧力に耐えきれず崩壊する恐れがあります……!」
「うまいことやれ! 緊急事態なんだろ……さっさという通りにしろ!」
「はい……! あと10分後にはつける算段で進めます」
「遅い! 一刻も早く、俺をあの麓まで連れてけ。それがお前らの仕事だろうが」
産土が言い終わるか終わらないかくらいのタイミングで、突如、巨大な紫の怪異が一瞬にしてふっと消え失せた。
その刹那、産土も朝霧も、モニターのクロノス第二階層の幹部らも皆、そちらを眺めた。
「これは……」
事態が飲み込めず、言葉が詰まるクロノス幹部。一方の産土は冷静に目を細め、先程まで終焉のオーデが開いていた空の付近を確認する。
(空ノ柱はあがっていない……てことは、)
「……っ!」
それは、あの麓にいる誰かが、今まさに開廷したということを物語っていた。
(てんてんだ……!)
あの麓で開廷したのは、久遠なのでは――。
確信はない。しかし産土は心の中で彼の名を叫んでいた。
終焉のオーデが再び開く前までに、是が非でも間に合わなければ――
端末を握りしめ、産土はクロノス幹部を急かしたてた。
「あそこに着きさえすりゃ、あとは全部何とかしてやる! いいから早く! 急げ……!!!」
モニターに声を荒げる産土の鼓動は最高潮に達していた。
(駆けつけたところで、どうやって割り込む? やり方なんて分からない……けど開闢は特別だ。終焉に強く惹きつけられるなら、或いは――……!)
開廷中は基本、一対一の法則で、オーデと導守は一対一でしか審議署空間には入れない。
しかしそんなことを言っている場合ではない。とにかく開闢持ちである自分は、あそこに一刻も早く駆けつける他ないのだという使命感が産土を支配していた。
不意に朝霧を振り返って言う。
「――あんぱん、分かってるね? 話した通り、」
しかし振り返った産土の顔は、その冷静な声とは裏腹に青ざめて、金色の瞳の奥は恐怖と不安に揺れている。
「開廷は俺1人でやる。あんぱんはダメだった時のための備えだ」
産土のその形相を見た朝霧は、いま主が置かれたこの絶望的な状況と、その極限の心理状態を一瞬のうちに読み取っってしまう。
「命令だからな」
突然の、予想外の襲来。さらに仲間の窮地に、流石の産土も気持ちを整えてる余裕なんか無いのだ。
その上、この緊急事態を止められる可能性は自分にのみ託されているという状況。
なんて重圧だろう。
「産土……」
朝霧は、とんでもない使命を背負わされている主の背中を、どうすることも出来ない自らのやるせなさを感じながら見つめた。
産土はそんな朝霧の思いは分かっているように軽く頷くと、再び終焉がいた空の麓を見つめた。
「頼む……持ち堪えてくれ……っ」
組んだ両手を額に当て、座り込んだ産土の祈りが力無く響いた。




