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第43話「本心」

ハロワン第43話「本心」


とうとう待ち望んだ3年越しの、兄との再会が叶う。

しかし、入館証を手にしてアルカナの扉の前に立つ陸の心境は複雑だった――


P.S.

自分にも兄弟がいるので、この時の海(陸の兄)の気持ちには

非常に共感しながら書きました。

陸、頑張れ…!


――――――――――――――――――――――――――――――

残酷な描写はまだありません。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています。

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

約束の日が来た。


クロノスの研究施設〈アルカナ〉の白い廊下を歩く。

無機質な壁に反響する足音だけが、やけに耳に響いた。


産土(うぶすな)が用意してくれた入館証を握りしめたまま、陸は無意識に指先に力を込める。


この先に、兄がいる。

約3年ぶりの、再会。


にもかかわらず――

兄との再会を前にしても、陸の胸にあるのは、産土と朝霧の安否、そして二人と突然会えなくなった喪失感ばかりだ。


この瞬間をずっと待ち望んでいたはずなのに、胸の奥にはぽっかりと穴が空いたままだった。



扉の前に立ち、呼吸を整える。

そして、入館証をモニターにかざすと、間も無く重厚な扉が開いた。


自分は今、どんな顔をしているだろうか。


折角再開する兄に気を遣わせる様な顔をしていなければ良いのだが――。

複雑な思いが整わないまま、内扉が開き、いよいよ真っ白な空間が目の前に飛び込んできた。


すると――


「いえーい!!! 再開、おめでと〜〜〜っ!!」


パン!! パァン!!!!


聞き慣れた能天気な声と共に放たれた、突然の耳をつんざく破裂音。


「――ッ!?」


思わず身構えて目を瞬かせた陸に、目の前ではよく知った顔が両手を広げて笑っていた。

少し大人びた面持ちの兄だった。


「陸〜〜〜〜〜!! 久しぶり!! 元気だった??」


手に持ったピンク色のクラッカーを放り出して、正面から陸に抱きつく。


「あ〜〜〜陸ぅ〜〜〜!!!」

「……お、おう……!」


温度差がものすごい。

ついさっきまで、沈んだ気持ちで施設を歩いていた陸には、あまりにも眩しすぎるテンションの兄。


「……熱烈だなぁ」

「そりゃそうでしょ!3年ぶりなんだよ?!」


あまりに嬉しそうにする兄に、雪解けの様に陸の心はじんわりとあたたかくなっていく。


「なんか、また一段と男らしくなったっていうか、大人っぽくなったねぇ……なんか、イカつい……!」


陸の胸筋をバシバシと叩きながら兄は愉快そうに笑った。


「流石、自衛官の極みだね」


その兄の言葉に陸は言葉が詰まった。

当然ながら兄には、専属FANG(ファング)になったこと、オーデ討伐プロジェクトに参加したこと、全て話せていない。


「ほんとに、会いにきてくれてありがとう! でもどうやってここに入ってこれたの? アルカナは厳重管理だから、さぞ入るのが難しかったんじゃない……?」


陸が返答の言葉を探し終えるより早く、兄は陸の手元の入館証に目をやりハッとした。


「……それ」


入館証には、陸の身分を証明するための様々な記載がある。

恐らく、兄にとっては見慣れない「FANG」のマークが目に入ったのだろう。


(……一体、何から話せばいい……)


説明の順序は整わなかったが、陸は口を開いた。


「……少しの間、ある人の専属FANGをやってたんだ」


予想外の話の入りに、兄は目を丸くして聞き入っている。

陸は手元の入館証を兄に見せながら説明を続けた。


「そのときの功績が認められて、なんとかこれを手にすることが叶ったらしい……あぁ、らしいってのは、これ、俺が自分で手に入れたんじゃないんだ。もっとも専属FANGになったのは、ここに来て兄貴に会うためだったんだけど……。

これは、俺が仕えてた人が、ついこの前、俺の為に手に入れてくれたんだ。どうやったのかは知らないけど……多分、相当頼み込んでくれたんだと思う。普段横柄で、きっと今まで人に頭なんか下げたことないあの人が」


懐かしむ様に、しかしどこか悲しげに視線を落としたままの陸。

一方の兄は、眼鏡をかけ直しながらなんとか頭を巡らせていた。

 

「……えっと……頭が追いついてないんだけど……そもそもFANGになるのだって簡単じゃないって言うし……まして専属を取るのは導守(しるべもり)最高位の、その……死神様だけでしょ……?

「そう」

「陸は……彼らと仕事をしてたってこと?」


こくりと頷いてみせる陸。


「じゃあ、オーデと……」


そこまでいって兄は息を呑む。


「さっき”功績が認められた”……って言ったよね? それって討伐したってこと……?」

「そう」


平然と答える陸に、兄は瞬きしながら口をあんぐり開けている。

そして陸は、ふと自分の腕のブレスレットに目を留め「あ」と思い出したように声を出した。


「そうだ、これ……」


首を傾げる兄に、もうぼろぼろになったブレスレットを手渡した。


「これを渡しに来たんだった……ここに来るまでにボロボロにしちゃったけど」


ブルーの天然石があしらわれた、ところどころほつれてしまってるブレスレットを、兄は大切そうに受け取った。


「……母ちゃんが、3人お揃いでって」


陸の言葉に、兄は優し気に視線を落とす。


「そっか……ありがと」


そう言って、利き腕にすぐにはめてみせた。


「本当に……色々あったね」


兄はしみじみと言いながら、陸の方を見た。


「きっと、本当にいろんな大変な目にあって、ここまできてくれたんだね。陸、ありがとう」


陸は、そんな兄の言葉に少し肩をすくめる。


「でもそれも全部、いまや過去の栄光だよ。この入館証を渡された日に、契約破棄を告げられたんだ」


そう語る陸は事実を淡々と話しているようだが、どこか酷く悲しそうだ。


「俺は、今はもう、専属でもFANGでもなんでもない」

「え……」

「あぁ、流石に戦力外通告ではなかったよ」


安心して、と笑ってみせる陸はどこか力無い。


「これからますます佳境になるから、次の任務からはもう来なくていいって……“お前は自由だ”とか言ってさ……。俺にはもう任務なんか忘れて、もといた普通の生活に戻ってほしいって。それを願っての決断だって……流石にちゃんと伝わってる。本当にありがたいと……心から思う。

うん、本当に」


しかし陸自身の耐え難い侘しさからすれば、甚だしく建前めいたセリフ。

陸は他の誰でもなく自分自身を納得させる様に、言葉を噛み締めて頷いてみせる。


「……」


その様子を無言で見つめる兄と、不意に目が合うが、陸はなんとなく目を晒した。


暫しの沈黙。


陸は、一度口を閉じたものの、重くのしかかるその静けさに耐えきれず、何かを埋めるように、もう一度口を開いた。


「……ま、でもさ」


乾いた笑いをひとつ挟み、なるべく気にしていない風を装う。


「本当、これで良かったんだ。多分。これまで無事で帰還できたのは、ぶっちゃけ運が良かったのもあるし……聞くところによれば、このあとの最終局面では、FANGの出る幕なんかないって話だったし。実際、いい感じに潮時だったのかもしれん」



「――陸」



不意に名前を呼ばれ、ふと兄の方へと目線を戻す。

すると兄は、穏やかに微笑みかけながら言った。


「“やりたいこと”、見つかったんじゃない?」

「……っ!」


“やりたいこと”。

そのフレーズから、これが幼い日に兄弟で交わした会話の続きだと、陸にはすぐに分かった。


――『兄貴はいいよな。やりたいことがあってさ』


陸はずっとコンプレックスに感じてきた。漫然と生きてきた自分自身に対して。


でも今は――違う。



産土と朝霧と、肩を並べて、ずっと隣を歩いていたい。



揺れる陸の瞳を眺めながら、兄は目の前にいる弟の両肩に手を置いた。


「……うん。見つかったんだね」

「……どう……だろうな」


――だめだ。

ずっと言わずに閉まってきた本音が、陸の中に今、猛烈に吹き荒れる。


「けど、なんか俺……」


兄の優しい眼差しに導かれる様に、陸の心の中では想いが蓋をしてもあふれだす。


「……すごく……今、すごく……」


声に出した事で、決壊したダムの様に、ふさごうとしてもあふれだす。

何より優しく見守ってくれる兄を前に、陸は耐えられず、本心を打ち明けた。


「すごく……………寂しいんだ」


〈終焉のオーデ〉が開き、世界が終ろうとしていると知ったその時、こうして兄の隣に居られることが――今この瞬間が――どれだけ幸せなことか。

そのことを、陸が理解していないはずがなかった。

誰よりもその喜びを感じていた。


でも今の自分はもう、それだけではだめなのだ。


「任務の度に命の危険に直面して、その度にもうこんな想いごめんだって何度も思ったはずなのに、それでも懲りずに、今もどっかで、あの感覚を欲している自分がいる」


陸は空いている方の拳をわずかに握りしめる。


「もう一度……自分でも自分が信じられないけど、あの二人と肩を並べたい……本当、いつからこんな……傲慢になったんだろうな」


そう語る陸は確かに陸だが、兄の知っている陸とは別人の様な大人びた面持ちをしていた。

手を伸ばせば触れられる距離にいるはずなのに、陸の渇望する景色を思うと、兄はまるで何重ものバリケード越しの様に、実の弟の存在を遠く感じたのだった。


ただ静かに、ひたすら、弟から漏れる本音に耳を傾け、向き合う。


「でも、気付いたところでもう遅い……FANGの資格も剥奪されて、今じゃもうどうすることもできない」


気を抜けば涙に緩んでしまいそうな唇を噛み締めながら、陸は再び床に視線を落とした。


兄は無言で陸の肩をさすりながら、陸が握りしめている招待カードのチップを見つめた。

暫しの沈黙の後、兄が「あっ」と小さく声を上げたのにつられて、陸も顔を上げた。


「……けど……ならなんでここに入ってこれたんだろう?」


チップを見つめながら不意に出た兄のつぶやきに、陸は顔を上げた。


「……え?」


「いや……アルカナに出入りするには、必ず今現在のアクティブな個人情報が必要なんだよ。さっきの話だと、陸はもうFANGじゃないってことだったけど、それって何か証明書の発行があったとか、なんかしら自分の目で確かめたの……?」

「いや……そういやそういうのはなんも……」


産土に告げられたとき、あまりのショックに、特に何かを確かめる事もせず、そのまま鵜呑みにしたといえばした。


兄は、入館証を手に取り、至近距離でまじまじと見つめる。


「うん……やっぱりこのチップ、今現在FANGに登録されてるリストの人の生体認証しか受け付けないはずだから……。

まだ契約破棄の処理はされてないってことかな……今回のアポイント、その死神の人が取り付けてくれたものって言ってたよね。なら多分、この訪問が終わるまでは便宜上、リストからの削除をペンディングしてあるんじゃないかな」

「……っ!」


見開かれる陸の瞳に正気の光が差す。

それを、血のつながった兄が見逃すはずがない。


「……やっと元気な顔になったね」


兄は陸をもう一度抱きしめて、慈しむ様に頭を撫でた。

その深い温もりに、自分の本当の居場所は何処なのか――陸の心は大きく揺れた。


その時だった。


空間ごと揺さぶるような、耳障りな金属音が2人を襲った。

陸と兄は反射的に耳を塞ぎながら、その場にしゃがみ込んだ。


「……陸っ…!」


兄は床に四つん這いになりながら陸の元へとよると、「……これは何?」と不安そうに顔を覗き込むのだった。

胸を締め付けられるような、重圧。

理屈ではなく、陸の本能が叫ぶ。


――ヤバい。


思わず身体が硬直した。


(まだ産土が言ってた日まで数週間あるのに……)


「……早すぎるだろ」


陸は兄を支えるようにして起き上がりつつも、音のした方を見据える。こめかみに冷や汗が伝った。


「まずい……」


(……でもこれは間違いなく……)


間違いなく、死神たちが討つべき存在。

この世界に一度足を踏み入れた者なら、本能レベルで分かってしまう。


それも、今回のは明らかに、格が違う。

息が詰まるような禍々しさが、距離があるはずの場所から、アルカナ全体を覆い尽くしそうな勢いで膨れ上がっていく。



――終焉のオーデが目を覚ましたのだ。



バチンッ!!


施設全体の照明が、一瞬にして弾け飛び、非常灯の赤が、無機質な廊下を妖しく染める。

警報音がけたたましく鳴り響き、緊急事態を知らせた。


「避難指示だ……陸、行こう……!」


兄は咄嗟に陸の腕をとった。


「どこへ……!」


まだ足取りの重い陸の腕をとり、足元の誘導灯を頼りに兄は部屋を飛び出す。


「ここの地下が、この大陸で一番安全な避難所になってる! 急ごう……!」


しかし陸は走りながら心ここに在らずだった。


(ボスは? まだ戻ってきていないのか? それとも、もう応戦して……いや、そんな簡単に負ける奴じゃない……いやでも、じゃあなぜ終焉が開いている……? ボスだけじゃない……他の死神達は……? みんなどうなっている……?)


次の瞬間――

混沌の中、陸の視線はあるものに釘付けになった。


「……っ!!!」


宙に浮かぶ、巨大な紫の空間の歪み。


「なんだ……あれ……」


陸は兄に手を引かれるがまま走りながら、震える瞳でそれを捉える。


アルカナ内部の研究員が一斉に地下を目指したことで、現場はちょっとしたパニック状態に陥っていた。


「陸! 手を離さないで……!」


運動なんて普段はし慣れない兄が、呼吸を荒げながら、必死で人の間を縫う様にして、陸を避難所へ誘う。

しかし次の瞬間、思わず陸は人の流れの中に立ち尽くしてしまった。


「……そん……な」


陸の視線の先で、ユートピア各所の扉が、外界を遮断する様に閉じ始めたのだ。

あの遮断壁が降りるということは、少なくともクロノスは、ユートピアエリア以外の大陸を見捨て、自らの守りに徹するということだ。


「どけ! 邪魔だ!!」


陸はヌーの大群の如き人の群れに弾き飛ばされ、順路から少し外れた場所に身を投げ打った。


「陸! ……ぐはっ!」


同じ様にして兄も弾き飛ばされた。


「兄貴……!」


陸は息を呑み、すぐにそちらへ駆け寄って、兄の外れてしまった眼鏡を手渡す。

誰かに踏まれたのか、レンズにはヒビが入り、フレームの端が歪んでしまっている。


「……ごめん」

「……っいたぁ……」


不意に裸眼の兄が顔をあげる。


「……っ!」


その姿が産土と重なり、陸は目を見開く。

すると不意に、宙に浮遊する巨大な紫が空間に吸い込まれる様に、一瞬にして消えうせた。


「……え?」


兄は、陸に揺れる瞳で尋ねた。


「……終わったの……?」


施設内の人々もまばらに足を止めはじめ、口々に何か言っている。

兄をはじめ、他の研究員達には、事態の収束に見えているのかもしれないが、陸にだけはそれが全く別のものに見えていた。


束の間の安寧。

脅威が一瞬去ったように見えるのは、導守(しるべもり)が“開廷”を唱え、脅威もろとも、一時的に審議署空間に消えたからだ。

つまり――


(……あそこで誰かが……戦っているのか……!)


もし次に、これが解かれ、再びあの紫が開いてしまうことがあれば、それは同時に今あの下で戦っている導守の死を示す。


(そんなこと……絶対にさせない!)


すでにユートピアの壁は既に閉まりかけていた。

陸が拳を握りしめる力が強くなる。


――自分もあそこに居たかった。力になりたかった。


いま陸の心にあるのは、それだけだった。

すると――


確かな灯火を宿した瞳でアルカナの外をじっと見つめる陸の腕を、兄が強く引き寄せた。


「――?!」


そして力強く抱きしめた。 

兄からこんな力が出るなんて――陸は驚く間も無く、兄の腕の中にいた。


「陸」

「……っ……兄貴?」


その声が震えていることに気づいて、陸は兄の方を見る。


「……そっちに行くな……ここにいて。頼むよ……」

「……っ!」


その切実な本音に、陸の心臓は跳ね上がる。

兄の鼓動が体温と共に陸に反響した。


「やっと会えたんだよ……。もう、離したくない……」


痛い程に伝わってくる兄の愛。

陸だってそうだ。そうだが――


俺は、一体どうしたら――


あの紫の麓へ今すぐ飛び出すべきか。このまま兄の腕の中にいるべきか。

陸の中で、対立する二つの“本当”が強烈にせめぎ合う。


「……」


陸の腕は兄の背中に回されたまま、しかしその目では、その先のユートピアの大地を見据えていた。


「……」


何も言えずにいると、兄が静かに口を開いた。


「でもね……俺には陸の気持ちが誰よりもよく分かるんだよ……」


「……え」


兄は陸の肩に額をあてながら静かに口を開いた。


「陸……」


兄の声は涙で震え、微かに裏返る。 溢れた雫が数滴、陸のズボンに落ちては染みる。


「絶対帰ってくるって。約束して」


そして陸が今行くべき場所の答えは、たった一人の、最愛の兄によって示される。



「いってらっしゃい」



アルカナの巨大な窓から降り注ぐ、淡い日差しを纏った兄の笑顔が、そっと背中を押す様に、陸の心に息吹を吹かせる。


その瞬間、陸の中に、猛烈に感情が込み上げ、思わず涙腺が熱くなる。

陸はそのままの勢いで、今度は自分から、もう一度兄に強く抱擁した。


「約束する」


兄も強く、それに応える。陸の肩に顔を埋めながら、何度も何度も頷いた。


そして――



「行ってきます」



兄弟のあつい抱擁を終え、陸はただひたすら走り出していた。


FANGとして活躍できるタイムリミットは、兄とのアポイント終了予定時刻までのあと約2時間。

V.A.M(ヴァム)も投与できていないが、とにかく急いで、あのユートピアの門が閉じるより先に、あちら側へ――。


プランなど何もない。


でも仲間の窮地に、今はただ、力になりたい。


それだけだった。



***



その頃、上空――。


「……なんだ、ありゃ……」


ガルモッタも東の空に浮かぶ不気味な怪異を目の当たりにしていた。


滑空するの彼の額に汗がにじむ。破天荒で向こう見ずな彼でも、この恐ろしさは一見して認識することができた。

突然、空間が歪み、不気味な漂い方をする不規則な風が吹き荒れていた。先ほどまで晴天の蒼だった空が、今は燃え盛る大地と、瓦礫に埋もれた人々の血痕を反射し、晴天の中に不気味な赤が生まれていた。


ガルモッタの仲間達は次々に、危険を知らせる鳴き声と共に、あてもなく、とにかくあの不気味な紫色の怪異から逃れるようにして、翼をはためかせ飛んでいた。


しかし、空はどこまでも繋がっている。この赤がこの空をすべて染めてしまうのも、時間の問題だ。


みんな、どこかでそれに気づいている。

どこへ逃げるべきか。

逃げた先で助かるのか。

そんなこと、誰一人分からない。

それでも、このかつてない異常事態に、もう皆がそうするしかなかった。


目下では、人々がただひたすらに、我先にと逃げまどっていた。あらゆる交通の便や秩序そのものが、崩壊し、機能していない。


かくいうガルモッタも、今回ばかりは成すすべなく、仲間と共にとにかく遠くへ逃げお失せようと旋回した、その時だった――


「……あ?」


ガルモッタの目が、ふと、異常な動きをしている地上の一人の人間を捉えた。

逃げる人々が作る大きな流れと、全くの反対方向に全速力でかじを切り、ひたすらに走り続ける男。その足はまよわず、あの巨大な怪異の方へ向かっていた。


そして、あれは――


妙な予感がよぎり、ガルモッタの瞳孔が開いた。


遥か上空からだったが、その影を見た瞬間に、それが誰だか直感したのだ。

ガルモッタの視力をもってしてもここから顔は確認できない距離だが、考えるより先に彼はその人間めがけて急下降していた。

一刻でも早く、対象に辿りつくために、目一杯翼を閉じて風の抵抗を少なくする。


最高速度で、高度を下げていく。

高度10,000フィート……3,000フィート……


そしてついに対象の顔が確認できる距離までおりたつと――


「やっぱりな……っ!!!」


その目線の先に捉えたのは――陸だ。


それにしても、地上近くはなんて熱いのだ。

降り注ぐ火の粉が次々にあたりを焦がし、赤黒い炎は街だった場所を飲み込んでしまっている。瓦礫の他、植物や動物、人肉や髪の毛が焦げた、鼻を突くような強烈な臭気が渦巻いている。熱風が吹き荒れて、ガルモッタからしたらそこは地獄そのものだった。

息を止め、むせかえる吐き気を懸命に飲み込みつつ、先を走る陸の背後を視線のさきに捉え、両脇に自分の前足が食い込むように、一気に低空飛行でゼロ距離までつめる。


「………うおらぁあああああああ!!!!!」

「おわぁっ……!?!?!?!」


ガルモッタは雄たけびと共に、狙い通りに陸を前足に抱えたまま、今度は、呼吸を確保するために一気に少し上空まで滑空する。


「ガルモッタ!?!?!」


ガルモッタはやっとの思いで止めていた息を吐いてから目一杯吸ったかと思えば、今度は陸を怒鳴り散らした。


「おい馬鹿! なにやってんだ! 地上に一人、気狂いがいると思ってみてみれば、お前じゃねぇか!!! 死にてーのか!!!!!」


陸をかかえて、安全な方へ運ぼうと旋回するガルモッタ。 


陸はというと、いきなりのことで目を白黒させて驚いていたが、自分の目的地からどんどん遠ざかっているこの状況を理解した途端、ガルモッタに怒鳴り返した。


「だめだ!!! そっちじゃない!!!!」

「……はァン!?!?!」

「俺をあそこに連れてってくれ!!! 頼む!!!!」

「馬鹿か!?!? 死にてぇのか、ごらァ!?!?」

「助けにいくんだよ!!!!」


陸は、飛行方面をまだなお変えてくれないガルモッタの前足を、自分の脇から外そうと手をかけた。


「……行かないとっ!!!!」

「おいッ! こら! 落ちんゾ!!? 死ぬゾ!?!?! やめろ!!」

「だったら早くしろ!!! ボスを……一人に出来ない!!!!!」


その言葉に、一瞬ガルモッタの飛行速度が落ちる。


「……なんで、あいつがそこにいるとわかる? 居る保証なんかねぇんだろ……!!!」


痛いところをつかれた陸。

でも――それでも、陸は確信していた。


「あの人は絶対あそこにいる……!!! この状況を、ボスは絶対に人任せにはしない!!!!!」

「……ッ!?!?!」

「……ほんとは誰より責任感が強い。怖いくせに、自分以外に頼れるモンが無くて苦しんでる。人のことばっかで、自分のことはすぐ諦めようとする。そーゆー人なんだよ! あの人は!!!!」

「……!」

「だから行くんだよ!! ……行かないと!!!!」


前足を握る陸のこぶしに、これ以上ない力が入っている。

身動きが取れない状況にも関わらず、陸の血走った眼は、あの紫の中心をにらみつけている。


その姿に、ガルモッタの目頭が熱くなる。


そして――


「くっそ野郎がああああ!!!!!」


諦めたように、ガルモッタはぐるりと飛行の向きを変えた。


「目指すは、あの紫のふもと!!! いけるところまで連れてってやる!!!!! 歯ぁ食いしばって死ぬ気でしがみつけ!!!!! ぶちまけるならクロノスに吐けぇえええええええ!!!!!!!!!」


ガルモッタの身体が加速度をつけて一気に空間を切り裂く。降りかかる火の粉も、舞い上がる粉塵ももろともせず、ひたすらにあの麓にいる、友人を目指して――。


決死の咆哮とともに、今、一筋の光が、終焉のオーデのもとへ、落ちようとしていた。

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