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第36話「密会」

ハロワン第36話「密会」


先般の仮面舞踏会の潜伏(第33話)で入手した、この世界の秘密に関する極秘情報。

その解読を終えた久遠は、今夜、とうとうその話を死神最強の男に告げるのだった――


P.S.

まず、前回から間が空いての更新となり申し訳ありませんでした。。。

このあと10月も少し途切れ途切れの更新にはなりそうですが、完結までしっかり投稿しますので、引き続きよろしくお願い申し上げます!!

今回、考察多めですが、久遠が頭脳戦で魅力を発揮しますので、ぜひ!


――――――――――――――――――――――――――――――

今回は、残酷な描写はありません。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています。

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

黒塗りの高級車が、ハイウェイを滑走する。

車窓から見える眼下には煌びやかなユートピアの市中が広がっていた。


「まさか、てんてんと王子様にドライブデートに誘われるなんて、思わなかったよ」


産土(うぶすな)は、広い車内で長い脚を放り出してくつろいでいる。

高嶺(たかね)が運転する後部座席では今、産土と久遠(くおん)が腰かけていた。


「……悪ぃな。帰ってきて早々に」


同じくシートにもたれた楽な態勢のまま、久遠が言う。

第3回派遣からはまだ帰還して数日程度しか経っていなかった。

産土などの討伐組はまだ十分に休めていないだろうに、そんな彼の状況を分かっていてもなお、産土をこのタイミングで呼び出さなければならない理由が、久遠にはあった。


「いいよ? てんてんからの呼び出しなんて超貴重だし」

「いいかげんその呼び方やめろぉ……」


久遠はちらりと横目で産土に視線を移す。

そしてややその顔色を伺う様に慎重に言葉を切り出した。


「……さっき白石が言ったこと、アンタどう思った?」

「あーその件。封印ってやつね」


産土はそれ以上は自分から言及しようとしない。

今の彼からは、先ほどの全体会議で見せていたような異様な殺気は感じない。

再び封印の話題を出して産土に特段変化がないことを、久遠は注意深く観察していた。


(……殺気は出てねぇ……)


そして同時に、久遠は確信した。

やはり直感した通り、根拠は分からないが、全体会議で見せたあの産土の殺気には理由があってのことだったのだ、と。


「なんであの場ではぐらかした? いや……」


久遠は頭の後ろで腕を組みながら淡々と続ける。


「なんで、ってのは違うか。あん時、(おぼろ)がやばかったもんなぁ。はぐらかしたのは白石を守るためってとこだろ。お前ぇみたいのが、わざわざ自分から名門気取りの血筋至上主義野郎の真似事を口走るってことは、十中八九、朧の信頼を買いたくてやってる時だもんなぁ」


産土はその推理にくくっと笑いながら、ゆったりと肘掛けにもたれる。


「流石てんてん。ご名答だよ」


久遠は何も言わずに、視線だけ産土に送っている。


「しかし、りんりんらしいよねぇ。オーデとの和平条約って発想から封印術に辿り着くなんてさ。ほんと、うちの紅一点は逞しいよ」


産土は、全体会議での白石の発言を思い出しながら軽く笑った。


「しかしまぁ、朧のあの様子は、封印術が存在するってことを何より雄弁に語ってた。けど、あればっかりは俺も何も知らないのよ。残念ながらね。今まで考えたことが無い訳じゃなかった。けどま、対して知ろうともせず探求もしてこなかったわけ」

「……そっか」


久遠は静かに呟くきながら、真意を覗き込むように産土の表情を確認する。


産土の目は嘘をついていない。


この男は信用に足るか――

自分が知りえた重要情報を、この男に伝えるべきか否か――

この短いやり取りの間に、久遠の答えは決まった。


「なら悪りぃけど、今から巻きこまれてくんない?」


いつも通りの小生意気な久遠のその挑発的な誘いに、産土はフッと小さく鼻を鳴らした。

ゆったりと余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、産土は応えた。


「珍しい……てんてんが滾ってんの」


彼は、「早速話を聞こうじゃないか」と言わんばかりに、頭の後ろで手を組み背もたれに寄りかかった。


「言ってみなさい?」


産土のその言葉を聞くと同時に、バックミラー越しに久遠と高嶺の目線が合う。

僅かに目線を交わしただけで、久遠の覚悟を全て感じ取った高嶺は、その意思に強く賛同するようにしっかりと頷いて見せた。

久遠はこの時、目の前の死神最強の男に全信用を置き、自分たちの仮説を全て晒すことを決意した。


久遠は産土の方へ向き合うと、小さく息を吸い込んだ。

落ち着いた声色で、しっかりと地に足の着いたような自信をにじませながら、結論から告げる。


「封印術ってのは、多分本当に存在する。んで、おそらく朧にはそれができる」


それを聞いた産土の表情に、不自然な点は一つもない。

久遠は産土から妙な揺らぎを感じないのを確認すると、その後は淡々と続けて言った。


「今から話すのは、朧とクロノス最上位の会話から得た情報と、俺と高嶺が独自に調べた周辺情報――この二つを繋ぎ合わせた結果、導き出される仮説の話だ」



***


【仮面舞踏会当日 ―― 裏会場にて】


久遠と高嶺が潜伏していた階下では予想通り、朧と“第一階層”と呼ばれるクロノス最上位の重役が密会を繰り広げていた。


「いつまで待たせる……ッ!」


聞こえてくるのは、机をドンドンと激しく叩く音と、怒りに震えた朧の罵声だ。


「申し訳ありません、朧様」


謝る声はクロノス最上位のうち一人によるものだ。

しかし流石は第一階層――第二階層がいつもおべっかばかりの朧に対しても、第一階層ともなれば迎合するだけではない。

彼らとて数多の修羅場をかいくぐってきた者達だ。朧に対しても、プライドに満ちた張りのある声色で応じていた。


「今回の件は、我々としても想定外の事態でして……。まさかプロジェクト〈Arc(アーク)〉の第一弾派遣〈horizon(ホライズン)〉で記憶のオーデと接触することになろうとは……」


想定外であったことは事実だろうが、決して声を荒げず冷静な態度を貫く男に対して、朧は怒りをあらわにしていた。


「くだらん言い訳に耳を貸すつもりは無い。いつまでも待てるものだと思うなよ。同期はまだ終わらぬのか」

「我々としても死力を尽くして、最優先事項として取り組んでいる最中でございます」


今後は別の声が、朧の怒りを鎮める様にして放たれる。


「尤も、同期が完了しないのは、まだ値踏みが完了していないためでございます。完了の見込みとしては……」

「手遅れになってからでは遅いのだ……ッ! 事態は一刻を争う状況じゃ。値踏みなど、去年のものを参考とすればよかろうもん」


重役の言葉に対し、ものすごい剣幕で遮るようにして割って入った朧に、また別の声が説得を試みる。


「しかし朧様、値踏みは本件の要です。最良のものを同期できなければ本末転倒。去年のものでは古いのです。今期の値踏みが終わり次第速やかにリストを完成させますゆえ、どうかもうしばらくお待ちいただけませんでしょうか」


朧の地を這うような唸り声がその場に響く。

しばし沈黙がその場を制す中、重役の一人が念を押すように言い放った。


「新世界には、必ず今期のものが必要でございます」


朧の返答を待つように、クロノス最上位たちの視線が彼一点に集中する。

暫くしても、未だ変わらぬ主張を貫く朧の低い声が響いた。


「我々の望む新世界すら、ラグの前では所詮ただの戯言と同格となる……いざとなれば陳はラグを解放せざるをえない立場。貴様らが流暢に語る事情になど耳を貸してはいられなくなろう」

「……」


朧の言ったそれは事実なのだろう。

思わずその場にいた誰もが静寂を強いられる。


「悪いことは言わん。とにかくなんとしてでも同期を一刻も早く終わらせろ。解放までに間に合わなければ、貴様らもラグの加護は受けられぬのだぞ……!」


***


【そして現在――久遠邸車中にて】


そこまでで一度、久遠は区切りをつけるようにその音源を止め、ふと産土の表情を伺う。

産土は依然長い脚を優雅に組んだまま冷静な表情を崩さず、ただ黙って久遠の方を見返した。


「アンタも聞きなれねぇフレーズばっかって顔だなぁ……そらそうだよな」


久遠はかったるそうに長い髪をかきあげながらガシガシと頭をかく。


「朧は用心深い。隠語ばっか使ってコソコソ喋りやがるから、文脈から仮説立てて行間を補強しながら読み解くほかねぇ。その前提で聞いてくれ」


産土は小さくうなづき傾聴姿勢を整えた。


「聞いてなんとなく分かっただろうが、朧は封印ができる。今日の会議で白石がそのフレーズを出した時の殺気もその良い証拠。もっと正確には、三度目の全体会議で記憶のオーデの話が出たあたりからあからさまに奴の警戒心は高まっていた。

もしも、記憶のオーデが封印術についての記憶を有していたら、そいつを見た死神によって『朧が今まで封印術を隠していたこと』が明るみになる可能性があったからなぁ……気が気じゃねぇって感じだったんだろう。朧もクロノス最上位の皆サンも、今回のプロジェクト〈Arc〉を通じてまさか俺らが封印術について協議するに至るとは予想していなかったんだろうな」


久遠は淡々と話しながら、産土が目で追っている書類の一節を指でトントンと指示した。

そこには、先ほどの音源が書き起こされている。


「前後の会話から、この“ラグ”ってのを“ラグナークのオーデ”の隠語だと仮定した。ラグナークの意味は“終焉”――つまり、程度は知らねぇが、ラグってのは何らかの終焉をもたらす力を持ったオーデのことだとすると、全体の辻褄がわりかし合う」


久遠の白魚の様な細い指が書類の上をするりと滑っていき、みるみるうちに産土を思考の渦に引き込んでゆく。


「つまり、朧の言ってる“ラグの加護”ってのは、終焉のオーデによる加護って読み替えられる。大方、文脈から意味合いとしては、一つ『ラグによる終焉の対象から逃れることができる』、二つ『終焉の対象を意のままにできる』……と、まぁそんなとこだろう。

どっちの意味にしろ、集まってる面々を見りゃ、自分たちが甘い汁を吸う話だってことは間違いねぇはずだ。

でさらに、だ。この“同期”ってのが終焉のオーデ解放のタイミングまでに間に合わねぇと、朧含めクロノス最上位の皆サンにとってかなりよろしくない状態になるってこった。

で、クロノス最上位サマ達によれば、“同期”が終わらねぇのは“値踏みがまだだから”らしいが、これが多分やべぇ」


そこまで聞くと、産土は手元資料を目で追いつつさらりと相槌を打った。


「この値踏みってのは、奴らの目指す“新世界”とやらに必要な人間か否か、って意味合いだからだね」


久遠は「その通り」と口を鳴らしつつ、産土の方を軽く指さしながら言葉を続ける。


「それはそうとして、じゃあそりゃいつどうやって行われるんだよって話よな。第一階層サマ達によれば、その“目踏み”は現在進行中って話だ。時系列的に言えば、丁度、第三回全体会議終了後くらいから行われていて、且つまだ全てが完了していないクロノスの重要タスク――そんなの十中八九“アレ”しかねぇと思った」


久遠は軽くパチンと指を鳴らしつつ、再び産土の手元資料を指で指し示した。


「全大陸民一斉調査。あの全大陸国民が受けさせらる気持ち悪ぃやつ。これがいっちゃん文脈とマッチした。『去年のものでは古い』とかの発言から毎年やってるモンだと分かったし、何より値踏みってフレーズにピッタリハマる。更に今期だけ、例年より実施タイミングが明らかに早い。奴ら、表向きの理由はなんだかんだとまことしやかに垂れてるが、つまるところ“同期”を急ぐために、恣意的に早められたってのが正味のとこだろ」

「……」


産土はその仮説を、心底興味深い様子で聞き入っている。


「要は今年の結果を以って、なんらかのリストが完成するってことだ。一定の基準を満たした者が、恐らくその“値踏み”とやらで皆サンのお眼鏡に叶って、晴れて“同期”の対象者としてリストに名を連ねることになるんだと思ってる」


そこまで言うと、久遠は再び音声データを再生した。


***


【仮面舞踏会当日 ―― 裏会場にて】


「同期リストについての最終協議をしておきたいのですが――」


第一階層の男の無機質な声が響き渡る。


「現在のプロジェクト〈Arc〉メンバーは同期対象とする方針で宜しいでしょうか」


するとすかさず朧の反論が響き渡った。


「不要じゃ。新世界に奴らは必要ない。何度言わせる気だ」


しかしこれには、苛立つ朧に臆せずクロノス側も自らの主張を一貫していた。


導守(しるべもり)の同期は必要ないとのお話は以前より頂戴している中、採算に渡る確認となり誠に遺憾ではございますが……率直に申し上げて、我々としてはいざというときの保険として、朧様以外の死神もリストに確保しておきたい所存でございます」


顔を見ずとも、部屋の重苦しい雰囲気から朧の圧力が伝わる。

しかし自らの命がかかっている以上、クロノス側もただでは引けず食い下がる。


「……大変失礼ながら申し上げます。なんせ貴方は戦いませんので……単純に万が一の有事に備え、戦闘要員として死神を確保しておきたい所存でございますのということでございます。朧様がこの大陸唯一無二の特別な存在なことに変わりはありませんが、こと非常事態に関しては……」

「ラグ解放後は、対をなす開闢以外の全てのオーデは無力化する。審判もその例外では無いのだ」


対する朧もまた、反対姿勢を崩さぬまま主張するのだった。


***


【そして現在――久遠邸車中にて】


「審判……」


そう呟いた産土の整った眉間には、明らかに深いしわが寄っていた。

久遠は産土をやや覗き込むようにして、その表情を見つけたまま言葉を紡いだ。


「アンタも、聞いて分かったと思うが、この“審判”ってのは十中八九“審判のオーデ”のことだ」

「……ちょっと待って、それだとさ……」

「あぁ、俺も驚いたが――」

「……」

「文脈から自然に解釈するなら、俺ら導守は“審判のオーデ”との契約者だってことになる。オーデの契約者は“クグリコ”だって既成事実が強烈すぎて考えもしなかったが、まぁ受け入れられないことはねぇ。むしろ合点がいくことの方が多い。冷静になりゃ、こんな能力持ってる方がおかしいもんな。それに、唱えをトリガーとして“審判”の能力を借りてるんだとすれば説明がつくし、俺らの寿命が馬鹿みてぇに短ぇのも、恐らく能力の代償みてぇなもんだろ」


産土は口元に手を当てたまま、久遠の考えを自分の中で確かめるようにしながら真剣な表情で聞いている。


「ただ、この説明には裏付けがねぇ。なんせ朧以外、そんな前から生きてる奴なんかいねぇからな。本当のことを知ってる奴なんかいやしねぇ。第一階層サマからしたら、朧の主張を妄信するしかないのはかなりリスキーなんだろ。まぁなんせアイツは戦わないからな。不足の事態でも起こって、いざって時(あれ)だけ残してても、なんの後ろ盾もねぇって思ってんだろうな。朧だけ残す方針じゃ心許なくて仕方ねぇんだろ。

実はこの話は、このあと結構荒れんだ。けど朧は最後まで、俺らを同期リストに入れることに反対してた。奴は一貫して『新世界では審判も無力化する。生かす必要はない』の一点張りだった。まぁ逆言えば、本来戦いたくねぇ朧サマがここまで強く言うんだから、逆に本当なんだろうなと思う。

何にどう“同期”すんのか、その辺はさっぱりだが、とりあえずリスト入りして“同期”の対象者になれば、それはすなわち終焉から逃れられる、つまり生存が約束され、リストに無い人間はその逆の結果を突きつけられる。

とはいえ最上位サマたちは、結局つまるところ、朧に頭が上がらねぇ様子だったがなぁ。いくら“同期”とやらができたところで、最終的な終焉解放の鍵は、朧が握ってるわけだし」


久遠はそこまで一気に言いきると、やっと一息つく。

その表情には、こんな世界の終焉に関する仮説を唐突に聞かされた産土への、同情めいた色がよぎる。


しかし状況は一刻を争う。

そう判断している久遠は、あえて同情は口に出さず、平然と続けた。


「もう一つ、気になるキーワードが“開闢”ってやつだ。恐らく意味通り、終焉と対を成す存在――終焉と互角の力なんだろう。朧曰く、この開闢と終焉意外のあらゆるオーデは、終焉を解放したタイミングで無力化するって説明だ。そんな最強の力――開闢の心当たりなんて、俺には一つしか思い浮かばねぇ――」


そこまで言うと久遠は産土の方をじっと見つめた。


(開闢を宿しているとしたら、この男しかいない。

……そう、産土にしか扱えないだろう。現存する勢力のうちきっとあれほどの力の器に相応しいのは、産土だけだ――けど、)


しかしそれは、”もしも世界の終焉に直面した時、産土は戦わなければならない”ということを、意味している。

久遠の目には、大層な使命を背負わされた大切な仲間への杞憂と、少しの高揚とが交じり合っている。


そして、静かに口を開く。


「――開闢持ちなのか? あんた」

「……」


産土はすぐには何も応えなかった。

少しの沈黙のあと、産土は静かに口を開いた。


「……心当たりならあるよ」


諦めにも似たような力無い笑みを浮かべながら、久遠へと向き合った。


「背中に――痣があんのよ」


そこまで言うと、産土はおもむろに着ていた服の裾をわしっと掴んで脱ぐと、惜しげもなく上半身裸になった。

思わず久遠が動揺して小さく声を上げる。


「な……っ!」


しかし産土は悪びれずに「よいしょ」と少し腰を浮かせ、久遠からよく見えるように背を向ける様にして座り直した。


「ね。あるでしょ?」


産土の白く筋肉質な肌には、首の付け根から肩甲骨のあたりにかけて、翼を広げたような見慣れない文様が広がっていた。

日頃から古書を読んでいる久遠でも、見たことの無い文様だった。

その美しくも得体のしれない文様は、どこかたまらなく恐ろしい。


「……っ」


息を詰めてそれを食い入るように見つめている久遠に、産土は肩を軽くすくめる。


「……やっぱり、これが何なのかなんて、流石にてんてんも知らないよね」


久遠は静かに首を横に振った。


「あぁ……悪いが分からねぇ……」


産土は軽く頷きながら言葉を補っていく。


「生まれた時からあったモンじゃない。ある人が亡くなった時に、まるでその人から継承したかのように、突然背中に浮いて出てきたんだよ」

「……ある人?」

「そ。阿弥陀様みたいな人だった。生きとし生けるもの全ての母のような――この世の源かと思ってしまうほど慈悲深い。まさに開闢って言葉にピッタリだよ。これはその人から譲り受けたモン」


産土はのそりと動いて、再び体の正面を車の進行方向に戻す。


「開闢に関する心当たりがあるとしたら、こんくらい。でも本当のところこれが何なのか、その人すら知らなかったし、俺も色々調べたけど、関連する資料なんかは一つも残されていなかった。勿論この力を使ったことも無いし、そもそも使い方すら分からない」


そこまで言うと、膝の間で軽く組んだ両手に視線を落としながら、産土は独り言の様に呟いた。


「……いやぁ……どうしたモンかねぇ、まじで……」


決して動揺や恐怖している訳ではないが、産土の瞳はかすかに揺れていた。


久遠は、そんな産土をちらりと一瞥しながら、再びやや重たい口を開く。


「……背中のそれが何なのかは分からねぇ。けど、お前には悪いが、正直俺はそれが開闢であってほしいと思っちまってる。それはお前が誰よりも強いからだ。自分と――大切な人達の命を、自分以外の誰かの手に託すとしたら、俺はお前意外考えられないからな」


その言葉に産土ははっとした様に顔をあげて、久遠を見つめ返す。


いつもはすぐに目をそらしてしまう久遠も、この時ばかりは真剣な表情でしっかりと向き合っていた。そうすることが久遠にとっては、産土への何よりの激励だったからだ。

そして久遠は続ける。


「……相変わらず仮説ばっかで悪ぃが、一旦俺の言いてぇことをざっくりまとめるとこうだ。

朧は、開闢意外を無力化できる“終焉のオーデ”の封印者。封印は朧にしか解くことができず、頭の上がらないクロノスは互いが目指す“新世界”のためにとの名目で朧と手を組み、自らを書き連ねた生存保証者リストを朧に託す。

そして“値踏み”が本当に全大陸民一斉調査なら、リスト完成すなわち終焉解放のタイミングは、今からおよそ二か月後」


見つめ合う久遠と産土の間に、熱気を帯びた緊迫が漂う。

その勢いを追い風にしたまま、久遠は迷わず言葉を続けた。


「朧は“終焉のオーデ”って切り札を使って、この大陸の真の支配者に君臨しようとしてる危険人物。つまり、大半の大陸人民の敵。これが本当なら、俺たちに朧を生かしておく必要も義理もねぇ。多くの命を犠牲にするなら、“終焉”は解放すべきでは無いと、俺は思う」


いつになく真剣な久遠の瞳が、真正面から産土を射貫く。


「今ならお前もいるんだ。うまいこと封印術のやり方を聞き出せれば、白石が言うように、今いるオーデを全部一掃できるかもしれねぇ。それで全部終わらせる。お前だって、終焉が解放されなければ開闢を使わなくて済むはずだ。そんな力の使い方なんか、一生知らずに終われた方がいいだろ」


そして次の瞬間――

産土が見つめ返す中、久遠の表情がガラリと冷たいものに変わる。


「どうやらこの世界には、俺らが思ってるよりもずっと複雑な秘密がいくつも眠ってるらしいからなぁ……こんな風に、俺らが日々命をかけてんのすら、神サマにとっちゃ茶番って始末だ。どうする――」


低く囁くような声で、久遠が産土を見据える。

その金色の瞳の奥には、底冷えするような静かな殺意が揺らめいている。


「陽動か? それかいっそ、クロノスサマすら敵に回して、俺らで邪魔者全員殺っちまうか?」


その言葉が、車内に重く落ちる。


産土は一瞬息を呑んだ。

久遠の目が、まるで生命そのものを拒絶するような冷たさを帯びていたからだ。


(……こんな顔もできるんだな)


普段は小生意気な青年の雰囲気が、今はまるで氷の刃のように研ぎ澄まされている。


産土は、しばらく考えるそぶりを見せたかと思えば、次の瞬間、ふっと小さく息をついた。


そして――

ぽん、ぽん。


突然、久遠の頭を撫でた。


「……?!」


驚いた久遠が、目を見開く。

ついさっきまでの殺気と緊迫が一気に緩み、解かれる。

久遠は頭を撫でられたまま、いつにも増して大きくなった目で産土を見つめ返す。

ぽかんとした無防備な表情で自分を見上げてくる、弟分の様な若き死神を前に、産土は一人こう思わずにはいられない。


(確かに。考えなきゃいけないことは山積み……でも、今は――)


産土のその手には一切の乱暴さはなく、ひたすら優しく温かい。


「あんま気にすんな」


産土は軽く笑う。

その拍子抜けするような対応に、久遠はやや怪訝そうな面持ちで小さく身を捩り、産土の手から逃れる。


「……んだよ、仮説ばっかて馬鹿げてるってか」


産土は手を引き、微笑みながら首を横に張る。


「いや、よく考えられてる。突拍子も無いけど信じるよ。でもね、」


そこまで言うと、軽く手を組んだまま久遠に向き合い微笑んだ。


「てんてんはそれ以上考えなくていいのよ」


そう言った産土の声は、いつもより柔らかかった。

久遠は、ふと息を詰まらせる。

産土は決して感傷的な男ではない。それなのに、今はまるで兄のように久遠を宥めるような声をしていた。


そんな彼に対し久遠は何かを言いかけたが、言葉が喉の奥で絡まった。


「……っ」


バックミラー越しにそのやり取りを見つめていた運転席の高嶺は、わずかに安堵したように目を細める。


(……産土様もやはり同じ考えでしたか)


久遠には、なるべく手を汚してほしくない。

今まで辛い過去を背負い、それをずっと忘れられずにいる久遠。

だからこそ、どうかこれ以上に苦しまないでほしい。このままで――できることなら本来の無垢な彼を取り戻してほしい。

深い事情は知らずとも、産土もまた高嶺と同じくそう願っていた。


少しの沈黙の後、緊迫した空気が緩んだところで、ふと産土が片肘をついて久遠を見やる。


「てか、てんてんさ」


久遠がわずかに眉を寄せるが、産土は気にせず続ける。


「そもそも、こんなやばい情報、いつ仕入れたの?」

「……っ」


不意に久遠の肩がわずかに強張る。


(……言えねぇ。舞踏会で女装して手に入れたなんて……絶対に言えねぇ……!)


突如、会話に不自然な間が空いたのを察し、産土が目を細めながら久遠の顔を覗き込む。


「……てんてん?」


すると久遠が口を開くより先に、高嶺の落ち着いた声が響いた。


「クロノス主催の舞踏会会場で、です」

「……お、おまっ……おい……っ!」


久遠が思わず高嶺を睨むが、運転席の男は至極冷静にハンドルを切るだけだった。


「情報の出元は、その話の信憑性を測る上で重要な指標です。産土様にはしっかりとお伝えしなければなりません」


高嶺の端正な横顔には、まるで悪気がない。


「今すぐお前のその余計な忠誠心を捨てろっ……!」


久遠は敵を威嚇する猫のように運転席の高嶺をバックミラー越しに睨みつけている。


「へぇ、潜伏……? それって結構、決死じゃない?」


そんな久遠を置いて、産土と高嶺による会話は順調に展開されてゆく。


「えぇ。しかし当日の我が君は一際美しくいらっしゃいましたので、最後までその正体を明かすことなく、立派に任務を全うされました」

「あぁ~……」


産土の全てを察し納得した様な声に、久遠は言葉を詰まらせる。

しかし、追い打ちをかけるように、あえて場をさらに和ませる発言を高嶺が続けた。


「……僭越ながら潜伏用のドレスは私が選ばせていただいたのですが、特にうなじから背中の曲線美が絶妙でして……」

「おうおうおうおう……待てまてまてまて!!」


久遠はシートベルトをめいっぱい伸ばして運転席のシートに食らいつくが、高嶺は全く悪びれずに当時を回顧する穏やかな目のままだ。


()()とはいえ秀麗でなまめかしい雰囲気の中に、時折恥じらいの滲む所作は大変奥ゆかしく、天使の様でいらっしゃいました。老若男女問わず、皆様を釘付けにしておられて……えぇ、無論私も例外ではないのですが……」


なぜか照れるような素振りを見せつつ話し続ける高嶺を、久遠はぎりぎりと奥歯を鳴らしながら睨む。


「高嶺ぇ……今その情報絶対いらねぇ……!」


まるで高嶺の喉元を捉える狼のような視線だ。


「良いではありませんか。本当のことですし」

「よくない! それ以上言ったら……」

「シートベルトをしっかりとお締め下さい?」

「しらばっくれんな!」

「ほら、カリカリせずに。ドライブをお楽しみください」

「楽しめるか……っ!」


すると横から不意に産土の声がする。


「うん、可愛い」


何やらずっと目を閉じて話を聞いてた産土は、まるで頭の中でドレス姿の久遠の想像が完了したかの様に呟いた。

口角を持ち上げ久遠の方を見ると、それに気づいた久遠は肩をすくめて警戒態勢をとる。

そんな久遠にはお構いなしに、産土は運転席の高嶺に話かける。


「王子様、てんてんの写真撮った? 言い値で買うよ」


産土は口角を挙げたまま、手元の端末をぱちぱちと操作している。


「買うんじゃねぇ。買ったら殺す……!」


完全に怒り心頭した猫の形相で産土に食い掛る久遠。


「いーじゃん、いーじゃん。任務成功記念ってことで。めでたくない?」


あやすような声で言いながら再び頭を撫でようと伸ばした産土の手が、今度は久遠によってひっぱたかれる。


「めでたくないっ!!」

「恐れ入ります。データに残してはなにかと証跡になるのではないかと思い、撮影は断念したのです……」


高嶺は少し残念そうにそう言ったあと、「あ」と何かを思い出したように小さく漏らし、再び水を得た魚の様に生き生きとした様子で話し出した。


「屋敷に戻れば当時のドレスを保管してございます」

「……!」

「我が君が宜しければ、もう一度お袖を通して頂けると、我々としてはありがたいのですが……」


悪びれる様子なく、さらりとすごいことを提案する高嶺に、久遠は必至の抵抗をみせる。


「宜しいわけねぇだろーが……っ!」


二人はそんな久遠を、「かわいらしい」と笑いながら見ていた。


そんな最中にも、おくびにも出さないまま産土の頭の中では、終焉解放を防ぐまでのストーリーのプロットの組み立てが開始されつつあった。

それは誰にも知られることなく、死神最強の男の脳内でのみ、静かに着実に形を成していく。

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