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第35話「第4回Arc全体会議」

ハロワン第35話「第4回Arc全体会議」


第三回目の討伐派遣任務を終え、再び全体会議が開かれた。

そこで白石が提案したのは、前代未聞の「オーデと人間との和平条約の締結」であった――。


P.S.

来ました。毎度おなじみ、雰囲気最悪の”会議回”。笑

そして何気に、会議後の久遠と白石のシーン良きです。

第26話で白石に言われたセリフを久遠がそっくりそのままお返しするシーンは、どこか彼らの友情も感じられ、気に入ってます。


――――――――――――――――――――――――――――――

今回は残酷な描写はありません。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

その異端な発言に、誰もが驚いた。


中でも、拒絶反応に近い嫌悪感をむき出しにしたのは(おぼろ)だった。


「……オーデに絆されるなど死神失格。記憶を操作されてイカれたか」


白石は容赦のない気狂い扱いを受けるも、毅然とした姿勢を崩さずにいた。

その様子を、他の白冠(はっかん)やクロノス幹部らも、珍しく口を出さずに静観していた。


それも無理はない。

第三回目の派遣を終えた白石が、たった今この全体会議の場で提案したのは、オーデと人類との和平条約の締結であったからだ。


「操作などされていない。これは私の意思だ」


白石は一拍おいて、その場にいる全員を見渡す。


「今回のレベッカ討伐の件、私に執行実績は付けなくていい」


堂々と言い放つ白石からは貫禄すら感じるほど。


「報酬も要らない。その代わり、この提案に協力してほしい」


白石が執行したのはQK(ロイヤル)ランクとされる、まさに最高難易度ランクのオーデであり、その脅威の度合いは一体仕留めれば一国を救えると言われているほどの貢献であった。

その類稀なる功績に見合う莫大な見返りの受け取りを、彼女は今、まさに放棄しようとしているのだ。


これにはその場にいた全員が皆、驚きの表情を隠せない。


「……いやいや」


沈黙を破ったのは産土(うぶすな)だった。


「それはだめよ、りんりん。貰えるもんはちゃんと貰っときなさい?」

「……」

「……これでも、りんりんがずっと目指してきたモンは分かってきたつもりだよ? QKの執行実績が付けば、流石に親父さんも認めてくれるんじゃない? 折角のチャンスでしょ」


その言葉に白石は一瞬目を伏せる。

しかしそれは揺らぎではなく、今一度、己の中で何かの決意を確かめているようだった。


そして、再び産土の方を向いた白石の言葉に、その場にいた全員が耳を疑った。


「……それは、もういい」


白石はこれまで父親に認められることを渇望してきた。

その為に彼女が今までどれ程の苦労を重ねていたか、それを誰より近くで見てきた死神各位は、皆まだ受け入れられずに、静かに彼女の次の言葉を待った。


「それは所詮、私一人のちっぽけな望み。もし、今回の提案が叶うなら――己の望みを犠牲にするなど安いもの」


レベッカとの闘いを懐古しながら白石は言葉を続けた。


「私は今まで、オーデとは恐ろしいだけのものだと思っていた。だからこそ執行すべき存在、忌むべき存在として、その敵意を糧にここまで強くなれたのだ。

しかし、先の戦いで、そうではないことを知ってしまった。彼女のようなクグリコがいることを知り、そして彼女が私に託した想いを知った今、それを無視することなど、私には到底できない。

もし仮に、父が、この世の全てのオーデを討伐するまで私をお認め下さらないと言うのなら、もういっそのことすっぱりと諦めてくれよう。それでなお、認めてもらいたいからといって、討伐を強行するのはただのエゴに過ぎん」


白石は、迷いなき眼で視線を落とさず、まっすぐに言う。


「遅ばせながら、今回の彼女との対話で、私自身大切な気付きがあった。私がやるべきことは、父親に認められようとすることではなく、自分が誰よりも自分自身を認め、心に正直に生きることだ」


その目はまるで、まだ誰にも見えていない“未来”を、見据えているかのようだ。


「私は、レベッカ(彼女)の死を無駄にはしない。――だから、私はやる」


レベッカの想いを抱きしめる様に力強く言い切ると、白石は再び産土に向き合った。


「産土。心配してくれてありがとう」

「……っ」


かつて向けられたことのない柔らかな笑顔と感謝の気持ちを素直に向けられ、思わず産土は戸惑った。

珍しく軽口も出てこず、何も言えない。


その沈黙を破ったのは朧だった。鋭い眼光を白石に向いている。


「……つけあがりおって……生きて帰れたからといって貴様ごときのたわごとに耳を傾ける必要はない」


そんな朧を鋭い眼光で一瞥すると、白石の低い声は知らず知らずのうちにもう一段階語気を増す。


「……伝わっていないようなので、もう一度だけ、言おう」


一息ついて静かに全体を見渡すと、再び寸分の憂いも迷いもない表情で言った。


「もしも仮に、オーデと契約しているクグリコとの交渉が叶い、”無効永年、オーデの力がこの大陸を脅かさないと約束出来たなら、こちらも全ての作戦行動を即時打ち切り、互いに和平条約を結び、本プロジェクトを終了とするべき“だ、と言った。

先の作戦行動時、レベッカは私との対話を通じて、己の意思で私に執行を申し出るに至った。

報告の通り、当初私はレベッカの審議署空間におり、且つ体の自由を奪われ、とても自力では執行できない状態にあった。

そんな状況下で執行が叶ったのは、他でもない彼女の意思によるところが大きい。私とレベッカは“会話”という、双方に平等に許された交渉手段を通じて、完全に意思疎通を果たした。今回の様に、あちら側と交渉が叶えば、もうこれ以上誰も血を流す必要は無い。試してみる価値はある」


「……馬鹿馬鹿しい」


しかし一貫して、朧はその拒否反応をやめる気配はない。


「この数千年もの長い年月の中で、オーデと生者との間で意思疎通が叶ったことはただの一度もない。そんなことができれば、今頃この問題は既に解決しているじゃろうて。再現性の無い話。到底うまくいくとは思えん」


「……それは歴史の話だろう。私は未来の話をしている」


冷静に発せられた短い言葉だが、白石の目には熱意が宿っている。

しかし朧はなおもそんな彼女を拒否し続ける。


「そもそも思想が崩壊しとる……弔われなかった孤独な魂をあるべきお宿に帰すのが、我々の仕事。貴様はそれを放棄するというのか」

「そうだ」


いともあっさりと答えてのける白石。

そんな彼女の方を見て、皆が話を聞き入っている。


「執行も転生も、必要なければする意味などない。我々の仕事がなくなることは、ともすれば即ち、この世界の安寧すら意味するだろう」


すると顎に手を当てたダリウスが口を開く。

相も変わらずポーカーフェイスで、賛否どちらに偏ることなく、フラットな姿勢で話を聞いている。


「確かに、貴方の提案は非常に興味深い。しかしやはり懸念もあります」


彼は磨きこまれた指紋ひとつ無い銀縁のメガネを軽くかけなおしながら続ける。


「私が懸念しているのは悪質なオーデを野放しにするリスクです。あまり……思い出させたくはありませんが、ラヴィの時の様に、オーデと契約に至ったクグリコ本体の性根が腐りきっているケース――つまりそもそも交渉の余地など到底無い相手も、恐らく大勢います。和平条約を結んでしまった後では、そういう者の執行が叶いませんし、野放しにした末に何か事が起きれば、我々導守(しるべもり)の存在意義にも関わります」


その一理あるダリウスの意見に、白石がやや次の言葉を悩んだところに、今度は産土が口を開く。


「それもそうだけど、さっきりんりんが言ってた交渉条件だと向こうと利害関係が一致しない」


今度は皆の視線が産土に集中する。


「そもそもさ、クグリコの皆さんからしたら、野放しにされることってそんなに嬉しくないことでしょ。野放しにされるってことは、即ち終わらない永遠の中をずっと彷徨い続けるってことで、奴らはそれが嫌で転生という名の開放を求めて、俺ら導守を襲うんだからさ。

今のままじゃ条件がうまくない。奴らからしたら、放っておかれることと、大陸に干渉しないことは全然同格の価値じゃないはずでしょ」


そこまで聞き、白石はその口角をかすかに釣り上げた。


「二人ともよく聞いてくれた」


まるで満を持しようなその様子に、ダリウスと産土は軽く首を傾げる。



「今二人が言った問題を解消するために、我々は“封印術”の完成を目指す必要があると、私は思う」



彼女が口にしたそのフレーズに、ずっと黙っていた久遠の瞳が興味深そうにきらりと光る。彼は無意識に唇の下のラブレットピアスを弄りながら、黙って話を聞きいっている。


しかしその瞬間、会議室の空気がより一層ぴりっと引き締まる。


「……ほう」


朧は表情を変えずにじっと白石を見据えている。


緊張感の中に確かに混じった殺気――。産土はその元凶を朧に捉えた。

産土は悟られぬようそちらを静かに一瞥する。

深い皺の刻まれたその姿からは、決して見てはいけない、触れてはいけない、ただならぬ殺気が漏れ出ていた。


「実に面白い……」


顎髭を撫でつけている朧の視線と、白石の視線が、長机の末端からかちあう。


「その愚かな思想について……お主、一体何を知っておる?」


そう問う朧の雰囲気に、産土はかつてない危険な異常性を感じた。


(なんだ、この凄い嫌な感じは………これ、返答次第じゃ……)


彼はその刹那、考えるより先に、脳内によぎった自分の直感に従うことを選んだ。


このままでは白石が危ない――


産土は、自然を装って話の流れを断ち切ろうと、すかさず口をはさんだ。


「りんりん」


唐突に名前を呼ばれ、白石が産土の方を見る。

その瞬間――


「……っ!」


産土と目が合った彼女は思わず反射的に目を見開いた。


それは産土から、かつて決して向けられたことのないような冷たい眼差しだったからだ。

普段軽口ばかりの男だが、今は、同じ白冠ですら―――同格の実力者である彼らですら―――恐怖を覚えるほど、まさに“最強”の風格を宿していた。


「さっきの……分かりづらかったみたいだから、もうちょいはっきり言い直すわ」


不気味なほど静かな産土の声色に、白石の背中には一瞬にして冷や汗が伝った。


「イカれた思想はさっさと、きれいさっぱり捨ててくれ。じゃないと――」


せいぜい固唾をのんで静観することしか許されない。

産土の殺気に、朧を含む他のその場の全員が、そうせざるを得ない。


「二度と考えられないようにしちゃうよ」


つまり、それは、死。


白石は、理由も何の説明もないまま理不尽に告げられたこの警告を、通常なら到底受け入れられるはずもない。

しかし、有無を言わず受け入れざるを得ない緊迫と恐怖がその場を支配していた。


そして同時にこの一連の流れから、産土はひとり、あることを確信した――



“封印術”は存在する。

そして朧はそれについて知っていて、何か隠しておきたい秘密がある――。



それを探るためにも、変に朧の警戒を買って目を付けられては部が悪い。

ならば今できることは、ただ、朧に悟られぬよう尽くすことだ。


「名門“産土門下”の現役当主サマとして言わせてもらうけどね、」


産土は朧に悟られぬよう、あえて何食わぬ顔で白石に告げる。


「執行と転生以外に、クグリコを解放する方法なんて無い。レベッカは特殊なケースだった、この話はそれで終わりな」


この状況で下手な抵抗を見せるほど、白石は野暮ではない。

産土がここまで拒絶を示す背景など露知らずの状況だが、何の事情もなく真っ向から否定してくる男でないことくらい、白石も承知していた。


白石は、この行動には何か事情があると瞬時に悟った。

加えて何より、なんだかんだと言いつつ、これまで培ってきた彼への信用が、彼女の抵抗の意思を無に帰すことに成功した。


そして、更に、この話に幕引きをするほどの――誰も予期していなかった緊急事態が起こった。


沈黙を破るように響き渡ったノック音。

中からの返答を待たずに慌てた様子で入って来たのは、クロノス本部の男の一人。


「白石様」


緊迫の口ぶりで呼ばれた白石本人と、その場にいた全ての人間の視線が彼に一点集中する。

そして告げられたのは、衝撃の事実だった。



「たった今――、お父上がお亡くなりになりました」



「――っ!」


声もなく、ばっと白石が立ち上がる。


「前触れなく持病の発作が起こり――急死だったとのことです……」


白石の中でぷつりと何かがきれてしまったように、為す術のないこの状況に、彼女の瞳は虚無になっていた。


(まだ何も……一番伝えたかったこと……まだ、言えてないのに……)


死神各位はそんな彼女の心中が痛いほどよくわかった。

誰もが心配で彼女を見あげていた。


言葉を失った、失意の白石が、その場に立ち尽くす。


彼女になんと声をかければよいだろうか――。

誰もその答えを見つけられぬまま、第四回全体会議は、この沈黙のうちに溶けて終了を迎えた。


***


【同日 ―― クロノス応接間にて】


0時頃だった。

久遠は大きなソファにだらしなく横たわり、どこかぼんやりした目つきで天井を眺めていた。


もうどれだけこうしていただろう。

大きな窓の外の風景が刻々と変わり、どんどん夜が更けていく。

高嶺が淹れてくれた紅茶も、飲みかけのまま、残りはすっかり冷めきってしまっていた。


久遠はラブレットピアスを触りながら、たまに寝返りを打ってのそりと動くだけで、基本的には一人物思いにふけっていた。

先日の仮面舞踏会への潜伏で得た情報の解読がようやく済んで、その仮説の辻褄を検証するように、何度も自分の中で反芻する。

そして同時に、先程の会議での朧の発言や、産土の様子を思い出していた。


何か、見逃している点は無いか――

その詳細を思い出しながら、久遠はソファの上で目を閉じる。


ガチャリ……


不意に応接間の扉が開く音がして、そちらを向くと、そこには予想外の人物がいた。


白石だ。


彼女といえば、つい先ほど、父親が死亡したとの知らせを受けていた張本人だ。

こんなところで何をしている?とその登場に驚き、思わず久遠は立ち上がった。


「おま……。何、……帰らねぇでいいの?」

「……あぁ」


白石の方も、まさかこんな深夜に応接間に人がいるとは思っていなかったようで、少し驚いた表情を浮かべている。


「……まだ報告やら残務があるしな。それを終えて急いで出たところで、どのみち葬儀には間に合わない」


久遠は「そうかよ……」とぽつりと呟くと、ティーカップを持ち上げ残りを一気に口の中へ流し込む。

一方の白石も、すぐにその場を去ろうとした。


「すまない。邪魔したな」


久遠は一人が好きだ。自分がいては気が休まらないだろうと白石が退室しようとする。

それとほぼ同時に、白石の退室を制すような「待て」といわんばかりの声を久遠があげた。


「んー! ん……!」


残りの紅茶を一気に飲んで口が塞がっていた久遠は、取り急ぎ白石をその場に留めるために声を発したようである。

白石が驚いてそちらを振り返ると、彼は既にカップを持って立ち上がり、ソファをトントンと指さしていた。


「……俺もう行くから、お前がここ使え」


白石が何か言い返す間もなく、久遠は気怠げに手をひらひらさせながら部屋を出て行ってしまった。


白石はしばし久遠の出ていった扉を見つめていたが、やがて気にしても仕方ないと首を振り、気を取り直す。

紅茶の葉を計量スプーンで適当に測りながら、やかんに火をかける。


白石の父は、QKのオーデ討伐報告を聞くことなく、この世を去ってしまった。

白石の中の最後の記憶は、『QKを倒すまで姿を見せるな』という冷たい一言と、その背中。

折角手にいれた英雄の称号を、この手で父に見せたかった。

もしも、それが叶った暁には、父は自分に、なんと言ってくれただろうか――。


たった一度で良かった。

昔の様に――、かつて自分がまだ何も知らなかったあの幼き日の様に、父親の大きくて暖かい手で、頭を撫でてほしかった。

多くは要らない。

ただ一言、「よく頑張った」と、褒めてほしかった。


これまで、父親に認められたい一心でやってきた白石は、その父が亡くなってしまい、この先どうしたら良いのか分からなくなっていた。

レベッカとの戦闘を経て、新たに自分の中に芽生えた“封印術”への探求も、産土の有無を言わさぬ拒絶を前に、あれ以上の言及を封じされてしまった。

あのただならぬ雰囲気には、今の自分が足を踏み入れられぬ何かがあると、無言の内に確信せずにはいられなかった。


そうした状況で、一体この先、自分は何を糧に進んでいこうか――今まで感じたことのない喪失感に、白石は襲われていた。

知らぬ間にやかんから湯気がたつのもそのままに、茫然としていると、再び応接間の扉が開いた。


目をやると、再び久遠が入ってきていた。

その手には、何やら可愛らしいリボンがあしらわれた小袋をぶら下げている。

久遠はぶっきらぼうな足取りで白石の方へ近づいてきて、前触れなくその小袋を白石の方へ放った。


「これ、やる」


白石は反射的に受け取り、中を覗いた。

中には、上品なデザインのヘアオイルのボトルが入っていた。

ブランドも、無頓着な白石でも知っているほど有名なもので、見るからに高価そうだ。


(これをわざわざとりにいったのか……?)


久遠の行動に白石は困惑の色が隠せない。


「……これ、どうした?」


白石が尋ねると、久遠はそっぽを向きながら答えた。


「高嶺が勝手に買ってきた。『身嗜みも職務のうちだ』とかなんとか。いらねぇから、やる」


白石は「気を遣ってくれたのだろうか?」と未だに困惑していた。

袋から小瓶を取り出すと、蓋はすでに開いており、中身が3分の1ほど減っていることに気づいた。


「……使用済みのようだが……本当は使っているんじゃないのか?」


そう言いながら白石は、小瓶を手に持ったまま、久遠の顔を覗き込むように見た。

久遠は一瞬目をそらした後、軽く舌打ち交じりに答える。


「匂いが気に食わねーから新しいの買わせたんだよ。だからそれはもういらねーの」


その言葉に白石は眉をひそめるが、久遠はどこか気まずそうにポケットに手を突っ込んだまま、視線を合わせようとはしない。


「……本当にいらないのか?」

「いらねぇって言ってんだろ」


久遠は軽く肩をすくめ、まるで話を終わらせたいかのようにやや苛立った口調で言い放ったが、その表情にはどこか不器用な優しさが滲む。仕草はとてもぎこちなく、耳の先がほんのり赤くなっている。


「……ふん。……まぁ、ありがたくもらっとく」


白石は肩をすくめ、再び袋の中身を見た。

妙に久遠らしい不器用な優しさに、思わず口元が緩むのを抑えながら、心の中で小さく笑うのだった。


「……高嶺さんにも今度礼を言っておこう」


白石はそう言って袋を丁寧に抱えた。

その瞬間、久遠がぴくっと反応し、慌てた様子で顔を上げる。


「ばっ……! バレんだろ、やめろ!」


思わず声を荒げた久遠に、白石はくつくつと軽く笑い声を漏らした。

久遠は赤くなった耳を隠すように頭をかきながら、ふてくされた態度で「これもう沸騰してんじゃん、あぶねーだろ」と小言を言いながら、沸騰したやかんの火をとめた。


完全に白石のペースにされた久遠は、ふうっと仕切り直すように一息を吐いた。


「……けどなんか、思ったより普通で安心したわ」


その久遠の言葉に、今度は白石の方が不意を突かれ、キョトンとする。


しかしその目が一瞬揺れたのを、久遠は見逃さなかった。

体はコンロの方に向きつつも、顔は白石の方に向けたまま、覗き込むようにゆっくりと小首をかしげる久遠。


「……いや、ちゃうな、やっぱ元気ないな」

「……」


形勢逆転。今度は完全に久遠のペースだった。

反対に白石は、平静を取り繕おうとすればするほど、久遠に本心が見透かされてゆく。


「……”これからどうしよう?”って顔だぁ」

「……っ」


本心を言い当てられ言葉が詰まる白石に、久遠は悪びれずに肩をすくめる。


「ま、そらそうなるわな」


久遠は棚から適当なティーカップやソーサーを一組取り出しながら続ける。


「……」


白石はその一連の動作を黙って見つめていた。


「……さっきの産土の馬鹿みてぇなあの殺気だが、」


脈絡なく始まった話に白石はただ耳を傾ける。

先の、第四回全体会議の終盤で、白石が唱えた“封印術”について、産土が否定したときのことを言っているのだということは分かった。


「あれは恐らくアンタのためだ」

「……え?」


白石の目が驚きで一瞬見開かれる。

一方、ほぼ確信を帯びた久遠の金色の瞳は、まっすぐに白石を捉えている。


「……ま……それはアンタも気づいてんだろうけど」


そう言いながら久遠は慣れた手つきで、先ほど白石が出しておいた缶から茶葉を取り出し、お湯を注いでいく。

高嶺に仕込まれたのか、それとももともと育ちの良い彼にとっては当然のことなのか、流れるように紅茶を淹れる手順をこなしていく久遠の手元を、白石はじっと見つめていた。


「産土はそこまで石頭じゃねぇ。それは知ってんだろ」

「……あぁ……そうだな」


久遠はキッチン台に両手をつき、茶葉が開くのを待っている。目線はそこに落としたままで、言葉を続けた。


「その上での、あの局面での、あの拒絶だぁ……つまり、分かるな?」

「……」


分かっているとも。

これ以上、“封印術”について詮索をするな、ということなのだろう。


(……しかし、それはなぜだ?)


産土は――

そして久遠も、なにやら訳知り顔だ。

彼らは一体、何を知っている――?


白石と久遠の瞳が、しばし沈黙のうちにかち合った。

やがて久遠は再び目線を手元に落とし、温めておいたティーカップに紅茶を注ぐ。


「……あとはあの”最強”に任せて……アンタはとりあえず暫くの間、寝こけた方がいい」


そう言って、久遠は白石にティーカップを差し出した。

淹れ方が良いのか、白石が入れるときの数倍は香りが立っている。

白石は小さく礼を言いながらそれを受け取ると、久遠はふんと満足げに笑ってその場を後にしようとした。


白石は歩き出した久遠の方を見やる。

聞いたところで何か聞き出せるとは思えない――

しかし、何も言わずに終わることもできずに、にわかに淡い期待を込めて聞いてみる。

”封印術”について――


「……何か、秘策が?」


その言葉に久遠が足を止める。

彼はニヤリとして半身だけ振り返ると、いたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。


「……話したら秘策じゃなくなるだろうが」


かつて白石が久遠に言った言葉を、そっくりそのまま返してやる。


これには一本取られたと、白石は苦笑するしかなかった。


「……なーんつってな」


ぺろりと小さく舌を出して言う久遠。


「……じゃあな。あと頼むわ」


彼はそれだけ言うと、再び背を向け今度こそ応接間を後にした。

白石は袋を抱えたまま、久遠の背中を見送った。

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