第31話「宿敵③~ありがとうな~」
ハロワン第31話「宿敵③~ありがとうな~」
「なのに、あさは俺を……俺を……おいていった…………!」
誤解が解け、互いの胸の内を知った彼らの闘いは、いよいよ最終章を迎える――
P.S.
個人的には、今回、陸と産土の言葉がとても良いです。
朝霧の言うことも、リアルというか……そういう風になるよねと思いました。
今の朝霧には、間違いなくこの二人が必要だと、改めて強く思わずにはいられない回です。
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今回は、一部残酷な描写を含みます(流血表現)。
独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています。
物語の進行に併せて随時更新してまいります。
宜しければご覧くださいませ。
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【そして現在――】
再び青年が朝霧の手首を握る。爪が食い込み、血がにじむほどその力は強くなっていた。
「お前はもう、悲しい想いをしなくていい……そう思ったんだ」
静かに、真摯に。朝霧は力を込めるでもなく、穏やかな声で返す。
「俺と一緒にいると、同じ様な目に何度も合う。そのたびに何度も思い出して、後悔をする。俺があのとき、よるを止められてりゃ、お前はそもそも剣なんて握る必要すらなかったんだ」
そう言いながら、左手に握っていた刀をわざと音を立てて地に落とした。
まるで抵抗の意思が無いと示すかのように。
「……っ」
青年は涙を滲ませながらも、必死に睨み続ける。
「いつもの、もとの生活に戻ってほしかった。お前に」
その朝霧の言葉に嘘は無い。
先程殴られた箇所から僅かに血が滲み出て、赤黒く腫れている。
それが視界の端に入り、青年は思わず口びりを噛む。
「……そんなの……そんなの、俺は望んでなかった……!」
声は怒りに震えていた。
「俺は誰よりも強くなりたかった! 兄貴より! お前より! 復讐ができるくらい……! それを……余計なお世話なんだよ! 勝手に決めて、勝手にいなくなってんじゃねぇよ!」
叫びとともに涙が溢れ、顔を濡らす。
下敷きになった朝霧の顔には、その涙が次々と落ちていく。
朝霧は青年の泣きはらした顔をただじっと見つめて、静かに言う。
「……お前や俺がそれで良くても、よるは違う」
「……!」
青年の瞳が一瞬、揺らいだ。
朝霧は続けた。
「よるは……よるなら、お前に普通の幸せを享受してほしいと、必ずそう思う。あの時、それに気づいた」
朝霧の瞳は柔らかく、敵意のかけらもない。
青年の胸に、言葉が重く落ちていく。
穏やかな目をした朝霧に、青年は思わず言葉を詰まらせる。
だが――
頭上から、耳障りな声が降り注いだ。
次の瞬間、オーデが青年の背に杭のようなものを打ち込む。
「……っ!!」
青年の体がびくんと跳ね、痙攣が走る。
爪や犬歯が伸び、朝霧の手首に突き立つ。血が滴り落ちる。
涎がぼたぼたと垂れ、青年は必死に耐えるように目を閉じ、震えていた。
(――よる……!)
その姿は、かつての親友・よるが崩れ落ちる直前の姿に酷似していた。
「おい、どうしたよる坊……! しっかりしろ!
よる坊……! 1人になるな! 俺を見ろ! 俺の目を見ろ!」
青年の頭の中で、朝霧の声が遠くでこだまする。
僅かに細く目を開けた青年に、朝霧は懸命に話しかける。
「そうだ! 大丈夫だ! 俺を思い出せ! 自分を思い出せ! よる!!!!」
朝霧の絶叫とともに、奇跡的に痙攣が一瞬収まる。
しかし、青年の意識の中では、オーデの支配への忠誠と、本当の自分を取り戻そうとする本能がせめぎ合っていた。
「んだよ……それ」
かすれ声。涙と狂気が入り混じるぽつりと発された小さな声。
「……じゃあ、俺が悪いのかよ! 俺が兄貴の想いまで踏み躙ったって、そう言いたいのかよ!」
叫びとともに朝霧に掴みかかる。
朝霧は刀を使わず、素手で必死に受け止めた。
「じゃあ、どうすれば良かったんだよ……! お前が居なくなって、俺に手を差し伸べてくれたのは、あいつしか居なかった……! だからこうなった!仕方なく……。お前のせいだ!!!」
殴りかかる拳。
しかし隙だらけだった。
朝霧は決意の目をして、渾身の拳を打ち込んだ。
ゴッ!!
顎に直撃。青年の体が瓦礫に叩きつけられる。
朝霧は間髪入れず、青年の背に突き刺さった杭を引き抜いた。
血に濡れたそれを、彼の眼前に突きつける。
「こんなものに屈するな! あんな野郎の言うこと聞くな! もうこれ以上……お前を殺すな!」
瓦礫に押さえつけられながら、青年は息を荒くし、正気を取り戻しつつあった。
朝霧の灰色の瞳と――揺れる自分の瞳が間近に合う。
しかし――青年自身が一番よく分かっていた。
自分は存在する限り、あのオーデの支配からは逃れられない。
そして一度死んだ身である以上、もう一度、朝霧と肩を並べて戦う未来など決して訪れないことも。
やり直すには遅すぎた。
背中に、快楽のオーデの冷たい視線が突き刺さる。
(あぁ……あの目はもう……ポイされるな……)
第六感がそう告げた瞬間、青年の口から思わず嘲笑が漏れた。
――きっと次の一言が、自分の最後の言葉になる。
だったらいっそ――
この十三年間。生きていた時も、死んだ後も、今までずっと、ずっと――
ずっと押し殺してきた弱音のひとつくらい――
(……吐いても、いいよね――)
「……あさ、」
穏やかすぎる声に、朝霧の目がわずかに見開く。
その一音を聞き逃すまいと、真剣に彼を見据えた。
互いに分かっている。これが最後だと。
そう思うと何故だか不思議と気持ちがすっと楽になり、青年からは自然と笑みが漏れた。
彼はもたれるようにして朝霧の肩に頭を寄せる。
そして、誰にも届かぬほど小さく、朝霧にだけ聞こえる声で呟いた。
「……たすけてくれ……っ」
その瞬間。
鋭い風切り音――オーデが背後から青年の背へ矢を撃ち込んだ。
「っ!!」
だが、それは朝霧の刀に弾かれ、火花を散らした。
「無駄だよ。その子はもうゴミだ」
退屈そうに言い放ちながら、オーデは指を鳴らす。
直後――青年の体はみるみる灰色に崩れていき、サラサラと朝霧の足元に散っていった。
「……っ!!」
朝霧は、必死に掴もうとした灰を握りしめる。
だが掴んでも掴んでも、その指の隙間から零れ落ちていく。
その姿を、上空でオーデは腹を抱えて笑い転げている。
朝霧は崩れ落ちる灰に「あとは任せろ……」と囁くように囁き――
顔を上げた時には、もはや怒りしかなかった。
刀を構えた彼は、信じられない速度で上空のオーデの喉元へ斬り込む。
オーデが左腕で防ごうとした刹那――
「!」
産土の鎖が首を絡め取っていた。
「……ナイス、あんぱんッ!!!」
産土は鎖を締め上げ、抵抗を封じながら唱えの体制に入る。
朝霧はそのチャンスを逃さずオーデの肩を斬り裂いた。
血飛沫が散る。
「くそ……ッ!! くそが!!!!!」
取り乱すオーデはなんとかして首の鎖を外そうともがく。
しかし朝霧は待ってましたとばかりに、次々に攻撃を仕掛け、左腕も削ぎ落とした。
とうとう両腕が無くなったオーデが、狂気の中で笑い叫ぶと、ルービックキューブの全ての面が揃う。
全ての面が光を帯び――
「コンプリートォォォォォ!!! あはははははははははははは!!!!」
絶叫とともに、彼の身体から魂の分身が飛び出す。
一直線に――産土へ。
「!!」
産土は唱えに集中しており、脅威に気づかない。
朝霧が動こうとした刹那、産土の前に迷わず飛び出したのは陸だった。
「……っ!」
オーデの分身は、陸の腕に噛みつくとそのまま消滅した。
噛まれた箇所からは、血とも違う不気味な色の液体が滲み、陸は激痛に顔を歪めた。
「おい!陸!」
朝霧が駆け寄ろうとするが、陸は痛みに顔を歪めながらも距離をとる。
――このあと、自分がどうなるか分かっている。
間も無く陸の体が痙攣し始めるが、彼は冷静に傷口を絞り、少しでも排毒しようと毒抜きに試みていた。
だがオーデはその隙を、好機とばかりに本体で産土へ突撃した。
狼のような爪が振り下ろされる瞬間――
朝霧の刀がその軌道を塞ぐ。
「あれぇ? あっちのコはいいの? 仲間でしょ? 死んじゃうよ?」
低俗な笑みを浮かべながら、オーデは朝霧を挑発する。
しかし朝霧は黙ったまま、苦悶を抱えながらも、一切動じず刀を振るった。
内心では、今すぐにでも陸に駆け寄り助けてやりたい。
しかし――産土をやられたら元も子もない。
いち早くオーデの動きを封じ、陸を助ける。そのつもりで朝霧は、一心不乱にオーデにきりかかった。
しかしオーデも背水の陣だ。
その動きは研ぎ澄まされており、集中を極めた朝霧でも仕留めるのは難しかった。
疲労の色も見えてきた朝霧の背中に冷たいものが伝う。
(……こいつを仕留めるのに、あと1分すらかけられない。それ以上かけた時点で陸の方は……っ)
目の端に陸の様子を見ながらオーデに向き合う。
しかしそんな一瞬の隙すらもビハインドとなり、小傷を付けられる。
「あーあー、可哀想に! あのコを見捨てるんだ! お前正気じゃないね」
陸は一人、闇の中で、症状に耐える様に必死でうずくまっている。
それが分かっているオーデは、更に朝霧を責め立てる。
「アンタは誰も助けられない」
オーデは口角をにっと吊り上げて朝霧を見下ろした。
「そこにうずくまってるあのコのことも、俺の使えない下僕も。みんな、みーんな、お前のせいで死ぬっ!!!」
朝霧は挑発に耳を貸さぬまま刀を振り続ける。
だがオーデは畳みかけるように言葉を重ねる。
「可哀想に。2人ともお前と関わらなきゃこんな結末にならなかったのにね……!」
その言葉にすら表情を崩さない朝霧に、オーデは遂に最後の一刺しを口にする。
「あぁ、2人じゃないか」
「……っ」
「よる……だっけ?」
――ガッ!!!!!!!
オーデが全て言い終わる前に、真正面からその口を朝霧の刀が突き貫いた。
「か……っ……かはっ……!!!!!」
オーデは喉奥から頚椎を貫通した刀を抜こうと慌てて反射的に腕を出すが、肘から下が既に削ぎ落とされており、掴むことすらできない。
虫の様にジタバタとする彼の両足を、朝霧は腰にさげたもう一本の刀で削ぎ落とした。
「—―ッ!!!!!」
声にならない悲鳴を上げるオーデに、朝霧は死んだ目のまま静かに告げる。
「そうだな、可哀想に……俺に関わると全員助からないのか」
そう言って倒れたオーデの肩を足で押さえる。
「じゃお前も、だな――――ッ!」
そして――
わなわなと動いている血だらけの口から、先程刺した刀を思い切り引き抜く。
その瞬間、耳皿りな音と共に、大量の血がオーデの口から噴き出した。
赤黒い血飛沫を宙で払うと、朝霧は仁王立ちになり、垂直に刀を構える。
今度こそ――終わらせるために。
その瞬間、オーデはけたたましく耳障りな甲高い金切り声で言った。
「さぁ! みせてくれ! 仲間を殺すところを!! あーははははははは!!!!!」
(……しまった――!)
朝霧の胸に冷水を浴びせるような感覚が走る。
その声が――傷口からオーデのウィルスに感染し凶暴化した陸に向けられているものだと、直感的に理解したからだ。
振り返れば、ゆらゆらと不安定に立ち上がった陸が、虚ろな瞳で産土に一直線に飛びかかろうとしていた。
(まずい……!)
朝霧は地を蹴り、腕を伸ばして止めに入る。
だがその刹那――もう虫の息と思われたオーデの体が宙に舞い、背後から牙を剥いて猛追してきた。
「死ねぇぇぇえええええぇぇぇ!!!!!」
「!」
背後から迫る影――オーデの口が朝霧の首筋に食らいつこうと迫った、その瞬間。
ズシャアッ!!
オーデの身体が、左肩から右膝へと斜めに大きく抉られた。
鮮血が爆ぜる。
やったのは――陸だった。
「……は?」
時間が止まったかのように、オーデも、朝霧も動きを失った。
その場で唯一、止まらずに動けていたのは陸ただひとり。
「陸……!」
振り返った朝霧の視線の先にいたのは、青ざめた顔で汗だくになりながらも、正気を取り戻した陸の姿だった。
「お前……大丈夫なのか?」
荒い呼吸の合間、陸はかすかに笑い、肩を上下させながら答える。
「……体ん中に抗体があったのかも……前に、噛まれといてよかったわ」
親指を立ててグッジョブと示す陸。
そのたくましさに、朝霧は苦笑を零した。
「だからさ……あんぱんは間違ってないよ」
「……っ」
朝霧は思わず息を詰める。
陸の言葉に込めれた信頼を受け止め、胸の奥で熱いものが揺れた。
陸は、思わず息を詰める朝霧の方に一度だけ頷くと、血溜まりに沈むオーデの前へよろよろと歩み寄った。
陸は浅い息をかろうじて整えながら言う。
「色々と……分かってねぇみたいだから教えといてやる……」
立ち上がる気力もないオーデを見下ろし、陸は冷徹な眼差しで告げた。
「一つ。この仕事をやる人間の命には……優先順位が付いてる。
……俺とあんぱんの仕事はボスを守ること。だからさっきの局面で、あんぱんがボスの側を離れなかったのは正しい選択だった。別に俺を見捨てた訳じゃない」
その言葉に、朝霧はハッとしたように目を見開く。
先ほどオーデが挑発してきた言葉を、正面から打ち砕くものだったからだ。
「二つ。でも基本、命に優先順位なんてあっていいわけが無い。お前が襲った様な人たちは、俺やあんぱんと違って、死を覚悟しながらなんて生きてない。みんな一生懸命に生きてる。それを突然お前に奪われたんだ。お前は、その人達に、絶対に許されることは無い」
オーデの目がかすかに揺れる。
陸は膝をつき、血溜まりに屈んでその顔を覗き込んだ。
朝霧は、近づいては危険だと思わず一歩踏み込みそうになるが、同時に今の陸から感じる静かで力強い生命力に、一人静かに口を閉じた。
「……でもお前だって、許せなかったよな」
「……!」
オーデの瞳が見開かれる。
そこに映る陸の顔は、憎悪でも慈悲でもない――ただ誠実で、真っ直ぐな光を宿していた。
朝霧はその背中を黙って見つめる。
「……お前、元はペイルサンクト症候群の罹患者だろ? 兄貴から聞いたことあるんだ。お前を見た時から、きっとそうだったんだろうと思ってた」
オーデは宙を見つめるだけだ。
陸は続ける。
「色々聞いた。症状のことも、そのせいでその人達がどんな生活をしているかってことも、どんな酷い扱いを受けてきたのかも……俺なら耐えられないって……その時、心底そう思ったよ。
お前多分……、沢山怖い思いしたんだよな……沢山、人を恨んだだろ」
「……」
「だからお前もその人達を許さないでいい」
その言葉に、オーデは思わず、陸に目を向ける。
それがどんな感情の目かは、対峙した陸にしか感じ取れない。
「でも、その代わり、もう誰かに呪いをかけるのはやめろ。自分に呪いをかけるのは……もう今日で終わりにしろ」
陸がそう言った瞬間、オーデの首元の鎖が一層強い光を放って解き放たれる。
「……時間だ。おやすみなさい」
陸が静かに言い放つ。
リードを握る産土が杭を打ち込み、炎が走った。
オーデはまるで安堵したかのように目を閉じ、炎に包まれて消えていった。
「――閉廷」
産土の低い声が、戦場に終止符を打った。
***
産土の唱えで、三人は再び現実のオーデ領域に引き戻された。
「……」
朝霧は血のついた日本刀を握りしめ、ただ立ち尽くしていた。
刃にまとわりついた返り血が月明かりに鈍く光り、まるでまだ敵の怨念がそこに残っているかのようだ。
「あんぱん!」
つくねんとする朝霧に、陸は満面の笑みで微笑みかけた。
「やったな!」
その後ろで、産土も腰に手を当てながら大きく頷いている。
「あぁ……」
だが、朝霧の返事はどこか遠い。
宿敵を倒したはずなのに、その瞳は虚ろだった。
「……なんか、変な感じだな」
ぽつりと漏れる言葉。
彼は刀を見下ろし、血で濡れた自分の掌をゆっくりと開いた。
(終わっちまうと、意外と呆気ないもんだな……)
柄にもなく、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「俺はこれまで……今日のことだけを考えて、ここまで突っ走ってきた……。どうしようもなく成し遂げたかったはずなのに、終わってみりゃ空っぽだ。それはそれで呆気ない……みたいな感覚に近い。
……分かっちゃいたが、アイツを殺ったからって、よるが帰ってくるわけでもねえんだ。結局俺は、よるを口実にして、ただオーデを痛めつけて、てめえのうさを晴らしたかっただけの自己中野郎だったのかもな……」
朝霧は自嘲するように鼻で笑った。
「そのことだけを考えてりゃ良かったから、正直、楽だった。
……けどいざ終わってみると、俺自身は空っぽだってよく分かる。これ以外に自分が何をしたいのか、この先何をすればいいのか……今はそれが分からなくなってる気がする」
滅多に無い朝霧の弱音に、最初に口を開いたのは産土だった。
にやりと笑うその横顔は、あえて軽薄に見せながらも、労いの色を隠していなかった。
「そうそう。これからも、しっかり働いてもらわないとな!」
「まだまだ使い倒すからね~」
陸も冗談めかして続ける。
二人の声は妙にあたたかく、朝霧の胸に沁みていった。
産土は、朝霧に歩み寄ると、その肩にポンと軽く手を置く。
「それに、憂さ晴らして何が悪いのよ。いいじゃん、それで。
俺らは毎日、しんどいことも理不尽も全部我慢して、概ね全うに、今日も世界のルールを守って生きてんだ。必死にどっかで折り合いをつけながら、自分を騙し騙し、今日も生きてんだよ。
それだけで上等。憂さ晴らしのひとつくらい見逃してくれって感じよ」
口調こそいつもの様に軽薄だが、その言葉は紛れもなく、過去の柵から決別した朝霧への労いを確かにまとっている。
「産土……」
朝霧は思わず、主の名を呟いていた。
壮絶な戦いが終わった直後の、砂漠の様に乾ききった朝霧の心に、産土の言葉はゆっくりと沁み込んでいった。
産土は軽くうなずくと、陸の方を振り返って少し茶化すように言った。
「おーい、陸もなんか励ましてやってくんない?」
産土が横目で陸に合図を送る。
それに応えるようにして、陸もゆっくりと朝霧の方へ歩みよりながら口を開いた。
「俺は……あんぱんのこと、なんかちょっと羨ましい気がする」
「羨ましい……?」
予想外の陸の言葉に朝霧は困惑の色が隠せない。
陸は頷きながら、慎重に言葉を選ぶようにして補っていく。
「さっき、一番したかったことが終わっちゃって、今は何をしたいのか分からないって言ってたけど……でもそれって逆に、”これしか無い”って思えるくらい、他の選択肢に目もくれないくらいにさ、無我夢中で駆け抜けてきたってことだよな。気が付いたらここまできてたって感じ。
それって全然悪いことじゃないし、俺にはそれが、まるでよるさんがあんぱんのことを、ここまで連れてきてくれたみたいだって思ったんだ」
朝霧の目が一瞬揺れる。
陸は続けた。
「それにあんぱんは、単によるさんの仇をうっただけじゃ無いよ」
ハッとしたように一瞬朝霧の目が開かれる。
産土はそれを横目で確認すると満足そうに、陸の方に視線を戻した。
「他にも、ゼファルグとか、大陸の数多くの脅威に立ち向かって、その度に沢山の命を救ってきたじゃん」
「……」
朝霧は陸から紡がれる言葉のひとつひとつを噛みしめるように、刀の柄を握る手に力が入る。
「ボスや俺のこと、仲間のことを何度も助けてきてくれた。もしあんぱんがFANGじゃなくて、違う道を辿ってたら、俺はあんぱんに会えなかった。あの日注射も打ってもらえなかっただろうし、ボスとも出会えなかったし……ごつごつも多分一生味わえなかった。
だから俺、よるさんに感謝してるよ。ここまであんぱんを連れてきてくれてありがとうって」
屈託のない陸の笑顔に、朝霧の瞳は大きく揺れた。
朝霧の胸に鋭くも温かい衝撃が走る。
その瞳に、陸の真っ直ぐさが映り込んで離れない。
言葉を区切り、陸はにかっと笑った。
「だからこれからは俺らに任せてよって、なんか今そんな気持ち。……うまく言えてない気がするけど、これ伝わってる……?」
陸は少し照れくさそうに笑いながら朝霧と産土の方へ向きあうと、二人は静かにうなずく。
体が震えるように感じるのは、木枯らしのせいではなく、仲間から発せられる暖かい言葉に、いま確かに高揚しているからだと、朝霧は気付いていた。
「俺もボスも、よるさんにはなれないけど、俺らと居んのもそんなに悪くないでしょ?」
そう言って、陸は朝霧の胸に拳を軽く当てた。
「頼りにしてるよ、あんぱん」
朝霧は、陸じゃなきゃ言えない様な眩しい言葉の数々に、柄にもなく目を伏せた。
「ほら陸、あんまセンチにすんな。あんぱんはただでさえお前に弱いんだからさ」
「いや言葉をかけてって言ったのボスじゃん」
「ささかここまでこっぱずかしいこと言うと思わなかったもーん」
わざと手をぱたぱた動かしながら言う産土に、陸は悪ノリするように方眉を吊り上げて応戦する。
「あれ、知らないのか? こういうときはストレートな言葉で伝えるに限るんですよ? 下手に婉曲するよりも」
「婉曲なんかしてませんー」
「別にしてるって言ってませんけどー」
二人のその、いつもの掛け合いに、朝霧は思わず吹き出した。
久しぶりに心の底から、自然に。
朝霧は鏑をひと撫でし、空を仰いだ。
(……よる。お前が俺をここまで連れてきてくれたんだな)
そして目の前の仲間に視線を戻し、柄にもなく不器用に、素直に心から、笑ってみせる。
「……お前ら、」
その呼びかけに、若き二人の仲間が振り返る。
「ありがとうな」




