第30話「宿敵②~想うからこそ~」
ハロワン第30話「宿敵②~想うからこそ~」
朝霧の日本刀を受け止めた“第三の存在”。
戦場の空気が、一瞬にして別の次元に跳ね上がる。
そして、その正体は、かつての親友〈よる〉の弟だった――
P.S.
因縁の闘いの続きです。
よる坊を思っての朝霧の選択と、すれ違うよる坊の心情が見どころです。
次回はとうとうこの闘いに決着がつきます。ぜひ……!
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残酷な描写はまだありません。
独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています。
物語の進行に併せて随時更新してまいります。
宜しければご覧くださいませ。
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「!」
朝霧は刀を軽く払って力を逃がすと、すぐに後方へ跳び、警戒の構えを取る。
砂煙の奥から姿を現したその第三の存在は、先ほどまで群れていた奇形の軍勢とはまるで異なっていた。
皮膚は奇怪にただれも歪んでもおらず、輪郭も明瞭――朝霧たちと同じく“人の姿”をしている。
背格好は三人よりやや小柄。だが着流しの袖口や裾からのぞく鍛えられた腕や足は、明らかに男性のものだった。
握られた二刀流の刀が振り下ろされる鋭さには一切の迷いがなく、漂う気配は量産型の群れとは格が違う。
(……なんだ、アレは……?)
陸は近くの変体を斬り払いながらも、背後に立つ異質な影から目を逸らせない。
過去の報告書には一切ない存在。三人の間に、否応なく緊張と動揺が走った。
〈審議署〉に連れ込まれるクグリコの魂は、通常一個体のみ――それが大前提。
ならばこの第三の存在は、既に魂を持たぬ“残骸”だと考えるのが自然だった。
だが、その動きは残骸や軍勢のそれでは説明できない。
明らかに戦い慣れ、息づかいすら生者そのものだった。
次の瞬間、青年は容赦なく斬り込んでくる。
鋭さに無駄がなく、まるで長年の修羅場を潜った剣士の一撃。
朝霧も即座に集中を研ぎ澄まし、群勢相手の時とは全くの別モノの緊張感を纏う。
二刀を振るいながら背を見せる形で回し蹴りを繰り出し、その勢いのまま朝霧の足首を狙って斬りかかってきた。
(――この型は……!)
朝霧の目が細まる。
寸前で身を翻し、その攻撃を紙一重でかわすと、空を飛ぶように相手の頭上を越え、背後から首筋を狙った斬撃を叩き込む。
しかし、青年もすぐさま察知していた。
迫る刃の角度に合わせ、両の刀を交差させて迎え撃つ。
ギィィンッ!!
火花が散り、力が均衡した刹那。
互いの顔が、初めてはっきりと視界に映る。
「……!」
相手の瞳が驚愕に大きく見開かれ、朝霧もまた息を呑んだ。
朝霧は、脳裏に閃いた名を、思わずそのまま口にする。
「……お前、よる坊か……?」
その声音には、先ほどまでの冷徹な殺気にはなかった複雑な色が滲んでいた。
「……フンッ!」
よる坊と呼ばれた青年は、力を抜いて刃を弾き返すと、素早く距離を取る。
肩を上下させ、乱れた息を整えながらも、真っ直ぐに朝霧を見据える。
朝霧のライトグレーの瞳に映るその姿――
よく見れば、かつての親友“よる”の面影を色濃く残していた。
その面影を見て、朝霧は確信する。
目の前に立つのは、あの親友の弟。
朝霧の記憶に残る彼の姿は十三歳で止まっていた。
今の彼はもう青年となり、鋭さと凄みを宿して立っていた。
「……でっかくなったな」
刃を下げながら、朝霧はこの場に似つかわしくないほど呆然とした声を零した。
その様子を頭上から眺めていたオーデは、心底愉快そうに甲高い笑い声をあげた。
「え? まさかの知り合い?! 胸アツすぎない?? いや〜こういうの大好きぃ!」
耳障りな声に、青年は顔をしかめ、握る刀をきつく握り直す。
一方、朝霧は冷静に構えながらも、胸の奥に渦巻く複雑な感情に飲み込まれていた。
かつて自分と共に修行に励んでいた青年――
実兄を奇形の姿に変えられ、目の前で失うことになった――その元凶であるオーデの配下に、なぜくだったのか。
会わなかった十三年の間に何が起こったのか。
朝霧の脳裏には、問いと痛みがひた走る。
「よる坊……お前、なんでそっち側についてる?」
声に宿ったのは怒りでも嘲りでもなく、純粋な戸惑いと、答えを求める必死さだった。
だが青年の瞳は迷わず敵意で塗り潰されていた。
「お前に話すことは何もない……さっさと死んでくれ……ッ!!」
二刀を構え直し、殺気を解き放つ。
「はぁぁぁああッ!!!」
迷いのない一撃が振り下ろされ、火花が散る。
互いの動きは速すぎて、産土も陸も一切介入できない。
フェイント、斬り上げ、蹴り、返し。目を凝らしても視線すら追いつかない。
陸は即座に判断する。
(あれは……あんぱんにしか任せられない! 俺は――)
「ボス! ここは俺が止める! ボスはあいつに鎖を!!」
覚悟を示すように叫ぶと、産土は短く頷いて陸の背に身を預け、オーデへ鎖を放ち続けた。
***
一方で、よる坊の攻撃は激しさを増す。
「どうした? 本気で来いよ! 避けてばっかじゃねぇか!」
相手がかつての親友の弟だと分かってから、朝霧は刃を決して致命に振るえなかった。
その迷いを察してか、青年の斬撃は容赦なく重くなる。
朝霧は迷っていた。
自分はかつての親友の弟まで手にかけるのかと。
何か他に、突破口はないものかと。
時間がないのは重々承知だが、答えが見出せるまで、朝霧は問答を止めることはできなかった。
「本当のお前はどっちだ……? なぜアイツを守る?」
「無駄口をたたく暇があったらもっと必死に守れよ!」
鋭く押し込まれる刀。若さゆえの瞬発力では青年が優位。
だが朝霧の肉体は岩のように強靭で、その力を受け止め返す。
「魂を売ったのか? お前もアイツを恨んでいたはずだろ!」
「黙れ!! 何も知らねぇやつにとやかく言われたくないんだよ!!!」
再び刀と刀が激突し、火花が散る。
「俺はよるのぶんまでおとしまえつけるためにここに来た! 邪魔するな」
その名が放たれた瞬間、青年の顔が歪む。
「何を今更……ッ!」
悔しさと切なさがないまぜになった顔。
「お前に……そんな資格は無いっ!!!」
朝霧の瞳が揺れる。
(そうだ……兄貴を殺した俺のことを恨んで無い筈が無いよな……だからあの時――)
脳裏に蘇る、あの夜。
星空の下、焚き火の脇で小さく丸まって眠る、陽土地の少年が夢の中で漏らした声――
――『兄貴も……助けてほしかった……ずるいよ……』
胸を抉るような記憶。
朝霧は刀を交わしながら、その叫びを直視する覚悟を固めた。
隙を突き、彼はよる坊の手首を捻り上げ、刀を落とす。
「……っ!」
しかし、痛みに顔を歪めながらも青年は雄叫びを上げ、朝霧の胸ぐらを掴んで押し倒した。
若さに任せた力が、屈強な朝霧をも大地へと押し伏せる。
拳が振り上げられ、固い拳が朝霧の顎へと命中する。
鈍い音と共に口の中が裂け、血が滲む。
それでも朝霧は抵抗せず、ただ静かに言葉を紡いだ。
「……ごめんな……よる坊」
その掠れた声に、青年の瞳が大きく見開かれる。
殺気が一瞬薄れ、震える肩が落ちた。
「……そんな言葉を……聞きたいわけじゃない……」
押し殺すような声は、あまりにも弱々しかった。
「……全部……お前のせいだ……。他に……何も……誰も……頼れなかった……!」
震える声に混じるのは、悔しさと寂しさ。
瞳は滲み、堪えきれず溢れる。
「お前……あの時、なんで……なんで俺を置いていった……!」
その目に宿るのは怒りと後悔、そして、かつて憧れていたたった一人の兄貴分への渇望。
絶望に染まったその色を、朝霧は真っ直ぐに受け止めた。
――彼が言う「あの時」。
それがいつのことを指すのか、朝霧には痛いほど明確にわかっていた。
あの星空の下、よる坊が本音を零した、あの夜のことだ。
***
【朝霧Side:星空の下の回想録】
『……なんで兄貴じゃなかったんだろうなぁ……』
夜空にまたたく星々の下。焚き火に背を向けて横たわっていた朝霧の耳に、小さな寝言が届いた。
隣で眠る少年――よる坊が、夢の中で普段は決して口にしない本音を零していた。
『兄貴も助けて欲しかった……兄貴も……ずるいよぅ……』
膝を抱え込むようにして眠る幼い身体が、小さく震えていた。
うずくまり、夢の中で、普段必死に隠してきた本音を吐き出してしまった少年を見た――
あの時、朝霧は思ったのだ。
――もう、これ以上苦しませたくない。
このまま自分と共に生きれば、少年は一生「兄を失った記憶」に、兄の復讐に縛られる。
自分の存在が、復讐心を焚きつける足枷になってしまうだろう、と。
だからこそ、あの日を境に決めたのだ。
「よる坊。お前は、もう一人でも大丈夫だ」
そう囁き、十三歳になったばかりの少年の小さな頭をひと撫でして――夜明けを待たずに姿を消した。
荷物をまとめ、靴紐を結びながら振り返ることはなかった。
その場を離れてしまった朝霧は、少年の言葉の最後を聞くことはなかった。
焚き火のぱちぱちという音に紛れて続いた少年の声は、朝霧を責める言葉ではなかった。
ただ純粋に、誰かを守れるだけの強さを、少年は欲していたのだ。
『俺がもっと強かったらなぁ……』
***
【よる坊Side:当時の記憶】
兄のアジト近くを通った時だった。
耳に飛び込んできたのは、聞き慣れたあさ――朝霧の怒鳴り声と、獣のような呻き声。
恐る恐る岩陰から覗いた俺は、目を疑った。
そこには、あさと――得体の知れない化け物が取っ組み合っていた。
兄貴の姿はどこにもなかった。
だが、その怪物を相手にしながら、あさが叫んでいた名は――「よる」。
兄貴を呼ぶときの呼び名だった。
信じたくなかった。だが、理解してしまった。
あの化け物は、兄貴だったのだ。
俺は無意識に岩陰から出て、縋るように声を上げていた。
「……お兄ちゃん……?」
俺の姿を見たら、兄が正気に戻るんじゃないかと、そんな甘い考えに賭けて、気づいたときにはそう呟いていたんだ。
けれど兄は、正気に戻るどころか、俺に飛びかかろうとしていた。
恐怖で足がすくみ動けない俺を、背後から飛び込んだあさが必死で止めてくれた。
その後もしばらく取っ組み合いが続いた。
あさは武器を抜くことなく、叫び続けながら耐えるだけだった。
だが――ついに限界が来た。
兄が何かを叫んだ直後、あさは震える手で兄の刀を奪い――その胸を貫いた。
兄の身体が崩れ落ちる光景を、俺はただ呆然と見つめていた。
その後、俺に向き合うあさの顔は、真っ青で絶望してた。
でも俺はその状況を、自分でも怖いくらい冷静に理解できていた。
ショックだった。憤りもあった。
俺にとってはたった1人の家族だったから、募る思いは強かった。
でも俺は、俺を守るために必死で戦ってくれて、何より最後の最後まで兄を取り戻そうとしてくれた、そんなあさのことを、どうしたって嫌いになんかなれなかった。
この時、俺が何よりも呪ったのは、自分の非力さだった。
当時俺は5歳で、俺は兄貴と違って、喧嘩も筋トレもしたことがなかったし、いつも兄貴が持ってきてくれる食事を食べて好きなことをして遊んでただけだ。
自分は非力でも、故郷で一番強い兄貴がいることだけが、俺の唯一の誇りだった。
兄貴は俺の全てだったのに、俺はこんなとき、兄貴のために何もできないんだと、自分の無力さにただただ憤っていた。
このままじゃだめなんだと、あの時思った。
俺が知る中で、兄貴以外で一番強いのは、あさだった。
だからあさに頼んで、弟子入りさせてもらった。強くなるために。
だれにも負けない力が欲しかった。
あさは初めこそ反対していたが、兄貴の代わりに俺を育ててくれる様になって、俺があんまり毎日しつこくお願いするから、最終的にはあさが折れて、半ば無理やりに子弟関係を結んだ。
必死に食らいつき、修行に明け暮れた。
十三になる頃には、それなりに強さを誇れるまでになった。
けれど――そんなある日。
あの日と同じ光景に、再び出くわした。
炎に包まれる街。焼け落ちる家屋。
耳をつんざく悲鳴の中、ひとりの少女が血走った目でこちらに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんを助けて!」
その姿は、まるで幼い頃の俺自身だった。
絶望の中で縋るように声を上げた、あの夜の俺。
一瞬、言葉が詰まる。
何を言えばいい――?
頭が真っ白になった。
だが、あさは躊躇わなかった。
少女の声にハッと目を見開くと、すぐさまコートの内ポケットから注射器を取り出し、瓶の薬液を手際よく注入する。
「よる坊、その子を頼んだ」
短く言い放つと同時に、異形と化さんとしていた男の頸静脈に針を突き立てた。
咆哮を上げて暴れ回るその体を必死に押さえ込み、痙攣が収まるのを待つ。
やがて男の動きは次第に弱まり、静かに眠るように崩れ落ちた。
皮膚の変色も僅かに和らぎ、胸は規則的に上下している。
「……お兄ちゃん、助かったの?」
涙目で問う少女に、あさは男を背負い直しながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「あぁ、もう大丈夫だ。病院でまともな医療を受ければ元通りになる」
その言葉に、少女の顔がぱっと明るくなる。
そして無邪気にあさの足へ抱きつき、声を弾ませた。
「おじさん、ありがと!」
その光景を横で見ていた俺の胸には、形容し難い感情が渦巻いていた。
羨望、憤り、焦燥――。
あの日から約八年経過した現在では――
感染を途中で抑制する薬もできて、兄貴と同じ目に遭った人が助かっている。
兄貴は助からなかったのに――。
なんで、兄貴だけ。
***
その日の夜。
アジトからは遠く離れてしまったため、俺たちは野宿することになった。
焚き火の明かりの下、いつものように簡素な夕食を取る。
あさは刀を丁寧に磨き、油を差し終えると、さっさと横になった。
俺もやがて寝床に潜ったが、この日は何故か――背中を向けて眠りについた。
……次に目を覚ました時、俺は泣いていた。
夢の内容は覚えていない。ただ、頬を伝う涙の温度だけが残っていた。
その瞬間、なんとなく嫌な予感が胸を掠める。
振り返った瞬間――視界から、あさも、あさの荷物も忽然と消えていた。
冷え切った焚き火の残り香と、空っぽの寝床だけが残されていた。
その時の絶望を、俺は一生忘れない。
『捨てられた……』
強くなりたかったのに。
あの日を糧にして生き抜いていくと誓ったのに。
なのに――あさは。
あさは俺を、置いて行ったんだ。




