第29話「宿敵➀~幕開け~」
ハロワン第29話「宿敵➀~幕開け~」
とうとう、朝霧が待ち焦がれていた因縁の相手が目の前に。
それは想像を絶する――
憎たらしいほど、世にも美しい姿をしていた――。
P.S.
因縁の闘いが幕を開けます。
全3部構成のボリューミーな闘いになります。
彼らの闘いを、是非とも、最後までご覧ください……!
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残酷な描写はほとんどありません。
独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています。
物語の進行に併せて随時更新してまいります。
宜しければご覧くださいませ。
https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/
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【はるか以前――とある少年の遠い日の記憶にて】
「はぁ……」
少年の小さなため息は、殺風景な病室で居場所をなくしていた。
その光景は幾度となく繰り返されている。
今日も、誰もいない病室のベッドで一人、分厚いカーテンに閉ざされた窓の外を見ていた。
彼は、世界に約0.0005%しか存在しない、指定難病“ペイルサンクト症候群”の罹患者だった。
少年は全身足の先から爪の先に至るまでの体毛を含めた全てが真っ白であり、淡い紫色をした目の角膜には、ダイヤモンドの様に幾重にも屈折して美しく輝く光彩が宿るという、世にも美しい容姿をしていた。
そのせいで、彼らは悲劇に見舞われる事もしばしばあった。
彼らを鑑賞用に売り買いする者、また、ある村においては虐殺されたり、言い伝えの一説に「彼らの体の一部を切り取ってお守りにする事で災いがおさまる」などという不当な理由で、彼らは常に危機に晒されていた。
彼自身もかつて、危険な目にあい、片腕を失っていた。
ショックのあまり気絶したところを、非営利の保護団体によって運良く助けられ、一命をとりとめたのだ。
そしてこの病の一番の辛さは、彼らは微細な光でも、少し感じ取るだけで全身が火傷の様な痛みに襲われてしまう。
そのため罹患者は日中帯での活動はできず、産まれた時から夜しかその活動時間は許されていなかった。
現存の叡智をもってしても、この病気に有効な治療法は何もない。
彼らが安全に生きる方法は、日の光と、人の目にできるだけ触れない、こうした病室のような場所にいるしかなかった。
自分は、日の光と人間によって、その自由を搾取されてきた――
そして自分は一生この暗がりで過ごすのだと、少年は一人、どこか悟りを開いていた。
彼の病室は別館の離れにあり、すこぶる日当たりの悪い部屋だった。
そのせいで、通常、窓の外を通る人の声も滅多に聞こえない。
しかし最近は、この暗がりを遊び場にし始めた子供達の声が聞こえることが増えた。
外の子供達は、彼が生まれて一度も味わったことのない太陽の光の中で駆け回って遊んでいるのだ。
始めは純粋に、羨ましい気持ちが多かった。
自分も外を駆け回ったり、草原に寝そべったらしたい……そんな純粋な気持ちで叶わない夢を絵に描いたりすることで、無理に満足する日々……。
しかし、もう何年もそうしてきた今となっては諦めと、彼らを心底憎たらしく思う感情に支配させていた。
「うるさ……。また部屋、変えてもらおうかな……」
少年はぽつりと1人呟いて、手元のルービックキューブを弄る。
それは通常の9マス×6面のものではなく、もっと複雑で奇妙な異形の形をしているものだ。
しかし彼はそれを暫く弄るうちに、難なく解いてしまう。
(これも解けちゃった。また新しいの作らなきゃ……)
彼は出来上がったルービックキューブをベッドサイドの棚に置いた。
そこには今までに完成させた異形のルービックキューブが数々並んでいる。綺麗に整列したそれはコレクションの様に綺麗だ。
しかし少年は虚な目でそれを眺めるだけ。
「……つまんないの」
***
【現在 ―― オーデ領域にて】
第三回目となる今回の派遣は、朝霧のアイデアで、産土班は作戦行動を夜間に決行することとなっていた。
かねてより朝霧が対峙したがっている“快楽のオーデ”の活動領域は広域とされていたのにも関わらず、過去数回の派遣でこうも遭遇しないとなると、他のQKランクのオーデと違い、活動時間が限定的であるとの仮説が浮上したためだ。
オーデ領域の夜は、実に不気味だった。
黒い靄が空間を蔽い、吹き抜ける風はどこか人の呻き声にも似た不気味な音が遠くでこだましている。
どこからともなくほのかに漂う、湿った獣めいた血の気の混じった異臭が鼻をつく。
しかし朝霧にとっては、その不気味さはどこか懐かしさすらあった。
彼の故郷〈バルバロア〉もまた、政府から見放された荒廃の街で、暴力と狂気が支配する場所だったからだ。
この夜闇の空気は、むしろ心の奥に眠っていた原風景を呼び起こしていた。
――今回こそ、因縁の相手に会える。
そんな確信めいた予感が、朝霧の中で熱を孕んでいた。
「プチ時差ぼけだわ……」
産土が眠たげにあくびを漏らし、肩をぐるりと回す。
通常、QKランクのオーデは昼夜を問わず活動するため、プロジェクト〈Arc〉の任務はすべて日中に結構されていた。
だからこそ、急に夜間行動となれば体内時計の狂いも出る。
一方で、陸は案外きょろきょろと周囲を見回していた。
夜の静寂に目を凝らし、耳を澄ませるその仕草は、緊張感よりもむしろ研ぎ澄まされた好奇心に近い。
その様子に産土は思わずジト目になる。
「……なんか陸、あんぱんに似てきたな」
言われた当の陸と朝霧は、互いに顔を見合わせる。
「そうか?」
短いやり取りに、わずかに肩の力が抜けた――
その時。
不意に、産土の感知器が甲高く鳴り響いた。
――!
空気が一変する。
ついにその時が来たのだと、全員が一斉に構えを取った。
「開廷」
産土の唱えで審議署に着いた瞬間、朝霧の目の色が変わった。
彼は今までに、快楽のオーデの姿を一度も見たことは無かったが、その姿を見た瞬間に確信していた。
「……」
ただただ黙って目の前のオーデを正面から見据えるその様子は、一声も発していないのにも関わらず、味方でも思わず震えあがる程の殺気が漂っていた。
威圧的な覇気の漂う、そのただならぬ様子に、産土と陸もいま対峙している相手が朝霧の因縁の相手なのだと確信する。
一同はより一層気を引き締めた表情で対峙した。
(これが……あんぱんの……)
産土は目の前のオーデの姿をじっと見つめた。
快楽のオーデの手の内は、朝霧の話やクロノスの調査資料などから比較的分かっていることが多かったが、その情報から想像していた姿と、実際の姿があまりにイメージと異なり、正直少し面食らっていた。
そんな三名に構わず、オーデは少さく呟いた。
「たったの三人かぁ……」
残念そうなその声は、内心の高揚が隠せないようにどこか浮ついている。
「今までのコ達は揃いも揃って皆大所帯でやってきてたけど……キミ達たぶん強いんだね。少数精鋭ってことだよね」
快楽のオーデは、三人を品定めする様にそれぞれ眺めて、嬉しそうにほくそ笑む。
そんな彼からはその性格の残酷さが垣間見える。
「ふふ……素敵なお客サマ」
快楽のオーデはあぐらをかくような体勢のまま、空間に浮遊していた。
「特にキミ。殺る気満々って感じだね」
そう言って朝霧の方を指差しながら続ける。
「初対面のボクにそこまでの殺気を放てるって事は、もしかして何かボクに恨みがあるんじゃない? 敵討ち?か何かかな? きっとボクの能力のことも十分に予習済みなんでしょ。作戦は十分に練った上でここへ来ている」
滑らかに的確に言い当ててゆく。
「でも動かずそうやって出方を見てるってことは、ボクを仕留めるのに十分な攻略まではできてないってことの証明。どう? 当たってる?」
嬉々として聞くオーデの声は、まだ声変わりも十分にしていないあどけない無邪気さがあった。
まるでこの状況をゲーム感覚で捉えているかのようなその軽薄な態度に、朝霧は少しだけ肩を落とし「はぁ」とため息をつく。
産土と陸は無言でその様子を見守った。
うすら笑いを浮かべ、朝霧はただ静かに呟く。
「なるほど……こんな奴だったか」
快楽のオーデの問いかけには答えず、ただただ一人静かに呟く朝霧。
その目はいつも通りの無関心だ。しかし、その奥には獰猛な怒りを確かに宿している。
産土や陸は、朝霧が因縁の相手を前に熱くなるかと心配していたが、そんな心配ないくらいに今の朝霧は落ち着き払っていた。
「ん、なになに? よく聞こえないよ。当たったってこと?」
快楽のオーデは朝霧の心境をあえて煽るようにして、愉快な調子を崩さずに言った。
またしても朝霧はその声には応じず、代わりに静かに愛刀を抜いた。
その様子に、オーデの口角とボルテージがつり上がる。
「怒っちゃった? 実力行使? 早まらないで、もう少しお喋りしてからにしない? ボクずっと退屈だったんだ」
一方の朝霧はそのごつごつとした節の浮き出た手で、鏑を愛おしそうにそっとひと撫でする。
彼の脳裏には、二十五年前の姿で止まったままの、かつての親友の顔が浮かんでいた。
「一緒に来てくれ……よる」
かつて彼が朝霧にそう言ったように、朝霧は亡き親友を思い浮かべながら、そっと目を閉じ、心の中でそう呟いた。
一方で、一向に相手にされない快楽のオーデは不服そうに唇を尖らせた。
「……まぁいいや、キミとのおしゃべりはつまんなそうだし……」
子供じみた拗ね方だが、その瞳の奥は信じられないほどの冷たさを宿していた。
その変化に、産土と陸も自然と警戒体制をとる。
そして――
「じゃーん☆」
快楽のオーデの手の上に、どこからともなく取り出されたのは、ルービックキューブキューブ。
その一挙一動に細心の注意を払う三名だが、一方のオーデはまるで敢えて手の内を明かすようなそぶりで愉快そうにしていた。
「これがトリガー」
自分からトリガーの存在を説明してくるあたり、彼がゲーム好きで、自分の実力に相当の自信があることが伺い知れる。
「ボクがキューブを揃えるまでの間はキミ達の攻撃ターン。揃ったらこっちの攻撃ターン。揃った面の数によって攻撃の種類と強度が変わる。どう? 面白いでしょ」
嬉々として話す様子に、三名は嫌悪感を抱いた。
「さぁ、導守はだれ? 鎖を出して。せーので同時に始めよう」
まるでゲーム感覚である。
産土は鎖を出さない。
オーデは小さく肩をすくめる。
「頑固だなぁ……親切で言ってやってるのに」
口ではそういいつつ、その顔は確実に悪魔のような形相へ変わっていってた。
その様子に、陸は思わず背中に汗が伝うのがわかった。
「じゃ、いくよー?」
上空に浮かび上がったオーデが残酷な笑みを隠しきれない様子で三人を見下ろし、ルービックキューブを構える。
「よーい、どん」
刹那、産土と陸は両方へ飛び跳ねる。
産土は隙を見てオーデに鎖を繋ぎやすいようオーデの死角へ、陸はオーデの意識を自分に惹きつけるため、あえて囮と怪しまれない程度まで一気に距離をつめる。
しかしオーデがキューブを揃えるスピードは凄まじく、その瞬間に面が揃う。
陸が僅かに目の端で捉えられた箇所だけで、既に3面。
どんっという鈍い音と共に、どこからともなく現れた巨大な石板が、頭上から朝霧に直撃した。
「……!」
その光景に産土と陸は思わず動揺する。
砂煙で朝霧の安否は分からない。
「あっはは! 今日は幸先いいな」
オーデが愉快そうに言う。
朝霧の安否が分からずとも、やるしかない――。
産土と陸は瞬時に意識を立て直し、それぞれの動きに集中する。
するとオーデは踵を返し、産土の方へ目を向けつつ、素早く方向を変えて逃げおうせた。
「キミが導守だね。まぁ最初からぽいとは思ってたけど」
オーデが更に手元を動かし、次の面を揃えんとした、その瞬間――
左翼を、鋭い光と共に抜ける刃が貫いた。
「……へ?」
間の抜けた声と共に、快楽のオーデはバランスを崩す。
その身体は空中でよろめき、急激に地上との距離を縮めていった。
「お待ちどうさん」
砂煙を切り裂いて現れたのは朝霧だった。
投擲した日本刀を引き抜きざまに回収すると、迷いなく踏み込み、みぞおちへと強烈なボディブローを叩き込む。
「かは……ッ!」
衝撃で肺の空気を吐き出したオーデは、握っていたルービックキューブを手放し、軽い体ごと吹き飛ばされて石壁に叩きつけられる。
(……ッ!? 何これ……! どんな威力と精度で投げればここまで来んの……!)
衝撃に揺らぎながらも、快楽のオーデの胸中には逆に高揚が生まれていた。
先ほど自分が浴びせた攻撃をものともせず、無傷で立っている朝霧。その存在に、むしろ血が騒いで仕方がなかった。
(……ククッ。たった五面じゃ微動だにしない……! なんだコイツ……!)
口元が歪み、狂気の笑みが抑えられない。
「……いいおもちゃになりそう……! やっとその気になってくれた?!」
陶酔した目で問いかけるオーデに、朝霧は首をゴキリと鳴らし、初めて声を返した。
「……お前に言ったんじゃない。ずっと待たせてた親友に、」
低く、しかし確信に満ちた声。
「お前をなぶり殺すところを……見せてやろうと思ってな」
そう言ってオーデを見下す朝霧の目は、あきらかに滾っていた。
その瞳はアドレナリンが溢れ、炎のような闘志が宿り、敵を徹底的に叩き潰すという確固たる意志が滲み出ていた。
圧倒的なオーラに、産土も陸も即座に悟る――今の朝霧に援護など不要だ。
壁際で転がったルービックキューブを、陸は視界の端で捉える。
(流石あんぱん……これで暫くトリガーは発動しないはず……)
その隙を逃さず、産土が鎖を繰り出す。
しかし、オーデはすぐさま体を翻し、空中へ舞い戻った。
「……チッ」
舌打ちする産土をよそに、オーデは不敵に笑い、空中で両手を広げる。
すると、地に落ちていたはずのルービックキューブがひとりでに回転を始め、カチリ、カチリと音を立てながら異様な速さで揃っていく。
今度は――八面。
「あはっ、やったー! 大当たりー!」
歓喜の声と共に、闇の奥が蠢き出す。
次の瞬間、地面が割れるような音を立て、ゾンビのように歪んだ人型の群れが這い出してきた。腕は異様に長く、眼窩は空洞のまま、唸り声をあげながらこちらへ殺到してくる。
「……っうわ!」
思わず陸の口から声が漏れる。だがすぐに息を整え、朝霧と並び立つように動き、産土を守る布陣を敷いた。
闇の軍勢が、音もなく迫ってくる。
その異様な光景に、夜気が一層濃く震えた。
「さて、今度はどうする?」
オーデは頭上から高みの見物だ。
地上の三名はあっという間に奇形の軍勢に囲まれた。
朝霧は数と状況を素早く読み二人に告げる。
「これなら打ち合わせ通りでいけそうだ。ボスはオーデに集中。俺は周りのを片付けながらボスの援護。若いのは近くのを一掃」
「了解」
二人は短く返事をし、それぞれの役割に取り掛かる。
産土は全身全霊でオーデに鎖を放ち続ける。
途中、変体が産土の近くまで迫る場面でも朝霧の援護を信じ、常にその意識はオーデに向いている。
その信用に応えるように、朝霧は産土への一切の干渉を許さず、完全な援護を果たしていた。
鎖が舞い、刃が閃く。その二人の連携は、時間の経過とともに衰えるどころか、むしろ加速していく。
オーデは首に迫った鎖を、紙一重で交わしていく。
しかし、その直後にはもう朝霧が切り込んでくる。
(……コイツら、さらに動きが良くなってきてる……!)
初めて、オーデの頬を汗が伝った。
朝霧は周囲に蠢いていた変形体をほぼ一掃すると、その勢いのまま間合いを詰め、脇腹へ重い拳を叩き込んだ。
「……ぐ、あッ……!」
防御が遅れたオーデは、生身で直撃を受け、喉奥から派手に血を吐き出す。
だが朝霧は手を緩めず、獲物を狩る獣のような目で再び接近する。
「お前らは執行されるまで死ねないもんなぁ? さっさと捕まっときゃ楽になるのにな」
その冷酷な声と共に、朝霧の日本刀が一閃。
刹那、オーデの右脚の膝下が宙を舞った。
「……ッ!?」
理解が追いつくより早く、鮮血が迸る。
患部から噴き出す赤を見て、オーデの表情に初めて焦燥が浮かんだ。
一方、朝霧は愉快そうに唇を歪める。
「鎖に捕まるのは嫌みてぇだし、俺の趣味の時間に付き合えよ」
(コイツ……化け物級に強いじゃん………もうアレを出したほうが良さそうだな……)
オーデがかろうじて左手を回転させる。
すると、転がっていたルービックキューブが再びけたたましい音を立てながら、狂ったように回転を始めた。
朝霧がそのまま勢いを乗せ、今度は左腕を断ち切ろうと刃を振り下ろす。その時――
――カキンッ!!!
甲高い金属音。
寸でのところで、朝霧の日本刀を受け止めた“第三の存在”が闇の中から姿を現した。
張り詰めた空気が、一層張り裂ける。
戦場の空気が、一瞬にして別の次元に跳ね上がった。




