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第24話「覚醒」

ハロワン第24話「覚醒」


ダリウスは宣言通り、”悪夢のオーデ”を仕留めるために対峙を果たしていた。

死闘の中で彼は、今までずっと隠してきた己の欲望を惜しみなく解放する――


P.S.

ダリウスによる、ラヴィの敵討ち回です。

いつもかっちりスーツのクール&ポーカーフェイスなダリウスが、今回だけは思う存分、血に濡れ踊り狂います。

ちょっとサイコな男のたかが外れる様子を、どうぞ……!


――――――――――――――――――――――――――――――

今回は、残酷な描写ありです(流血表現)。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

【オーデ領域 ダリウス担当エリアにて】


ダリウスは今、かつてラヴィ・アグニシャルが倒れた因縁の地に立っていた。


「……ふふ……くくくく……」


血に濡れた両手を見下ろし、肩を震わせるダリウス。

その様子を、宿敵“悪夢のオーデ”は、ほくそ笑んで見ていた。

血に汚れた眼鏡の奥から、ダリウスは鋭い眼光を敵へと突き刺す。


***


ダリウス・アズマ。

彼は、かつて大陸形態が現在のGAIA5.0以前だった頃、“東洋”と呼ばれた地域で名を馳せた、由緒ある導守(しるべもり)の名門の血筋である。


しかし彼は、幼少から冷遇され続けた。

理由は明白――彼が当時の当主の妾の子だったからだ。


小指に痣が現れたのは十歳頃のこと。

その時点で、ダリウスは実父の屋敷に迎え入れられたが、出自は隠せなかった。

かつて“ヨーロッパ”と呼ばれた地域出身の母の血を引くダリウスは、肌や髪の色、顔つきに至るまでが、屋敷の他の者たちとあからさまに異なり、それだけで妾腹と一目で分かってしまう。


屋敷にはすでに正妻の子が鎮座していた。

当時、ダリウスとほぼ同い年のその少年は、生まれながらに小指の痣を持つ、所謂“サラブレッド”と呼称される特別な存在であった。

それはそれは、蝶よりも花よりも大変可愛がられていた。


しかし肝心の彼には、導守としての資質が皆無であった。

どんな名師が手を変え品を変え、教えを尽くそうとも無駄であった。

素行は悪く、賤しく、傲慢な性格。

彼は導守としての義務を果たさずに、生まれながらにして優遇されるその境遇に身を置ける自分自身を、この世の勝ち組だと勝ち誇りその座にふんぞり返っていた。


それでも正妻の子であるがゆえに甘やかされ、あらゆる悪行は黙認された。

その代わり、屋敷で起きる不祥事はすべてダリウスのせいにされ、彼が罰を受けることで事が収まった。


正妻はもちろん、実父である当主すら、人目を気にしてダリウスと関わろうとはしなかった。

金にものをいわせ、最新のゲームを買い与えて放任するのが主な接し方だった。


それでもダリウスは不平を漏らさず、品行方正で手のかからない子だった。

唯一、両親の手を煩わせたのは眼鏡を買ってもらった時くらいであった。

彼は生まれながら推定視力10.0を超える異常に高い視力を持ち、さらに後天的に導守の力に目覚めたことで、目の疲労が常人以上に酷かった。酷いときには一日中涙が止まらず、意識を手放すこともあった。

それでは執務に支障をきたすと考えた両親は、あえて強制的に視力を下げるための眼鏡を与えた。

それが、両親がダリウスにしてくれた最初で最後のことだった。


彼の目には、世界がよく見えていた。

なぜ、自分は目の敵にされるのか。

なぜ、貧富の差は生まれるのか。

なぜ、この世では、正直者が馬鹿を見るのか。


まだ年端も行かない幼い頃から、誰に教わるわけもなく、彼にはその道理がよく分かっていた。

故に彼は、己を取り巻く世界の全てに期待せず、日々を淡々と過ごした。

生まれ持った地頭の良さと感覚の鋭さで、彼にはいつも“正解”がよく分かってしまった。

導守としての能力の習得はもちろん、勉学、スポーツ、恋愛、囲碁、将棋、チェス、株……何に手を出しても、数回の反復と学習ですぐに要領を掴んでしまう。

その異様さに、周囲は彼を心底気味悪がった。


そして、そんな彼自身、ある時を境に気付いてしまったのだ。

自分の感情が、唯一大きく波打つ瞬間――それは「死」に触れた瞬間だけである、と。

生命の終わりに立ち会う瞬間にだけ、他では決して感じ得ない、快感に近い感覚に襲われるのだ。


ホラー映画やパニック映画の様な類も良いが、彼が好むのは、フィクションではない生命活動の停止の瞬間だった。

雌のカマキリが雄を捕食する瞬間や、凄惨な事件事故の記録など、より生々しい現実のほうが、彼にとっては好ましかった。


しかし、だからといって彼自身が誰かを殺めたりする訳ではない。

倫理も理性も人並み以上に持ち合わせており、己の本性を隠して生きることの重要さも、賢い彼は理解していた。


***


そして現在――

悪夢のオーデが睨み据える先に、ダリウスは立っている。


膝についた両手は、どす黒い赤に染まっている。

自分ではない誰かの血のぬめりが、皮膚から全身へと這い上がってくる。

視界いっぱいに広がるのは、血溜まりの中に沈む自らの血統門下の一族。

耳の奥で――どこからともなく「お前がやった」とまるで暗示をかけるように囁く声が、何度も何度も刷り込むように響く。


東国のアズマの門下に代々受け継がれる誇り高い白冠の仮面も、今は足元で無残にひび割れ、転がっていた。


「……俺がやったのか……俺が……」


うずくまり、肩を震わせるダリウス。

その様子に悪夢のオーデは満足げな笑みを浮かべる。

が――


顔を上げたダリウスの口元は、三日月のように吊り上がっていた。


「お前……ッ!」


その想定外の表情に、訝しげに眉を寄せる悪夢のオーデ。

通常なら、悪夢のオーデが作り出す幻覚や幻聴に晒された者は、のたうち回り、苦悶の声を上げる。


しかし、今のダリウスは違った。

その表情は、まるで幻覚を――心底、愉しんでいる者のようだったのだ。


「……はぁ……なるほど、こんな感じかぁ……」


込み上げる笑みに口端が引きつる。

愉悦のあまり、思わず唾がこぼれそうになり、手で口元を押さえた。


ダリウスは目を閉じ、鼻腔の奥の奥まで、血の匂いを染み込ませるように、深く深く貪るように、息を吸い込む。


「……ん……ッ」


喉を鳴らすたび、眉間の皺が深く刻まれていく。

彼の整った顔立ちはみるみるうちに快楽に堕ちていく。

満足げに補足開いたその目はかすかに潤み、口元は隠せないほどの歪笑に染まっていた。


「……んぁ……ちょー気持ちいい……」


蕩けるように漏れ出た声は、快楽に溺れる男のそれだ。

ゆらりと立ち上がると、ダリウスの全身からはとんでもない威圧感が放たれる。

その形相に、今度はオーデの方がわずかにたじろぎ身構えた。


ダリウスが率いてきた総勢数百名近いFANG部隊は、皆、悪夢のオーデの幻術に追い詰められ、ほぼ壊滅状態だった。

よって今、この場に立っているのはダリウスただ一人。


その猟奇の色を宿した瞳が、正面からオーデを捉えて離さない。


「今まで……ずっっっと、我慢してきた」


いやにねっとりとした声音が、胸の奥の熱をそのまま吐き出していく。

明らかに警戒するオーデをよそに、ダリウスは高揚を隠そうともせず続けた。


「波風立てず、面倒を避けて、上手く生きていくために、今までこの“我儘”を封じてきた。でも今日は……やっと解放できそうだ」


生唾を飲み込みながら、ダリウスは慣れた手つきで装備を外していく。

ネクタイを緩め、何かの枷が外れたかのように息が荒くなる。


「クグリコには事情のある哀れな個体が多いから、正直痛めつける気が失せる……でもお前はそうじゃない。いい感じに性根まで腐り切ってる。やっぱり、やるならそういう奴じゃないと……」


抑えきれない笑みを浮かべ、じりじりと間合いを詰める。


「……一度やったら戻れなくなりそうで我慢してたけど……もう無理だ。でも幸い、もうFANGは一人も残っていないみたいだし……」


そう語るダリウスの手から迸る鎖状の光が、不気味にうねった。


「今からここで起こる惨たらしい惨劇の目撃者は、誰もいない。俺とお前だけの――二人きりの死の舞(ワルツ)を始めよう」


舌で唇をねっとりと舐め、そこについた血の味を堪能し、頬を紅く染める。

しかしその煽情的な表情とは裏腹に、瞳の奥にどす黒く宿っているのは、いかれた殺戮者そのものだ。


「……もう、何にも……誰にも遠慮しなくていいから……ぐちゃぐちゃにできる……!」


ガン!!!!


刹那―― 

ダリウスの鎖がオーデに叩きつけられる。

彼は気がふれたように高らかに笑いながら、絶え間なく腕を振り、鎖を放ち続けた。


「俺は……腹の底では……ずっと……!」


ガンガン!!!!


「ずっっっ……と……!!」


カキン!!バチン!!


「暴れたがっていた……!」


バシュバシュ!!!!


目にも止まらぬ、狂気と殺意の攻防は続いた。

悪夢のオーデは、自らの必殺手段である幻覚も幻聴も、ダリウスには一切通じないことに苛立ち、ついに肉弾戦へと移った。

長く鋭い爪が、容赦なくダリウスの身体を切り裂く。


普段なら交わしてやり過ごすはずの一撃を、今のダリウスは()()()正面から受けた。

まるで血に濡れたくて仕方がないかのように――。


今の彼は、いつもの戦闘スタイルとは全く違っていた。

効率も合理性も全て投げ捨て、無駄とも思える動きすら楽しむように、戦場で、己の衝動のままに振る舞った。

羽目を外さないように加減せずに、本能の赴くままに動ける快感に、ダリウスは完全におぼれていた――。


血が飛び散る匂い、骨の砕ける音。

それが自分のものであれ、相手のものであれ、どちらでもよかった。

ただ、それが――たまらなく心地よかった。


血に濡れれば濡れるほど、痛みが深くなるほど、笑いが込み上げ、昂ぶりは増すばかり。


両者の実力はほぼ互角だった。

遂に、オーデの爪が直撃し、ダリウスは後方の岩場に背を強く打ちつける。

そのままぐったりと壁に寄りかかるダリウス。

そこへ休む間もなく追撃が走る。


頭や口から血を流し、地面に倒れ込むダリウス。


「……終わったか」


流石に死んだかと、オーデが見下ろす中、ダリウスはまるでゾンビのように再びゆらりと立ち上がる。


「……!」


それを見逃さずに、オーデがさらに追撃を仕掛けるが、即座に仕掛けられた一撃を、負傷者とは思えぬ鮮やかな身のこなしでかわす。

口元にかすかな綻びを携えながら。


「あったかい……」


そうして間一髪、岩陰に身を潜め、頭から頬へ流れる血を舌で掬い上げる。

うっとりと目を細めるが、このままでは失血死は避けられない。


「ずっとこうしていたいけど……そろそろ仕留めないと、か……」


ダリウスは名残惜しげに息を吐き、主要な出血を携行装置で手際よく止めていく。


一方、姿を見失ったオーデが周囲を探る。

その視線の先――高くせり上がった石畳の上に、気付けば血まみれのダリウスが仁王立ちしていた。


「hey」


低く放たれたその声に、オーデが顔を上げる。


眼鏡を放り捨てた全身血まみれのダリウスは、手招きとともに強気に言い放った。


「Come on, darling?」


***


その後―― 

三十分ほどで、決着はついた。


血の海に立っていたのは、ダリウスだった。


立ち昇る漆黒の空ノ柱を見つめるその瞳には、あの夢の様な死闘が終わってしまった一抹の寂しさと名残惜しさがわずかに滲む。

すっかり乾き切ってしまった己の血潮の跡を眺めては、彼はその場に仰向けに寝転がった。


「はぁ……終わっちゃった……」


破れかぶれのスーツ、裂けたシャツの隙間から覗く血の滲む傷。

いつになく無茶な闘い方をした後の、今の彼を見て、あの冷静沈着なダリウスだと気づく者は誰もいないだろう。


そして一人、空へ手を伸ばし、ラヴィから受け継いだ小指の痣を見つめる。


「……貴方が最も恐れていた展開は、回避しましたよ」


そう――

あのラヴィが最も恐れていた展開――それは十中八九、白石と悪夢のオーデとの接触。

仇を討つため躍起になった白石が悪夢のオーデと対峙することを、ラヴィは恐れていたに違いないと、ダリウスは分かっていた。


遥か上空の世界から、きっとこの闘いを見ていたであろうラヴィに伝えるように、ダリウスは静かにそう呟いたのだった。

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