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第18話「第2回Arc全体会議」

ハロワン第18話「第2回Arc全体会議」


予定より早く緊急招集がかかり、第2回全体会議が幕を開けた。

そこで知らされる事実、取り決められていく様々な事柄は、白石の心を抉っていった。

気丈な彼女も、この時ばかりは一人、廊下で呟く。「……ラヴィならどうする?」と――。


P.S.

会議のシーンは毎回、特有の緊張感を大事にして、書いています……!

今回は白石を想うと心が痛みましたが……後半にはかつての「かけがえのない存在」との思い出の日々もありますので、是非ぜひご覧くださいませ。


――――――――――――――――――――――――――――――

今回、残酷な描写はありません。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

【クロノス本部大会議室にて】


「あれ。早いね、てんてん」


産土(うぶすな)が部屋に入ると、そこにはクロノス幹部が数名と、すでに到着していた待機組──久遠(くおん)高嶺(たかね)、そして(おぼろ)の姿がある。

産土の姿に気づいた高嶺は、その帰還に敬意を示すように、遠くから丁寧に一礼した。

久遠はというと、長テーブルに肘をつきながら、だらしなく体を預けていたまま、ちらりと産土を一瞥する。興味なさげな目線の奥では、確かに何かを確認するような安堵の色が滲む。


(無傷で帰還……めっちゃいつも通りじゃん。流石は最強、か)


声にも顔にも出さないが、内心ではその活躍を認めている自分がいる。久遠はそれを悟られまいと、視線を逸らすとあくまで不満げに鼻を鳴らした。


「……俺は、来たくなかったけどな」


そう呟いて、背後に立つ高嶺をちらりと睨む。毎度の如く、真面目な高嶺に急き立てられ、まだ会議の半刻も前だというのに会議室に押し込まれたのだ。

高嶺は久遠の後ろで、相変わらず涼しい顔で黙って立っている。


そんなやりとりを察してか、産土はふっと笑って久遠の隣へ腰を下ろす。椅子の背にもたれ、長い脚を投げ出すと、ふいに久遠の髪へ目をやった。


「今日のは随分ガーリーじゃん」


似合ってんね、と言いながら、横たわっている久遠の猫背にちょこんと乗っかっているパステルカラーのシュシュを指先でつつく。

見慣れた銀紫の緩めのポニーテールが、今日は一段と可愛らしいデザインのアイテムで束ねられている。


「……こっちは今日非番なんだよ。こんなときに帰ってくんなっつーの」


久遠は顔をしかめて不機嫌そうに呟く。

しかし産土は悪びれた様子もなく、にやりと口を緩める。


「とか言ってさ、本当は嬉しいんでしょ?」

「……アンタが帰ってくんのは普通だろ。あの一緒に行ったド素人は?」

「陸のこと?  無事だよ。今ダウンタイム中だけどね」

「……ふーん」


久遠はそっけなく答えたものの、わずかに視線を落とす。

その様子に産土は面白そうに覗き込んだ。


「気になる?」

「別に」


久遠はそっけなく言い捨てたあと、小さく付け足す。


「ただ……なんか変な奴だなって。まぁ、2年前に見かけたときからなんか変に目につく奴だったからなぁ……今こうして同じ現場にいるのもそこまで不思議じゃねぇが」

「へぇ……てんてんが覚えてたんじゃ、これも運命ってわけだ」


なぜか満足げに笑う産土の隣で、久遠は不機嫌そうに眉をひそめる。


「……つーか、今回はマジで俺いらなくね? 大陸外の話だろ?」

「集まりたがり屋がいるんだろ。ぶっちゃけ個人戦だから会議なんかいらないよね」


産土は欠伸交じりに伸びをしながら、冷ややかな視線を朧へ向ける。と、次の瞬間。


「招集は私がかけるよう言った」


低く沈んだ声が部屋に響いた。

ダリウスの入室と同時に、会議室の空気がやや緊張感を帯びる。

産土と久遠は揃って肩をすくめ、ばつが悪そうに視線を外す。


ほどなくして白石が到着し、ようやく会議メンバーが揃いはじめた。

内心では皆の帰還を案じていた久遠の顔にも、ようやく安心感が漂い始める。


「えーっと……あとは、ラヴィか」


何気なく久遠が呟くと、白石が静かに言った。


「ラヴィは……ここには来ない」


彼女は表情を崩さず言ったが、その静けさの奥に冷たく沈んだ影があった。


「……え?」


事情を知らぬ産土と久遠が不穏な空気を感じ表情が強張る中、ダリウスが無表情のまま口を開いた。


「招集をかけたのは、その件についてだ」


白石は無言のまま席につく。彼女の背中を、産土と久遠は思わず見つめてしまう。

そのとき、クロノス幹部の一人が立ち上がり、事務的に口を開いた。


「全員お揃いですね。では、第二回全体会議を始めます。本題に入る前に……まずは皆様、このたびの討伐、誠にお疲れ様でございました。ご無事に帰還されたことを、心よりお慶び申し上げます」


その上澄みだけの常套句に、死神たちの表情は誰ひとり動かない。

冷えた空気のなか、進行が続く。


「本日は、第一回派遣で得たものと、失ったものの報告と伺っております。では──」

「私から報告しましょう」


静けさの中、ダリウスが凪のような声で告げた。

手元資料もないこの会議では、必然的に全員の視線が彼に集まる。

彼はゆっくりと右手を上げ、漆黒のグローブを外す。

その小指には、二本の線が刻まれていた。


「この意味が、お分かりでしょうか」


静寂がさらに深く沈み込む。

その場にいる誰もが、その問いかけの答えを悟っていた。

ダリウスは、改めて言葉にする。


「ラヴィ・アグニシャル。彼は己の使命を全うし、殉職しました」


その場の空気が凍りつく。


「彼の空ノ柱(そのらはしら)が発現中、私は彼の亡骸を発見し、その記憶を継承することに成功しました。彼は仮称“悪夢のオーデ”と交戦し──あえなく執行に失敗。反撃を受け、命を落としました」


目を伏せる白石の手が、膝の上で強く握られているのを、久遠は視線の端に捉えた。


「……しかし、彼の執行記録は、我々に確かな活路を残しています。これより、彼の戦果をお伝えいたします」


産土は長い脚を組み替えながら、ふと白石の様子を窺った。

ラヴィと特に親しかった彼女は、真剣な面持ちでダリウスの話を傾聴している。

ダリウスは静かに話を継いだ。


「ラヴィと対峙したオーデについては、今後“悪夢のオーデ”と仮称します。

ラヴィの審議記録によると、“悪夢のオーデ”の戦法は、対象に幻覚を見せ、それがあたかも“自分自身がやったこと”であるかのように錯覚させ、撹乱させ、追い込む――こうした手段です。

どのようにして幻覚を見せているのか、その手段は不明ですが──少なくとも悪夢のオーデは、幻覚の視覚化と、それを現実と思わせる催眠術に似た能力、この二つを有していると推察されます」


場内は静まり返ったまま、誰も咳払いすらしない。


「幻覚の内容は、実に凄惨を極めるものです。恐らくまともな精神の持ち主なら、罪悪感に蝕まれ、容易に精神崩壊へ至るでしょう。そうして錯乱状態に陥った対象者に、とどめを刺して戦闘不能にするのが、悪夢のオーデのやり方の様です」


そこで一拍置き、ダリウスの視線がちらりと左右の死神群へ流れる。


「ちなみに、ラヴィの記憶内では──、血溜まりに沈む私や白石、産土、久遠の姿がありました」


その一言に、白石は唇を噛み、拳を机の下で固く握り締めていた。

産土は腕を組んだまま、何も言わずダリウスを見つめ返している。彼のメガネの奥の冷ややかな瞳がかすかに熱を帯びていることに、産土は気付いていた。

久遠は頬杖をついたまま、その三人を静かに眺めている。


「……さて、ここからは今後に向けた私からの提案です」


ダリウスは淡々と、事実のみ語ると、次の展開へと話を進めた。


「何か意見があれば、適宜発言していただいて構いません」


一拍おいて、彼は全員の顔を一通り見回したのち、静かに宣言する。


「悪夢のオーデは、私が討ちます」


産土や久遠、朧は動じない。

そんな中、誰よりも強く反応したのは白石だった。


「……それが最適だと、考える根拠は?」


彼女の目は闘志に燃えており、今にも自分が名乗り出ようとする気配を纏わせていた。

ダリウスはその熱をものともせず、冷静に応える。


「戦法から察するに、相手の性質は極めて残虐非道です。そしてラヴィがそうであったように対峙する相手として、善良な者ほど分が悪いと言えるでしょう。

貴女もラヴィに似て、実直なのをよく知っています。率直に申し上げて……この中で最も不向きかと」


涼し気に眼鏡を直しながら淡々と述べるその態度に、白石の胸中に怒りが点る。


「……それは、敵の手の内が分からなければの話だろう。それが分かった今ならば、こちらも対策が打てる。誰にでも賞賛はあるはずだ」

「──いえ。だめです」


迷う素振り一つ見せず、バッサリと即答で斬られた白石の瞳に、かすかに殺気が浮かぶ。


「……何?」


しかしそれでもなお、ダリウスも一歩も引かない。


「その執着が、破滅を招くのですよ」


静かに鋭く突き刺すようなダリウスの言葉が、白石に無常に告げられる。

たしかに、今の彼女は誰の目にも、頭の中がラヴィの敵討ち一色になっていることが明らかだった。そのことを冷静に指摘され、彼女自身も一瞬口を閉ざす。

空気を断ち切るように、ダリウスは続ける。


「途中説明を省きすぎたので補足します。まずこの中で最も分が悪いのは、先ほど申し上げた理由から、白石──そしてその次は、待機組なので基本出動の心配はありませんが、間違いなく久遠でしょう」


突然の自分の名前があがり、久遠は「……俺を巻き込むなよ」とでも言いたげな怪訝な顔でダリウスを睨む。

しかし、ダリウスはそれを全く意に介さず続けた。


「以前の君であれば、むしろ最も勝率が高いとさえ思っていました。

しかし──今の君はもう、“大切なもの”を手に入れてしまった。それがある者は、その手の闘いには不向きです」

「──!」


その言葉に、久遠が目を見開く。

しかしダリウスの視線は彼ではなく──その背後に立つ高嶺に向けられていた。

何も言い返せず、唇を噛む久遠を尻目に、ダリウスは次に産土へと目を向ける。


「そして……産土。目的は依然不明ですが、嫌々ながらもこのプロジェクトに参加している。それは何か、参加せざるを得ない理由があるからでしょう」


産土の冷ややかな視線と、ダリウスの好奇に満ちた視線がぶつかり合う。


「君のような人間は、自分のためにしか戦わない──そのことを私はよく知っている。しかしそれが悪夢のオーデにとっては恰好の切り札となるはずです」


冷ややかな沈黙が走る。

牽制するような死神最強の表情に、ダリウスは怯むことなく、しかしある種敬意を払うかの様に、そこまでで言葉を締め括った。


「そして次が朧です。正当化や自己保身に秀でた性格のおかげで軍配が上がると予想します。そして貴方には我々にも知り得ない、秘めた力があるとお見受けしています」


言葉と同時に、ダリウスの目が鋭く朧を射抜く。


「──しかし」


声が、ほんのわずかに冷たくなる。


「貴方はその力を持ちながら、オーデとの対峙を最も避けている。まるで、ご自身が関わること自体が何かの“禁忌”であるかのように。

そんな者が、悪夢のオーデを討つ未来など、到底想像ができません」


ダリウスは、上座に座る朧を、まるで屍でも見るかのような目で見下ろしていた。


「……口を慎め、若造が」


朧の声は低く、沈んでいた。

顔の前で組んだ皺だらけの指越しに、真っ直ぐに睨むその視線は、確かな殺気を纏っている。

しかしダリウスは全くひるまずに、余裕の笑みを浮かべると今一度、全体に向き合った。


「私は、ただ職務としてこのプロジェクトに参加しており、目的は一貫して大陸人類の存続のみ。そして、お恥ずかしながら、生憎、大切な人や守るべきものも何ひとつありません。──以上の理由から、私以外に適任は居ないかと」


場が静まり返る。

彼の淡々とした言葉に、反論の声は一つも上がらなかった。

それはすなわち、この場におけるダリウスの指摘が、誰の胸にも正しいと思っている証左でもある。

想い通りに話が進んだダリウスはわずかに口角を上げると、さらに話を進めた。


「異論が無ければ、ラヴィ管轄領域は私が引き継ぐ形とします。可能であれば、私が管轄していたエリアを白石に引継ぎたいのですが……よろしいですか?」

「……その狙いは?」


白石の声は低く鋭い。ダリウスはあくまで穏やかに応じる。


「ラヴィの亡骸に駆け付けた際、付近のエリアには大量のクグリコが浮遊していました。これは仮説ですが──位置関係から考えて、恐らくラヴィに仕えていたFANG(ファング)総勢約数百名のものである可能性が高いと見てます。

感知器が作動しなかったということは、QK(ロイヤル)ランクには該当しないパルファン以下――まだ浮遊して間もないので、ほとんどがコロン級の段階のクグリコである可能性が高い。

しかし、あれだけの数を野放しにしておけば、やがて力を付けてQKに育つリスクが十分にあります。よって、その一掃を貴女にお願いしたいのです」

「……私に、QKではなくコロンをやれと?」


白石の眉がぴくりと動き、不服を隠そうともしない。


「ええ。これも大事な、仲間のサポートですから」


悪びれた様子ひとつ見せず、平然と返すダリウス。


「断る」


白石は立ち上がり、真正面から彼を睨み据える。

ダリウスはただ、ちらと視線を上げるだけだった。


「今の説明で、私がその任務にあたる妥当性は微塵も見出せない。……もし、私が“女”だからと軽んじているのなら──許さない」


その冷えた声に込められた怒気に、場の温度がより一層緊迫を帯びる。


「……私はQKを殺りに来た。コロンなどという誰にでもできる任務をこなすために来たのではない」


白石の拳は握られ、今にも机を叩かんばかりに震えていた。その拳がダリウスに振り下ろされないのが、もはや奇跡とすら思えるほどだ。

ダリウスはそんな彼女の怒気に微塵も動じず、ただ静かに言う。


「白石、貴女が優秀であることは私も承知しています。むしろそのレッテルを気にしているのは貴女自身の気がしますよ」


白石は返す言葉を探すように視線を彷徨わせ、ふと産土の方を見やる。


「……産土では、だめなのか?」


その問いに、産土は悪びれた様子もなく肩をすくめる。


「今の管轄が終われば、俺で全然OK。けど今降りたら、うちの()()に噛み殺されちゃうからさ。ごめんね、りんりん。今はそっちが優先」


狂犬というのは彼の専属FANGである朝霧のことだ。

とあるオーデに対する朝霧の尋常ではない復讐心と、その執念深さは、死神間でもクロノスでも有名であった。

加えて産土がそのエリアを管轄することは、彼の力量からして妥当なアサインだったため、白石もこれ以上は何も言い返せない。

久遠はそんな白石を、何か言いたげな表情でじっと見つめていた。


白石は、しばし言葉を飲み込んだ末、静かに着席し、怒りと悲しみを押し殺すように、口を開く。


「……一旦は引き受けよう。しかし途中でQKに遭遇すれば、そちらを優先する。……異論は無いな?」

「ありがとう。貴女ならそう言ってくれると信じていました」


ダリウスは微笑みながら労ったが、白石の表情はどこまでも不服そうだった。

そしてその後、話は次の議題へと移行したが、それは彼女の精神をさらに深く抉るものだった。


クロノス幹部の口から告げられたのは──

この度、ラヴィ殉職の報が出るや否や、ラヴィの代替となる“白冠(はっかん)”を、各国の上役らがこぞってクロノスへ売り込んできている、という事実だった。

まだ自国から白冠を献上できていない諸外国や、導守(しるべもり)名家の数々が、金と名誉を手に入れる絶好の機会とばかりに躍起になっているという。

誰もが、“献上代”という莫大な富を狙って、ラヴィの死を利用しようとしている。

その死に、敬意も、痛みも、何一つなかった。


ラヴィと親しくしていた白石にとって、それは耳を塞ぎたくなるような屈辱だった。

表面上は平静を保っていたが、その内側では、悲しみと怒りが幾度となく滲み、人一倍居心地の悪さを感じているようだった。

──その様子に気づけたのは、彼女と同じようにこの任務に命を賭し、ラヴィの死を悼む、同じ死神たちだけだ。


やがて、白石の瞳から光が消えていた。

彼女の深い茶の瞳は、暗黒を映す鏡のように、深く沈んでいた。


それを最初に察したのは、久遠だ。遠くから視線を送り続けていた彼が、ふと口を開く。


「……体調、悪ぃだろ」

「……え?」


思いがけない不意の声かけに、白石は気の抜けたような返事をしてしまった。


「まるで話が頭に入ってねぇ顔してる。集中できねぇなら、出てけよ」


いつも通りの突き放すようなつっけんどんな物言いだ。

しかしそれが、久遠なりの助け舟だと、白石にはわかった。


「……そうさせてもらう。先に進めていてくれ」


静かに立ち上がり、白石は会議室を後にした。

いつもは背筋をぴんと伸ばし、誰よりも毅然としたその背中が、今日だけは妙に小さく見える。

足取りも、とぼとぼと不安定で、胸を抉るような沈黙が、その場に残された者たちを包んだ。


死神たちは、ただ見守るようにして、無言でその背中を見送った。


***


【白石Side:回想録 ~ラヴィ・アグニシャルという男~】


ラヴィ・アグニシャル。

彼の一族は、外様の地方豪族だった。導守を輩出することもあったが、その数は決して多くはない。

もともとは鍛冶職で生計を立てている一族で、その手によって鍛えられた刀や武具は逸品と称され、ユートピアやクロノスでも高値で取引された。それによって一族は莫大な富を築き上げた。


しかし、アグニシャル家の一族は皆、金に奢ることなく、明るく気さくで綺麗な心根の者が多かった。

領地の人々からも愛され、人望が厚かった。


ラヴィの痣が発現したタイミングは、導守としては後発の部類だった。

導守の痣は、一般的に、出現のタイミングが早い方が才能に恵まれているとされ、白冠拝命者も多いと言われている。

加えて、後発の者ほど、今まで普通の人生を送ってきた分、いきなり導守としての生活を強いられることに抵抗を感じる者が多く、任務に向き合えない者や、最悪の場合、自殺者まで出ることがあるのが実態だった。


しかしラヴィは、そんなこと全く気にしていないかのように、明るくあっけらかんと、導守としての第二の人生をいとも簡単に受け入れ、自分の中でうまく折り合いを付けながら消化してきた。

そして彼は、持ち前の戦闘センスや並外れた生命力を味方に、日々の鍛錬と研鑽に励み、後発組としては異例の速さで白冠を拝命した。


「よっしゃ。この際、道場でもやっか!」


白冠を拝命した彼はそう言って、蓄えた富を用い、導守のための養成所を設立した。

血統系譜や出自に関係なく、希望者には無償で教育を施し、その門戸は誰にでも開かれた。


ラヴィは7人兄弟の1番目として生まれ、肉体と戦闘センスにおいて兄弟随一の資質を持っていた。

その信条はただ一つ――「強い者は、弱き者を守るためにある」。


情に厚く、曲がったことが大嫌い。

その豪快な風貌通り、明るく陽気で、誰とでも分け隔てなく接する男だった。死神や導守の中では珍しく、彼には「陽」という言葉がよく似合った。

よく笑い、よく食べ、人が好き。

まさに「太陽」のような存在だった。

年齢も立場も問わず、誰と関わっても、最後にはその人柄を愛さずにはいられないような、そんな男だった。


そんな彼と出会ったのは、五年前のこと――。

私が白冠を拝命した、まさにその日だった。


家族からの祝福を期待していた私は、当時、その想定外の反応に打ちのめされていた。

血の滲むような鍛錬を重ね、導守の中でも一握りしかなれない白冠という特別な官位を拝命したにも関わらず、認められず、冷たく突き放され、まるで存在ごと否定されたような気持ちになった。


私は、自暴自棄になっていた。


浅はかだった私は、己の強さを証明したくて、誰にも告げず、FANGも連れず、たった1人で危険区域に足を踏み入れた。

当時、その区域はパルファン級のクグリコがうようよしていた。

正気の沙汰ではなかったと、今なら分かる。今生きているのは運が良かったからだと、心底思う。

しかし、あの日の私は、考えるより前に身体が動いて、もうそうせざるにはいられなかったのだ。


FANGがいなくても、私はやれる。私は強い。


「開廷――」


唱えと同時に現れたパルファン級のオーデに、私は無我夢中で刃を振るった。

もう、この身がどうなってもいい。ただひたすらに、このやり場のない鬱憤のはけ口を求めて暴れた。

攻撃を喰らおうが、血まみれになろうが構わなかった。それが自分の血か、相手のものかさえ、どうでもよかった。


気がつけば、全身が紅に染まり、息も絶え絶えだった。

唱えで戻った私は、仰向けに倒れ込み、空を見上げていた。

そこに、足音が近づいてきて、やがて倒れた私の頭のすぐ上でピタリと止まった。


「……あ? なんだお前、こりゃどういう状況だ?」


ラヴィとは、そこで出会った。彼もまた、この地区の任務で来ていたのだ。

私が導守であることを一目で見抜いた彼は、周囲にFANGの姿がないことに違和感を感じ、眉間には小さく皺が寄っていた。


「……ただの、力試しだ」


そう答えた私に、彼は片眉をつり上げた。


「……1人でやったのか?」

「……ああ。ああ、そうだ。FANG無しで、私だけの力でやった。すごいだろ――」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、身体が宙に浮いた。


「……へ?」


思考が追いつくより先に、右頬に思い切り、重く鋭い衝撃が走る。


それは、ラヴィの拳だった。


数メートル先まで吹き飛ばされ、私は土煙の中に無残に転がった。殴られた衝撃で脳みそがぐらぐら揺れているみたいに視界が揺れ、鼓膜の奥がジンと痛んだ。

見上げるとそこには、本気で怒っているラヴィの姿があった。


「馬鹿野郎が! 何が力試しだ、ゴラァ!! 死にてぇのか!!」


その怒鳴り声に、私は頬の痛みを忘れてただ呆然とした。


「FANG無しで任務にあたるなんざ、自殺行為だ。しかも、強い奴がそれを進んでやるなんてのは、職務放棄と同じだ。恥を知れ」


彼は、情けない姿で転がっている私の前にしゃがみ込むと、さらに言葉を重ねた。


「お前ぇの強さは何の為に培ったもんだ? 力の限りを行使して相手をひれ伏すことじゃねぇだろ。いち早く任務を遂行し、多くの命を救うためのはずだ。違うか?」


――正論だった。

私はただ、彼を見上げることしかできなかった。


「お前、強いんだろ? なら、その分プライド持て。強いなら、弱き者を守れ。……力を、無駄遣いすんな」

「……っ!」


その瞬間、私は猛烈に自分の愚かさを恥じた。

どんな理由があれ、自分の行いは子どもの駄々に過ぎなかった。彼のまっすぐな言葉の前では、何を言おうと全てが言い訳にしかならない。


もう幾年ぶりだっただろうか――このとき、久しぶりに涙が出た。

もう久しく格上の相手に負ける悔しさも味わっていなかったし、日常的に繰り返される罵倒や暴言の数々にも適応してしまっている自分がいたのに、この時は心底自分が悔しく、泣いた。


こんなにもまっとうな言葉を、まっすぐな想いで、誰かに投げかけられたのはいつ以来だっただろうか。

そんな私に、ラヴィは何も貶さず、何も庇わず、ただ淡々と言った。


「力試しがしたいなら、俺んとこに来い。いつでも相手してやる。アグニシャルの道場は知ってるな? そこにいることが多い」


それだけを言い残して、彼は去っていった。


そのあと、非番の日に、ラヴィの道場を訪れた私は、そこで初めて、仮面を外したラヴィと対面することが叶った。


あらためて見ると、彼は上半身裸という奇妙な格好をしており、第一印象は「筋肉バカ」だった。

両肩から両腕と腰まで届くトレードマークの派手なタトゥーが、茶褐色の肌によく映えていた。鍛え上げられた体は鋼の様に固くところどころ隆起し、どのパーツも模範的な筋肉の付き方をしていた。


ラヴィは私を見つけるなり、白い歯を見せて笑った。


「ん、来たなぁ! バカ黒すけ!」

「……バカ黒すけ?」


豪快でよく通る声。初対面も同然の私を、よく分からないあだ名で呼ぶ。

しかしその計算の無い屈託無しの笑顔に、次の瞬間にはもう、反抗する気を忘れてしまうのだ。


「お前、どんだけ強いんだ? ちょっと手合わせしてくれよ」


無邪気な瞳でそう提案され、私は頷いた。


しかし、結果は私の惨敗だった。まるで歯が立たなかった。

それもそのはず――後で知ったが、この時点でラヴィは死神を拝命していた。

息が上がって立つのもやっとな私の前で、ラヴィは呼吸ひとつ乱さず、汗もほとんどかいていない。悔しさと苛立ちで胸が詰まった。

まるで歯が立たずに無力感に沈む私を、ラヴィは褒めるでも、貶すでもなく、ただただ飯に誘った。


「動いたら腹減ったな。お前も来い!」

「いや……少し休んでから……それに、着替えも……」

「着替えなんか後でいいんだよ! 早くしろ!」


ラヴィはお構いなしに私の腕をつかみ、ぐいっと立たせた。

まだ呼吸も整わず、よろよろと無言で後を追うことしかできない私に構わず、ラヴィはさっさと廊下を闊歩していってしまう。

しかしその彼の背中は、当時の私にはなぜだかとてつもなく大きく見えた。


私はこのとき、嬉しかったのだ。

初めて対等に扱われた気がしたから。

ラヴィと一緒にいると、本当に居心地がよかった。


「豚玉、ねぎ玉、明太玉……」


ラヴィは、どれだけ頼むのかと呆れるほど大量の注文を始めた。

豪快な見た目に違わず、よく食べるのだなと、私はどこか他人事のように彼の隣に座っていた。


「……こんなに食べられるのか?」

「何言ってる、これはお前が食う分だろ! 今日は俺の奢りだ!」

「は……? いやいやいやいや、無理! こんなに無理ですって!」

「はっはっはー! 行けるとこまで行け! 残りは俺が全部食ってやるから心配すんな!」


その妙な奢り癖のおかげで、私はいつの間にか、普通の食事でも最低五人前は平然と平らげるようになってしまった。

それから、ラヴィとは頻繁に訓練を共にした。

ラヴィは私を「凜」と呼び、自分のことは「ラヴィ」と呼べと言った。


「“ラヴィさん”なんて呼んでるうちは、到底俺より強くなれんぞ! “さん”なんて早く取っちまえ」


そうして月日が経ったある時、私はラヴィに「死神になりたい」と胸の内を打ち明けた。

現役の死神である彼に、拒絶されるのではないかと不安だった。

しかし、ラヴィは一瞬もためらわず笑って、受け入れてくれた。


「いいじゃねぇか! 凛はいい死神になる! きっと親父さんも喜んでくれるぞぉ!!」


そう言って、無遠慮に頭をガシガシ撫でてきた。鬱陶しかったが……私は、本当に嬉しかった。

それから修行はさらに厳しくなったが、隣にラヴィがいたから、私はどんな苦行も耐え抜いてこられた。

当時の私は、一日でも早く死神になりたくて躍起になることも多く、私が余裕を失う度に、ラヴィはこう言った。


「お前に足りねぇのは“自信”だな。凜、お前、自分のこと強いと思ってねぇだろ」

「……そうかもしれない。そんなこと思えそうもない。実際、ラヴィに比べたらまだまだだからな」

「うーん……そうだなぁ……」


ラヴィは少し考え込み、にやりと笑った。


「俺の信条を言ってみろ」

「……? “強き者は弱き者を守る”……だろう?」

「そうだ。凜、俺はお前を守ったことがあるか?」


――ない。

私とラヴィは一見師弟関係の様に見えて、その実、どこまでも対等だった。

己の身は己で守る。そうやって互いに日々の任務や訓練に明け暮れてきたし、それが私の望む在り方だった。一度も示し合わせたことはない。にも関わらず、ラヴィと私は自然とそうした関係を築けていたのだ。

ハッとする私の様子に気付いたラヴィは、また白い歯を見せて私の方に微笑んだ。


「な? 俺はお前のことは守らねぇぞ。凜は強いからなぁ」


あぁなんで――

なんでこの人は――

この人は、私が欲しかった言葉をこんなにも自然にかけてくれるのだろう。

この瞬間、私はもっと強くなれると確信した。

実際、その後の私は驚くほどの速さで力をつけ、死神への道を駆け上がっていった。


そして三年後――私はついに、死神を拝命した。

その日、涙を流して喜んでくれたのは、父でも家族でもなく、ラヴィだった。

後日、私がそれでも父親に認めてもらえなかったことを知ると、ラヴィは私以上に怒りを爆発させた。


「はぁ?! こんなに頑張ってなったのに、賞賛の一言も無しかよ?! ひでぇな、頭きた! お前の父親だからって許さねぇ! 今すぐここに連れてこい!」


本気で殴り込みに行きそうだったので、私は慌てて止めた。

きっと、彼があまりに怒るものだから、当の私は逆にどうでもよくなることができたのだ。

ラヴィを止めるのには苦労したが、彼が怒ってくれたおかげで……あの日、私は泣かずに済んだのかもしれないと、今では思う。


こうして振り返れば、私の人生の大事な局面には、いつもラヴィがいた。

今の私は、彼無しでは成立していないと、心底思っている。


しかし、逆はどうだろうか?

私はラヴィに何かしてやれただろうか?


ましてやその仇を討てないなど――こんな茶番、あっていいはずがない。


「……ラヴィならどうする?」


ぽつりと呟いた。

長い廊下の隅に座り込み、頭を垂れて、冷静になるためにまた一つ深く息を吐き出した。

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