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第17話「バサ族の末裔」

ハロワン第17話「バサ族の末裔」


ゼファルグ戦の最後に、突如出現した、鳥と人間の間の様な風貌の男。

彼は、クロノスに下等民族と定義されている”バサ族”の末裔だった。


P.S.

ガルモッタ……粗暴ですが、根はいい奴です。そして名前、気に入っています。

仲間内ではよく「ガル」と呼ばれています。


――――――――――――――――――――――――――――――

今回、残酷な描写はありません。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

ゼファルグとの死闘の末、審議所が解かれ、産土、朝霧、陸の三名は再び現実世界へと帰還した。

陸を腕に抱えたままの朝霧のもとへ、産土が恐る恐る近づく。


「大丈夫、生きてる」


朝霧のその一言に、産土の顔からふっと緊張が抜ける。


「とりあえず、むこうでまともな医療を受けてもらおう」


産土は黙って頷いた。


「……ひとまずは、生き延びたね」


そう呟くように言った産土の言葉には、死闘の余韻が、まだ空気に残っていた。


「あぁ。けっこうなこった」


朝霧も口元を緩め、わずかに肩の力を抜いた。その時――

物陰から、ざわ……という音とともに何かが彼らの前に飛び出してくる。


「……?!」


視線を向けた瞬間、先ほどの戦闘終盤で突如現れた謎の人物が、ひょいと姿を現した。


やはりあの時、朝霧が岩陰で垣間見たとおり――

その者は、半身は人間、半身は鳥のような姿をしており、さらには……何も衣服を纏っていなかった。


「……え、なにあれ、変態?」


彼を初めて目にした産土は、ぎょっとした顔で目を逸らしつつ、朝霧に呟いた。

男は独特な舞のような動きで全身をしならせ、時折甲高い奇声を発しながら、自身の翼を堂々と広げながら舞い続けていた。


「さっきの奴だ」


朝霧は至って冷静に、それだけを口にした。


「は? 誰? てか、なにこれ。何を見せられてんの?」


産土の疑問は止まらない。


「さぁ……ただ、こいつには助けられた。最後の一撃がなけりゃ、俺たち死んでたかもしれん」


そんなことをいたって真面目な顔で言われ、産土は唖然としたまま固まる。


「……じゃあ、味方ってこと……?」

「さぁ……」


曖昧な返事に、産土の眉間がみるみる険しくなる。


「え……俺、今普通に疲れてるからさっさと帰りたいんだけど。早く風呂にも入りたいし」


進展の望めない意味不明の状況に、両腕を組み、その場で小さく貧乏ゆすりを始める産土。


「そうだな……ボス、ちっと話してみてくれよ」

「は? なんで俺?」

「俺は若いの抱えてっから、無理だ」


朝霧は、腕に抱えた陸をひょいっと少しだけ持ち上げて見せた。

産土はぐっと言葉を詰まらせ、肩を落とす。


「……勘弁してよ」


しぶしぶと彼に近づいた産土は、少し距離を取りつつ声をかける。


「ねぇ、君、どちら様?」

「♪♪♪」


返ってきたのは、陽気な奇声と、より過激な舞い。


「それ何してんの? その動きに意味あんの?」

「♪♪♪」

「……はぁ……」


産土はダメだこりゃと、振り返って朝霧に視線を送るが、彼はグッと親指を立てて応援してくる。

産土は露骨に舌打ちし、一息ついて怒りを鎮める。


「……さっきは助けてくれてありがとう。君のお名前は?」

「♪ーー!!!」


ひときわ大きな奇声が響いた。

先の戦闘で疲労が限界にきてる産土の怒りはとうとう心頭した。


「だぁーーーッ! こっちは疲れたんだよ。さっさと答えろ! 鳥人間!!」

「!!!」


その瞬間、産土の言った何かに反応したのか、あるいはその殺気を感じ取ったのか、鳥人間は舞いをピタリと止め、ギラついた目で産土をにらんでくる

次の瞬間には、明らかに臨戦態勢――膝を落とし、爪を広げ、低いうなり声を発していた。


「えぇーなになになに、急にどうしたの……」


両手を上げて無抵抗を示す産土。だがいつもの癖で軽口は止まらない。


「ヒステリー? こわ……」

「おい、刺激すんな」


後方から朝霧の声が飛ぶ。


「じゃあ、あんぱんがやってよ」


するとその時、そんなやり取りが交わされる中、朝霧の腕の中で、陸がもぞりと動いた。


「……あれ……それ、バサ族じゃ……本当にいるんだな……」


突然の陸の声に、産土と朝霧は驚いて顔を見合わせた。


「おお、若いの、大丈夫か」

「……あぁ。終わったんだな……」


薄目を開けたまま、まだ夢の中のような声で呟く陸に、朝霧は思わずふっと微笑む。

揺れる瞳で近寄った産土は、陸の顔を覗き込むと、一瞬安堵の表情になる。しかし束の間、彼の背後からは鳥人間の威嚇の声が絶えず浴びせられていた。

産土はあきれ顔で陸に言う。


「おはよ。本当は寝かしといてやりたいとこだけどさ。とりあえず今、意味不明な状況なわけ。あの変態についてなんか知ってる風だったけど、コレなんなの?」


産土は陸に問いながら、背後でぎゃんぎゃん舞い騒ぐ人物を親指で指さす。


「……多分、バサ族って民族じゃないかな。昔、兄貴が言ってた。民族語しか話せないから、翻訳機がないと話せないかも」


その言葉を聞くやいなや、産土は自分の端末を乱暴に取り出し、苛立った表情で操作を始める。


「バサ族、バサ族…………ねえじゃん!」

「……本部になら、もうちょい高性能なのがあるかもな」


冷静に返す朝霧の隣で、産土は端末をポケットに叩き込むようにしまい込んだ。


「ってことは、ここじゃ会話は無理ってわけね。よし、帰ろ。機体どこに停めたっけ?」

「……」


産土がさっさと踵を返すと、朝霧も陸を抱えたまま後を追った。

だが――


「ギャァアアアア!!! ビャビャビャビャ!!」


鳥人間は、またもやけたたましい奇声を上げながら、何のためらいもなく彼らの後をついてくる。


「ついて来てるぞ」


その様子を、前を歩く産土に淡々と報告する朝霧。


「いいよ、無視無視。さっき礼は言ったんだし、もういいでしょ。知らん知らん」


……しかし。

アルテリア行きの機体のハッチが開いた瞬間、鳥人間は当たり前のように、機内へと舞い込んできた。


「……乗ってるし」

「はぁ!? なについて来ちゃってんの?」


産土は何度か振り払おうとしたが、バサ族の男はしつこく着いてきて、結局そのままクロノス本部への帰路を共にすることになった。

機内でも、彼は興奮状態のまま、謎の言語で延々と産土に向かって何かを怒鳴り続けている。


「うるっさー……麻酔銃とか無いの?」


朝霧に問う産土に、横たわったままの陸がなだめるように言った。


「……でも、翻訳さえできればさ。オーデについて、何か情報を聞き出せるかもしれないじゃん? あそこにいたってことは、少なくとも大陸外のオーデ領域外で生き延びてたってことだろ……なんかしら、オーデについて情報を聞き出せるかもしれないじゃん」


その言葉に、産土は、うっと詰まる。

陸の主張は尤もであり、加えてさすがの産土も怪我人の主張を真正面から否定する気にはなれなかった。


「……まぁ確かに、うるせぇけど……連れて帰って正解だったかもな」


朝霧がぼそりと呟いた。軍服の内ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。


「こいつが本当にバサ族なら、クロノスが“下等民族”と断じた者たちの中でも、例の大陸外調査に無理やり駆り出された強行作戦の残党だろ……知ってることは多そうだ」


そういう朝霧はもういつも通りの表情を取り戻していた。

産土はそのうるさいバサ族を今にも殴ってしまいそうなのを耐えながら、つまらなそうに窓の外を見つめた。


【約8時間後――クロノス本部】


「素晴らしいです。本当によくやってくださいました!」


クロノス本部では、まるで英雄の凱旋かのように、産土、朝霧、陸の三名が盛大に出迎えられた。

しかし、当の三人――特に産土の疲労は限界を迎えていた。


(あー……面倒くせぇ……とにかくさっさと風呂に入らせやがれ……)


帰路道中の機内で、謎言語による罵倒を延々聞かされ一睡もできなかった彼は、もはや不機嫌すら通り越し、いつになく面倒くさそうな表情でそこに突っ立っていた。


一方、クロノスの建物に足を踏み入れた瞬間、バサ族の彼は、今までとは打って変わって異常なまでの警戒心をむき出しにしていた。全身の毛を逆立て、低く唸り、全身で威嚇を繰り返す。


「お疲れでしょう。ゆっくりお休みいただけるよう、手筈は整っております」


幹部の一人は三名に恭しく頭を下げてそう言ったが、顔を上げその視線がバサ族を捉えた瞬間に、ふと冷たい表情になる。


「ああ、これは被検体の残党ですね」


突き刺すような冷たい声。

その一言で、バサ族の男がなぜここへ来てから、終始怯えを隠すように激しい威嚇状態なのか、三人は全てを察した。


「ここには、ふさわしくないものが紛れ込んだようです。すぐにこちらで処分いたしますので」


幹部たちは淡々と捕獲の準備を進め始めた。

しかし、それを陸の純粋な声が制する。彼は手元の自分の端末を差し出しながら悪気無く言った。


「――あの。これより高性能の翻訳機はありませんか?」


その声に、クロノス幹部の男たちの視線が陸を鋭く刺した。


「……何か、彼からオーデに関する重要な情報が得られるかもしれません」


しかし幹部は、そんな陸のことすら、ゴミを見るような目で一瞥した。


「残念ながら。この下等民族が、そんな重要な情報を握っているとは到底思えません。

それに、皆さまはさぞお疲れでしょう? わけのわからない民族の“無駄話”まで聞かされたら、たまったものではありませんでしょう」


それは、翻訳によって、“都合の悪い真実”――すなわち、クロノスがこの民族に対して行った残虐行為の数々が明るみに出るのを恐れているのだろう。

陸が一瞬返事に詰まったところに、朝霧の声がすかさず割り込む。


「そのへんはご心配なく。心得てますんで」


その瞳は、相変わらず何ひとつ感情を浮かべていない。


「必要な情報だけ引き出せればそれでいい。あとは耳を貸す気もありませんので」


その冷酷な光に、幹部の男が僅かにたじろぐ。

しかしすぐに、あちらもにたりと笑いながら返す。


「ならば我々が尋問し、そののち御三方へ必要な内容を共有するのはいかがでしょう? 皆さまはゆっくりお休みいただけますし――」

「お気遣い、感謝しますよ」


今までずっと黙っていた産土が、ポケットに手を突っ込んだまま、かったるそうに口を開いた。


「でもね、こういう尋問は、命をかけてる人間が自ら行ってこそ意味があるんですよ」


美しい顔立ちは疲労と苛立ちで歪み、無自覚に色気すら漂わせている。


「我々は、先の戦闘で死闘を繰り広げましたが、最終的に勝利できて今ここにいる。誰一人欠くことなく帰還できるか否かを分けたのは、やはり“情報”です。

今回対峙したターゲットに関しては事前情報が豊富だったおかげで、なんとか持ち堪えましたけど、他のオーデについてはどうでしょう? まだまだこちらとしては、圧倒的に情報不足。我々はより多くの情報を欲している。

それもただの情報じゃなく、“己の生死に直結する情報”を。どんなに一見無益に思えるちっぽけな情報も、我々なら“活かそう”という目線で一つ一つ丁寧に吟味できる。そうした分だけ、自分の命が繋がるからです。引き出せるものは多いと自負してますけど」


皆が息を呑む空気の中、産土の言葉は一分の隙もない。その声には、死神最強の格と、静かな怒りが滲んでいた。

クロノスの幹部はしぶしぶ頷いた。


「……では、翻訳が済んだら、我々に引き渡すことをお約束ください」


産土は無言のまま肩をすくめるだけだったが、代わって朝霧が一歩前に出た。


「いや、こいつの戦闘力には期待できる。現に今回の戦闘で、こいつには助けられてます」


淡々と、事実だけを並べる声。


「うまく調教できれば、戦力のひとつとして運用できる。処分は、すべてが終わってからすればいい」


幹部の顔に、一瞬「それは過剰要求では?」という色が浮かぶ。

しかし幹部は、次の朝霧の言葉にそれ以降の主張を封じられた。


「利用できるだけ利用する。――今までだって、ずっと、そうしてきたろ?」


その言葉に、その場の空気が張り詰める。

朝霧の手が無意識に愛刀の柄に軽くかけられると、幹部の男たちは小さく咳払いをして目を逸らし、作り笑いを浮かべながら、退席していった。


***


【Arc関係者専用談話室にて】


談話室に戻ると、陸たちは早速クロノスから借りた翻訳機を試すことになった。

バサ族の彼に翻訳音声が届くよう、起動チェックと初期調整を行い、スピーカーの電源をいれる。


その直後。


「さっきからスカした顔して人のこと無視しやがってよぉ! てめぇのその嫌味なばさばさ睫毛のとち狂った顔は嫌ってほど覚えたからなぁ! ……にしても、はんぺんみてぇに白くて弱っちぃな。俺の種族じゃ、女でもみんなお前ぇより逞しいわ! どうせ大した戦闘力もねぇんだろ?! ナルシスト野郎は鏡見てる間に、首ちょん切られて終わりだ――」


止まることなく繰り出される、その罵詈雑言の数々に、産土、朝霧、陸は、思わず目を点にして固まった。

その内容のほぼ全てが、産土に対する暴言と罵倒のオンパレードだったからだ。


「……ボス、なんかしたの?」


背後からそっと覗き込むように、陸が呟く。


「なんで俺に聞くのよ。お前もそう思ってんの?」

「いや、そういうわけじゃねぇけど……でも、あれ完全にボスの方向いてるし……絶対ボスでしょ」

「……別に何もしてないよ。見たことが無いイケメンに、脳みそが置いてかれてんでしょ」


産土が面倒くさそうに肩をすくめると、陸はジト目を向けながらも気を取り直して、バサ族の方に向き直る。


「よし、こっちの言葉も翻訳して、会話してみよう。おし……ほら、これつけてみて」


陸がそっとイヤホンを差し出す。

だが、それを見たバサ族の男は、鼻を鳴らして唾を吐き、完全拒否の姿勢だ。


「うわ……あーもう……」


困り顔の陸は、それでも言葉が通じないのを承知で、できる限り穏やかに、敵意がないことを根気よく態度で示そうとした。


「……もしこのまま何の情報も得られなかったら、俺たちはお前をさっきの黒服の――クロノスの人たちに引き渡さなきゃならなくなる。それに、さっきの物言い……お前たちの民族は、クロノスから酷い扱いを受けたんじゃないのか?」

「……」

「もしお前を引き渡したら、その後、お前がまたひどい目に合うのは目に見えてるんだ……頼む、話をしよう。お前ためでもあるんだ」


そう言って陸はイヤホンをもう一度差し出す。


「……まぁ、言葉はわかんないか。……あ、ちょ、かじるなって!」


バサ族がイヤホンを噛もうとしたのを軽く制止しながら、自分の耳に装着して見せる陸。

その奮闘を、産土は腕を組んだまま傍らでぼんやり眺めていた。


「気長だな」


横でタバコをくゆらせる朝霧が、ポツリと呟く。


「大したもんだよ。……ボスも、ちっとは見習え」

「……あんぱんもね」


そんな低空飛行な小競り合いが交わされている中、ようやく陸の根気が実を結ぶ。


「大丈夫、痛くないから。……ほら」


陸に手慣れた様子で装着されたイヤホンを、バサ族の彼もしぶしぶ受け入れた。


「……うーん、これでいいかな。……こんにちは」


――ビクッ!!


陸の口から発されたその一言が、翻訳機を通してバサ族の母語に変換された。

初めて陸の言葉の“意味”が届いた瞬間、思わず鳥人間はまんまるの目を見開き、陸を凝視した。

あまりに素直な反応に、陸は思わず小さく笑ってしまう。


「俺は篁陸。よろしく。……お前の名前は?」

「……」


完全にあっけに捉えて固まっているのを見て、産土は愉快そうにくつくつと笑い出す。


「何あの顔。うける」

「……おい、刺激すんな」


バサ族が翻訳機を受け入れたことで、ようやく意思疎通が可能になったことを察した朝霧が、すかさず肘で産土を小突き、目線で牽制した。

鳥人間はようやく、かすれた声で答える。


「……名前なんか、無ぇ……」


その言葉に、陸は「そっか」と小さく頷いてから、やがて何かを思い出したような表情になる。


「あぁ、そういえば。たしか……バサ族は名付けの習慣がないんだったよな。前に兄貴が言ってたかも。愛称とか、役割で呼び合ってるんだっけ? そうなの?」


バサ族の彼は、普通に会話してくる陸に戸惑いながらも言葉を発した。


「……俺は、ガル……ガルモッタ……」

「おぉ、ガルモッタか! よろしくな!」


陸は、満面の笑みで返したその直後、すかさず核心に切り込む。


「ところで――さっきはなんで、俺たちを助けてくれたんだ?」

「?……助けた覚えは……ねぇ。……俺はただ、アイツを殺したかった。そんだけだ……!」


そう言いながら、鳥人間――ガルモッタは、もう当に翻訳機にも慣れたようで、ドカッとその場に胡坐をかいて座り、完全にくつろぎモードに入った。


「……あの、俺たちと闘った大男のことか?」


陸が念のために確認すると、ガルモッタはじろりと陸たちを一瞥した。


「……まぁ、いざとなりゃおめーら全員ぶっ殺せそうだからよ。今だけは大人しく教えてやる」


そう言って、朝霧の方に目を向ける。


「オッサンはちと手こずりそうだが――他二人は、アップにもなんねぇな」


続いて、産土と陸に目線をスライドさせてくる。


「……前置き、長ぁ」


産土が耳をかきながら、ボソッと吐き捨てるように言った瞬間――


「……ああんっ?!」


ガルモッタの背中の翼がバサバサと逆立ち、空気が一気にピリついた。


「……ほら、言わんこっちゃない」


陸が脱力したように産土を睨む。


「おら、刺激すんなっつったろ」


朝霧は産土を牽制しつつ、場を進めるように切り込む。


「……で、奴とはどんな関係だった?」


少しの沈黙のあと――ガルモッタの全身の体毛が、怒りを物語るように逆立つ。


「……俺のダチが、あいつに羽をもがれて――それで、死んだ」


その一言で、空気がガラリと変わった。

ガルモッタの目には、深い恨みと喪失が、当時の濃さを保ったままよみがえるかのように、確かに宿っていく。彼は低く唸るように続けた。


「俺らバサ族は、生まれつき生命力も戦闘能力もやたら高い。運動神経も異常だ。そのわりに大人になっても体はちっせぇ。人間のガキくらいの背丈にしかならねぇ。だから、狭いところにも送りこめて――うってつけだったんだろ。……だから、クロノスに目ェつけられて、オーデ領域の調査要員として駆り出された。使い捨ての捨て駒にされた、哀れな民族だ」


淡々と語る声音が、ほんの少し硬さを帯びていく。


「そんでこの大陸外に送り込まれた矢先だった――俺の親友が……あのでっかいオーデに、まだ未成熟だった羽をもがれたのは」


ふいに、ガルモッタの瞳が僅かに揺らいだ。


「バサ族にとっちゃ、羽は命そのものだ。あれがなきゃ、生きられねぇ。もがれた奴は、みるみるうちに弱っていくんだよ。……あいつも、そうだった。もがれた羽の方は、本体と引き合がされた後も、まるで血が通ってるみてぇにいきいきしてんだ。それを知った外の連中は、翼が生命力の源だともてはやして、攪乱。こっちのことなんか顧みずに、長寿のお守りとして崇めた」


淡々とした口調に宿る、押し殺した怒り。その奥には、もっと深い何かが沈んでいる。


「翼は十五で完成する。それまでの羽はまだ柔らかくて、ふわふわで……とにかく色が淡くて綺麗なんだ。これがさらに、神がかってて、酷く色目で見られるせいで、バサ族はよく羽を狙われた。……闇オークションじゃ、未成熟な羽が高値で取引されたりもするらしいしな。けどまさか……それがオーデにまでやられるとは……思いもしなかった」


吐き捨てるようにいうガルモッタ。


そこまで言うと、彼は仕切り直すように一拍おいて、前を向く。


「あいつの羽を取り戻す。そう決めて、俺は打倒オーデを一人胸に掲げた」


そこでガルモッタは産土たちをちらりと見た。


「そうこうしてオーデを探して彷徨い続けるうちに、お前らを見た。強そうな連中だと思って後をおったら……気づいたら、あのくらい部屋ん中にいたってワケだ」

「さっきはアップにもならないとか言ってたじゃん」


飄々と揶揄する産土に、陸がまたしても視線だけで静かに制す。

だが、ガルモッタの耳には届いていなかったようだ。


「聞いてねーし」


もうすっかり鳥人間を揶揄うのが面白くなった様子の産土は、面白がって口元を緩める。


「俺は勘が抜群だからなぁ、お前ら追っときゃ、絶対なんかあるって思ったんだ」


ガルモッタは話を続けた。


「あの大男を倒す直前に、羽をどこにやったか聞いた。お前が奪った、薄紅色の羽を、どこにやりやがったのかってな。そしたら、あいつ、やっと思い出したみてぇな顔しやがって――」


ガルモッタの瞳孔が、怒りでかすかに見開かれる。


『あぁ、レベッカが欲しがってたやつか。ありゃ見事だったなぁ……しかしなんでもいだ後も、まぁあんなに綺麗なんだよ。気持ち悪いなぁ……どうせまた生えてくんだろ? なぁ? 鳥人間さんよ』


ゼファルグの言葉が思い出され、ガルモッタの拳は小さく震えた。


「……そこからは、もう怒り任せだ。目を抉ったとこまでは覚えてるが、そのあと何があったかは……あまり覚えてねぇ」


そこまで神妙な面持ちで聞いていた陸の顔色が、はっと変わる。


「待て。今、“レベッカ”って言ったな? 誰だそれ」

「知らねぇよ。聞く前にやっちまったから、しらん」

「レベッカ……女の名前だな」


朝霧の言葉に、陸も頷いた。


「あぁ。オーデ領域で羽をもがれたとなれば、その“レベッカ”って女も、オーデだと考えてよさそうだ」

「報告書にもあったように、損傷じゃなく、腕や脚、首……意図的に一部が欠けた死体。そういうのが一定数あったと記載があったな。オーデの中に人体収集家がいるとは思っていたが、その正体がレベッカって可能性は高いな」


朝霧が視線を落とし、顎に手をあて何かを思案する産土の方へ話を振る。


「ボスが見た記憶にも確か女が2人いたって言ってたな」

「ああ。顔まで見えたのは数名。彼らは、意図せず何者かによってひとところに集められ、献上と称してその命を奪われ、死後の世界を彷徨ってる最中オーデと契約した。そこに女に見えたのが2人いた」


産土の目元に、長い睫毛が影を落とす。


「ゼファルグとレベッカ……接触経路が気になるな……」


その言葉に、ガルモッタが目を細め、記憶をたぐるように言った。


「……待てよ……あん時、頭を打って記憶があいまいだったんだが……」


ガルモッタの顔色が変わった。


「俺はその、“レベッカ”って奴を、見た気がする。顔は覚えてねぇが、タッパがデカかった。

声も……なんつーか、男か女か分からねぇ声だった」


ガルモッタが眉をひそめると、再び彼の中に忌々しい記憶が引きずり上げられる。


『あら、いい色ね! それに最近で一番ラブリーな模様だわ。これをメインにしたのを新調しよっと♡』

『……』

『も~……ゼファ? 聞いてる?』

『まだもう一匹のをまだもいでない』

『あぁ……そっちはいらないわ。見るからにみすぼらしいもの。これで十分!』


「レベッカって女は、汚ぇもんを見るような目で、虫の息の俺を見ながらそう言った。

俺の羽は、ガキの頃からずっと汚ぇって言われてきた。模様も色も、周りと違ってたから、その分狙われる心配はなかった。

俺は、目の前で羽をもがれて、衰弱していく親友を見ることしか出来なかった……屈辱だった……その場にいるのに、殺すことにすら価値を感じられてない……奴らにとっては、俺は生きていても死んでいても、まったく影響の無い、ただの虫けらだった。レベッカは親友の羽に夢中で、俺になんか眼もくれなかった。けど、おの大男の方は――」


そこまで言いかけると、不意にガルモッタの声音がかすれた。


「あいつは……あの時、親友の血で染まる自分の両手を見ながら、ほんの――本当に一瞬だけ、後悔してるように見えたんだ。んで――、その後のレベッカの行動が、俺には意味不明だったんだ」


再びガルモッタの中に、当時の記憶が浮かび上がってくる。


『ゼファ、ありがと。

前のやつはちょっとアレだったけど、今回のはうんとよかったから、サービスよ♡……はい、思い浮かべた……?』


ガルモッタはぼんやりとする記憶を鮮明に思い出そうとするように、片手で頭を抱えながら話した。


「……そう言いながらレベッカは大男の額と自分の額を合わせた。特に何も変わった風には見えなかった。その後、今度は俺の方にも近づいてきて、同じことをしてきた」


額に、こつん、とレベッカの額がぶつかる感覚が、脳裏に蘇る。


「……まるで、記憶に蓋するみたいに」


ガルモッタは、悔しそうに唇を噛んだ。


「なんで……なんでこんな大事なこと……今まで、忘れてたんだ……?」


しかし。そこまで聞いた朝霧は、深く頷きつつ言った。


「いいや、よく思い出してくれた。それだけでも充分だ。レベッカは、“記憶情報”のオーデと契約している人体収集家だ」


その言葉に、ガルモッタの翼が小さく震えた。


「……よし、決めた。次はそいつをボコす番だな……! おし。じゃ、そん時が来たら教えてくれ。俺はそれまでここを出る。こんな息苦しいとこにいてらんねぇ!」


そう叫ぶやいなや、ガルモッタは勢いよく窓辺へと駆け、ひと蹴りでその小さな体を風に乗せて、空へと舞い上がった。


ひゅ~と朝霧が口笛を鳴らし、飛び立つ影を目で追う。


「……いや、どうやって教えりゃいいんだよ」


陸はそう言いながら遠くなっていく鳥人間の背中を見つめ、小さく笑いかけたが――その瞬間、身体がふらりと傾ぐ。


「……あれ?」


よろめく陸を、朝霧がとっさに抱きとめる。


「もう時期ダウンタイムが来る。若いの、動けるうちに部屋に戻って横になっといた方がいい」


産土もひらひらと手を振る。


「おっけー。会議の方は俺だけで十分でしょ。二人とも、お疲れ様」


いつもの軽い調子でそう言いつつ、その瞳には既に、次なる戦いを見据えた、冷たい静けさが宿っていた。

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