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第15話「予期せぬ犠牲」

ハロワン第15話「予期せぬ犠牲」


Arc第1回派遣当日から二日が経過した頃。

突然、空を突き抜けるようにして〈空ノ柱〉が出現。それは、オーデと導守の接触が終わった合図。

大陸外オーデ領域では、早くも予期せぬ犠牲者が出たのだ――


――――――――――――――――――――――――――――――

今回、やや残酷な描写があります。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

【Arc第1回派遣当日から二日経過――大陸外、オーデ領域】


ダリウスが派遣された、大陸側から見て北東のエリアでは、変わらず悪天候が続いていた。

灰色の空がどこまでも広がり、冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。地面は水を含み、歩くたびにぬかるみに足を取られる。

曇天と、しぶとい雨。

どんよりとした湿った灰色の空気と視界の悪さで長期戦となれば、当然体力も消耗し、戦闘意欲も削がれる。


「……もう丸二日か」


ダリウスは黙々と歩みを進めながら、誰に向けるでもなく短く吐き捨て、濡れた前髪の奥で目を細めた。

事前の調査隊が残した目印の地点はすでに当の昔に通過しており、そこを越えてなお進んでいるにも関わらず、オーデの痕跡どころか、手がかり一つ掴めていない。

焦りはない。否、そう自覚していたのは最初の数時間だけで、今の彼の中には確かな苛立ちと、微かな焦燥が混ざっていた。


(なぜ、こうも遭遇しない……?)


雨音が耳を叩く中、ダリウスの思考が静かに熱を帯びてゆく。

眼鏡の奥の瞳が鋭く細まり、眉間には深く皺が刻まれていた。


そのとき、彼の目に、遠くに揺れる異物が映った。


「……あれは」


視界の先。雨の幕を貫くように、空へ向かって立ち昇る一筋の光。

金色に揺れながら輝くそれは――


「……空ノ柱……?」


目測で約一万フィート以上先。この位置関係からして、あの地点はラヴィの管轄領域だ。

ダリウスはすぐに現在位置を確認し記憶と照合した。加えてクロノスから聞いていたオーデについての事前情報が不協和音となって、彼の頭によぎる。


(この階層のQK(ロイヤル)には、転生を許された個体はいない。……つまり――)


強大で、獰猛で、容赦ない個体ばばり。

殺戮を本能とする、正真正銘の兵器そのものだ。


空ノ柱を見た瞬間から、ダリウスの胸の奥で強い違和感が蠢き始めていた。

嫌な予感だった。理由のない直感ではない。それは経験則からくる、確信に近い直感だ。


(もし考えすぎなら、それでいい。……ラヴィと合流するだけの話だ)


空ノ柱を目視できた時点で、その麓に急行することは導守として当然の行動であった。

万が一、ラヴィが敵に倒されていた場合でも、空ノ柱が立ち昇っているうちなら、その場に赴けば”審議記録”の継承が可能だからだ。導守であるダリウスが、現地で直接、自分とラヴィの刻印を重ねれば、ラヴィが体験した審議記録をそっくりそのまま、自身の記憶に転写することができる。

つまり、彼をやぶったオーデの情報を、今ならラヴィの審議記憶を通じて事細かに掌握できる可能性があるということだ。それはダリウスのみならず、Arc全体の今後の作戦構築にとって、計り知れない価値を持つ。


向かわない理由など、どこにもない。

その嫌な予感を無言でを胸に秘め、配下のFANGに短く命じた。


「向かうぞ」


***


悪天のなか、ラヴィの管轄地点へと急行したダリウスを待ち受けていたのは――


まさしく、最悪の現実だった。

そこには、恐らくラヴィが引き連れていたと思われる数百のFANGが、まるでモノの様に無残にゴロゴロと転がっていた。

冷たい雨が、容赦なく降り注ぐ。そしてその中心に地に臥すのは、見慣れた一際屈強な男の姿だった。


ダリウスは無言のまま、そこへ足を運んだ。足元の幾何もの死体を踏まぬようにすがるく避けつつ、一点に瞳に捉えたその中心部へと迅速に向かう。

そして彼の元へとたどり着いたダリウスは、冷たい雨の中その場に立ち尽くした。


「……ラヴィ……?」


顔は比較的原型を保っていた。右腕には、あの特徴的な刺青。

間違いなく、ラヴィ・アグニシャル。

だが、彼の身体は無残だった。切り刻まれた跡が無数についており、ところどころ肉が抉れていた。

もはや人間の仕業とは思えない。あたかも圧倒的な力に一方的にやられたのではないかと疑うほどの、冷酷な狩りの痕跡だった。


肩から刻まれた大きな傷を伝って、血が地面へとゆっくり染みていた。彼の体は見るからに手遅れな状態だ。

横たわる彼の小指の刻印から、審議終了と同時に立ち上るはずの“空ノ柱”が耐えず立ち昇っているのが、もう彼が逝ってしまったことの、何よりの証拠だ。


それでも、ダリウスは無言で傍らに跪き、ラヴィの脈を測った。

――動かない。

完全に、途絶えていた。


「…………」


彼は静かに口元を覆った。周囲には、雨が肩を叩きつける音だけが響く。

周囲のFANGたちは、その姿を『彼がラヴィの死を嘆き、涙をこらえている』と目に映しただろう。

だが――それは違った。


ダリウスの中に湧き上がっていたのは、悲哀でも悔恨でもない。


(やはり、オーデは只者ではない……)


目の前で倒れているラヴィ・アグニシャル――Arcの中でも屈指の戦闘力を誇るこの巨漢。

彼を造作もなくここまで一方的に葬ったオーデ――その圧倒的な力に、ダリウスの中で何かが疼き始めていた。

己の好奇心が歪んでいるということは分かっている。冷たいと言われることにも慣れている。それでも彼は、己の本能を抑えられなかった。


(知りたい……そいつの情報を……)


ダリウスは込み上げる好機の笑みを殺すようにして肩を震わせながら、ラヴィの顔の横に膝をつき、震える指で自身の痣をラヴィの小指に重ねる。

――記録の継承が始まった。

ダリウスの瞳が興奮にかすかに揺れたことは、誰も知らない。


***


【ラヴィの審議記録にて~悪夢のオーデ~】


鮮血が地に咲いている。

これが――ラヴィが見た景色だった。


ダリウスの中に、ラヴィによる“悪夢のオーデ”の審議記録が流れ込んでくる。冷たい雨音が打ちつける中、彼は目を閉じてその記憶に没入した。流れ込んでくる記憶の重さと圧に眉をひそめながらも、ラヴィの一挙手一投足を、彼の戦果を、ひとつ残らず取り逃すまいとするかのように意識を研ぎ澄ませる。


そこに、ラヴィは立っていた。

剣を握りしめ、唇を強く噛み締めながら、ただ前を睨み据えていた。しかしその眼差しは明らかに震えていた。わずかに開いた唇からは荒い息が漏れ、柄にもなく、全身は戦慄いていた。

彼の足元を覆いつくす血溜まりには、産土、ダリウス、久遠、そして白石が、まるで骸のように無惨な姿で横たわっていた。ラヴィが一度でも信じた仲間たち。その姿が、ぐちゃぐちゃに踏み潰されたかのように血の海に沈んでいる。

だけではない。ラヴィが今回任務に引き連れていた数百のFANG部隊もまた、全員そこに倒れていた。剣も持たず、ただ打ち捨てられた死体として転がっていた。さらにそこには、彼の家族や友人、故郷の面々──彼が守りたかった全ての存在が、同じように、冷たくなっていた。


「嘘だ……っ……嘘だろ……こんなはず──」


ラヴィの声は震え、喉の奥から掠れるように漏れた。

わかっている。これがオーデの力によって作り出された幻覚だということは。

だがそれでも、現実のようなこの悪夢が、彼の精神をじわじわと確実に蝕んでいく。

ざぁざぁと、雨音にも似た音がどこからともなく空間を満たす。それは雨音などではない。血を啜るような音、呻き声、悲鳴、そして怒りの咆哮。その全てが、まるでまだ1人生きているラヴィを恨むようにして、寄ってたかってラヴィを責めたてた。


まさにそこは、絶望の景色。そこには一縷の望みもない。

暗黒から、ラヴィを責め立てる不気味なオーデの声が、まるで彼に暗示をかけるかのように何度も繰り返された。


「おまえが守れなかった」

「全部、おまえのせいだ」


どこからともなく響くその声は、確実にラヴィの内奥を抉った。


不意に、ラヴィの手から剣が滑り落ちる。

その隙を逃さず、オーデが背後から一閃した。


「ぐはっ………!」


鋭い斬撃が背を裂き、ラヴィはたまらず体勢を崩す。膝をついた地面に、自らの鮮血が弾けて広がる。その血が、すぐ目の前で横たわる白石の亡骸にかかるのを、ラヴィはただただ眺めることしかできずにいた。

痛みが、現実を突きつけてくる。脂汗が止め処なく流れ出し、指先が痺れていく。血の気が抜け落ちていく自覚が、ラヴィ自身でもよく分かった。

──それでも。


「……まだ、立てる……!」


ラヴィは、まだ立ち上がる。血まみれで、よろけながら、それでも崩れかけた膝に手をついて、顔をあげた。

虚ろになりかけた瞳で、オーデを睨みつける。握った剣は震えていたが、彼の意思は、まだ折れていなかった。


「……まだ……っ………闘える……!!」


その声は、怒号でも咆哮でもなかった。自らを奮い立たせる、ただの一言だった。

しかしそのオーデは、ラヴィの勇ましい闘志をまるで無意味とでもいう様にやすやすと踏みにじった。

オーデは無慈悲に、自由に動けぬラヴィを、何度も一方的に痛めつけた。もはやそれは戦いなどではない。闘いの形式を借りた拷問だった。刃がラヴィの身体を斬り裂いた。肉体は砕け、心は軋み、絶え間ない悪夢の刃が彼を削ぎ落としていく。

──ラヴィは、心も身体も、粉々に砕かれ、とうとう限界を迎え、その場に臥して動かなくなった。


この記憶には、流石のダリウスも胸が軋んだ。

普段は感情の乏しい彼ですら、この記憶の鮮烈さに、心の奥が鈍く熱を帯びたのだ。

そして、この一連の審議記録を見終えたダリウスは、ラヴィが対峙したのは通称〈悪夢のオーデ〉と呼ばれる類であることを理解した。

それはある時を境に、大陸各地で突発的な集団自殺現象を引き起こした原因と考えられているオーデだった。

対象者は無差別的に選ばれ、夢の中で強烈な幻覚や幻聴に襲われ、錯乱した末、自ら命を絶ってしまう。原因は不明。一般的な悪夢の原因として考えられる疾患でも精神障害でも説明がつかない、怪奇現象である。

そして厄介なことに、被害者は例にもれず自害の一途をたどるため、夢の内容を語ることなく、解析可能なデータが収集できずにいた。

事前のクロノス生態調査のデータでも、このオーデは、人の夢に介入し、対象の”もっとも深い精神の傷”に触れ、その傷口を裂いて広げ、精神そのものを破壊するという、その手口の陰湿さだけだがざっくりと報告されているのみであった。


死神であれば、事前データはあらかじめ全て頭に入っているため、担当予定以外のオーデに遭遇したとしても、ある程度なら相手の手札に対応できる。

しかし今回ラヴィが遭遇したオーデは、その事前データが著しく欠損していた。

さらにこのオーデは、今回の派遣第1弾である〈ホライズン〉では、想定される重点討伐対象リストに存在しなかった。

──つまり、これは完全なイレギュラーだ。

事前情報の欠如、幻覚による精神崩壊、そしてQKランク相当の個体という凶悪さ。これら複数の悪条件が重なった結果、ラヴィは敗北したのだ。


ダリウスは、静かに息を吐いた。その胸の奥で、抑えきれない熱がうねっている。


──これだ


今、彼の中を流れる興奮の波は、これほどの存在(オーデ)に、己の力を惜しみなくぶつけてみたいという衝動そのものだった。全身に残る雨の冷たささえ、今はもう感じなかった。

唇の端が、またしても思わず持ち上がりそうになるのを、悟られまいと片手で覆い隠す。こればかりは誰にも、見せるわけにはいかない。

そして、何事もなかったかのように立ち上がると、ダリウスは冷静な声で、周囲のFANGへ告げた。


「……状況が変わった。これより一度、本部に帰還する」


その言葉を聞いたFANGたちは無言で頷き、帰還の準備を手早く整え始める。

その後、ダリウスは一度もラヴィの亡骸に視線を戻すことはなかった。

ずぶ濡れの雨の中、彼の背中には、鋭く光る狂気の色がじわりと滲んでいた――。


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