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第14話「あの日の約束」

ハロワン第14話「あの日の約束」


プロジェクトArc第1回目派遣の日が来た。

討伐組が出払う中、待機組となった久遠と高嶺は今日も大陸任務をこなす。

密かに仲間の安否と宿命に憂いを滲ませる若き主に、高嶺は敬愛を抱き、その傍らに静かに在るのだった。


P.S.

久遠×高嶺の“待機組回”、遂に解禁できて嬉しいです!

待機組回は点在する形で、全部で6話分ほどありますが、討伐組とはまた一味違う、彼らだけの闘いやドラマが詰まっています!

二人の尊い関係性を、最後まで見守っていただけたら嬉しいです。



――――――――――――――――――――――――――――――

今回は、残酷な描写はありません。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

「閉廷」


その唱えで、路地裏の空間が静かに動き出し、久遠と高嶺は任務から日常へと舞い戻ってきた。


いよいよArcが始動し、“討伐組”になった面々は担当エリアへと派遣された。

先の全体会議の決議により、“待機組”となった久遠ととの専属FANGである高嶺は、今日も今日とて大陸任務をこなしていた。産土ら他死神不在時の大陸有事に備え、いつでもデッドアサインに対応できる様、普段は比較的低級の“トワレ以下”の案件を中心に任務を請け負うことになっていた。

任務の難易度こそ低いが、件数は多く、たった今、本日のノルマをようやく終えたところである。トワイライトアワーが明けたばかりの街には柔らかな朝の気配が漂っていた。


「我が君、本日の任務お疲れ様でした。さぁ」


高嶺は深く一礼し、久遠を近くの石畳の段差へと座らせる。彼はいつものように久遠の前に跪き、慎重にその細い手首を取った。


「お怪我は、ありませんか?」


そう尋ねながら、袖口に指をかけ、丁寧に捲り上げる。白磁のような肌に、泥の痕は見えるものの、血の気配はない。


「無ぇよ……つかお前このくだりよく飽きねぇなぁ」


任務終了後の高嶺による傷チェックは毎回の恒例行事と化していた。久遠はあからさまに興味なさげに視線を逸らし、肩をすくめた。


「重要な確認ですので」


一方の高嶺はなおも真剣な顔つきで、久遠の腕や指先をひとつずつ確かめていく。


「……異常なし。帰還後に、残りも確認いたします」


残りとは、今は衣服に覆われて目視で確認できない部分のことだ。わずかな打撲や掠り傷ひとつであっても、高嶺は見逃さない。


「へいへーい」


久遠は心底面倒くさそうな声で答え、胸元のベルトを緩めた。その拍子に布地の隙間から、彼の華奢な鎖骨と白く滑らかな肌がちらりと覗く。高嶺はふと久遠の体に目を留める。


「……また、少しお痩せになられたのでは?」


高嶺の眉間に、ふっと憂いの皺が寄る。久遠の肌は透けるほど白く、どこか儚げな印象すら伴っていた。


「そうかぁ?」


気の抜けた声で欠伸をしながら、久遠は気怠げに目を閉じた。その様子は、まるで懐いた猫が飼い主の膝の上に身を預けるような無防備さだ。


「また食事を抜かれましたね? いつも申し上げているでしょう。もっと召し上がって、体も鍛えねばなりません。いざという時、動けなくなっては……」

「んー、あいあいー」


上の空の返事を返しながら、久遠はそのまま高嶺に体を預ける。高嶺は小さくため息を漏らす。


「真面目に聞いてください」

「聞いてる聞いてるー。ありがとな、優等生」


そのふざけた声に、高嶺の目がわずかに鋭くなる。


「……人の気も知らずに。何度、同じことを申し上げれば……」

「じゃあ、出かけたい」


唐突なその一言に、高嶺の動きが止まった。


「……出かける?」

「そ。見張りなし。お前と二人で」


久遠の声はどこか無邪気で、悪意も裏もなかった。だからこそ、高嶺は余計に困惑する。


「ほらあれだろ。けんこーてきな生活ぅ? を送らないと、なんだろ。じゃあまず、気分転換させろよ」


そう言って久遠は、導守が普段身バレ防止でつける仮面の表面をトントンと指で叩いて見せた。


「……当然、こんなのもしねぇからな」

「それは……到底お許しできません。我が君の身を守るには、私以外の警護も要りましょう――」

「なら、いい」


高嶺の話を途中で遮るようにそっけなく吐き捨てて、ぷいと顔を背ける久遠。高嶺は久遠の手に、自らの大きな手をそっと包み込むようにして添え、控えめに抗議を始めた。


「我が君……どうかご冷静に。街には予測不能な事態が数多く存在します。見張りがいれば万が一の―—」

「だから。お前がいればいいだろ?」


久遠の声はぶっきらぼうで面倒くさそうだったが、その目はどこか切なげに高嶺をじっと見つめている。


「お前、俺の専属だろ? お前ひとりで見張りくらい兼ねろよ」


高嶺は久遠の瞳に宿る無邪気な決意を見て、内心ため息をついた。それでも、簡単には頷くわけにはいかない。護衛の責任と預かった命の重みが、彼を縛る。


「……確かに、私一人でもお守りいたします。しかし、街では何が起きるか……」

「お前、“俺の望みは全て叶える”って言ったよな?」


その言葉に、高嶺の手が止まった。

久遠の金色の瞳がじっと彼を見つめ、わずかに口角を上げながら言葉を続けた。


「覚えてるか? お前が俺の専属になった日のこと。俺が望むことは何でも叶える、って。お前、自分の口ではっきり言ったよなぁ?」


高嶺の脳裏に、あの日の光景がありありと蘇る。久遠の冷たい金色の瞳を見上げながら、自分が誓ったあの瞬間――どんな危険があろうと、この人のすべてを守り抜くと誓った自分。


「……覚えております」

「じゃ、この話は終わりだな」


久遠は満足げに小さく笑い、ふっと立ち上がった。その姿は、まるで小さな勝利にほくそ笑む少年のように、どこか軽やかだった。

高嶺は何か言いかけたが、その言葉を飲み込み、わずかに肩を落とした。まるで、久遠に押し切られるのにはもう慣れている、かのようだ。


「……かしこまりました。ただし、一旦帰還して先ほどの“残り”を確認してから、改めて出直す。それが条件です」

「おー、わかったわかったぁ。さっさと準備すんぞー」


久遠は軽快な足取りで路地を抜けると、さっさと歩き出した。その背中を見送りつつ、高嶺も静かにひとつ息をつき、歩調を合わせていく。


「それと……」


隣に並びながら、高嶺がふと口を開いた。


「私にも、着替えの許可をいただけますか。この制服のままでは、我が君が導守であることを街中に公言しているようなものですから」

「おー、着替えろ着替えろぉ。そんなのいちいち許可とんなー」


軽く手を振ってそう言った久遠だったが、不意に思い出したように振り返り、高嶺を指差す。


「あとその、“我が君”ってやつ。それも禁止な」

「な……!」


高嶺の目がかすかに見開かれた。


「それは……大変、恐れ多く……」

「あー、大丈夫大丈夫。『久遠』って呼べぇ? お前、たまにキレてる時とか、今までもそうだったんだから、その要領でいけんだろ」


軽く笑って久遠が言い放った一言は、高嶺にとっては無自覚にやってしまった一大事だったらしい。彼は思わず口元に手を当て、顔を伏せた。


「……!……それは……大変失礼いたしました……」


真面目すぎるその反応に、久遠は吹き出すように笑い出す。


「ほんっとバカ真面目だよなー。お前」


その声にはからかい混じりだが、どこか満足げであった。

久遠の無邪気な笑顔に、高嶺はわずかな不安を抱きながらも、従う以外の選択肢がなかった。

この若き主の前では、理屈も常識も、ことごとく通用しない。


***


街の一角。準備を整えた二人が肩を並べて歩いている。


「ん〜〜! 見張り無し、最っ高〜〜! いえーい!!」


久遠にとってはこれが人生初の、見張り・護衛無しでの外出だった。

初めての“自由”を全身で謳歌するように、久遠は伸びをしながら声を上げた。


「……さぁ、分かっていますね」


その隣では高嶺が緊張した面持ちで口を開く。


「……くれぐれも、お忘れなきよう。私の目の届かない場所には絶対に行かないでください。あと目立つ行動をしない。いいですね」


いつも通りの調子で淡々と釘を刺してくる。


「そんな硬くなるなよぉ。折角のおでかけなんだしぃ?」


そういう久遠は、ライトグレーのゆるめのカットソーにオリーブグリーンのエモリーパーカーを羽織り、黒のスリムボトムスという軽快な装い。普段の彼からは考えられない程その足取りは軽快で、今にもスキップをしだす勢いだ。彼が動くたびに、高嶺が結ってやった三つ編みがご機嫌そうに揺れる。


「お前だってなんだかんだ2人だと気が楽だろぉ? ……そんなおとーさんみてぇにカッチリしないでもっと気楽にしてよかったんだぜぇ?」


久遠は揶揄いながらも、初めて見る軍服以外の高嶺の服装に、興味津々な視線を隠しきれない。

視線の先の高嶺は、ダークグレーのジャケットに、リネンのシンプルな白シャツを第一ボタンまでしめ、黒のスラックスに、シューズは磨き込まれたレザーのもの――まさに完璧主義がそのまま人の形を取ったような装いだ。


「ご冗談を。これくらい普通の装いです。それに、私服といえど見苦しい格好をするわけにはいきませんので」


高嶺は軽く襟を整えながら、すんとした表情で答える。その姿は普段のFANGとしての厳格さを残しながらも、どこか柔らかさを感じさせる雰囲気だ。久遠は「拗ねんなよ」と楽しそうに笑った。


「似合ってんぞ」


ぽつりと呟かれた久遠の言葉に、高嶺は不意を突かれたように顔を向ける。

前を向いて歩く久遠の横顔には、いつもの気だるげな薄笑いはなく、どこか晴れやかで無垢な笑みが浮かんでいた。その笑顔は、飾らない素の彼そのものであり、重たい鎧を外したありのままの久遠がそこにいた。

滅多に見ることのできない彼のその等身大の笑顔に、自然と高嶺も綻んでしまう。


「……お褒めに預かり、光栄です」


高嶺は軽く頭を下げた。

話しながら歩いていると、すぐに街中に着いた。そこに差しかかると同時に、久遠は少し足を止める。

思った以上の人の多さに、最初こそ余裕を見せていた彼も、徐々に落ち着かない様子で辺りを見回し始める。普段は護衛や見張りに囲まれての外出しか経験のない彼にとって、この“自由すぎる”風景は、どこか心細さを呼び起こしたのかもしれない。

そんな彼の変化に、高嶺はすぐに気づく。そっと肩越しに視線を向け、優しく声をかける。


「私にお任せを。行きましょうか」


久遠は少し驚いたように高嶺を見上げたが、その柔らかな微笑みを目にした瞬間、不安がするするとほどけていくのを感じた。


「おー。頼むぞぉ、色男」


久遠は口元を緩ませ、いたずらっぽく微笑む。高嶺もそれに応えるように柔らかく微笑み返した。


(……この笑顔が見られるなら、危険を冒す価値もありますかね)


目の前で、あちこちを見渡すようにして歩く久遠。その瞳に映るのは、彼がこれまで知らなかった“自由”の景色。

その隣を歩けることが、高嶺にとっては何よりの誇りだった。


「さ、任務後で空腹でしょう。まずは美味しいご飯の調達です」


そう言うと、高嶺は自然な動きで久遠の腕を軽く引き、街の中へと誘導する。まるで見慣れた街を案内するガイドのような落ち着きだ。

街の広場では、今日も露店が賑わっていた。2人はその雑踏の中を並んで歩きながら、いくつか露店を周り、食べ歩きを楽しんだ。

高嶺が勧めたサクサクの名物カレーパンや牛串、久遠自ら選んだクレープなどを次々と「うまい」と満足げに頬張る久遠は、いつもより明らかに食が進んでいた。その様子に、高嶺は心のどこかで安堵し、静かに嬉しさを滲ませる。


腹ごしらえを済ませると、いよいよ本格的に街歩きをはじめた。

賑やかな商店街、屋台の威勢のいい呼び込み、遠くから聞こえる子どもたちの笑い声――。どれも久遠にとっては少しばかり異質で、けれど興味を惹かれる音だった。


「こういうのが、普通ってやつかぁ……」


そう呟く口調こそ気怠げだったが、その瞳は確かに好奇心に光っていた。

高嶺は、そんな彼の隣を歩きながら、少し先を行く人々を避けるように軽く肩を引いたり、久遠の歩幅に合わせてペースを調整したりと、自然にエスコートしている。

賑やかな街並みを歩く中、久遠の視線がふと止まった。

彼が見つめていたのは小さな花屋。木製の看板には素朴な店名が掲げられ、店先には色とりどりの草花が並んでいる。

久遠は無言でその店に近づき、並べられた花の中から一輪の白い花にそっと手を伸ばした。指先でかすかに揺らしながら、ぼんやりと見つめている。

その様子を見ていた高嶺が、店主に声をかけた。


「こちらを、おひとついただけますか」

「おい、なんで勝手に買ってんだよ」


久遠が少し驚いたように振り返ると、高嶺は落ち着いた声音で答える。


「せっかくのお出かけです。記念に一輪、いかがでしょう」


何か言い返しかけた久遠だったが、結局は何も言わず、手を伸ばして花を受け取った。

ふわりとした白いカスミソウは、久遠の儚げな雰囲気によく似合っていた。


「……」


彼は店主に言われたとおり、カスミソウを無闇に揺らさないよう、大事そうに両手で包み込むように抱えている。その姿が妙にいじらしく、高嶺は隣を歩きながら思わず口元を緩めたが、悟られまいと視線を逸らすのに必死だった。


その後、二人はさらに足を延ばし、路地裏の古い小道へと入り込んだ。懐かしさを感じさせる佇まいの中、古びた木製の看板がひっそりと掲げられた古本屋を見つける。


「おー……なんか、いい雰囲気だな」


久遠が吸い寄せられるように店内へ足を踏み入れると、そこには微かに古書と木の香りが漂い、所狭しと本が積まれていた。意外にも読書家な久遠は、すぐに棚へと歩み寄る。興味深そうに視線を走らせ、本の背表紙を一つひとつ指でなぞるようにして眺めていく。


「お前よく本読んでるけど、どんなの読んでんの?」


高い位置の棚を見上げながら、何気なく問いかけた久遠の横顔をみながら高嶺は答える。


「ジャンルは問わず読みますが、特に歴史物が好ましいですね」

「おー……お前らしいなぁ」


久遠はわずかに口角を上げ、適当に手に取った小説のページをぺらりとめくる。その丁寧な指の動きに、高嶺は思わず目を細める。


「そちらもなかなか面白かったですよ。短編がいくつか収録されていて、洗練された読みやすい文章ながら、どれも読み応えのある内容でしたね」


何気ない口調でそう話す高嶺に、久遠は「へぇ……」と声を漏らし、ちらりと彼を一瞥する。


「……小説も詳しいんだな」

「多少は嗜んでおります」


久遠はひとしきりページをめくると本を静かに棚に戻す。その仕草は、どこか名残惜しげだ。


「高嶺は? なんか気になるのないの?」


久遠がふと振り返ってそう尋ねると、その一連の動きを高嶺は少し離れた位置から彼を見守っていた高嶺は、軽く首を横に振る。


「私は……そうですね。貴方が楽しんでいる姿を見ているのが、何より楽しいです」

「……はぁ……お前なぁ……」


俯いた久遠は呆れたように吐き捨てるが、その表情は明らかに和らいでおり、首元にはほんのりと紅が差している。再び本棚の奥へと視線を戻すその背中を、高嶺は静かに見つめて微笑む。

その後、二人はひとしきりお互いに好きな本のジャンルなどの話をしながら過ごした後、その場を後にした。


***


街の喧騒も徐々に落ち着きを見せ始め、夕方の空がゆっくりと橙に染まりはじめた頃――

久遠の足取りが、ほんの少し重くなってきた。

すぐにそれを察した高嶺が、そっと顔を寄せて声を落とす。


「……お疲れですか?」


耳元でそう囁かれ、不意を突かれた久遠は一瞬、目を見開いた。だがすぐに肩をすくめ、冗談めかして返す。


「さすが優等生。よく見てる」


高嶺は変わらぬ静かな眼差しで、彼を見つめる。


「導守の瞳は光に敏感ですからね……裸眼でこれだけ長時間出歩けば無理もないでしょう……」

「……まぁ、ちょっとな……」


力なく笑って目元を押さえる久遠。金色の瞳はどこか霞んでいて、明らかに疲労の色がにじんでいる。

高嶺は周囲に目を走らせた後、静かに提案する。


「少し歩いた先に、湖畔があります。人も少なく、静かで……きっと、楽になれるかと」


促されるまま、高嶺のあとに続いて小道を歩く。久遠は手に持っていたカスミソウをくるくると揺らしながら、彼の背を頼るように追いかけていた。その足取りはやや重そうだが、風に揺れる三つ編みと、穏やかなその表情には、どこか安心感が漂っている。

やがて二人は、夕陽に染まる湖畔にたどり着いた。

高嶺はそっと久遠の肩に手を添え、誘導するように促す。


「……こちらに、どうぞ」


久遠は何も言わずに腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じた。

風が頬を撫で、街の喧騒も届かない静寂が、じんわりと身体に満ちていく。


「……いいとこだな」


長い前髪を風に遊ばせながら、久遠がぽつりと呟く。高嶺はその横顔を見つめ、静かに微笑んだ。


「ご満足いただけて何よりです。……こうして静かな時間を持つことも、大切なことですから」


久遠は暫くきらきらと輝く水面を眺めていた。やがてふと、空を仰ぎながら低く呟く。


「……こっからじゃ、空ノ柱も見えねぇ。……一体、何人還ってくるんだろうな」


それは、討伐に向かった四人の死神仲間を案じる言葉だ。

普段は「待機組でラッキー」などと不謹慎な発言ばかりの彼だが、内心では仲間の無事を祈り、同時に、自身にもいずれ訪れるであろう“その時”への不安を抱いている。

久遠の横顔に陰りを感じた高嶺は、彼を鼓舞しようとそっと言葉を発した。


「……どなたも、貴方と同じ精鋭です。必ず、ご帰還されましょう」


真っ直ぐな声に、久遠はふっと笑って頷いた。そして再び黙り込むと、水面を見つめる――

その隣で、何も言わずに、じっと高嶺も佇み湖畔を眺めた。

言葉がない時間は、むしろ心地よく、二人の間を流れていた。そんな中、不意に久遠がぽつりと口を開く。


「……俺が死んだら、ここに墓立ててくれよ」


あまりにも唐突な言葉に、高嶺は久遠の方を振り返る。


「ここなら、誰にも邪魔されずに……静かに眠れそうだ」


そう語る表情には、諦めや絶望の色はない。むしろ、不思議なほど穏やかだ。

一方の高嶺は、わずかに眉を寄せた。


「……急に、どうしたのですか?」


問いかけると、久遠は水面を見つめたまま、淡々と答える。


「……静かで、誰も来ない。いい場所だ。お前もそう思うだろ?」


声はどこか淡々としていたが、その裏に隠された孤独を高嶺はどうしても感じ取ってしまう。


「我が君……」

「……あ、それ禁止だぞ?」

「あ」


言葉をさえぎられ、咄嗟に漏れ出た高嶺の声。すぐに咳払いで誤魔化すその姿に、久遠はけたけたと笑った。

しかし、高嶺は仕切り直すように静かに膝を折り、座っている久遠と同じ目線になるよう跪いた。そして静かに、言葉を選ぶようにして続ける。


「そんな憂いは、まだ必要ないでしょう。……ここがお気に召したのなら、生きているうちに、何度でもお連れします」


その言葉に、久遠はどこか自嘲めいた笑みを小さく浮かべた。


「いつまで生きてるか、わかんねぇだろ?」


そう返した途端――

高嶺は静かに右手を胸に添えた。その姿はまるで、覚悟を決めた騎士のようだ。


「ならば薬を大量に投与している我が身も同じ様なもの。最後の時は共に逝きましょう」

「……っ」


不意打ちのその言葉に、久遠が呆気にとらえて何も言えずにいると、高嶺は久遠を安心させるかのように、少し困った様な優しい微笑みを浮かべながら続けた。


「そもそも、貴方の様に立派なお方の墓石はもっと相応しいところに立ちましょう。それに……」


言葉の途中、高嶺の目元がふと揺らぎ、表情が一気に真剣さを帯びる。


「……それに私は、貴方の墓など……建てたくないのですよ」


静かだが、揺るぎない、心からの本音。

久遠はその真っ直ぐな言葉に、ほんの一瞬、息を呑んだように目を見開いた。

高嶺の手がそっと久遠の方へ伸び、その頭を軽く撫でる。久遠は特に抗議することなく、高嶺をじっと見つめ返す。

高嶺は、幾度となく彼を守ってきたその大きな手で、尊い主の頬をそっと撫でた。


「……久遠……長生きしてくれ」


低く優しい声でふっと微笑む高嶺に、久遠は思わず心臓がコクンと跳ね、目を見開く。

高嶺の柔らかな声が、頬に触れるぬくもりと一緒に、静かに染み込んでくる。革のグローブ越しにも、確かに伝わるその体温に、久遠は自分がどんな表情をしているのか分からなくなった。


「……ばーか。……俺らは短命なのー。知ってんだろ……っ」


ようやく絞り出したその声には、一切の余裕がない。

いつのまにか耳まで赤くなって視線を落としてしまった久遠に、高嶺はそっと、触れていた手を引く。


「この世界にはまだ、見せたいもの、お連れしたい場所が沢山ある。ぜひ今後とも、私の我儘にお付き合いいただけませんか」

「……仕方ねぇな……付き合ってやるよ」


言葉とは裏腹に、どう見ても動揺を隠しきれていない久遠。あまりに分かりやすいその様子が、可愛くて仕方なくて――

高嶺はただ、優しく微笑むのだった。

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