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第10話「第1回Arc全体会議」

ハロワン第10話「第1回Arc全体会議」


いよいよオーデ討伐に向けてキックオフが執り行われる。

そこに招集されたのはオーデ討伐プロジェクト『Arc』を任された、現存の大陸最高戦力――導守最高峰の死神6名。

重苦しい空気の中、それぞれの思惑や信念を互いにひた隠しにしたまま、必要な協議が行われていく――


P.S.

どの死神も個性的な6名です。作者としては今や全員に割と愛着あります^^

これ以降の回で、それぞれの死神にフォーカスするエピソードも出しますので、そちらも楽しんでいただけたら幸いです。


――――――――――――――――――――――――――――――

今回は、残酷な描写はありません。


独自用語や舞台設定が多いので、リンク先に解説をまとめています!

物語の進行に併せて随時更新してまいります。

宜しければご覧くださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9351kp/1/

――――――――――――――――――――――――――――――

クロノス本部の上層階、大会議室。

集合場所の前で、陸は深呼吸をした。

足元を見つめて心を落ち着けようとするが、妙な胸騒ぎが収まらない。

重厚なドアを前に、一歩踏み出そうとした瞬間、中から声が漏れ聞こえた。


「お前のような無軌道な輩が、死神の名を汚すとは……実に嘆かわしいこと」


険悪な空気を帯びた会話に、陸は無意識にドアの前で足を止める。


「あんな未熟な小僧を連れてくるとは。死神の名を背負う我々が、あのような素人と重要任務の議会の席を共にする日が来るとは思わなかった。恥ずべきことだ」


その言葉には、明らかに陸への軽蔑が滲んでいた。声の主は死神の一人“(おぼろ)”と呼ばれる、最年長の初老の男性だ。

しゃがれた声が怒りに震えている。


「この神聖なクロノス本部にあんな不純物が紛れ込むこと事態由々しき事……肩を噛まれたと聞くがあの悍ましい傷跡……もうやつも半分はオーデに染まっておる……。産土、お前の気まぐれが招いたものがオーデの手先であればどうしてくれるつもりか」

「……っ!」


その言葉に陸は扉の外で息を呑んだ。想像もつかなかった根も歯もない憶測が飛び交っている。


「いやいや、それ本気で言ってんの?」


嘲笑混じりの、いつにも増して軽薄な産土の声が響く。


「ちょっと早く着いたらコレだもん……だから嫌なんだよ、ここは」


彼の様子は見えなかったが、恐らくその長い脚を机に放り出し、その場の全てを小馬鹿にしたような笑みを浮かべているに違いない。

すると今度はビジネスライクな別の男の声がする。クロノス本部の幹部あたりだろう。


「しかし産土様、このタイミングでのあの者の負傷は、少々話ができすぎているかと…」

「くどいな。その件はもう検証済みのはずだ」


産土の低く面倒くさそうな声が冷たく響く。

先ほどの老人の声がまた割り込む。


「あれだけの負傷をしてまだなお生きておるとは……奴の自作自演ではあるまいな」

「はー?」


アホらし…と産土は吐き捨てる。


「わざわざ自分から噛まれに行ったっての? どんなマゾだよ。

それとも何。いまアンタらが言った様なことが仮に本当だったとして、俺がそれに気づかないとでも思ってんの?」


産土の威圧感に、部屋の中は一瞬沈黙する。


「いえ、そのようなことは……」


先ほどの幹部の男が口籠もりながらもなお続けた。


「しかし……我々が彼を信用するには、材料が少なすぎることは事実でございます。それに、適性があるというだけで、実務経験も無いままにいきなり産土様の専属というのは……反感を買い当然。本人が務まらないだけならばいざ知らず、もしも産土様の勝率が下がる様なことがあっては……」

「そりゃてめぇの心配だろ」

「……はい?」


産土の目は、女狐の様な顔でとぼける幹部を睨みつけている。産土はそのまま続けた。


「勝率が下がる、ねぇ……大層なご心配どうも。けど、そんな小姑みたいにピーピー言うなら、お前らが代わりにオーデと遊んでくれよ。俺は喜んで見学するけど?」


皮肉たっぷりの声が響き、幹部の男が黙ると今度はまた朧の声がする。


「我々は己を律し、任務を全うしておる。お前のような放浪者には分からんだろうが、死神の格というものがあるのだよ。」


声の主が机を軽く叩く音が聞こえる。


「あのような者を伴っていては、死神全体の格が落ちる。実に汚らわしい。……まあ、貴様には相応しいかもな。いつだって規格外の行動ばかりしてきたんだからな」


冷ややかな皮肉が飛ぶが、産土はそれを鼻で笑った。


「てゆーかこの会議って、“死神”が参加するんじゃないの? だめでしょ、いつも安全な場所に引きこもって自分は戦いもしない臆病な“老害”を混ぜちゃ」


煽り散らかす産土に、朧は苛立ちが隠せない。


「……おのれ、この青二才が……」


陸はドアの前で拳を握りしめた。集合時間が近づいてきたが、陸は入室のタイミングを完全に失っていた。

どうしよう、と立ち尽くしていると、背後から低い声が響いた。


「……入らないのか?」


振り返ると、朝霧が立っていた。

一服してきたのだろうか、隠すそぶりもなくタバコの残り香を漂わせている。その表情は特に険しくもなく、ただ静かに陸を見下ろしている。


「あ、いや……その……」


陸は口ごもるが、朝霧は構わずドアを開けた。


「行くぞ」


軽く促され、陸は覚悟を決めて一緒に中へ入る。

ドアが開いた瞬間、部屋の中の視線が一斉に陸へ向けられた。その重圧に、陸は思わず息を呑む。

まるで全員から試されているような鋭い視線に、全身が突き刺さるように痛む。注がれる視線の重さに、一歩踏み出した足が止まりそうになる。

産土がちらりと陸を見たが、特に何も言わずまた視線をそらした。

陸は視線を泳がせながらも、なんとか歩き出した。自分の足音だけがやけに響く気がして、陸は一歩一歩がやけに重く感じた。硬い表情のまま周囲を見渡すと、テーブルの向こう側にはクロノス幹部たちが整然と並び、一様に彼をまじまじと観察している。

産土は相変わらず椅子に浅く腰掛け、脚を組んで背もたれに体を預けている。朝霧は彼の近くまで行き、無言でそこに立った。


そして久遠(くおん)――彼もまたここにいた。久遠は机に片肘をつき、もたれる様にして上半身をダラリと机に横たわらせていた。

陸の入室にも気づいていないのか、あるいは気づいても興味がないのか、彼は動く気配を見せない。

その隣では、高嶺(たかね)が姿勢よく背筋を伸ばして立っていた。今日もその深いバーガンディ色の髪はジェルでかちっと固められて横分けに整えられている。襟足もきれいに短く切り揃えられ、彼の紳士的な雰囲気をより一層引き立てている。その端正な出で立ちに、視線を向けられるだけで自然と背筋が伸びそうになる――そんな空気を纏っている。


「……なぁ、これ俺出ないとだめぇ……?」


久遠は、頭に敷いていない方の手で高嶺の軍服の袖を引っ張りながら気怠そうに文句を垂れている。


「ダメに決まっているでしょう」


高嶺は、一回り以上も年下の主を、毅然とした口調で嗜める。


「……お前が出といてさぁ、そんであとで俺に教えろよぉ……」


久遠はさらにぼやいたがすぐに高嶺に言い返される。


「ならばクロンヌのプリンは無しです」

「……はぁ?」


久遠が顔を上げる。彼の眠そうな目が一瞬見開かれる。


「んなことしたら、俺の今日の楽しみがなくなるじゃんかぁ?」


一方の高嶺はこの展開が読めていたかの様に静かに上品に口角をあげた。


「ええ。ですので、集中してください」


決して抗えない威圧感のある笑顔で彼は言う。高嶺に嗜められ、久遠は小さく舌打ちをした。

そのあまりに緊張感の無いやり取からは、彼らにとってはこの重苦しい会議もただの日常に過ぎないのだということがよく伺えた。それを目の当たりにした陸は、彼らの場慣れした雰囲気に圧倒されるばかりだった。

陸は一言も発しないまま、空いている朝霧の隣に静かに立った。産土はその前の席で隠すそぶりもなく堂々とネットサーフィンをやっている。

会議開始まであと15分はある。重苦しい空気の中で、陸はただひたすら時計の秒針の音を数えていた。


バン!


重厚な扉が勢いよく開き、その音に会議室の全員が一瞬動きを止めた。陸も例に漏れず肩を跳ね上げ、思わず目を丸くする。


「おぉ! お前ら元気にしてたか?」


部屋の静けさを吹き飛ばすような快活な声とともに入室してきたのは、死神の一人“ラヴィ・アグニシャル”。

陽に灼けた褐色の肌に浮かぶのは、両肩から腕、手の甲にまで広がる鮮やかなタトゥー。

がっしりとした骨太の体躯は、戦士そのもので、2メートルを超す巨体が歩みを進めるたびに、空気まで押し出されるような迫力がある。

上半身は例によって裸同然。遠慮という言葉を知らぬ豪放な笑顔と、腹の底から響く声に、陸は一瞬で気圧されてしまった。


彼に続く形で、4人目の死神“白石(しらいし)(りん)”も入室した。

艶のない黒髪は無造作なショートカットに切られており、久遠とはまた違ったタイプの中性的な印象を与える、死神の紅一点だ。

露出を抑えたダボついた服装からは体型こそ窺い知れないが、実際にはその下に鍛え上げられた腹筋が隠れている。左の額から頬にかけて大きく走る古傷が、彼女が戦場で積み重ねてきた経験を物語っていた。表情は涼しく、唇は乾き、肌は日焼けに近い小麦色。無骨で整った顔立ちだが、一切の飾り気はない。


「うーす」


産土は手元で端末を弄りつつも、目線を2人の方へ上げて軽く挨拶する。

久遠は眠そうにちらりと見るだけだった。

高嶺と朝霧は、今一度姿勢を正し、二名に向かって会釈した。それに気づいた陸は慌てて見よう見まねで会釈する。

ラヴィは真っ直ぐ久遠の方に歩み寄り、彼の華奢な肩をぽんと大きな手で叩いた。


「久遠、痩せすぎだろ。飯ちゃんと食えよ!」

「食ってもこうなのー……放っとけぇ」


久遠は気怠げに応じながら片目をつぶり、耳をほじほじする仕草を見せる。


「高嶺みたいになれねぇぞ!」

「別に目指してねーし。つーか、お前が入ってきただけで何で急にこんなにうるさくなんだよ……っ」


久遠の文句をまるで気に留める様子もなく、ラヴィは豪快に笑い飛ばした。

その様子に陸は、死神にもこんなに陽気なキャラクターがいるのかと驚き、一瞬で空気を変えてしまうその存在感に圧倒されていた。


ラヴィの笑い声を背に、産土は白石の方に目を向けると、軽く手を振りながら言った。


「りんりん、髪型変えた? 似合ってんじゃん」


だが、白石は産土に対して冷ややかな一瞥をくれるだけで返事をすることなく、視線を高嶺と朝霧の方へ移す。そこからは態度が一変した。

白石は落ち着いた声色で、両名にふと軽く微笑んでみせる。


「お疲れ様です。お二人ともお変わりなさそうで」


その言葉に、高嶺と朝霧は改めて姿勢を正し、丁寧に会釈を返した。


「ご無沙汰しております」


朝霧が穏やかに答える。


「白石様もお変わりないようで、何よりでございます」


高嶺は柔らかい微笑みを浮かべて応じた。

そのやり取りを見た産土が、少し拗ねたような声を上げる。


「俺と態度違いすぎない? なんか理不尽じゃね?」


するとラヴィが白石の肩を組みつつ、こちらの会話に入ってくる。


「おう、相変わらず育ってんなぁ! やってるか!」


ラヴィは自分の腕の筋肉を叩き示しながら、朝霧に向かって愉快そうに笑いかけた。


「ラヴィさん程じゃないですよ」


朝霧が低く落ち着いた声で返すと、ラヴィはケラケラと笑いながら白石に視線を戻した。


一方、陸はというと、やや所在なさげに周囲のやり取りを見守っていた。

そんな中ふと高嶺と目が合う。

高嶺は陸の不安な心境を察してか、何も言わず穏やかに微笑みかけた。端正なその顔立ちから放たれる微笑みは、穏やかながら、一流のFANG(ファング)というに相応しい隙のなさがあった。

高嶺とはまともに話した事はなかったが、この中でも常識人らしく見える彼の雰囲気には、少し陸も落ち着くものがあり、ぎこちなく笑みを浮かべた。


暫くすると、重い扉が音もなく開き、再びピリっと空気が張り詰めた。


「失礼、遅れました」


そう言って最後に入室してきたのは、全身黒スーツの長身の男。

彼が6人目(さいご)の死神“ダリウス・アズマ”。

黒髪と銀髪のメッシュで、流暢な日本語を話していたが、その顔立ちは日本人離れしている。

すっと筋の通った高い鼻に、かっちりとしたフェイスライン、深い彫りの目元、薄く引き締まった唇。その外見は、どこか英国と日本のハーフを思わせる風貌だ。

彼は遅刻を詫びながらも反省している様子は毛頭無く、颯爽と広い会議室を横切り、席の方へと歩いていった。まるで遅刻すら自分の計算内だとでも言わんばかりだ。


彼は特に変わらぬ面持ちで周囲を一瞥した後、ふと陸の方に視線を向けた。

その目が陸と交差した瞬間、陸の背筋にぞわりとした寒気が走る。

無表情で、感情の色が一切感じられない目。それは、陸が今まで対峙してきたどの目よりも、陸自身に対して「興味がない」と告げていた。

ただの無関心。しかし、それが妙に不気味だった。

陸は思わず目を逸らす。


その後、ダリウスは特に何事もなかったかのように視線を久遠へ移し、口を開いた。


「襲撃の対応、ご苦労でしたね」


その声は低く、柔らかい。どこか礼儀正しさを装った調子だったが、その奥底に微かな狂気の影が見え隠れする。

襲撃というのは、数か月前のアトランティス第25区”ドレヴァ”で行われた避難訓練の日の―—大陸外オーデが襲撃してきた時のことを言っているのだろう。

死神は日常的に互いに顔を合わせることは少ないため、こうして対面するタイミングで、数か月前の出来事を互いに話すのは日常的なことである。


久遠は相変わらずの気怠げな態度で応じる。


「お気遣いどーも」


それだけで会話を終わらせようとする久遠だったが、ダリウスは話を切らなかった。


「大事に至らず何よりです。しかし、オーデ襲来の対応は、さぞ大変だったことでしょうね」


一見すると心配しているようにも聞こえるその言葉。

しかし、彼の目はどこか輝いているようだった。

久遠が言葉を返さないのを良いことに、ダリウスはさらに話を続ける。


「大人も子供も逃げ惑って、現場は大混乱だったとか。直接被害無しでの死傷者の数は歴代最多ですもんね」

「……ンだぁ? 言いたいことがあんならさっさと言えよ」


面倒くさそうにする久遠に、ダリウスはふっと笑いかけると、では遠慮なくと言わんばかりに軽やかに口を開いた。


「必死に逃げ惑う人々を間近で見たのでしょう? どうでしたか?」


その一言に、場の空気が一瞬凍りついた。

ダリウスの口調は終始穏やかで、笑みさえ浮かべていたが、久遠を見下ろす瞳にはどこか狂気が入り混じり、その質問の内容は尋常ではない。


「……は?」


久遠は思わず困惑の声と共にダリウスを見上げる。

その顔には、困惑の他に、ダリウスの執拗な好奇心に気づいた嫌悪感も滲んでいた。


久遠の反応で、ダリウスはハッとしたように小さく目を見開くと、再び平然とした顔に戻った。彼は仕切り直すように咳払いをした。


「失礼。長話が過ぎました。私が最後ですかね」


皆が避けて座っていた議長席の目の前にまようことなく着席すると、部屋の緊張が一段と高まった。


陸は息を飲む。

ここにいる全員が、オーデと戦う”死神”と呼ばれる存在。彼らが放つ異様な圧迫感は、これまで感じたどの空間とも異なっていた。


「さて、全員揃われたようですね」


クロノス幹部の男は静かに、厳しい視線を会議室内に巡らせた。


「では――これより、オーデ討伐プロジェクト『Arc(アーク)』のキックオフを開催します」


陸はその号令に、反射的に軽く頭を下げたが、死神各位は全員が顔を上げたまま微動だにしない。

まるで今回のプロジェクトに腹の底では賛同していないことが表れているようで、圧力に近い沈黙が開始早々その場を包み込んだ。

その様子を見たクロノスの重役は不敵な笑みを浮かべ議長の男に耳打ちをする。


「堅苦しい挨拶は抜きにして本題に入った方が良さそうだ……死神の皆さんは忙しい」


大陸外のオーデを一掃するとなれば、事前調査等も含め、かなりの年月を要することが予想されていた。よって、オーデ討伐プロジェクト『Arc』は、現行では何度かに分けて実施する設計となっている。

第1弾派遣となる今回は、通称『horizon(ホライズン)』と呼ばれ、全5回の派遣計画で構成される計画となっている。

続く第2弾派遣以降の欄には「coming soon」の文字が記載され詳細は明記されておらず、ロードマップの最後にはプロジェクトArcの最後の派遣を意味する『Σ(シグマ)』の文字が記載されている。


今回招集された死神は、まさにこの人類初の挑戦となるArc第1弾派遣『horizon』を担う面々ということである。


「なるほど……では、」 


男は心得ているとばかりに、いきなり手元のスイッチを押す。


「まずは死神の皆様の協力を拝借するに見合う、我々クロノスだけが保有する独自情報を開示いたしましょう」


それを合図に、部屋の中央に置かれたホログラム装置が音を立てて起動する。瞬間、薄暗かった会議室が青白い光に包まれ、浮かび上がった立体映像が場の視線を一斉に集めた。

ホログラムに映し出されたのは、大陸外一千万フィート領域までを含む地図と、そこに赤く点滅する複数のマーキングだった。


「これは、大陸外に巣くう各オーデの分布です。もちろん彼らも動きますから多少誤差はありますが、クロノス研究チームの調査により最も出現率の高いポイントをマーキングしています。

大陸を取り囲むようにして、主力級のQK(ロイヤル)ランクが放射線状にほぼ均等に分布しています。彼らの中では担当エリアの概念があり、互いのエリアを行き来することはあっても、基本的に自分の担当エリアにいる確率が非常に高い。そして今お手元に送ったのが――、」


男は手早く端末を操作しながら続ける。


「Arc第1弾となる今回――『horizon』で皆様に討伐を依頼したいオーデ各位の情報です」


その声に、死神各位の鋭い目線が手元資料に落とされる。


「能力、脅威の程度、出現時の兆候、主な出現時間帯などなど……過去の調査で分かったことを全てまとめています。膨大ですが必ずお目通しください。

皆さんには、それぞれ担当のオーデを討伐願いたい。つきましては本日この時間で、それぞれの担当配置を決定したく協議したいのです。

誰がどのオーデを担当するかはまた後日決めるとして、この場では、とりいそぎ大陸外へ出向く“討伐組”と、大陸有事に備え残留する“待機組”を決定しましょう」


まずラヴィが腕を組みながら口を開いた。


「均等に3-3にするか?」


こういう時に躊躇なく自然に第一声を発するのはいつも決まってラヴィだ。


「このプロジェクトの主目的は領土の奪還です。となればやはり討伐に重きを置くべきかと。討伐4-待機2あるいは討伐5-待機1あたりが妥当でしょうね。そもそも討伐が済んでしまえば本来待機の必要もありませんから」


ダリウスは手元のデータに目を落としながらも銀縁のメガネを掛け直し、冷静に話す。


「4-2がよかろう。待機組のうちの1人は朕が引き受ける」


朧がわざとらしい笑みを浮かべながらしわがれた声を発する。両手で体の前の杖を支え、最初から決まっていたことのように言い切った。

しかし、その発言に、斜め向かい側の席で脚を組んでいた産土が鼻で笑った。


「まーたそうやってサボろうとして」


片肘を机に乗せたまま、気怠げに朧を見つめる。朧は微動だにせず、淡々と返す。


「この大陸のことを誰よりも熟知している朕が待機するのが最適じゃろう。大陸有事の大事な局面をお前達若造だけには任せられん」


産土が呆れたように笑う。


「なぁにが最適だよ。どうせ有事となれば、お前はのうのうと引きこもって、もう一人の待機組に全部やらせる気でしょ?」


一気に場の空気が張り詰める。

朧の表情は変わらない。だが、産土の方は露骨に不機嫌な顔で顎を上げた。


「過去に一度も前線に出たことないお前が今回もやる気ゼロなの、バレバレなんだっつーの」


朧は徐に片眉を上げながら怒りに滲んだ瞳で産土の表情を伺う。


「……やる気が無いのはお前自身じゃないのか?」


産土は姿勢を変えずに朧の方を指差し、口を鳴らす。


「ぴんぽーん、その通り。こっちは最初からこんなこと付き合いたくねーんだわ」

「お前は本当に…大陸の盾である死神の品性を疑うな」

「品性……随分とまぁ誇り高いですねぇ?」


産土はわざとらしく手を叩いて笑う。


「討伐組、だっけ? 悪いけど勝手にやって。俺も待機組で。そんなに待機組が重要ってなら最高戦力がお守りしますけど?」


朧は産土の方を睨みつけている。

他の死神もクロノス側も、張り詰めた空気にしばし口を挟むのを躊躇している。

冷たい空気を切り裂くようにはっきりと発せられた朧の一言。


「却下する」

「……は?」

「お前は討伐組に行け。お前が残ることはあり得ない」


産土はポケットに両手を突っ込んだまま、それを鼻で笑った。


「なんでよ? 待機組のもう片方が腐れ野郎なんだから、戦力分配として適切だと思うけど?」

「お前は信用できない」


朧の口調は揺るがない。

産土の目がわずかに細められた。


「……理論もへったくれもないね。理由はそれだけ?」

「信用できないだけで十分に反論に足る理由だ」


朧は産土を見据えたまま、冷ややかに言った。

室内が静寂に包まれた。頑なに反論を繰り返す朧に産土は妙な違和感を覚える。


「……あんたさ、」


かすかに首を傾け朧の真意を覗き込むようにして、鋭く瞳孔の開いた産土の金色の瞳が朧をつらぬく。


「……何か隠してんでしょ……?」


朧は産土の方を無言で睨みつけている。


「……これ以上何も言う必要はない。お前は信用できない。却下だ」


朧は、それ以上の説明をしようとはしない。産土は訝しげに朧を見つめたが、彼が折れる気配はなかった。

彼は腕を組み、産土を真っ直ぐ見据えている。彼の目には、強い拒絶の色が宿っていた。


しばしの睨み合いの後、産土は舌打ちし、背もたれに身を預ける。

見渡すと、クロノス幹部らは全員既に朧が待機組なことを受け入れているようだ。

いつもこうである。死神最年長の朧の意思が如何なる局面でもクロノスによって優遇されるのだ。


朧のあの異様なまでの拒絶には、何か理由がある――しかし、今はそれを問い詰める場ではない。

死神各位はそうした疑念を抱きつつも今は協議を続けた。


討伐組に産土が含まれることが決まると、次は自然と待機組のもう一人を誰にするかという議論が始まった。


「討伐組が動いている間、もし大陸でオーデの襲撃があった場合、残った二人で対処しなければならない。戦力としても、経験値としても、それにふさわしい者を選ぶ必要があります」


幹部の一人がそう言い、死神一人一人に目が向けられていく。

最初に幹部の視線が集まったのは、ダリウス。


「しかし、我々としては、ダリウス様には是非とも討伐組に入っていただきたい」


幹部のその言葉に顔を上げるダリウス。


「今までの記録によればダリウス様は、帰還後の負傷率が圧倒的に低いのです。病欠もゼロ。長期戦が想定されているオーデ討伐において、これは大きなアドバンテージになります。加えて、戦闘力、判断力、持久力も、6名の中で総合的に最もバランス型であるという分析がでています」

「お褒めにあずかり光栄です」


ダリウスは特段表情を変えずに飄々と相槌を打った。


「オーデの出現が確認されているこの地域は——広範囲にわたる戦闘が予想されます。少数精鋭ではなく、ある程度の兵力を伴って殲滅戦を行うのが最適でしょう。

日頃からダリウス様は多くのFANG(50名程度)を従えた集団戦に慣れていらっしゃり、まさに適任と言えましょう」


この言葉に、ダリウス自身は腕を組みながら、何事もなかったかのような態度である。


「ええ、構いませんよ」


死神や白冠(はっかん)の中には、特定のFANGと強い絆を持つ者も多い。しかし、それが戦闘時の足かせになることもある。

FANGが負傷すれば精神的に動揺し、撤退を余儀なくされる者もいる。だが、ダリウスにはそれがない。


ダリウスは感情の起伏が極端に少なく、仲間が倒れようと任務を遂行することを最優先する。場合によっては切り捨てることも厭わない。

その判断が正しいかどうかは別として、戦場での合理性という観点から見れば、討伐組にはうってつけであることは事実だった。


「専属FANGを持たず、毎回異なる人員を率いるのに慣れているのも強みであろう。人間関係に左右されないのは大きな利点と言えよう」


そう言う朧の視線の先には、専属FANGを持つ産土と久遠が映っていた。

産土は相変わらず沈んだ眼をして朧をにらみつけており、一方の久遠は怠そうに頬杖をつきながら相変わらず窓の外を眺めているだけだった。

その空気を断ち切るように幹部の一人が咳払いをしながら問いかける。


「……反対意見は?」


誰も口を開かない。ダリウス本人も何の感慨もない様子で、静かに座っている。


「では、討伐組としてダリウス様を正式に選出します」


すでに討伐組の一員としてダリウスが決定したことで、残る枠の選定が本格化する。

しかし、そこからが難航した。


「残る2枠をどうするか……」


すると幹部らの視線を奪うように、白石が静かに口を開いた。

彼女の鋭い視線が、まっすぐ幹部たちを見据える。


「私が討伐組に入る。それ以外の選択肢はない」


一瞬、場が静まり返る。

白石は、普段感情を表に出さないが、このときばかりは譲る気がないことが、誰の目にも明らかだった。


「理由をお聞かせ願えますか」


幹部の一人が腕を組むと、白石は迷うことなく続けた。


「私もダリウスと同じように、専属FANGを持たず、毎回異なる人員と組むことに慣れている。固定された関係に依存せず、戦場で適切な判断を下せるという点では、ダリウス同様、適正ありと言えるだろう。

先ほどの理由が討伐組選出の重大な要素となるならば、私も例外ではないはずだが」


すると幹部の一人が手元資料に目をやりつつ、白石選出の追い風となる意見を補足する。


「……確かに白石様は、俊敏性、柔軟性に優れ、扱える武器の種類も豊富です。戦闘スタイルが固定されていない分、オーデの特性に応じた立ち回りが期待できる可能性が高いです」

「ふん……」


幹部達は、その分析に頷きつつも、まだ結論を出すには至らない様子で誰も決定打となることを言わない。


「俺は反対だね」


産土の短い言葉が、沈黙を切り裂いた。

低い声がおもむろに響くと、それまでの流れが一変した。


白石が戦いたがっていることも、その理由も、産土含む他の死神はよく知っていた。

実の父親から、ずっと“男に生まれてくること”を望まれてきた彼女は、オーデ討伐という功績を以って、父親に認めてもらうために、今ここにいるのだ。

彼女のその思いが本物であることも、そのための今日までの血が滲むような努力も、他の死神はよく知っており、彼女の実力は誰もが認めていた。

しかしながらやはり、いやだからこそ、彼女がその命を自分自身のためではなく、父親に認められたいという執念だけに燃やすことに、賛同できない者も多かった。


しかし当の白石は「余計なことを」とでも言うかのように、邪険に産土の方を見る。

だが、それでも――


「正直、討伐組なんて死にに行くようなもんでしょ。そんなとこにりんりんが行く必要、本当にあんの?」


産土は殺気立つ白石の目線にも臆せず、悠然と腕を組みながら淡々と低い声で言ってのける。

その隣では久遠が無気力そうに頬杖をついているが、その目はわずかに細められている。


「……私は私の意思で討伐組を志願している。具体的な反対理由が無いなら、今すぐ口を閉じろ」


対する白石も負けていない。心底迷惑そうな怒りを滲ませながら言い返す。


「りんりんは有能だ。優れた戦闘技術もあるし、判断力も高い。なら討伐組にこだわる必要ないでしょ」

「大ありだ。オーデを討伐し、この大陸人類の活動領域を取り戻す。それほどの偉業と貢献を成し得なければ意味が無い」

「それ、本心じゃないでしょ」


産土と白石の攻防が続く中、今までずっと黙っていた久遠が横からぼそりと口を開く。


「……同感」


久遠も産土同様、白石が討伐組になることに反対の姿勢だ。彼はけだるそうに言葉を継いでいく。


「あんたは攻守でいったら守りが堅い。それにもし、大陸にオーデの奇襲があっても、あらゆる守りの手を熟知しているあんたなら、どんなのが来ても対応できるだろ」

「……」


久遠の言葉には他の死神も幹部も、その意見に納得しかけるほどの妙な説得力があった。

ダメ押しのごとく久遠は白石の方をまっすぐ見て追加の言葉を口にする。


「……待機組でも、十分あんたの目的にそぐうと思うけどな」


(……ま、大陸に奇襲される前になんとかするから、はなから白石の出番は無ぇんだけど)


普段こうした場で久遠が自分の意見を主体的に発言するのは珍しい。

高嶺はその心中を察するように、目の前に座る主の猫背を静かに見つめていた。


白石が僅かに顔をゆがめながら重い口を開く。


「……知った口をきくな」


それでも彼女の意思は揺るがない。

産土が口を開こうとするより早く、白石は一歩踏み込んだ。


「お前たちが何を懸念しているのか知らんが、全て余計なお世話だ。私は十分戦えるし、戦いたい。それをどうこう言われる筋合いは無いはずだ」


その言葉に、産土は目を細めた。

久遠は変わらぬ表情のまま白石を見つめている。


「お前たちにとっては子供じみて映っているのかもしれない。しかし私にとっては、これが全て」


白石の声は淡々と冷たく言い放つ。


「自分の命の使い方は自分で決める。討伐組になれないのなら、私はArcを降りる」


その言葉に、会議室が再び静まり返る。

そこで朧が満を持した様に静かに口を開く。


「白石自身が、それを望んでおる。もう何も言うまい」


白石は朧の方をちらりと見やるだけで、再び幹部らの方へ目線を向け、更に主張を確固たるものにするかのように言い切る。


「私は戦うためにここにいる。待機組になるくらいなら、この任務には関与しない」


彼女の真剣な眼差しを受け、幹部たちは互いに視線を交わす。

本人の意思がこれほど明確なら、これを無視して戦力を欠くのは得策ではない。


「……では、白石様を正式に討伐組に抜擢します」


白石は幹部らの方へ短く一礼すると、産土や久遠の方へ目線を交わすことなく静かに着席した。


「さて……」


討伐組の三枠が埋まり、残るはもう一人の決定のための協議へと話が移る。


「となると討伐組のもう一人は、ラヴィか久遠ですね。私は久遠を推します」


ダリウスが言うと、その場にいた全員が資料から顔を上げ、彼の方を見た。

当の久遠だけがつまらなそうに窓の外を見ている。


「実績ではどちらを任せても遜色ありませんが、二人のスタイルはいわば対局。ラヴィが破天荒で向こう見ずな傾向が強いのに対し、久遠は戦況を読んでから駒を進める慎重なタイプ。

我々には事前情報があるとは言え、オーデ討伐には予測困難な事態なども多く起こり得るでしょう。その際、久遠なら問題なく対処できるのではと。

逆にオーデの奇襲を迎え撃つ待機組としては、ある意味来てしまったものになし崩し的に対応を迫られます。そうした局面では、フィジカルの強さと抜群の回復力を誇るラヴィが適任かと」


淡々と分析を口にするダリウスの意見にほとんど皆は納得しかける。


「確かに、ラヴィ様は経験も豊富ですし、戦況を読む力もあり、判断力にも長けていますからね。少々負傷率が高いのが気になりますが……それを上回る驚異的な回復力がありますからね……」


手元資料を確認しながらいう幹部に、ダリウスはラヴィの方を見て相槌を打つ。


「部類の派手好きですからね……あまり無茶してはいけませんよ?」


一方のラヴィは、屈強な腕を組みながらふんと鼻を鳴らす。

そして、彼の腹式呼吸の良い声が会議室中にこだまする。


「あれが俺のやり方だからなぁ! よーし、この大陸は俺が責任をもって守ってやる! オーデでもなんでも、俺に任せておけ」


ラヴィのその力強さに、自動的に残る討伐組の1人には久遠が決まったかと思いきや、朧が口を開く。


「……いや、待機組は久遠がよかろう」


朧の唐突な推薦に場が静まり、次の瞬間そこにいた全員の視線が、一斉に久遠へと向かった。

頬杖をつき、どこか自分には関係ないというような虚ろな目で、遠くを見つめていた久遠は、その異様な空気に、名を呼ばれたことにようやく気づく。


話が殆どまとまりかけていたこともあり、完全に油断していた久遠はぼんやりとした顔で視線を移し、まるで人ごとのようにゆるく首を傾げた。


「……あ?」


気の抜けた声だった。会議室の空気とはまるで噛み合わない、のんびりとした反応。

産土やダリウス、他死神も突然の流れの変化に、それ相応の説明を求めるように朧へと視線を送った。


「待機組のもう一人は――久遠が適任だろう」


改めて放たれたその言葉に、久遠の眉がピクリと動く。


「……なんで?」


そのシンプルな問いかけは明らかに警戒の色をはらんでいる。

彼の後ろに立つ高嶺も、理由によっては反論するのも厭わないという、隙の無い目線を朧の方へ向けている。


「……あんた、ついさっきまで若造に大陸は任せられないって、言っていましたよねぇ……?」


死神最年少である久遠のその皮肉めいた言葉に、産土はふっと愉快そうに小さく笑う。

涼し気でありつつも鋭い久遠の視線は、遠くの席から朧を射抜いた。


「……そう警戒するでない。お前のことは評価しておる」

「……」

「しかしあれだけ広大な領地に巣くっているオーデならば、やはり専属守護一人を伴って任務にあたるより、複数人いた方がよかろう。単純じゃが、大陸外は大陸内と違って、ある程度数がものをいう世界。実績ではどちらに任せても遜色がないというダリウスの意見には賛成じゃ。だからこそそこに今の理由を加味して評価したときには、ラヴィの方が討伐組として適任じゃろう」


まるでその言葉の真意を探るように、親指でラブレットピアスを弄りながら、朧から目線を外さず、黙ってじっと見つめる久遠。

彼は深く思慮するとき、唇の下のラブレットピアスを弄る癖がある。


「俺ん時とはえらい違いじゃん」


産土が横から軽口を叩くと、朧は冷笑を浮かべる。


「お前は問題なかろう……最強なのだろう……?」


皮肉たっぷりの朧と産土の視線が離れた席から火花を散らしている。

すると不意に響いたラヴィの張りのある声が沈黙をかき消す。


「まあ確かに……俺が言うのもなんだが、じいさんの言うことは一理あるかもしれんなぁ。

久遠の執行速度は、産土とダリウスに次ぐ速さだ。執行速度は俺たち案内人にとって言わば生命線だ。数秒でも零コンマ数秒でも早いにこしたこたぁねぇ。どんなに優秀なFANGを何人引き連れようが、執行が遅けりゃ確実に致死率や負傷率はあがるからな。その意味で久遠を待機組として残しておくのは、戦力分配として適切かもしれん」

「……確かにな」


隣の白石もこれには納得したように思わず頷いた。

クロノス幹部の一人が手元資料に目を落としながら、重たい口を開く。


「……しかし、体力面ではご覧の通りですが……こちらは加味する必要はないでしょうか……?」


気まずそうに言葉を選ぶようにして彼が見ているのは久遠のスコアリングであり、彼の体力面の数値がどれも死神最下位であることが記されたものであった。

当の本人は気にもとめずにのんきに欠伸をしており、それを制すように高嶺が後ろから咳払いをする。


顎に手を当て考えるような素振りを見せながらダリウスは、


「確かに。そうですね……逆に、討伐に出たら長期戦になることも十分想定されますから、そこで消耗してしまうよりは、彼は待機組の方が良いかもしれませんね」


ダリウスの言葉に深く頷く朧。

久遠はまだラブレットピアスを弄りながら何かを思慮するように一点を見つめていたが、議論がひと段落したのを機に、幹部の一人が彼に声をかける。


「それでは久遠様、待機組ということで宜しいでしょうか?」


視線を向けられても、久遠はただゆるく瞬きをするだけだった。


「別に……なんでもいい」


その反応に幹部はやや表情を硬くしたが、待機組のもうひと枠は久遠に決定した。

彼は本当に興味が無いようなうつろな目で窓の外を見ており、その横顔を、産土はどこか腑に落ちない顔で見ていた。


こうして長い協議の末、戦力分配が決定した。

討伐組は、産土、ダリウス、白石、ラヴィの4名。待機組は朧と久遠の2名となった。


***


【全体会議前半戦終了後――クロノス本部廊下にて】


会議前半戦が終わり、休憩時間となった。

陸は疲れた足取りで廊下を歩いていた。約90分ほどの出来事だったにもかかわらず、慣れない空気と重たい話題に、陸は疲弊し切っていた。これがあと半分……先が思いやられる。


化粧室からもう一度会議室に戻る足取りは自然と重たくなる。


(俺、ここにいていいのか……)


会議中、久遠や産土、他の死神たちが当たり前のように話していた言葉が、まだ頭の中で渦巻いていた。自分だけが何も知らない、何もできない。そんな感覚に苛まれていた。


「なに。泣いてんの?」


突然、後ろから聞こえた声に陸は驚いて振り返る。

そこには、腕を組んで壁にもたれる産土の姿があった。


「えっ、あ……」


産土と陸は、2日前に、陸がFANG適性者だと報告した時に口論となって以来会話していなかった。

単純に会話するタイミングが無かったのもあるが、それ以上に、あの時勢いで出た自分の言葉が産土の禁忌に触れたのではないかと、陸はなんとなくその後、産土との接触を避けてしまっていた。


気まずさが一瞬で蘇り、陸は目をそらした。

会議中、産土と顔を合わせることすら避けていたのに、こんなタイミングで声をかけられるなんて。


「出かけるよ」


産土は飄々と言葉少なに言った。


「……え?」


思いもよらない誘いに思考が追いつかない。


「……でも、後半の会議は……?」


あんに口をついて出た言葉に産土はあきれたようにため息混じりに答える。


「もう聞いとくとこは全部聞いたし、ここでどろんする。それより俺らにはやっとかないとならないことがある」

「なんですか……?」


相変わらずピンときてない陸に産土は呆れ顔だ。


「いーから、来な」


産土は着いてこいと言う様にして首を動かすと、会議室と真逆の方に歩き出した。

産土のことだ、恐らく途中で会議を抜けることを誰にも許可などとっていないだろう、となんとなく陸は直感する。


(せめて誰かに伝えてから……)


陸は周りを見渡すが長い廊下には今は産土と2人きりだ。

陸は仕方なく意を決して、どんどん遠のいていってしまう産土の背中を追った。

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