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師匠──3

「その少女が、あたしってわけだ」

「…………」

「…………」

「………………」


 一通り。一通り、師匠の話を聞き終えて。五年前に起こってしまった出来事の話を、聞き終えて。

 俺達は──三者三様、ひとえに。

 言葉を失った。


「で、死体の見つからなかった三人について──城の書庫を漁ってる内に、異世界ってものがあることを知ったわけだ」


 ヤバすぎる。

 そんなもの──なんで、この人は。

 なんでこの人は、今、こうして普通に話せるんだ。

 なんでこんなに普通に、生きていられるんだ。

 師匠は自分の左手に装着してある指輪を見る。それは俺が師匠と初めて会った時から今に至るまで、ずっと師匠の指に付いていたもの。

 薬指。

 もしかして、その指輪は──婚約者からのものっていうのか。


「あたしの父がそん時は王だったけど、死んじまったから。三人とは違って、ちゃんと死体も確認されちまったから──だから今はソラの知ってる通り、トールが王になってるだろ?トールの野郎は仕事で来れなかったんだよ……だから、死なずに済んだ」

「…………」

「そんで、王が死んじまって、その親戚筋も大体死んじまって──なにより、王を継ぐはずだったあたしの弟が死んじまって。だから再度、王座の経験者であるトールに白羽の矢が立ったって訳だ。あのジジイが未だに王なのは、そういうこと」


 ちょっと待ってくれ、待ってくれ。

 情報量に、頭が追いつかない。

 話自体は、予想していたより短かったけれど、その内容が濃すぎて追いつけない。

 というより。

 心が、理解することを拒否している。

 こんな凄惨な事件が、あっていいのかと。

 心が言っているのが、分かる。


「……弟さんは」


 と。

 ユメルが、口を開く。俺より先に、当然マニより先に、ユメルが一番に心を立て直したようで──微かに唇が震えているような、そんな声色で、

 

「……弟さんは、死体の確認は取れていないんですよね。だったら、まだ死んだかは分かないんじゃ、ないですか?」


 と、確認するように師匠に向いた。

 それは──確かに。

 師匠の言いたいことを要約すると、死体の確認が取れていない三人は、折衷現象に巻き込まれたんじゃないかということ。

 だったら、死体の確認が取れていない三人は、特に王座を継ぐはずだった師匠の弟については、もっと丁重に扱うべきなんじゃないだろうか。


「いや、単純に考えてみろよ。大抵の人間は死んだあの嵐で──死体の確認が取れてないからって、それで死んでないって判断すんのは希望的観測が過ぎるだろ」

「…………」


 師匠は、言う。

 

「だから、あの事件で生き残ったのは僅かの兵と、あたし一人だよ。少なくとも、国の方ではそういうことで処理が付いている」

「……そうですか」

 

 下を向く。

 国の方では──か。

 その口調から、そうは言ってもやっぱり、師匠はまだ諦めていないんだろう──それはこの、折衷現象に関する話の全てに言えることだけれど、俺達は、折衷現象の解決を諦めているわけじゃないのだ。

 折衷現象で連れて行かれた人が、生きていることを信じて。

 あくまで俺達はその理念を持って、生きている。

 だから。

 

「……異世界のことについて、リゲル国中に、話を広める手は無かったんですか?」


 これは、この手は無かったんだろうか。

 そんな事件に巻き込まれても、師匠が王女であることは変わりがない。ならば、その立場を使って、異世界への攻略法を国の人間に探してもらうというのは──国の人間を総動員しての、人海戦術というのは、無かったんだろうか。

 

「それも、一度は考えたよ──でも、ねぇだろ」

「…………! どうして」

「あたしの立場になって考えてみろ」


 師匠の立場。

 一国の、王女。


「そんな立場の人間はな──言葉の全てに、重い制約があるんだよ」

「…………」

「ベロの先に重りがくくりつけられてる感じだよ、あたしは。全ての言動が国民の目線の格好の的になる──だから言葉には気をつけなきゃいけねぇ。そんなあたしが異世界なんて口走った日にゃ、国中の噂を一色に染めるだろうよ」


 それはお前も、そうだっただろう──と。師匠は過去に戻るように言う。それはつまり、師匠のような立場の人間が、言うべきではないだろうということ。

 確かに、異世界のことについて初めて聞いた時は、この人のことを疑った。そんなものがあるのか、と──そう、この人のことを疑った。

 それは、隣のユメルも同じだった。つまり、異世界なんて情報を知った時には、誰でもそう思うということ。誰でも──まず、疑うということ。

 それほど、現実味のない概念だということだ。


「王族の責任──あたしも例外じゃなかった訳だ。だから、これを共有するのは最低限にした。これを知ってるのは、あたしの祖父のトールと、お前らだけだ」

「…………」その機密保持のための行動はたしかに、前、師匠自身の口から聞いていた。異世界の秘密はエリザベスさんにも共有していないし、他の誰にも頼ることなく、こんな問題は、自分が解決するしかないと──そう師匠は前にも言っていた。「……あれは、そういう意味もあったと。そういうことですか……」

「で、異世界について対抗するために、こんな場所に拠点も作って──今に至る」


 それが、五年前。

 師匠の、折衷現象か。

 それに対応しての、環境の変化か。

 そんなことがあれば──確かに。

 ルークに会おうが、驚かないわけである。

 

「なにか質問は?」


 五年も経てば吹っ切れるのだろう──説明を始める前と後で変わらない表情のまま、こちらを見渡す。

 俺からしてみれば、そんな過去がありながら、今を普通に、健康に生きていけているのがとても不思議なんだけれど──それは俺も同じか。

 あいつがいなくなってから、少なくない時間が経っている。

 折衷現象に遭った直後は、もちろん、俺という人間は完膚なきまでに潰れたけれど──時間が過ぎれば。

 時間が過ぎれば、風化とは言わないまでも、溜飲はそこそこに下がるのだろう。

 忘れることなんてできないけれど、動き出すことは出来るということか。


「…………」


 質問。

 多分、折衷現象に関しては──気を遣う必要はないんだろうな。

 聞くべきこと、それに対応して自動的に、触れづらいことも多くある説明だった──けれど、師匠にとっては、俺達は折衷現象を一緒に解決する仲間のはずだ。

 俺やユメルの折衷現象も、マニのアンレスタ国の事情も、俺達はこの人を信頼して話したのだから、お互い様のはず。ユメルとマニの関係のように、そこが崩れることはない。

 だから、ここでも。師匠は師匠で──俺は俺で。

 やれることを、出来ることを、精一杯しよう。


「…………」


 聞くべきこと。まず聞くべきなのは──直接、折衷現象に関してか。

 師匠の場合、折衷現象に遭ったのは、俺達の中でも最多である、三人だ。

 母方の祖父。弟。婚約者。

 この三人。時期は、五年前。


「……なんだか、すごく時が空いてますよね」

「ん?」

「いえ、師匠の折衷現象から、俺とユメルの折衷現象まで。俺とユメルは最近ですけど」

「ああ、そういうことか」


 師匠に納得される。言葉の通り、まず疑問に思ったのはそこだった。五年、である。師匠から俺とユメルまで、不自然な期間が空いている。

 これは──なにか、因果があるか?


「……というか、五年前って」


 と。

 そこで、ユメルが横から入ってきた。

 何か、思い出したような顔。


「なに、ユメル? なにかあった?」

「いえ……五年っていう期間が、どこかで聞いたような気がしたんですが」

「……ふぅん?」


 五年。正しくは、五年前。

 なにか、あっただろうか。


「……あ!」


 そうだ、忘れていた。五年前という符号は、今まで確か、二カ所あった。

 一つ目は、回帰教の広まり始めた時期だ。マニを迎えに行くまでの隙間時間で、俺は師匠から、回帰教の情報をいくつか聞いた。その中に──確か、五年前という符号が出てきたはずだ。

 回帰教がリゲル国で広まり始めた時期として。

 つまり、師匠の折衷世界が起こった年に、回帰教が広まり始めたということになる。


「……回帰教」


 俺は呟いて、ちらりと、師匠の顔を見てみた。師匠はというと、既に気付いていたとでも言わんばかりに、涼しげな顔をしていた。一人、俺は、考える。

 まぁ、師匠の地位と頭があれば、回帰教がこの話に絡んできたことを知った昨日の時点で、なにかしらの因果を見出すことは造作もなかったのだろう。何かがそこにあるというのは、もう前提として考えていそうだった。

 いつの間にというか、先に教えてくれればと思ったけれど──このくらいなら言わずとも思考を揃えてくるだろうと、師匠はそう言っているのだ。

 師匠はどこまでも、師匠だった。


「回帰教……も、確かにそうですけれど」と、ユメルが悩むように俺を見る。さっきの俺の説明を覚えていたようで、とりあえずのように肯定された。一回しか説明してないはずだけれど、そこはユメル、よく覚えている。「でも、他に何か、あったのような……五年前」


 それは多分、二つ目だ。

 五年前──だから、ユメルが五歳の時。

 ユメルが五歳の時というのは、あれだろう。


「……魔女の本をエリザベスさんが受け取ったのも、それぐらいじゃなかった?」

「…………! そうでした」


 ユメルが目を見開くのが見えた。

 魔女の本。ユメルが昨日、一人でリゲル国に向かい、その先でエリザベスさんに会って──そこで、話に聞く限り、ユメルとエリザベスさんの壮絶な舌戦が繰り広げられたそうだったが──そこで出てきたものが、魔女の本だった。

 ほとんどが白紙という、魔女の本。

 その実態は、あまり、魔女に関するものでは無かったけれど、一応、五年前という符号が一致する。


「ユメル、あの本は今、どこにあるの?」

「……ええと、ですね」


 たっと、ユメルは座っていた木の幹から立ち上がり、師匠の家の中に入る。そこから数瞬後、扉を開けてこちらに歩いてきた。

 先程と違うのは。手に、青色の分厚い本を持っている。


「これです。昨日は力尽きちゃって、話すのを忘れていました」


 と、こちらにいる三人に向けて、ユメルはそれを見せた。


「お兄さんには言いましたよね──このページです」


 見ると、そこには確かに、昨日ユメルに言われた通りの単語が書かれていた。

 左に、『魔女』。

 右に、『伝心』。

 丸っこい感じで、まるで女の子が書いたみたいな字で。昨日言われた通り、そのページにはそう書かれていた。


「…………」

「…………」


 師匠とマニの、無言の視線がそれに突き刺さる。

 先に口を開いたのはマニの方だった。


「……え? これ、ぜったい、ユメルの《有能》のこと……だよね」


 と。マニの、確認するかのような語調。

 次に、師匠。


「……ちょっと貸してみろ」

「はい」

「……他は…………なにも書かれてねぇな。これだけか」


 師匠はそれを確認したかったようで、他のページを速読のように、ぺらぺらと見ていた。

 魔女の本。そこには書かれていたのは、『魔女』と『伝心』という、まさにユメルのことを書かれているかのような内容だった。

 これは──なんだ? 何を意味しているのだろうか。

 魔女のことに関する本ならば内容が薄すぎるし、《有能》に関する本としても、何も知らない人間がこれを見て、《有能》なんていう神業に辿り着くとは思えない──俺もあの四ツ目に会わなければ、おそらく一生、《有能》というモノを知ることはなかったはずだ。

 それにこれを持っていたエリザベスさん──に対してこの本を渡した女性というのも、謎のまま。


「……というか、確かこの文字って、浮かび上がったものだよね、ユメル」

「…………はい」

「浮かび上がった……か」


 アーロンが書庫に入ってくる直前、ユメルとの《伝心》で聞かされたもの。

 ひとりでに、文字が浮かび上がっていたと。確か、そういうことだった。


「……試しに炙ってみるか? そうすりゃ更に、文字が出てくる、かもしれん」

「…………」


 それは……どうだろうか。

 なんとなく、やめておいた方がいい気がするが。

 何も手がなくなった時の最終手段としてはいいかもしれないけれど、本が焼失する危険があるのだ。こんな、なにがあるか分からない代物に手を出すのは──それに、燃えるかもしれない危険を冒す行為は、後の方がいいのでは。

 

「ふーん……ま、そうか」


 と、師匠にしては素直に引く。魔女の本──師匠も純粋に扱いかねているような、そんな調子だった。

 何度も振り返るけれど、なんだ、これ。

 五年前。そこが被っているのは、多分、偶然ではないのだろう。だから、今、俺達の前にある五年前という符号は──師匠の折衷世界の年でもあり、回帰教の広がり始めでもあり、魔女の本がエリザベスさんの手元に渡った年でもあるわけだ。

 いや、なんだこれ。どう見ても、何者かの意思が絡んでいるようにしか見えない。


「…………」


 何者か、ね。

 今のところ、そこに該当しそうなのは──四ツ目くらいだろうか。アーロンはこいつの指示で動いているから、アーロンの行動は全て四ツ目の意思に等しいとして──ならば。

 四ツ目の目的が、この先に隠れているということになる。

 なんなのだ。何がしたいのだ、あの神は。


「……ま。やっぱ、情報が少なすぎるんだよな。どう考えても、袋小路にも行きつかないくらいの思考材料の少なさだぜ、今の状況は」と、師匠が頭をかきながら、嘆息するように言った。実際、今の状況を表す言葉としてこれ以上ないくらいの表現だった。情報がなさすぎる、だ。「だから、これ以上考えても仕方ねぇだろ。次、行こうぜ」 

「あ。では。リュークさんに聞きたいことがありました」

「お。なに?」


 と。

 どうやら、俺が出来る質問の時間はとうに過ぎ去ったようで──いや、そんな時間制限なんて元々ないだろうけれど、俺に続き、今度はユメルが質問した。

 

「あの、エリザベスさんって……どうなりましたか?」


 少し上目遣いで言う。

 そうだ、それも聞いておかなければいけなかったか。

 ユメルの話だと、エリザベスさんと一緒にいた時に、蛮族に襲われたとのことだったけれど。

 その蛮族に対して《伝心》を使った後、ユメルは、二人のその後を確認していないらしかった。国中の人間に《伝心》を使った結果、二人とも気絶してしまったのはあの時聞いたけれど──その後どうなったかは、ユメルも知らない。

 つまり、エリザベスさんと蛮族の男はそのまま、同じ場所で気絶していたということ。 

 つまるところ。


「あの、大丈夫でしたか、エリザベスさん……」


 ということらしかった。

 まぁ《伝心》以外で、蛮族をどうにかする方法なんてユメルにはなかっただろうから──それが最善だったのだろうけれど。それでもユメルは、あの場に二人を置いてきてしまったことが、気になっていたようだった。

 ちなみに、魔女の本をエリザベスさんの家から回収するのは忘れてない辺り、ユメルの賢さが垣間見える。


「ああ、エリザベスは別に、なんでもなさそうにしてたぞ」と、それに対しては、師匠は軽く答えた。何も大事は起こっていないのが言外からでも伝わってくる語調だった。「多分、先にエリザベスの方が目を覚ましたんだろうよ。聞く感じ、時間にして……三時間くらい気絶してたっぽいか。午前四時くらいまで」

「……そうですか。まぁ、無事なら……よかったです」

「蛮族の一人もその場に倒れてたんだろうが、目覚めたのはエリザベスの方が先だとすると、それからなら国の兵でも呼べばいいだろうし。エリザベスならどうとでもしただろうな。実際、エリザベスには何も起こってない。安心しろよ」

「……国の兵、ですか──そうですね」


 と。そこで、ユメルは。

 少し、苦いような顔をした。


「……ユメル?」

「いえ。大丈夫です」即答で、会話を切られる。俺の声は届いたうえで、だからこそその先の言及を避けたような言葉尻だった。「それで、あと、私から聞きたいのは……アンレスタ国の地図について、ですかね。私、あれ、紛失しちゃったんですけれど……大丈夫ですか?」

「あん? ああ、エリザベスに拾われた時には、もうなくなってたんだっけか」答える師匠。ユメルに読心は効かないから、師匠にも、ユメルの表情の理由は伝わっていない。「ま、大方、お前を殴った、その目の気持ち悪い男……アーロンが奪ったんだろ。タイミング的にも、そこしかないし……あいつの手に渡ったと考えるのが必然だろうな」

「……そうですね」と、ユメル。「でも、それ、やっぱり、大丈夫ですか?」

「まぁ、いいさ。アンレスタ国、並びにアンレスタ城の地形が知りたきゃ、また暴力で聞けばいい。大したヘマでもねぇよ。それにアンレスタ国との繋がりは、マニがもういることだしな」と、師匠。「ん。ああ……敵側にアンレスタ国の情報が漏れたことを心配してんのか? それは、確かに一大事かもしれん……が、回帰教の当主をやってるような人間だぜ? そんな奴がリゲル国内だけに活動を収めてるかと言われると、怪しくねぇ? どうせ、既にアーロンはアンレスタ国のこと知ってただろ。魔女のことも知ってたんだし」 

「……だから、あの地図が敵に渡っても、大丈夫と? 本当ですか、それ……」

「ま、大丈夫さ。何かしてくりゃ、対応するだけだ」


 と。師匠は、ユメルの質問に答えを切った。俺はというと、その間、会話を聞きながら、ユメルの苦い表情の意味を考えていた。

 なんだろう。

 国の兵に対しての個人的な感情を、ユメルは何か持っているんだろうか。そんな機会、今まであったとは思えないけれど──だとしたら、多分、俺の知らないところで何かあったのだろう。おそらく、俺が気絶していた時間の、ユメルが一人行動をしていた辺りだ。そこで、何かがあったような気がした。

 でも、ユメルが言いたくないのならば──俺は、聞かないほうがいいだろう。そんな気もした。

 もちろんここであえて聞かなかったのは、信頼がないからではなく、信頼するからこそである。一緒に死線を潜った信頼があっだからこそ、俺はここで、聞かない選択を選んだのだ。これは多分、戦友にしか分からない感覚だった。

 まぁ、もし折衷現象解決に関わるような大事な情報ならばユメルの方から話してくれるだろうし、そういう意味でも、これに関しては、ユメルが話したくなったらで良さそうだった。


「……まぁ、ともかく。事後、動かなければならないことは、ないんですね」話をまとめるように、俺は師匠を向く。大事といえば、それも大事な情報である。「なら、これから、どうしましょう」

「それについては、エリザベスに、地味ーに、回帰教についての情報を集めておくよう、頼んでおいた」俺の質問に先手を打った行動について、師匠が答えてくれる。これからどうするかについて、師匠は、俺が考えるより先に、布石を張っていたようだった。「流石にまだ、《有能》だとか四ツ目のことは共有してねぇが……でも、回帰教の情報を出来るだけ集めておくよう、頼んどいた。だから、あたし達の行動は当面、その情報待ちかな」

「……いつの間にそんなことを」


 この人、マニ救出のどさくさに紛れて、エリザベスさんにそんなことを頼んでいたらしかった。昨日の深夜、日没より日の出が近い時間帯にだ──そんな時間にあんな戦闘があったというのに、この人、エリザベスさんが目覚めてから会っていたらしかった。

 で、仕入れてすぐの『回帰教』というキーワードを、エリザベスさんに共有してきたらしい。脱帽の早さだった。

 エリザベスさんへの伝達、早すぎだろう。

 

「いや、折衷現象解決に繋がる情報なんだぞ。早けりゃ早いほどいいだろうが。エリザベスも、回帰教の存在は知ってても、アーロンの姿は見たことないらしいし……それはつまり、あちらさんも警戒して動いているって意味にもなることだから──調査を進めるなら早い方がいいだろ」

「それはそうですけど……」いくらなんでも、《死隊》を壊したその足で行くかね。「……まぁ、それが師匠なんでしょうね。もう、そう思うことにします」

「おう。早く慣れろよ」

「…………」

 

 不遜な物言いだった。

 いつものことといえばいつものことではある。

 

「あ、そうだソラ。お前にも伝えとこう」と、そこで、師匠は俺を見た。「そういや、あいつについて、言ってなかっただろう」

「?」


 おっと。話の矛先が俺に向くとは思ってなかった。

 なんだろうか。

 

「なんでしょう」

「……あのよぉ。あれ、赤髪の奴。そいつ、牢にはいなかったぜ」

「…………」


 それは。

 それは──マジか。

 リゲルの牢で俺と話した、デュラン。

 その姿を確認しに行った師匠は、その姿を捕捉しなかったようだった。


「これも多分、あたしが牢に行く前に目覚めたんだろ」

「…………」


 マニを迎えに行く前に、師匠と話したように。

 もしかしたら、そこで、師匠とデュランの殺し合いが発生するかとも思ったんだけれど──そうか、会わなかったか。

 それがいいことなのか悪いことなのか、俺には分からなかった。

 けれど。

 それでも、あいつがまだ生きている以上は、また。

 会う時があるだろう。


「……で、マニは? なんか聞いときたいことねぇか」


 ユメルの番も終わり。

 次は、マニの番ということだろう──今度はマニに、質問の番が回る。

 マニは。


「……うーん」


 と、折衷現象の説明を受けた時と同じような、難しい顔をしていた。

 まぁマニにとっては、魔女の本どころか、折衷現象のことも今知ったばかりだから、俺達の会話を成り立たせている前提の知識を知ったばかりな分、会話に入って来にくいのは仕方ない。

 

「……ないか?質問。ないなら、他の事を考えるが」

「…………うーん」

「…………」


 また、唸る。

 と。


「……ん? んんん、んん」


 マニがそこで、なにかに気付いたようだった。


「……なに? なにか気付いたの、マニ」


 ユメルが、隣の親友に聞く。

 とうのマニはユメルの横で、頭の中に思考を駆け巡らせているようで──しきりに、唸っていた。

 で。


「……あの。《有能》のこと、なんだけど」

「なんだ、なにかあったか? アンレスタ国の方でも」

「うん」

「!」

 

 その質問に、肯定するということは。

 

「……アンレスタ国でなんかあったか、思い出したか」


 ということだ。

 それは──俺達にとっては、喉から手が出るほど欲しい情報だ。

 アンレスタ国の、王女。

 その立場から、もたらされる情報。

 

「あのね」

「……うん」

「あのね」


 で。

 言う。


「アンレスタ城の近くで、なにか不思議なことをする奇術師が──確か、話題になっていたような気がするの」

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