幸福な昔話
昔々あるところに。
といっても、勿論、五年前のリゲル国に。
一人の、なんの変哲もない美少女がいました。
その美少女は一国の王女であり、祖父に、国王を持ちました。
その国王の子供は、自らの父から王座を継承してから、後に結婚し、そこに出来た子供が、この美少女というわけです。
さて。
この美少女には、婚約者がおりました。
一国の王女らしく、そこには政治的な側面も多分にあったのでしょうが──それでも、その少女は結婚に対して、前向きでした。
いい結婚ができるだろうと。
少なくとも、良くも悪くも、身分相応の幸せは手に入れられるだろうと。
それに、ひとえに。
少女は、自分の身分に対する絶大な信頼がありました。
それも無理からぬことでしょう──小さい頃から人の上に立ち、小さい頃から他人を従えてきた人生を歩いてきた少女にとっては、リゲル国の王族、その身分に対して、信頼の認識をしてしまうのも、仕方のないことでございました。
実際、リゲル国の中では、その認識は間違っているとは言えず、人々は皆、その威光の前に平伏しました。
それを見て、少女は。
あたかも、自分が神になったかのような。
そんな気分に──なったことでしょう。
だから。
政略的な結婚だろうと、自らの意思が介在しない結婚だろうと、その先には間違いなく──幸せが待っているだろうと。
少女はそう思っていました。
少女には六つ下の弟がおりましたから、王位はそちらに継承されるでしょうけれど、それも、少女は折り込み済みでございました。
まさしく、王族の女として。
少女は、生きていました。
生きようと、していました。
父方の祖父は、王座に在位していた経験のある身分でしたから、少女とはあまり、話す機会も少なかったですけれど──母方の祖父が、少女によくしてくれていました。
だから、少女は平気でした。
そんな、恵まれた環境にいたので、少女は平気でした。
で。
それから。
その婚約者と、その親戚筋──それらとの顔合わせも、つつがなく進み。
順風満帆、全てが予定していた通りの日程で、挙式の準備すらも、終わりに差し掛かった頃。
国中の祝福ムードが、最高級のものになる頃。
婚約者が言いました。
「少し、ピクニックにでも行かないか?」
それは、挙式前の、夫婦になる前の最後の思い出作りとしての提案でした。
少女は二つ返事で了承を返しました。というのも、この婚約者に対して、少女はかなり好印象だったのです。
親の策略での結婚とはいえ、王族である少女と結婚できるのです、その婚約者も確かな家柄でして、流石は高貴な血筋同士──なにか、通じ合うものがあったように見えます。
お互いがお互いを求め合うような、二人はそんな、理想的な関係を深めていきました。おそらく、この婚約者の方も、同じような気分だったことでしょう。
この日の、この時間。
そのように、予定を二人で決めまして──親同士にも話を通し。
少女は、その誘いに乗るのでした。
それから、当日のこと。
リゲル国の王である少女の父と、それの妻。
少女によくしてくれていた、母方の祖父祖母の二人。
それに、少女の弟。
また、婚約者の両親も加わって。
総勢九名で、大地が実る、豊かな丘に行きました。
一応、婚前前の大事な体です、親の目の届く範囲で、親が連れてきた兵の力が届く範囲で──二人は愛を誓いました。それはまた、挙式でも同じことをすることは、二人も分かっていたでしょうけれど、それでも、二人は待ちきれませんでした。
少女は、今までの人生を振り返ってみても、最高に位置するような幸福を感じていました。
これが、自分の人生だと。
王族である自分の、正解だと。
そう、思っていました。
そう、思っていました。
ただ。
ただ──ソレは、誰も予測できなかったのです。
今でこそ、ソレを予測することはある程度可能となっていますけれど、当時は技術が確立されておらず、今より不安定なものでした。
というより。
そうではないのです。
こう言うのは正しくないのです。
では、どう言うべきかというと。
それは。
この事件があったからこそ。
この事件が起きてしまったからこそ──その技術は目覚ましい進歩を遂げたと。
人々の、後悔の念、憤怒の念が爆発し。
その技術が確立されたと。
正しくは、そう言うべきなのです。
「────!」
当時。
そこで、なにが起こったか。
ソレが起こったのは、昼を過ぎた頃でした。
「──────!」
嵐。
ソレとは、嵐でございます。
天を動く雲という雲が、まるで、夜を自ら作り出そうと真っ黒になり。
そこから、叩きつけるかのような、鉄砲のような水の塊が、頭目がけて降って。
そこらの地盤など嘲笑うかのように、人の立てる大地を抉る嵐が、そこで起こったのでした。
今でこそ、天候の予測は出来ますが──それは、当時の人々にとっては、予測不可能なものでした。
なんででしょうか。
なんででしょうか。
なぜ、二人の幸せな門出を阻むような、そんな時分に、そんなものが起こってしまったのでしょうか。
分かりません。
分かりません。
それに、それを一番言いたいのは、二人でしょう。
少女とその婚約者が、一番にそれを言いたいでしょう。
それから。
それから、どうなったか。
どう、なってしまったか。
まず。
兵は、その五分の四が全滅いたしました。
主な死因は、近くの山から流れてきた土砂によるもので、それによる窒息、土砂による圧死、流木による致死でした。
それから。
それから。
それから。
兵以外の人間は、どうなったでしょうか。
兵以外の人間──つまり、少女達は。
どうなったでしょうか。
簡単なことです。
結論。
少女以外の人間は、皆、死にました。
国王である、少女の父。
その、妻。
少女にとっては、母方にあたる、祖父祖母。
少女の弟。
婚約者。
その、父母。
少女を除く八人。
皆、死亡しました。
日々、体を鍛えている王族従きの兵ですら、多くが死にましたから──これも、致し方ないことでした。
少女は一人、生き残りました。
少女は生き残ってしまいました。
これならば、一緒に死んだ方が何倍もマシだったかというような状況で──一人、生き残ってしまいました。
ただ。
ただ、不思議なことに。
とても、すごく、不思議なことに。
これは未だに、国民の間で議論されることです。
不思議なことに。
三人。
母方の祖父。
弟。
婚約者。
この三人は、不思議なことに。
不思議なことに──この三人は。
この三人は──
未だに、遺体が見つかっておりません。