それは価値観の違い
「何でっ?!どうしてっ?!あたしはヒロインなのに!!シナリオ通りに話が進まないのよ!!」
ある屋敷の一室で、少女は頭を抱えて叫ぶ。その声に応えるものは誰もいなかった。
少し前のこと。
15歳になるある日、家に1人の男性が尋ねてきた。名前はマニフィコ男爵。男爵を見た瞬間、頭の中に沢山の情報が浮かんで、ここが乙女ゲームの『白百合を君に』の世界だと思い出した。そしてあたしがヒロインであることも。
頭の中に浮かんだ情報が正しいか確認するため、母と男爵の関係を尋ねると母は昔、男爵家のメイドとして働いており男爵と想い合っていたそうだ。しかし、あたしを妊娠したから男爵家の迷惑になると母は考えメイドを辞め、男爵家を離れたそうだ。その後、男爵は別の女性と結婚したが母のことを忘れられず、随分と探したと言っていた。正妻は長男の出産の後、体調が優れず先頃病で亡くなったそうだ。幼い長男を育てるためにも母を後妻に迎えに来たのだと言う。あたしの事も養女として引き取ると言ってきた。あたし達は男爵の申し出を受けお世話になることにした。弟と仲良く出来るかしら。
乙女ゲームの物語は16歳の春、王立学園入学式から始まる。初めての学園で講堂へ向かう道に迷って途方に暮れている所に見回りをしていた、この国のアルベルト王太子殿下と出会うことになり助けてもらう。それから学内で何度か姿を見かけるうちにアルベルト殿下はヒロインの天真爛漫な様子に、ヒロインは殿下の優しさにお互いに惹かれ合っていく。それを快く思わなかったのが殿下の婚約者、隣国の王女イリーナ・ドロワ。彼女によって学内の女子からヒロインは無視されたり、水を掛けられたり、教科書を破かれ捨てられるなどいじめられる。初めは耐えていたけど、元気のなくなったアンジェを心配した殿下が問い詰めていじめを知り、どうにかするために奮闘し、その中で二人の恋が燃え上がるという内容となっている。終業式のパーティーでイリーナの悪事を断罪し、婚約破棄することでイリーナを修道院へ送り、アンジュは殿下と結婚し幸せになって物語は終わる。
あたしは前世で推しだった王太子エンドを目指そうと決意する。そして婚約者の完璧主義に心疲れた王子を癒やすのはあたしだとこれからの事に思いを馳せる。
結論から言うと攻略は上々だと思う。入学式に無事に王太子殿下と出会い、講堂まで案内してくれた。その後、学内で顔を合わせれば挨拶を交わし、一ヶ月もすると昼休みになれば中庭で雑談を交わすまでになった。好感度ゲージはみれないけど、表情を見る限り好印象を抱いてると判断できる。ただ、周りにいる王太子殿下の側近たちは無表情であまりいい表情は見られない。側近たちの好感度も上げられたら良いなと思って話しかけるけど、一言二言だけ。殿下と仲が良いから遠慮してるのかしら。
二ヶ月もすると周りから遠巻きにされているように感じてきた。これは殿下の婚約者が裏で手を回しているに違いない。それに同じ爵位の別クラスの男爵令嬢が高位貴族のサロンに招待されたって聞いたけど、あたしは招待されてない。これもあたしを高位貴族のサロンに参加させるなと言ったに違いない。負けないんだから。
ある日の昼休み、明るく話しかけた後にちょっとしょんぼりしてみると殿下はすぐに変化に気付いてくれた。
「最近、みんなから無視をされているように感じるんです」
しおらしく元気がないふうに不安を伝えてみる。か弱い女の子に見えるんじゃないかな。
「それに誰にもお茶会に誘ってもらえないんです。もしかしたら、殿下の婚約者様が私を除け者にしているのではないかと…」
「イリーナが?彼女はそんな事しないだろう。気の所為ではないか?」
「でも」
「お茶会に関しては同位の令嬢に声を掛けてみれば良い。相談に乗ってくれるだろう」
そう言って、殿下は立ち去ってしまった。どうして、あたしの味方になってくれないんだろう。悪役令嬢が表立っていじめないからね。こうなったら…
「何で私をいじめないのよ?!シナリオ通りに進まないじゃない」
図書室へ向かう回廊の途中に悪役令嬢、隣国の王女イリーナがいたのであたしは文句を言った。しかし悪役令嬢は隣にいる女に耳打ちして何も喋らない。
「貴女はどなたですか?王女殿下に対し、不敬ですよ」
「あたしはマニフィコ男爵家のアンジュ。そんなことより、アンタがあたしをいじめないからシナリオが進まないのよ。しっかりやりなさいよね!」
文句を言うも悪役令嬢のイリーナは口を開くこと無くあたしを見つめ返すだけ。
「シナリオとは?」
イリーナの隣りにいた侍女が返答する。
「ここは『白百合を君へ』の世界で、あたしはヒロイン。アンタは悪役令嬢。アンタが妨害しないと王子との恋が進展しないでしょ!しっかりやりなさいよ」
言ってやったと満足して走り去る。
「淑女が走るなんてはしたないわね」
「私達が走るとすれば、暴漢に襲われた時や火事の時ですわね。そのような事は万に一つもないと思いますけど」
「ところでヒロインや悪役令嬢とはどういう意味かしら?ご自分を物語の主人公と思っているのかしらね」
「物語といえば今劇場で人気の演目のことでしょうか?」
「でも今流行ってるのは、敵国同士の王女と将軍の悲恋の話でしてよ」
「では流行りの演目ではありませんね」
「しかし、王太子殿下はあの方をどうするつもりなのかしらね」
「よく側に侍らしているそうですが…」
「まぁ、放っておきなさい。私たちの結婚は揺るがなくてよ」
そう言ってイリーナ王女は何事もなかったように侍女を連れその場を後にした。
悪役令嬢に文句を言った後も周囲から遠巻きにされているけど特にいじめはおきず、平穏な日々が過ぎている。あれだけ言ったのに何もしないなんてと思うが、昼休みには殿下とおしゃべりして、時折愛らしいって言ってもらえるようになった。これは好感度が上がっている証拠だと気分も上がる。
そんな生活が続いていたある日の放課後、中庭に殿下と悪役令嬢イリーナが一緒にいるのをみつけた。何やら楽しそうに語らっているのを見て憤りを感じたので、急いで中庭へ向かう。
「殿下!!何故その人と一緒にいるのですか!?」
「何故も何も、婚約者と一緒にいるのは不自然なことではあるまい?」
王太子殿下は本当に不思議そうに首を傾げている。悪役令嬢は静かに私達のやり取りを眺めて口出しする気はないようだ。
「それでも完璧主義の婚約者とは息が詰まるんですよね?何で楽しそうなんですか!?」
「私は息が詰まるなんて言ったことはないよ」
「だって、ゲームでは…」
「ゲーム?」
「そんなことより、私を愛しているんじゃないの!?」
「愛らしいとは思っているよ」
「なら、結婚してくれるんじゃ!?」
「どうしてだい?」
あたしは言葉を失う。
「君はこの国に何の利益を齎してくれるの?」
「利益って…」
「私の婚約者は隣国の一部と魔鉱石の鉱山の1つを持参金として嫁いでくる。また多くの香辛料の輸出にかかる関税を減らす契約をしている。この国に大きな利益を齎してくれるよ」
あたしは顔を俯けて考える。あたしにあって、あの女にないものを。
「…愛があるわ。愛で貴女を癒やして差し上げるわ」
殿下は苦笑して息をつくと
「愛だけでは国は豊かにならない」
残念な者を見る表情で言われてしまった。
「結婚とは国を、家を豊かにする契約だ。君は学園で何を学んでいるんだい?」
「えっ…と…」
「私と君が関係付くなら君は妾だよ」
「妾って、愛人じゃない。そんなの嫌!!正妃にして」
「失礼ですが、口を挟ませていただきます。マニフィコ男爵令嬢、貴女は授業を真面目に受けていないと教員から聞いています。それでは淑女として認められませんよ」
イリーナが口を挟む。攻略のことで頭が一杯で授業をおざなりで受けてたことがバレてしまう。
「マナーや教養が出来てない、淑女としても未熟で家政を任せられない者を正妻や正妃にはできないよ。それに君には元々資格がない」
「資格って…?」
「王族との結婚は伯爵家以上の女性と、この国では決まっている。男爵家のそれも庶子の君には初めから私と結婚する資格がないんだよ」
「そんな…」
乙女ゲーム通りにやれば結婚できると思ってたのに、資格がないって切り捨てられるなんてショックだった。
「それと、国同士の婚約を壊そうとするなんて反逆罪を疑われてもおかしくないよ。以後、気を付けなさい。今日の問答は不問にするから」
「…ありがとうございます」
「ただ、マニフィコ男爵へ事の次第は伝えるから男爵の沙汰に従いなさい」
「はい」
始めの勢いは消え、意気消沈した様子で王太子の言葉を受け取る。
「これで我々は失礼するよ。いままで市井の話が聞けて見聞が広がったよ。ありがとう」
そういうと、王太子殿下とイリーナ殿下は立ち去っていった。あたしは暫くショックで立ち直れなかった。
「アルベルト様」
「なんだい?」
「先程、マニフィコ男爵令嬢が言っていた愛ですが、私もアルベルト様に感じていますよ。燃えるような愛ではないですが、穏やかな親愛の情を」
アルベルト殿下は一瞬驚いた表情を見せるも嬉しそうに笑う。
「奇遇だね。私も同じ気持ちだよ」
お互いの気持を確かめ合って王城へ向かっていく。離れたところで事の次第を見届けていた側近や侍女はほっと胸を撫で下ろしたそうだ。
その後、マニフィコ男爵の所に、王太子から庶子の娘が王太子の婚約者に成り代わりたいと詰め寄られたとの連絡が入り、男爵は卒倒したとか。
何かこれ以上問題を起こさせないために、男爵家と関わりのある裕福な商家に嫁がせることを決めた。
ヒロイン、アンジュは卒業を待つこと無く輿入れすることとなった。
輿入れ先の屋敷の一室で、シナリオ通りに進まないことを嘆くこととなったのです。
文章書くの難しいです。話が纏まらない。
21世紀を生きた娘と近世を生きてる人々では価値観(結婚観、恋愛観)が違うよねと思いながら書きました。
楽しんで頂けたら幸いです。