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3話 儚げな男

「いらっしゃい!安くしとくよ!」

「お、それに目をつけるたぁお目が高い!」


などと言う声がそこら中から聞こえてくる。

 ジンが過ごしてきたシヴァルヴィは、いわゆる田舎というもので、こういった活気づいた風景はなかなか見慣れないものだった。

 多くの売店がぎっしりと詰まり、客も十分やって来ている。センドレの住民にとっては当たり前のことが、彼にとっては全てが新鮮に感じられた。

(こんなにも賑やかな街は初めてだ…)


「ひったくりです‼︎誰かそいつを捕まえてください!」


 目を輝かせて辺りをきょろきょろと見ながら歩いていると、遠くの方から若い男の大声が耳に入ってきた。

 ジンが声のする方を向いてみると、フードを深く被った者が自分の方へと走って来ていることに気がついた。

 その者は、ひったくったのであろう荷物を胸に抱え込んでおり、時折り後ろを確認しながらとにかく前へ前へと全力で進んでいた。

 誰一人として足止めしようとする者はおらず、ため息をついたジンは、荷物を置いて道の真ん中に立った。


「…さぁ、来い」

「邪魔だ!どけっ!」


 そう言って、自分の行く手を阻むジンをひったくり犯は突き飛ばすが、ジンはその際に伸ばした足を引っ掛けてやり、相手を派手に転ばせた。

 その勢いで犯人の被っていたフードがめくれてしまい、男は顔を表に晒してしまった。

 しかし、そんなことは今の彼にはどうでもよく、自分に足を引っ掛けたジンへの怒りの方が大きくなっていた。


「てめぇ…っ、邪魔してくれてんじゃねぇぞ!」

「他人のものを奪うのは関心しないな。しばらく大人しくしていてくれ」


 突然飛びかかってきた男の拳をヒラリと躱す。そしてジンは相手のうなじに力強く鋭い手刀を入れ、いとも容易く気絶させてしまった。

 そうしていると、息を切らせながら一人の男が彼らの方へ駆けつけて来た。

 男は高身長の細身で、雪のように白い肌と肩まで伸ばした金髪がどこか儚さを感じさせるような、そんな風貌をしていた。


「あ、ありがとう。それは僕のものなのだけれども、取り返してくれたんだね」

「いえ、偶然近くに居ただけですよ」


 ジンは本音を語るが、男は何やら満足していないというような様子だ。


「うーん、良ければお礼がしたいんだけれども、そうだねぇ……何か欲しいものはあるかい?」

「気にしないでください。そこまでしていただくほどのことではないですよ」


 男は、ジンのその返答に悲しげな表情を浮かべながら『参ったなぁ…』と頭を掻く。

 何かお礼できるものはないかと考えていると、ジンが腰に掛けている黒い剣が目に入った。


「——おや?その剣、きみはもしかして兵士なのかい?」

「いえ、ここの学園に入学したばかりで、今からそこに向かう予定です」


 この王都センドレにある学園というのは、アラン学園ただひとつのみ。貴族や平民などの立場は関係無く、実力のある者のみが入学できるという場所だ。

 しかし、実際は在校生のほとんどが貴族である。体術や剣技は、生まれに関係無く技術を磨くことができるが、魔法の適正にはどうしても血筋が関係してしまう。

 つまり、少なからず例外はあるものの、魔法階級の高い者のみを囲って繁栄してきた貴族の子たちがエリートとして入学していくのだ。

 男はジンの答えを聞き、顎に手を当てた。


「そうか、きみがそうなのか…。よし、自分から言っておいて申し訳ないんだけれども、今回のお礼はまた今度でも大丈夫かな?」

「ええ、いつでも構いませんよ」


 もとより謝礼目当てで手助けをしたわけではなかったため、ジンは軽く返事をした。


「ありがとう。ちなみに、きみの名前を教えてもらってもいいかな?」

「ジン・エストレアです」

「ジンくんか、良い名前だ。覚えておくよ。僕の名前は……次に会いに行ったときに教えるとしようかな。それじゃあ、きみも忙しいだろうしまた今度ね」

「はい、それではまた」


 ジンは軽く会釈をして自分の目的地へと向かう。そんな彼の後ろ姿を見送るかのように、男はじっとその場で立ち尽くしていた。


「——ジンくん、このお礼は必ず返させてもらうよ。できれば、そんな日が来ないことを願うのだけれども……そうはいかないだろうしね。どうか、幸運を祈るよ」


 そう呟く彼の目は、少しずつ離れていくジンの後ろ姿ではなく、それよりもどこかはるか遠くを眺めているようだった——。

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