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32話 ジンVSアキラ

「だ〜れだっ!」


 その声が耳に入ると同時に、突然視界が真っ暗になる。唯一の救いは、指の隙間から差し込む光だけとなった。

(朝っぱらからなんだ、こいつは…)

 アキラが動じることは一切なく、ただただため息をつくだけだった。

 

「はぁ…。あのなぁ、俺たちももう十八なんだぞ。そんなことして楽しめる年齢じゃねぇだろ、サラ」


 その答えを聞いたサラは、大人しく彼の顔から手を退かすが、どこかつまらなそうにしている。そんな彼の対応に不満があったようで、彼女は口を尖らせた。


「ちぇー、別にいいじゃん、ちょっとくらいは。つまんないのー。……っと、そんなことより私たちはバディ戦どうする?」

「俺は少し出てみたい気持ちはあるが…サラはどうしたいんだ?」

「私も興味はあるかな、楽しそうだし。…よし、それなら決まりだね」

「ああ、今から楽しみだな!」


 リリーの代理であるマリスが居なくなったため、その日の授業は無くなっていた。

 二人は当てもなく校内を歩く。ほんの暇つぶしにもならないような行為ではあるが、そんな中でも笑顔が絶えることはなかった。

 そうしていると、医療室から出て来るジンの姿を見つけた。


「おお、ジンじゃねぇか。どうしたんだ?」

「右腕のことでな…。ただ、誰も居なかったんだ」

「おかしいな…、この時間はいつもハルトが居るはずなんだが…。見かけたら伝えといてやるよ」

「ありがとう。……それで、アキラたちはどうしてここに?」

「んや、なんもねぇよ。授業も無いし、することが無くてな」

「…それなら、俺と手合わせしてくれないか?左手で剣を振る練習がしたいんだ」

「へ…っ⁉︎ダメ!ダメだよ、ジンくん!そんな身体で無理したら、絶対クリスちゃんが心配するよ⁉︎」


 サラは何度も頭を左右に振りながら忠告する。しかし、ジンはそれを受け入れようとはしない。

 アキラのほうも、躊躇いながらも答えを出した。


「——あぁ、良いぜ。俺もお前と一度闘ってみたかったからな。…ただし、使うのは木刀だ。良いか?」

「もちろんだ。悪いな、我儘を聞いてもらって。こんな身体だが、手加減は無しで頼むぞ」

「当たり前だろ。全力でやらねぇと、お前には勝てねぇよ」


 訓練場へと向かう彼らの背を見て、サラは『はわわわわ…どうしよう…。クリスちゃん助けて〜‼︎』と、二人とは反対の方向へと走り出した。

 ジンは幼い頃から魔窟に潜り、魔獣と闘ってきたが、片腕が使えないということは初めてであった。それ故に、未知の領域。

 利き腕が使えない自分の力がどれほどのものなのか、小さな不安が彼の心の中で生まれる。

 訓練場へと一歩ずつ近づく度に、胸の鼓動が強くなるのを感じる。

 そんなジンの心中を察したのか、アキラは彼の肩にポン、と手を乗せた。


「…いくらでも練習相手になってやるからよ、軽くいこうや」

「ああ、そうだな。それなら毎日、朝から晩まで付き合ってもらおうかな」

「いやぁ、それはちょっとなぁ…」

「いくらでもって言ったのは、そっちだぞ?」

「それは言葉のあやってやつじゃねぇかよぉ…」

(…もしダメなら鍛え直せば良い。バディ戦まで、まだ時間はある…)


 そう考えるジンの頭には、とある少女の姿が浮かんでいた。

 こうして訓練場へ着いた二人だが、その場所の人気(ひとけ)の無さには驚きを隠せなかった。

 授業の無い生徒たちが、バディ戦に向けて何か特訓でもしているのではないかと考えていたのだが、誰一人としてそのような者は居なかった。

 彼らの気が早すぎたのだろうか?そんなことは気にせず、二人は入り口の側に置いてある木刀を取る。緊張のせいか、それを握るジンの手の平には汗が滲んでいた。

 位置につき、アキラはジンにルールの提案をする。


「…相手に怪我をさせるのはナシ。危険な攻撃は寸止めにする。攻撃系の魔法は使わない。ルールはこれで良いか?」

「ああ、アキラにしては悪くないルールじゃないか」

「あんま嬉しくねぇぞ、それ…。ま、いいか。よしっ、俺ならもう準備出来てるぜ?」

「…俺も、いつでも構わないぞ」


 その言葉を聞き、アキラが口角を上げる。

 その後、二人は真正面から木刀を交えた。中身の詰まった二本がぶつかり、心地良い音が響く。その衝撃で、少しの痛みを手の平に感じるが、そんなものは気にならないほどに彼らは興奮していた。

 鍔迫り合いによる単純な力比べが始まるが、両手で剣を握ることができるアキラのほうが、いくらか優位にある。

 しかし、ジンはその状態に不満を抱くことは無かった。むしろ、これは成長する為の良い機会だと感じていた。

 彼の左腕が震え始める。流石に長時間耐え続けることはできないと悟り、一旦距離を取ることにした。

 相手に背を向けぬよう、数回のバックステップで離れるが、アキラもすかさず距離を縮めてくる。


「ハンデありのお前に勝ってもあんまり嬉しくねぇが、手加減はしねぇ約束だからなぁ‼︎」


 飛びかかってくる彼の攻撃をどう対処するべきか。受け止めたり、躱したりと案が浮かぶが、ジンが選んだのはより一層距離を詰めることだった。

 木刀が自分に向けて振り下ろされる直前、彼は身を屈めつつ相手の懐に入る。そして身を翻し、アキラの腹に回し蹴りを入れた。


「うぅ…ッ!危ねえ…まともに食らってたらゲロ吐いてたぜ…」

「どういう目をしてるんだ…」


 どうやら彼は蹴りを見切っていたようで、咄嗟に左手を出して腹への直撃を避けていたようだ。


「驚くのは、まだ早ぇぜ」


 アキラは、両手で握った木刀を高く掲げる。


「何をしてるんだ…?」


 戦意を喪失したのかと感じられたが、彼はそれを縦、横、と十字になるように素早く振り抜いた。それと同時に、衝撃波がジンを目掛けて飛んでくる。

 縦の波が地をえぐりながら進むのを見て、ジンは身の危険を察知する。大きく右に跳躍してそれを躱すが、端まで到達した衝撃波が壁に十字の深い傷をつけた。

(これはいったいなんだ…?攻撃魔法ではないのか…?)

 彼の心中を察したように、アキラが答える。


「残念ながらこれは、攻撃系の魔法ではないんだ。俺がこいつを振ったときに生まれた空気の波を、魔法で増長してやってるだけだ。…こいつは、もう少し隠していたかったんだがな」

「それはもう立派な攻撃魔法だろ…。それにしてもなかなか器用なことをするじゃないか。次は俺の番だな」


 ジンは真正面から距離を詰め、木刀を振り上げるモーションを見せる。しかし、それが受け止められる直前に、黒い煙が二人を覆う。

(なんだ…⁉︎急に静かに…!)

 アキラは異変を感じる。視界だけでなく、音までもを奪われていることに即座に気づいたのだ。


「——おい、ジン!どこだ!出て来やがれ!」


 前後、そして左右の全てを確認するが、ジンの姿は無い。この煙に隠されている、と言うほうが正しいのだろうか。

(どこに隠れてるんだ…‼︎)

 自分の呼吸の音や足音以外は、何も耳に入って来ない。しかし、背後から微かに感じる風の切れる音にアキラは反応する。

 一歩後退しながら振り返り、木刀を構えると、再び心地良い音が響くとともに、視界を邪魔していた煙が一気に晴れた。

 手の平に伝わる確かな感覚。アキラはまだ、戦闘不能にはなっていなかった。


「…っ、危なかった。反応できてなかったら負けてたぜ…」

「今ので終わらせられると思ったんだがな…」

「なかなか厄介な技を使うじゃねぇか」


 不意に、アキラは口角を上げてしまった。

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