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31話 小さな趣味

「確かここら辺にあったと思うんだが……ここか」


 見覚えのある景色。以前にクリスを探し、東奔西走していた日の最後に辿り着いた景色だ。

 カラカラと音を立てながら、扉をスライドさせる。

 そして中に入り、歴史の棚を探す。リリーの授業に感化されたのか、それともただ単に何か引っ掛かることがあったのか。

 おもむろに左から右へと視線を動かし、目当ての物を探す。全ての段に本が敷き詰められているわけではなく、いくつか空白の空いた場所もある。

 そして、右端にある日焼けした一冊の本を取り出した。『厄災のすべて』とその表紙には書かれている。

(あの日記帳に書かれていた内容と、今日の授業の内容は少し違った…。実際どちらが正しいんだ…?)

 アンドリュー・ヴァーキンの日記帳と、国定の教科書。どちらかが、捻じ曲げられた事実を伝えているのか、それともどちらも真実とは異なるのか。どちらにせよ、彼の関心が薄れることは無かった。

 部屋に戻るのも面倒だと思い、その場で読み始めるが、片腕だけで立ち読みを行うのは至難の業だと判断する。

(どこかに座って読むか…)

 座席のある場所まで行くと、そこには一人の先客が居た。その者を見て、ジンはとある言葉を思い出す。

 『あの子はこの時間は、図書室にいるはずだから』

 以前アキラに言われたものだが、まさか今日もこの場所で会うとは思いもしなかった。


「よ、よう、クリス。用事ってこのことだったんだな」

「……居たのね、気づかなかったわ。あなたって影が薄いのかしら?それとも、他者からの認識を阻害するような魔法でも使っているの?」

「えっと、それも何かの冗談か…?それとも、先のことで怒ってるとか…?」

「私は至って真剣よ。あなたの気配だけは、どうしても感じられないのよ。だから、初めてあなたに声をかけられた日も、反応するのが遅れたのよ」


 ジンは、クリスと初めて言葉を交わした日のことを思い出す。編入の日だ。隣の席に座ってもいいのか聞くが、彼女は返事に時間がかかっていた。

(そういうことだったのか。てっきり無視されているのかと……)


「俺は別になんの魔法も使っていないが…気配を感じないなんてことは当たり前じゃないのか?訓練された兵士でもないし…」

「私にはできるのよ……誰に教えられたわけでもなく、生まれつきね。”気配”と言うよりかは、魔力と言うほうが正確なのかしら。魔力核が作り出す魔力の質は、人それぞれなの。私はそれに敏感で、誰がどれくらいの距離に居るのかがある程度は分かるのだけれど、あなただけは何も感じられないのよ」

「俺には魔力が無いからじゃないのか?」

「確かに、そうかもしれないわね…。それより、あなたは何をしに来たの?」


 クリスの問いにどう答えるべきか、彼は言葉を詰まらせた。

 夕方と言うには少し早い時間の暖かい風が、窓から吹き込む。

 ジンが手に持っている本のタイトルが目に入り、彼女は全てを察した。


「……厄災について調べに来たのね。そんなことで気を使う必要は無いわよ。ふふっ、教室では、あんな発言をするのにね」

(やっぱり怒ってたんじゃないか…)

「それは悪かったって…。クリスは、何か気になる本でもあったのか?」

「私はブランク・フォレストについて少しだけね。…ジンも、そんな所で立ってないで座りなさい」


 クリスは、自分の隣の席を引いて彼を座らせた。

 相変わらずその場所は貸し切りのような状態になっており、聴こえるのは互いの呼吸と紙を捲る音のみだ。稀に彼女が可愛らしいくしゃみをするが、それも二回程度で終わった。

(厄災は、原因不明の魔獣の大氾濫…それが過去に二回起こっている。白い森と呼ばれるブランク・フォレストに灰色の街…分からないことだらけだ…)

 天井まで視線を上げ、本を閉じる。

 気がつくと、窓から差し込む光は、白からオレンジへと色を変えていた。

 隣では、クリスが身体をジンのほうに向けて座っている。いつ頃からその体勢になっていたのかは、彼にも分からない。

 彼女は自分の膝に手を乗せ、じっとジンの読了を待っていたようだ。飼い主を待つ子犬のような、そんな姿で微笑みかける。


「お疲れ様。そろそろ部屋に戻りましょう」

「そうだな。えっと…それで今日は何時に行けば…?」

「七時くらいでも構わないかしら?先にお風呂に入りたいし…またどこかの誰かさんに覗かれると大変だものね」

「あれは別に、覗いたと言うか……。まぁ、とにかく七時だな。…また後で」


 ばつが悪くなったのか、ジンはそそくさと本を片づけ、クリスを一人残して図書室を出た。


「もうっ…逃げなくてもいいじゃない」

(……今日の夕飯は何にしようかしら。何にしたら…喜んでくれるのかしら?)


 鼻歌交じりで本を片づけ、部屋を出る。そんな彼女の頭の中は、大量の献立で埋め尽くされていた。その選択肢の中から、どれを作ろうか。今はそんなことを考えている。


「ま、嫌いな物があっても無理やり食べさせれば良いわよねっ」


 ジンの背中に、原因不明の寒気が走る。



 部屋に戻った彼は、荷物の詰まった鞄の中を覗き、手を突っ込んでいた。


「タオルはこの中に入れていたはずなんだが……っと、これか」


 手の平に、サラサラとしていて柔らかい感覚が伝わる。それが、彼の探し求めていた物だ。

 それを引っ張り出すと同時に、床のほうでカラン、と何かが落ちる音がした。

 音の鳴ったほうに目をやると、小さな何かがそこで照明の光を反射し、輝きを放っている。

 手に取ってみると、それは指輪の模造品だった。プラスチック製で、いわゆる子ども用のおもちゃと言う物だ。それは透明なリングに、小さな水色の石がめ込まれている。


「これは確か、エル兄と一緒に二人で街の祭りに行ったときの…」

(もう一人誰かが居た気がするんだが、思い出せないな…。そんなことよりもさっさと風呂に入ろう)


 彼はそれを制服のポケットの中に仕舞い、風呂に入る準備を進める。


 ・ ・ ・ ・


 それから時が経ち、約束の時間となった。

 ジンがクリスの部屋に着く頃には、料理の準備はほとんどが終えられていて、扉を開けただけで良い香りが漂ってくる。

 中では、長袖のシャツにハーフパンツ姿のクリスが出迎えてくれる。


「良いタイミングね。私の部屋を覗いているとしか思えないほどよ」

「ただの偶然だよ…」

「今日もしっかり味わって食べるのよ。あくまでもこれは、あなたの料理の勉強のためなんだから」

「ああ、分かってるよ」


 クリスは、誰かに言い訳するかのようにそう言った。

 それらを作り終えると、二人で配膳し、向かい合うように座る。

 左手を使って生活をするジンを気遣ってか、箸を使わなくて済むようなメニューで揃えられていた。

 『いただきます』と声を合わせ、左手でフォークを持つジンにクリスが言う。


「手伝ってほしかったら、遠慮せずにいつでも言ってちょうだい」

「そうさせてもらうよ、ありがとう」

「それと、何か苦手な物はあるかしら…?」

「いや、どれも美味しそうだよ」

「それなら良かったわ」


 彼の答えを聞いて安心するが、無理やり食べさせれば良いと言っていた鬼の心は、どこへやら……。

 二人は他愛のない会話をしながら、次々と箸を進める。こうして食べ終えた頃に、クリスがとある提案をする。


「——この後、外に星を観に行きたいのだけれども、良いかしら?」

「ああ、片付けたら一緒に行こうか」

「…悪いわね、私の趣味に付き合わせてしまって」

「気にするな、どうせ俺も暇だしな。…昼間の話といい、クリスは星が好きなのか?」

「好きよ」


 髪を右手で耳に掛けながらそう言う彼女の姿に、ジンは胸の鼓動の違和感を覚える。

 あまりにも綺麗で、目を奪われた。時が止まったかのように感じた。ほんの一瞬が、とても長い時間のように感じられた。

 返事をするはずが、言葉を見失ってしまい、彼はしばらく何も返せなくなってしまう。


「………そ、そうか。それなら観に行くのが楽しみだな」

「ええ、そうね」


 クリスは、そう言って柔らかな笑みを浮かべた。

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