14話 不意打ち
「ジン、準備は良いかしら。手加減はしないわよ」
「そのほうが俺としては助かる」
「いつまでそんな澄ました顔でいられるのかしらねっ!」
両手を広げ、クリスが発動させた魔法は、彼を襲った盗賊と同じ『アロー』であった。
しかし、その数や速度は盗賊たちのものとは段違いで、それを見た周りの生徒たちも驚きを隠せずにいた。もちろん、それを間近に見ているジンも同じ様子だ。
放たれた無数の魔力の矢が、迷うことなく一直線に彼に降り注ぐ。それを無駄の無い動きで回避し、避けられないものは剣で受ける。
その光景を目にして、周囲の生徒たちは目を丸くした。
「おいおい、あいつの魔法を斬るのってまぐれじゃなかったのかよ…」
「——次は俺の番だな」
魔法を使用できないジンは距離を詰める。
そんな彼の胸元にクリスは手を当てた。
「この距離だと、斬れないでしょう?」
「…ほ、本気か?」
「ウィンド・ブラスト」
胸元で展開された魔法陣は、瞬く間に爆風を放ち、辺り一面を砂埃で包んだ。
それは他の生徒たちを巻き込むほどの威力で、一部の者はジンの死を覚悟するほどであった。
「けほっ、けほっ。はぁ…これは私の負けなのかしら。ねぇ、ジン?」
「そうだな。まさか手加減しないとは言っても、殺されそうになるとは思わなかったが…」
「バカね…あれはただの空気砲みたいなものよ。圧縮させた空気を爆発させただけ。……それにしても、いつの間にあなたは私の背後に来たのかしら?」
砂埃が晴れると、そこには両手を上げるクリスの姿と、その彼女の背中に右手を当てて立っているジンの姿があった。
「あの爆発が起こる直前に逃げてきたんだよ」
「逃げてきたにしては、ずいぶん余裕そうというか、その右手は何をするつもりかしら?」
「さぁ?俺は魔法を使えないからな」
「答えを聞けないのは残念ね。そんなことより、下を見なさい」
ジンの足元には、何やら見覚えのある魔法陣が展開されていた。
「これって…」
気づいた頃には、彼は空に向けて垂直に弾かれていた。
「私もバウンドくらいは使えるのよ。…って、加減を間違えちゃったかしら?」
予想以上に高く跳ね上がっていた彼を見上げるが、それが段々と自分の居る場所へと一直線で落ちてきていることに気づいた。
体勢を立て直すことも出来ずに落下してくるジンの姿を見て、このままでは怪我をさせてしまうかもしれないという思いが彼女の心に湧き出た。
『退いてくれ!』と叫ぶ彼の声はクリスの耳には届かず、彼女は両手を広げて腰を低くした。
「…っ!来なさい!私が全力で受け止めてあげるわ!」
「だから、退いてくれって言ってるだろー‼︎」
クラスメイトたちが傍観する中、ジンとクリスは衝突した。勢いよく落ちてきた男を支えきれるはずもなく、彼女はそのまま倒れ込み、地面に背をつける。
反射的に二人は瞼を下ろしていたのだが、再び目を開けてみると、互いの顔がとてつもなく近くにあることに驚いた。
しかし、それ以上に彼らを驚愕させたのは、互いの唇が重なってしまっているという事実であった。
クリスは慌てて彼を押し退け、手で口元を隠す。
そこには、柔らかく、暖かい感触が留まり続けている。
(…い、今のって、もしかして…っ)
「えっと、クリス…その、すまん…」
「べ、別に気にしないわよこれくらい…!」
「顔赤いけど、どこか打ったか?」
「運動したから暑くなっただけよ!それよりもあなたは自分の心配をしなさい!」
「いや、ダメだ。もしかしたら頭を強く打っているのかもしれない。医療室に連れて行くから、大人しくしていろ」
「ひゃっ…⁉︎何するのよ…!」
ジンは周りの目を気にすることなく、お姫様抱っこでクリスを医療室まで運ぶことにした。
途中でやって来たアキラに事情を伝え、リリーに代わりに伝えるように頼むことができたので、彼はそのまま先を急いだ。
抱えられながら、クリスは、彼の首元に光る青いペンダントに気づく。
(これって…)
・ ・ ・ ・
「おや、ジンくんではないか。今日は彼女連れかい?あいにくここは、あまり良いデートスポットではないのだけれども……なんて、冗談を言っている場合ではないようだね。そこに座らせてくれるかい?」
ハルトは、ジンの真剣な表情から事情を察したようであった。
頭を打っているのかもしれない、ということを伝えられた彼は、クリスの額に手の平を当てた。その間、ジンは固唾を飲んで彼女をじっと見守っていた。
「異常は無いようだけれども、もし何かあったら遠慮なく来ると良い」
『彼氏が優しい人でよかったね』とジンには聞こえぬほどの声量でクリスを揶揄い、彼は満足そうな表情を浮かべる。
「そ、そういう関係ではないわ…っ!ほらジン、早く授業に戻るわよ」
「えっ…あ、分かったからそんなに引っ張らないでくれ…」
一刻も早くその場を去りたかったのだろうか、彼女はジンの腕を強く引っ張り、去ってしまう。
そんな中どうして彼女が未だに頬を赤くしているのか、彼には理解できなかった。
残されたハルトは、自分の予想が外れたことを不満げに思っているようだった。
「う〜ん…生き物の観察は得意なんだけども、違ったかぁ…。これは、まだまだ研究する必要がありそうだね。きみもそう思うだろう、ナクラーくん」