13話 胸騒ぎの正体
登録を済ませた二人は、正式にバディとなった。
その手続きは簡単なもので、書類に二人の名前を書いて提出するだけのものだ。ジンはその手軽さに首を傾げながらも、ペンを動かす。
(こんな簡単なものだけで良いのか…)
それから二人は講義室へと向かい、先日と同じ席に並んで座る。
ジンは、自分たちを見て『やっぱりあれって本当なのかな…』『編入生くんって意外と結構強かったよね』などと噂するクラスメイトたちの声が耳に入らぬようにする。
ただ、机を人差し指の先でとん、と叩くだけ。
その魔法を見て、クリスは不思議がった。
「……雑音だけが聴こえなくなる魔法なんて、初めて見たわよ。そもそもジンは、魔法を使えないはずじゃ…?」
「魔法は、自分の体内にある魔力を何らかの形に変えて発現させるもの。それに発動の際は、必ず魔法陣が錬成される。これは魔法ではないし、俺が魔法を使えないのは本当だ」
「だったらあなたが使うそれは何だと言うの?」
「名前は分からないが…魔法と違うのは、発動のさせ方だな。俺のは空間にある魔素を作用させているんだ」
「なるほど…」
そんな他愛のない会話を続けていると、リリーが講義室にやって来て、教卓に名簿帳を置いた。それだけで生徒たちは会話を止め、全員揃って背筋を伸ばす。
いったいどれだけの恐怖を与えれば、このように飼い慣らすことができるのか、不思議でたまらない。
彼女は、欠席者がいないことを確認し、口を開ける。
「突然だが、今日の授業は実技に変更だ。お前たち、今すぐ表に出ろ!」
唐突な授業内容の変更は珍しくはないようで、生徒たちは『またかよ…』などとぼやきながら面倒くさそうに出て行く。
混雑を避けようと、クリスとジンは最後まで待っていることにした。そんな彼らのもとに、人目を気にしながらやって来たのはアゴハであった。
何かを言いたそうな様子で、口をもごもごとさせている。
「……クリス・ヴァーキン、ジン・エストレア。昨日はすまなかった。それだけ言いに来たんだ」
本当にそれだけを二人に伝えると、彼は逃げるかのようにその場を立ち去ってしまった。
まさかの出来事に二人は顔を合わせ、ぽかんとするが、しばらくしてクリスは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、あなたとの圧倒的な実力差を感じたようね」
「かなりギリギリだったけどな…」
「そろそろ私たちも行きましょう?あの先生は遅刻にはうるさいわよ?」
「そうだな。編入早々遅刻で怒られるのはごめんだ…」
「模擬戦はするし、遅刻はするし、あなたは問題児確定ね」
『まだ遅刻はしてないだろ…』と返すジンを置いて、彼女は小走りで部屋を出た。それを追いかけるように彼も急ぐ。
昨日の模擬戦のときに抉られた地面はどうなっているのか、そんな疑問が頭に浮かぶが、今は気にしないことにした。
彼らが訓練場に着く頃には、ほとんどの者が集まっており、リリーの前で二列に整列していた。その最後尾に二人が入ると、隣に立っていたアキラが声をかけた。
「お、来たかジン。昨日の模擬戦なかなか良かったぜ!ま、最後はどうなるかと思ったんだが…。魔法陣を斬るなんて前代未聞だぜ?」
「発動前に阻止するのは基本だろ?」
「確かにそうだけどよ、魔法陣は本来干渉できないもんなんだよ。はぁ…校内どこに居ても聞こえてくるのは、お前の名前ばっかりで正直羨ましいぜ。俺も一度は『噂のあの人』になってみたいもんだ…」
「そういえば、チャックの件はクリスも知ってたようだぞ?」
「うぐっ…、そんなことで有名になってもなぁ…」
二人が会話を続けている間に、全ての者が集まり終え、リリーは首にかけた笛を吹いた。その音は、彼女の肺活量も相まってか、とても鋭く耳の奥深くまで響いた。
「よし、今からバディ同士で闘ってもらう。昨日の模擬戦を見て思ったのだが、魔獣と闘うにはお前たちはまだまだ場数を踏んでもらわなければいけない。…それに、本日からバディになったばかりの者もいるしな」
『やっぱりあの噂って本当だったんだ…』
『どうしてヴァーミンなんかとバディになったんだろうね…』
模擬戦の後、ジンとクリスがバディになったのではないかという噂が校内では広がっていたのだが、それが事実だと分かった途端、ひどく落胆している者たちの声がちらほらと上がった。
やはり自分のせいで、ジンへ迷惑をかけてしまうのではないだろうか。そんな思いを抱き俯くクリスにジンは言う。
「気にするな。俺が自ら提案したことだ。だから、今日はお前の力を見せてくれないか?」
「…そうね、良いわよ。私の全てを見せてあげる」
授業内容は、バディで交互に攻撃魔法を出し合い、それを如何に対処するかというものであった。
魔力だけではなく、判断力も実践には必要だとリリーは説明する。
その後、生徒たちは一定の間隔を空けてバディ同士で向かい合った。それを遠くから眺めるリリーのほうへ、昨日のように学園長がやって来た。
「…学園長、今日も彼を見に来たのですか?」
「そうではない。衛兵科を担当するきみに、伝えたいことがあって来たのじゃ。時間があるときで良い、学園長室まで来てほしい」
「それなら校内放送で呼んでいただければ…」
「今はまだ大ごとにするべきではないんじゃよ」
「そうですか、それではこの授業が終わり次第お伺いします」
「そうしてくれるとありがたい。老人は物忘れが激しいからのぉ、ほっほっほっ」
最後の言葉が冗談なのかどうかはさて置き、彼女はどういった話をされるのかが気になって仕方がなかった。衛兵科を担当する自分にだけ伝えるような内容ということであったが、皆目見当がつきそうになかった。
(悪い知らせでなければ良いのだが…)
「——この胸騒ぎの正体は、きみと関係があるのだろうか…?」
彼女は、心に溢れる不安を抱えるかのように腕を組み、ジンのほうに目線をやった。