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ユニコーン飛び出し注意

作者: 雉白書屋

「うおっ、え、今」


「え! なに?」


 夜の山道を走る一台の車。運転手の男が声を上げ、助手席にいる女が手にしているスマートフォンから顔を上げた。

 左側はブロック塀。崖である右側は白いガードレール。特に変化は見られない。

 

「いや、今、飛び出し注意の看板があって、それがさ……」


「なに……?」


「ユニコーンだった」


「は?」


「えっと、馬の頭の部分に角がある」

 

「ユニコーンは知ってるよ。それで、看板って?」


「ああ、もちろん絵だけどな。黒いシルエットの。ほら、鹿に注意と同じようなやつ」


「だから鹿か何かの看板じゃないの?」見間違いでしょと、女はドアに肘を置き、頬杖をつく。


「いやまあ、そうだと思うけどさぁ……でもさ。もしいたら、お前やばいよな」


「え? なんで?」


「ああ、知らないのか? ユニコーンってさ、処女にしか懐かないんだよ。しかも実は凶暴でさぁ、人とか簡単に殺すんだとよ」


「なにそれ、なんかキモい」


「おいおい、キモいとか言うなよ。綺麗な白馬だぞ、子供の頃に憧れたりしただろ。女の子ならさ」


「さー、どうだったかな。で、なんで私がやばいの?」


「そりゃ、お前は経験豊富だからなぁ」


 とせせら笑う男に、女は、あぁこの話題に持って行きたくてそんな作り話を、と思い呆れた。結婚間近の二人での旅行。酒を嗜みつつ、話の流れでお互いの恋愛遍歴を語り合ってから、今まで二人の間には微妙な空気が漂っていた。

 もう、終わりかな……。彼女はそう思い、窓の外の暗闇に目を向ける。尤も、こういったことはない話じゃないだろう。恋愛経験の少ない男性と多い女性、ちょっとした考えの違い、発言一つで破竹の勢いで関係に亀裂が入ることは。

 女は男の嫌味たっぷりな発言に特に言い返さず、いろいろ面倒だなぁと思い、ため息をつき、視線をスマホの画面に戻した。


「でも、そうかぁ。子供の頃憧れたりしなかったのかぁ。その頃から片鱗は見えていたのかもしれないなぁ」


「……はぁ? なに?」


「別に」


「はぁ……」


「そのため息やめろよ」


「はいはい。にしてもユニコーンって、はぁ馬鹿馬鹿しい……」


「いや、看板はマジで見たんだって」


「寝惚けてたんでしょ? 気を付けてよね。こんなところで死にたくないから」


 あなたと。そう付け加えずとも、男には女のその感情が伝わったようで、二人の口調はさらに刺々しいものになっていく。


「……そもそも、そのユニコーン自体キモいのよね。あれじゃない? モテない男をモチーフにしたものなんじゃない? 妖怪みたいにさぁ。モデルがいたのよきっと。そうなると角もペニスっぽいし」


「いやいやいや、角がペニス! さすがの発想だな!」


「はぁ!?」


「ユニコーンは清らかな生き物なんだよ! だいたい、処女信仰が悪だのキモいだのそういう考え、僻みっぽいんだよなぁ。いろいろなリスクを考えると自然なことなのにさぁ。女だってブランド品は中古より新品がいいって思っているだろ」


「いろいろなリスク? はっ、なにそれ? ユニコーンに共感してるの? モテない童貞のおっさんがモデルだから?」


「だから、それはお前の勝手な解釈だろ! いや、お前マジでユニコーンが出てきたらヤバいぞ」


「いるわけないでしょ! 大体、処女以外には凶暴なんでしょ? あなたも殺されるじゃない」


「いーや、ちゃんと仲間と敵を見分けるから平気だね」


「仲間って、やっぱり共感してるじゃない! モテないおっさんに!」


「だから、ユニコーンはそんなものじゃな――」


 と、二人の会話はプツリと立ち消えた。突如として車を襲ったその衝撃によって。

 正面から何かにぶつかった。いや、撥ねた。その事実に二人は震えながら、車の外に出た。


「これ……おっさん、いや、ユ、ユニコーンか……?」


「いや、どうみてもおっさんでしょ。それも全裸の。やっぱり認めているんじゃないの?」


「今その話はいいんだってば……そんなことよりいや、マジか、ええ? もう、はぁ? いや、あああぁぁぁ終わりだ……うううああああ、もーう、はぁ、んふぅ、うううあああ、ぬぅ、ああああぁぁぁ…………え、なにしてんの?」


「なにって、そこから下に落とすのよ」


「え、そこって、崖から!?」


「ほら、手伝って」


「いや、何でそんなに冷静なの? え、まさか、そんな経験も……」


「そんな経験あるわけないでしょ。横でそんなに慌てられたから、なんか冷静になっちゃったのよ。まあ、人生経験は豊富ですけどね」


 と、女は皮肉っぽく言ったが、男が目を輝かせ、声を弾ませて駆け寄って来たので、どこかこそばゆく、漏らした笑みを見られないよう顔を逸らした。


「せーのっ!」「せーのっ!」


「……ふっー幸い、車の凹みはそれほど目立たなそうね。暗いからはっきりとは言えないけど、血の痕もなさそう」


「ああ、ああ、うん! そうだね!」


「ふふっ、なによ、急に態度換えてさ」


「いやぁ、うん、カッコいいなぁと言うかさ。その、自分で言うのもなんだけど経験豊富な女と初心な男って意外といい組み合わせだったりなんて」


「まあ、あなたのあの動揺っぷりのお陰もあったわけだしね、あぁぁとか」


「ふふっ、やめてくれよぉ」


「あはは。甘えた声なんか出してさ。なんかユニコーンみたいね」


「ははは、それ褒めてる?」


「さあね。ふふふふっ」


 二人は笑い合い、車の中に戻った。そして、また夜を走る。

 少しして、女がふと気づいたように言った。


「……でも、あのおじさんは結局なんだったのかな」


「え、そりゃ、やっぱりユニコーンじゃないの?」


「え、本気? いや、まあそうか。全裸だったし、人間に化けたとか、いやないでしょ」


「まあ、現実的に考えてヤク中かな。どこかで車を停めて気持ちよくなって服を脱いで外に飛び出して。いや、それよりも悪い連中に身ぐるみはがされ、捨てられたとか」


「もし、それだったら、ちょっとかわいそう」


「うん……あっ!」


「え? なに?」


「今、飛び出し注意の看板が」


「なによ、またそんなことを言って……」


「いや、その絵が、天狗っぽかった……」


「はぁ? もう、それこそ現実的に考えてよ。見間違いでしょ。お願いだから事故を起こさないでね」


「しょうがないだろー。だって人を撥ねた後なんだし、いや、やっぱりあれはユニコーンか」


「もうどっちでもいいわ。ふふっ」


「ははははっ」


 人を殺した。その動揺からどこか躁状態、夢うつつ。二人は笑い声が絶えることを恐れるかのように笑い続け、そして二人を乗せた車は次第に山の中へ入っていく。緩やかに曲がる道路と看板に導かれていることに二人は気づかぬまま。

 あ、河童に注意! コカトリスだって! と看板を見つけては、はしゃぎ、はしゃぎ、化かされ化かされ、それは狐か狸か、はたまた別の何かか……。

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