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スプーンも持てない虚弱令嬢 なにもできない役立たずとして追い出すようですが、虚弱になるまで尽くしてきたのになぜ追放などとおっしゃるのですか?

作者: ねこ鍋

「貴様のような役立たずのお荷物は我が国の王妃にふさわしくない。よって貴様との婚約は破棄させてもらう」


 突然のことに私は目をパチクリと瞬かせてしまいました。

 王子様は変わることなくまくし立てます。


「ただ役立たずならまだいい。スプーンも持てないから魔法で食べる。ドレスは重いから一枚しか着ない。しかも歩くのが面倒だから会議には来ないだと? いったいどれだけバカにすれば気が済むんだ!」

 王子様が怒っていました。

 どうしてなのでしょう。


 確かに私はスプーンも持てないくらい虚弱です。

 それには理由があるのですが、ともかく持てないのですから、食事の際には魔法でスプーンを持ち上げて口に運ぶしかありません。

 メイド達にやってもらってもいいのですが、他人がスプーンを持ち上げて私に口に運ぶ、というのは思いのほか恥ずかしかったのです。

 それがマナーがなっていないとして王子様は許せなかったみたいですね。


 でも仕方がないでしょう。

 王族の皆様との食事はいつも、スプーンどころかフォークやティースプーンまで何種類も用意され、しかも料理ごとに替えなきゃいけないんですから。

 しかもなぜか純銀製。

 食事のたびに持ち替えていたら明日から筋肉痛で動けなくなってしまいます。

 本当なら食器も使わずそのまま口に運びたいのですが、一度そのように食事をしていたところ、それを見た我が家の侍従長から、食器を使わずに食事をするなど獣のすることです、と優しくたしなめられてしまいました。



 スプーンも持てない私ですから、当然服だって着られません。

 普段から身につけているのは、風絹糸と呼ばれるほとんど重さもない糸で作った高級品のドレス一枚のみです。それですら重くて、歩くのはかなりゆっくりになってしまいますが。

 もちろん下着はつけていません。そんな重いものつけたら歩けなくなってしまいます。


 少し歩くとすぐ息切れするため、3歩歩いて2歩休む、なんて言われていました。

 もっとも、歩く、なんていう行為も、王宮内だけですけど。

 普段は体をわずかに浮かせることで「飛行」の魔法を使って滑るように移動しています。

 便利だし、早いし、疲れないし、いいことしかないのですが、王宮というのは古いしきたりを重視することで栄えてきたようなものですから、私の考えがすぐには受け入れられないのでしょう。


 本当なら幻覚魔法で服の幻影を自分の体に纏わせて裸で歩きたいくらいですのに、これでもかなり自重しているのですよ。

 私だって裸で王宮を歩き回ることに多少のマナー問題があることくらいわかっていますから。偉いでしょう?

 と言ったら侍従長には、マナー以前の問題です。裸で歩くなど獣のすること。いえ、獣でも服を着ることはあります。お嬢様は頭の中まで幻覚なのですか。なんて真顔で言われてしまったけど。

 もしかしたら知らないのかもしれませんが、私だって泣くんですよ?



 もちろん会議のたびにいちいち移動して会議室に集まるなんてもってのほかです。

 水鏡を使用した遠隔通信で行っていました。

 毎回移動するなんて疲れるだけだし、広い会議室に全員がわざわざ顔を合わせるために集まるなんて非効率でしょう。

 それも王子様にとっては許せないことだったようです。

 と言っても、国の運営に関わるような実務レベルの会議は、そのほとんどがすでに遠隔通信を使用して行われるようになっているのですが。



 それに何より、私がここまで虚弱な理由。

 それは、国を守る結界を維持するために多大な魔力を使用し続けていたからです。

 私を追放するというならそれも構いませんが……魔物が押し寄せてきてしまいますよ? せめて後任者を決めてからでも遅くはないのでは?


 そんな暇はない? お前の代わりなんていくらでもいるんだから、今すぐ出ていけ?

 はあ。王子様がそういうのなら仕方ありません。

 それでは、今までお世話になりました。





 婚約を解かれ、将来の王妃ではなくなった私は、隣の国へと引っ越すことになりました。

 多少の財産はありましたため、それなりの家を見つけることもできました。

 とはいえ、婚約破棄され国を追放された私についてきてくれたのは、侍従長1人だけ。身の回りのことはなるべく私がやらなければなりません。


 けど、魔力を自分のために使えるため、今の私は服だってちゃんと着れますし、スプーンだって持てます。

 余裕のよっちゃんです。料理だって簡単なものです。

 もっとも侍従長は──ああ今は普通の召使いですけど、とにかく私の料理を一口食べた後、少しだけ表情を歪めて「お嬢様は二度と料理をしないでください」と言ってくれました。今後は召使いが作ってくれるそうです。楽でいいですね。


 だからといって私もいつまでも暇してるわけにはいきません。

 こう見えて優秀な私ですから、仕事なんてすぐに見つかります。

 そのうちに、かつて仲良くしていた人たちから手紙が届き始め、王宮の様子が少しずつ伝わってきました。



 私は城のあちこちに、こっそり重力制御の魔法をかけておいてありました。

 もちろん私が自分の体重に潰されないようにですが、それによって召使い達も重い荷物を運べるようになったり、部屋の床の荷重制限を超えて荷物をしまえたりと、恩恵もかなりあったようです。

 けれど私がいなくなったことで魔力が切れ、魔法の効果も切れてしまったとか。

 今まで運べていたはずの荷物が運べなくなり、かなり混乱しているようです。

 次々運ばれる荷物は運べずに溜まっていき、倉庫の荷重制限を超え、ついには城の外壁にまで亀裂が走っているとか。ヤバいですね。

 なんとかしてほしいと泣きつかれましたが、私としても天才であるとの自負はありますが、万能ではないのです。王宮内にいるならともかく、隣国からではどうしようもありません。ご自分達でなんとかしてもらいましょう。



 実務レベルの会議はほとんど遠隔通信で行うことが習慣となっていましたため、それが急になくなることでだいぶ混乱しているようです。

 特に時間ですね。いちいち移動に時間を取られてしまうため実務を行う時間が確保できず、しかも疲れた状態で会議を行うのだから当然いいアイディアが出るはずもありません。会議の時間は伸び、回数ばかりがかさみ、その分疲れが溜まって仕事の効率も落ちる、と悪循環にはまっているようです。

 重要な予算の決算が降りず、市政の仕事にまで影響が出ているとか。

 そのせいで下水に大量発生した大ネズミの駆除が間に合わず、汚水が詰まって逆流し、今や王宮内はひどい悪臭で満ちているそうです。嫌ですね。

 なんとかしてほしいと泣きつかれましたが、私としても天才であるとの自負はありますが、万能ではないのです。王宮内にいるならともかく、隣国からではどうしようもありません。ご自分達でなんとかしてもらいましょう。



 何より私があそこまで虚弱だったのは、私の力のほとんどを、国を守る結界の維持に使っていたからです。

 結界にはまだ私の魔力が残っていますからしばらくは持つでしょうが、それも長くはありません。せいぜいひと月といったところでしょう。

 それに、結界はそれまで完璧に保たれるわけではなく、残存する魔力量によって徐々に弱くなっていきます。

 結界を超えて魔物達が少しずつ侵入してくるようになり、けど王宮は下水の処理ひとつまともにこなせない状態。

 なんとかしてほしいと泣きつかれましたが以下略。





 やがて王子様が私の家にやってきました。

 再三手紙を送っても良い返事がないため、こうして直接やってきたようです。

「……質素な生活をしてるのかと思ったが、思いのほか豪華なようだな」

 突然の訪問にも関わらず室内は完璧に整えられていたため驚かれたようです。

 もちろんなんの用意もしていませんでしたから、幻覚魔法で室内を装飾したに過ぎません。私の姿もきっとシンプルでありながらも品のいい高級な衣服に見えていることでしょう。


 召使いが私の姿を見てわずかに顔を顰めました。本当はさっきまで寝ていたため、幻覚の下は裸のままですからね。

 王宮には王宮のマナーがあるようですが、我が家には我が家のマナーがあるのです。


 それはそうと、王子様の訪問の理由は、要約すれば城に戻ってきてほしい、というものでした。

「戻ってくるのなら、またお前と婚約してやってもいいぞ」


 なんとまあ。あまりのことに私はしばらく返事ができませんでした。

 なるほどこれが王族なのかと驚いたものです。

 偉そうな態度で民衆を従わせるのが王族の仕事なのだとすれば、その態度は理にかなっていると言えるのかもしれませんが。

 王宮には王宮のマナーがある。なるほど。そういうことなのでしょう。


 せっかくの申し出なので、私は城に戻ることとしました。

 国内には数々の問題がありましたが、全ては私の魔力が切れたことが原因です。

 私が帰るだけで万事オッケー。瞬く間に全ての問題が解決しました。どうです。私すごいでしょう?


 これで終わりにしてもいいのですが、ついでにいくつか制度も整えておきましょう。ここの人たちに任せてはなにもうまくいかないようですから。

 私は再び王子様の婚約者となったわけではありますが、まだ王族になったわけではありません。なんの権力も持たないのです。これでは制度の一つも変えられません。

 それでは困ります。そもそも私は天才ではありますが、不老不死ではありません。私が死んだあとどうやってこの国を維持するおつもりですか?

 そう言ったら、快く王族特権を私にも貸与してくれました。これで早速城内の改革に乗り出しましょう。



 というわけで、数々の手続きを終えたあと、私は王子様を呼び出しました。

「今までありがとうございました。王子様との婚約を破棄させてもらいます」

「……は?」


 それほど難しいことを言ったつもりはなかったのですが、王子様は私のいうことが理解できなかったようです。仕方ありません。もう少しわかりやすくお伝えしましょう。


「今まで、ありがとう、ございました。王子様との、婚約を、破棄させて、もらいます」

「言葉くらいわかる! なぜだと理由を聞いているんだ!」


 えっ? そっちですか?


「無能で役立たずの王子様なんてこの国には不要ですから婚約を破棄させてもらったのですが、それくらい言わなければわからないのでしょうか?」

「なっ……なっ……!」


 王子様が顔を真っ赤にして口をパクパクさせています。いったいどうしたのでしょうか?


「お嬢様。人は本気で怒ると、咄嗟には言葉が出なくなるものなのです」


 召使いから侍従長に戻った──ああ今はもう侍従長ではなかったのでしたね。ともかく、そう教えてくれました。


 先日、私はひとつの制度を廃止しました。

 世襲性の廃止です。

 国の役職を決めるのは家柄ではなく、能力で決めるべき。私のような国を守れるだけの魔力の持ち主に。

 先日の会議でそう提案したら、全会一致で快く承諾して頂きました。

 王子様ほか、王族の人たちはあまりピンときていなかったようですが。


 会議に出席するような人は大体私の友人なので、快くなくても承認される手筈だったのですが、無用な心配だったみたいですね。

 これでもう、たとえ高貴な血筋であったとしても、能力がなければ国の運営には携われません。

 要職に就く方の中には庶民出身の人もいますが、何か不都合があるのでしょうか? ありませんね? はいオッケー。


 それは事実上、王制の廃止も同然です。

 なので、魔力も持たず能力もない王子様は、もうこの国には不要なのです。

 そして私はそばに控えていた侍従長の手を取りました。


「その上で、こちらのカイゼル=フォン=エーデリヒト第10王子と婚約いたします」


 王子様が驚愕に目を見開きました。

 なぜそんなに驚くことがあるのでしょう。

 彼は幼い頃からずっと私を支え続けてくれました。よく知らない王子様よりも彼を愛しているのは当然のことでしょう。


 それとも、生まれてすぐ捨てられた第10王子のことなど忘れていたということでしょうか?

 とはいえ特徴的な金の髪に、透き通る青い瞳。彫刻のように整った美貌。どれをとっても王族のものなのですが。

 それが私の侍従長となるまでには、涙無くしては語れないそれはそれは感動的なストーリーがあるのです。

 まあ少しだけ口が悪く私に対する当たりも強いように感じますが……それも彼の愛だとちゃんとわかっています。愛ですよね?


「ふ、ふざけるなッ!!」

 王子様が剣を抜いて私に切り掛かってきました。

 その直後に振り下ろされた手刀によって剣を取り落としました。


「お嬢様に手を出すな」

 私の前に立ちはだかる彼の背中を、私はちょんちょんと突きます。


「もうお嬢様ではありませんよ? あ・な・た」

「……私の、つ、妻に手を出すな……」

 わあ。照れちゃって可愛いですね。彼にこんな一面があったなんて知りませんでした。


 物音を聞きつけた衛兵が部屋に入ってきたので、私に剣を向けた王子様は、逆賊として捕らえられました。刑は相当重いものとなるでしょう。

 私に剣を向けるのですから相応の罰があることはいくらなんでもわかっていたでしょうし、それでも他に方法がないと全て理解した上でなければできないことなのですから、そこまで覚悟した上での行動なら仕方ありません。

 その割には、衛兵に連れていかれる間ずっと何かを喚いていた気もしますが……

「ま、どうでもいいことですね」


 そうして数々の問題を解決した私たちは、幸せなおしどり夫婦として国民からも長く愛されることとなったのでした。



「そうだ。記念に私たちの銅像を建てましょう」

「税金の無駄遣いです。やめてください」

「でも愛を形にすることは大事でしょう?」

「……だ、だったら今夜、俺が作ってやる……」


 ……んふふ。

 私は今、とっても幸せです。


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