第6話 狂人スカーレット、陥落。
「な、なんだ!? アタシは酷い夢を見ていたような……」
気絶していたスカーレットたちが、ようやく目を覚ました。
寝ぼけて夢だと思っているようだが、残念ながらそれは勘違い。まだコイツらは感覚遮断付きのトラップの中だし、地面から首を出した状態のままだ。
「ヌルヌル怖い……触手怖い……」
ユウキは……うん。
トラウマを植え付けちゃったみたいで、なんかゴメンな。
「よぉ二人とも。ようやくお目覚めか?」
さて、こっからは自分が二人を説得するターンだ。どうにかして俺がダンジョンマスターでも良いと認めさせなきゃならない。
偽装を解き、モンスターから人の姿へと戻る。片手を上げてフレンドリーな様子で近付くと、二人は露骨に顔をしかめた。
「お前はたしか、ヴァニラの飼い犬……!」
「飼い犬とは失礼な。ナオトだよナオト!」
ちくしょう、印象最悪じゃねぇか!
お前らメス星人はすぐそうやって、人を猿とか犬とか呼びやがって。
地球人のことを何だと思ってやがる。
「……まさか、ナオトがボクたちをハメたのか?」
スカーレットの隣で、ユウキが恨みの篭った瞳で俺を睨みつけた。
まぁこれだけのことをされちゃ、怒るのも分かる。だが――。
「不可抗力だ。俺だって、こんなことはしたくなかった」
「この期に及んでシラを切るつもりか? ボクを辱めた責任を取れッッ!」
「まぁまぁ、落ち着けって。実はお前たちにとある提案があってさ」
俺は二人の前でしゃがみ込み、ニッコリと笑顔を見せた。
スカーレットは一瞬身を強ばらせたが、すぐに元の調子を取り戻す。
「提案だと? ……良いだろう。殺す前に話だけは聞いてやる」
「いや、そんな簡単に人を殺すなんて言うなよ」
殺意の高さにゲンナリしつつも、話を続ける。
「今回の謝罪として、お前らにあるものを用意したんだ」
俺は事前の打ち合わせ通りに、指をパチンと鳴らす。それを合図に、ヒルダが銀のトレーを両手に持って現れた。
メイド服を着ているだけあって、給仕姿がかなりサマになっている。流れるような仕草で、彼女は挨拶をした。
「お久しぶりですね。スカーレット様、ユウキ様」
「貴様はたしか、ヴァニラのメイドか? 生きていたのか……」
「ん? この匂い……その手にあるのは、まさか!?」
トレーの上には、可愛らしい装飾が施された陶器の深皿とスプーンが乗せられている。
皿からは湯気が上がり、食欲をそそるスパイシーな香りを辺りに漂わせていた。
「おぉ、さすがは俺と同じ地球人。ユウキは何の料理か気付いたみたいだな」
「なっ……料理だと? まさかそれをアタシたちに!?」
「食べさせてくれるのか!?」
スカーレットが困惑の表情を浮かべる中、ユウキは真逆の反応を見せた。
ちなみにユウキの予想は大正解。
料理の正体は、カレーライスだ。
メス星人の地球侵略で地上から消えた、かつての国民食。俺はそれを、ダンジョンの力を利用して復活させたのだ。
「まぁ騙されたと思って、一度食べてみてくれよ」
ヒルダから皿を受け取った俺は、その深皿にスプーンを沈ませた。
そしてトロッとした黄色い液体にクルリと混ぜ込んだ後、それをスカーレットに向けて差し出す。すると、彼女の喉がゴクリと動いた。
「や、やめろ! 高貴なメス星人は食事などしない!」
「ほら、良い匂いだろ? 胃袋が刺激されてこないか?」
「……ッッ!」
スカーレットの鼻がピクピクと動き、唇がムズムズしだす。
(なぁ、ヒルダ。お前の考えた台本、本当に大丈夫か? 何だか罪悪感が……)
(我らメス星人はプライドが高いですが、根本は欲に忠実なのでOKです。――ほら、次のセリフですよ)
(わ、分かったよ)
彼女の前にスプーンを差し出した俺は、トドメの一言を告げた。
「食べるってんなら、この穴から出してやるぜ?」
「……くっ、この下衆野郎め! いっそ殺せ!」
スカーレットは顔を背け、顔を真っ赤にしながら叫んだ。あたふたと慌てる彼女の口元から、ヨダレが垂れている。
ククク、嫌がっていても体は正直じゃねぇか。もう少しだ……あと一押しだな。
「た、食べる! 僕は喜んで食べるぞ!」
「ユウキ!? 何を言い出すんだ!」
「うるさい! ボクは生粋の地球人なんだ。カレーを前に黙っていられるはずがないだろう!」
スカーレットの隣でユウキが叫び始めた。
地球人の立場なら、本来はメス星人に逆らえないハズ。それでもカレーの魔力には抗えないみたいだ。
「ほら、口開けろ。あーん」
俺がスプーンを差し出すと、ユウキは食い気味にパクッと口に含んだ。
そしてしばらく咀嚼したあと、恍惚とした表情になる。
「どうだ? 久々に食べるカレーの味は」
「んん~、美味しい。やっぱり地球の食べ物は最高だ……」
「そ、そんな。堅物のユウキがこんな顔をするなんて!?」
ニコニコと笑うユウキを見て、俺は心の中でガッツポーズをする。
よしっ、まず一人……!
「さて、スカーレットはどうする?」
俺は再びスプーンをスカーレットに差し出した。しかし彼女は激しく抵抗し、首をブンブンと横に振る。
「い、嫌だ! 食事なんて行為をしたら、低俗な地球人と同類になってしまう!」
「いやいや、何を言ってるんだ? もうお前はカレーの魔力に負けているじゃないか」
「うるさい! そんなハズがあるか! アタシは高潔なメス星人なのだぞっ」
頑なに拒否するスカーレットだが、もうすでに体は俺の作ったカレーを求めている。
何度か彼女の前でスプーンを右往左往させてみると、無意識に目がついていく。
「しかし、そうかぁ。食べてくれないなら仕方ない。これは廃棄処分だな」
「なっ!? 捨てるだと!」
目を見開いたあと、あからさまにションボリとした顔になる。
まるでお預けを喰らった犬のようだ。
「さて、帰ろうかヒルダ」
「そうですね。では、失礼します」
引き上げるか、と立ち上がろうとすると「待った!」と声が上がった。
「ま、参った。食べる、食べるから」
「んー? 別に無理しなくていいぞ?」
「頼む、アタシに貴様のソレを咥えさせてくれ……」
「ふふふ、そこまで言うなら仕方ないな」
よし、勝った!
なんかイケナイ発言が聞こえた気がするけど、まぁいいや。
皿の中のカレーをゆっくりと掬い上げ、震える真っ赤な唇の元へ。
彼女は期待で満ちた瞳を揺らし、ひと思いに俺の匙を咥え込んだ。(意味深)
その瞬間、スカーレットの瞳が輝く。
「~~ッ!? う、美味い……この世にこんな幸福が存在していたなんて!」
口いっぱいに広がったスパイスの風味に感動し、味を確かめるように何度も咀嚼を繰り返す。
そしてゴクンと飲み込むと、ふにゃぁと緩んだ表情を浮かべた。
「アタシが間違っていた……地球は侵略するのではなく、愛でるべきだったのだ……」
「ひと口でそこまで悟ったの!?」
「カレーを知らない今までのアタシは、ただの無恥なガキだった……」
戦闘時のキリリとしたスカーレットはどこへやら。今の彼女は、だらしなく蕩けきってしまっている。
だがまぁ、お気に召してくれたようだし。結果オーライなのか?
チラッと隣に視線を送ると、ユウキも物欲しそうな顔でこちらを見つめていた。
「ぼ、ボクにもお代わりをくれ!」
「おい、ずるいぞユウキ! アタシも食べたい!」
「いいだろう。ほれ、あーん」
再び差し出されたスプーンに食らいつき、スカーレットは一心不乱にカレーを頬張る。
(よし、これで二人の警戒心はゼロになったハズ。あとは……)
俺は改めて二人を説得するべく、口の周りをカレーで汚した二人に近付く。
「聞いてくれ二人とも。俺はこのダンジョンで食堂を始めようと思っているんだ」
「地球人が……」
「食堂を……?」
揃ってキョトンとするスカーレットたち。
「あぁ。ダンマスの俺なら、ダンジョン産の食材を生み出せるし。カレーや他の美味い料理を提供できるんだが……」
そう説明すると理解したのか、二人は目を輝かせた。
「アタシはカレーの為ならなんでもするぞ! なんなら下僕になっても構わない!」
「よし……え? あ、いや。ただ認めてくれるだけで俺は――」
「認める! 今日からアタシは貴様……いや、御主人様のペットだ!」
「ちょっとスカーレットさん!? 何を仰っているんですか!」
犬のように舌を出しながら、俺を見上げるスカーレット。目にはハートが浮いている。
あ、あれ……?
思っていたシナリオとはズレたぞ?
「御主人様、ボクも下僕になりたい!」
「ユウキまで!?」
「ふふふ。食堂の経営、頑張ってねナオキ」
「これから忙しくなりそうです」
「ヴァニラさん? ヒルダまで!?」
穴の中で成り行きを見守っていたヴァニラが、楽し気な笑みを浮かべる。
そして何故かやる気に満ちて、フンスと鼻息を荒くするヒルダ。
(……俺はとんでもない地雷を踏んじまったのか?)
そんな俺の心の叫びを知ってか知らずか、スカーレットとユウキはカレーのおかわりを要求してくる。
こうして俺のダンマス兼、食堂の店主就任が決定してしまったのだった……。