薬草茶2
「ああこれは体に染み入りますね。なかなかこのクセが病みつきになる。とても美味しいです」
とか言いながらぐびぐび飲んでいるコンラート殿下の味覚は大丈夫なのか?
なぜそんなに好きなのか。
改めてこの人、おかしいわと数百年の時を経て再度思った私だった。
「まあ、殿下はもう飲み終わったのですか?」
驚いたようにエレナさまがそう聞くと、殿下は満面の笑みで言ったものだ。
「はい、とても美味しいお茶だったもので」
「えっ……そう……ですわね……」
ほら見ろ、嬉々として答えるからエレナさまが困惑しているじゃないか……。
「この苦みはティルでしょうか」
アマリアさまがじっとお茶を見つめながら呟いた。
二口目を飲む気はなさそうだ。
「あ、そうなんです。ティルは魔力の補充にとてもいいのですが、どうしてもこの苦みが誤魔化せなくて」
ティルをアマリアさまが知っていたことに嬉しくなって、ついうきうきと答える私。
ティルは苦いのであまり好まれないが、昔は魔術師が魔力の補充のために嫌々飲んでいた薬草なのだ。
「でもこの薬草茶ならばティルを直接煎じるよりずっと苦みが抑えられていて十分美味しいですよ。ああずっと飲んでいたいほどです」
だから、そう言って喜んでいるのはコンラート殿下のみだってわかっているのだろうかこの人は。
ついでに私のことをそんなキラキラした目で見るのもやめて欲しい。
ふいっと私は顔を背けてポットの中のお茶っ葉を確認するフリをした。
間違ってもここで見つめ合ったりなんかしてはいけない。
そんなことをしたら、私たちの間に特別な感情が芽生えたなどと誤解されかねないのだから。
ちりちりと私の顔に注がれる視線を感じつつも、私はポットを覗き込んだまま言った。
「みなさま、おかわりはいかがですか?」
お茶を淹れた側として、礼儀上そう聞いただけである。
もちろんこのお茶の不味さにみんなが遠慮がちに、でも断るだろうことは想定内で。
そして令嬢方が思った通りに口々に「いえ……」「私はもう……」などと返答をする中。
「もちろん、私はいただきます」
そんなうきうきとした声の殿下の返答を聞いて、全く顔を上げていないのに「おかわりある?」と満面の笑みで聞いてきた、かつての夫の顔をまざまざと思い出した私だった。
そういえば心から幸せそうな笑顔をしていたわねあの時も……。
その結果。
「殿下のあの目をご覧になりました? もうすっかりエスニアさましか眼中にないような目をしていらして――」
「ほんとほんと! 殿下はずっとエスニアさまを見ているのに、エスニアさまがつれないからなんだか悲しそうなお顔もされていたわよね」
「ちょっとみなさま? たしかあの薬草茶には幻覚作用はなかったはずですが、もしかして幻覚でもご覧になりました?」
なんだか楽しそうな様子でこちらを見るフローレンスさまとエレナさまを困惑の目で見返しながら、私は早口で遮った。
しかし、二人は朗らかに言ってくるのだ。
「そんなことはありませんわ! 殿下は明らかにあのお茶を気に入っていらしたじゃない! そうでなくても殿下はエスニアさまと見つめ合うと、とても嬉しそうな顔をなさるのよ。もうまるで本当の奥様を見つめるような目をされるの……!」
……まあそこは本当に前世で一緒だったからね……そりゃあ気安い顔にもなるでしょうよ……。
「そうですわ。あの苦いお茶も、きっとエスニアさまが淹れたお茶だから殿下は美味しく感じたのですわ!」
いやいや、あれは「私が淹れたから」じゃあないのよ。
魔力が湧いてくるのが何よりも嬉しいからと飲んでいるうちに、単に味に慣れてしまっただけなのよ……。
「そんなことは……ありませんわ……あ、そうだ! エリザベスさま、あの薬草茶のレシピをお教えしましょうか!?」
話題の方向性に危険を感じてだらだらと冷や汗をかきながら、私は勢いよくエリザベスさまの方を向いた。
そう。
あの薬草茶を淹れられるようになったら殿下はエリザベスさまにも擦り寄るかもしれないし、そんなエリザベスさまが王太子妃になったら、コンラート殿下だって毎日薬草茶が飲めて嬉しいに違いない。
エリザベスさまも嬉しい。
コンラート殿下も嬉しい。
みんな幸せ。
いいじゃない。
だが。
なんだかエリザベスさまは上の空で考え事をしていたようだった。
「え……? あ、なんのお話だったかしら?」
エリザベスさまがコンラート殿下の話題に参加してこない……?
私は不思議に思いつつも、再度今日の薬草茶のレシピを教えましょうかと言ってみたのだが、エリザベスさまは、まあ、難しそうだから私には無理よ。遠慮するわ、と言ったまままた考え込んでしまった。
どうしたのだろう?
「エリザベスさまは、どうなさったのかしら?」
「今日のコンラート殿下のご様子にもあまりショックは受けていなかったみたいで良かったけれど」
「なにしろ今日の殿下はエスニアさましか見ていらっしゃらなかったから」
「いやそんなことないでしょう!?」
こそこそ会話していたのに、私が突然大声をあげてしまってエリザベスさまがはっとしたような顔をしてこちらを見た。
「エリザベスさま、もしや熱でも? ちょっと失礼」
そう言ってエレナさまがエリザベスさまの額に手を当ててみたのだが。
「熱はないようですわね」
不思議そうにそう言って自分の手を見ていた。
するとエリザベスさまは、
「まあ、すみません。ご心配をおかけして……。どうも私、今日は調子が悪いみたいなので先に休ませていただきますね」
そう言って、ふらふらと皆で話をしていた部屋を出て行ってしまった。
残された私たちは困惑していた。
「何があったのかしら?」
「さあ?」
「そういえばあの殿下の側近のアルベインさまと、何かお話していたような」
「え、あの銀縁眼鏡!?」
アマリアさまの言葉に全員が顔を見合わせて驚いた。