薬草茶
私は叶えたい、前世からの願いを。
王太子殿下のことは心から幸せを祈ることにして、私は自分の夢を叶えたい。
新しく生まれ変わったのだから新しい人と恋をして、新しい人生を歩んでみたいではないか。
間違っても前世のしがらみと情に引きずられた結果王太子妃、ひいては国の王妃とかごめんである。
だいたい前世だって、別に燃えるような恋愛の末の結婚というわけではないのだし。
恋とか愛とか、そんなものをすっ飛ばしてした結婚生活は、ひたすら穏やかだった。
まあたとえ燃えるような恋の末の結婚だったとしても、十年も一緒に暮らせば刺激なんてなくなるものだろうとは思うけど。
いつもの顔。いつもの会話。
刺激なんて枯れ果てた、かわり映えのない日常の繰り返し。
それを、今世も?
まあ……もういいかな。
せっかく新たな生を受け、「神託の乙女」にも選ばれたのだから、よりよい人生を手に入れたいではないか。
またあの人と一緒に一生あくせく働く人生なんて、生まれ変わった意味がない。
せっかくだからあちらも今世は私なんかより見目も性格も素晴らしい四人の令嬢の中から、ぜひお気に入りを選んでいただきたい。
きっと彼もそれを望んでいるはずだ。
もはや目で会話できてしまうような女に、何の新鮮味があるものか。
新たなより素晴らしい妻を手に入れ、より素晴らしい人生を手に入れるべきだ、と。
そう。
私はそう思っていた。
思っていたのよ。
なのに。
「そういえばエスニア嬢は薬草茶を作られるそうですね。ぜひ私もいただいてみたいものです」
そう完璧に爽やかな王太子という仮面を貼り付けたまま、コンラート殿下が私をひたと見つめ言い出した時は目が点になった。
「ええと、私そんなこと申し上げました……?」
言っていない。決して言ってはいない……!
だが敵も外面笑顔のまましらばっくれた。
「ええこの前おっしゃっていたではありませんか。ですのでその時に使うと言っていた薬草をご用意してみたのですよ。これだけあれば作れますか? みなさまもきっとご興味があると思います」
にこにこにこ。
って、それ、単に自分が飲みたいだけだよね……?
私は呆れた。
確かに前世、この男は私の薬草茶を妙に好きだった。
でもそれをまた飲みたいからといって、こんなに強引に所望するか?
これは一度、どうにか二人きりになってちゃんと話をした方がいいのかもしれないと私は思い始めた。
私のことは放っておいて。
少なくとも関心があるようなそぶりはしないで……!
こんなことを繰り返されたら、私が王太子妃候補として注目されてしまうではないか。
そういうことはとにかく止めてもらわないと……!
だからやめろ、そうやって私を見つめるのを。
嬉しそうに何かを期待するように、私を見るのはやめてくれ。
お願い誤解を呼ぶようなことはしないで……。
私は山ほど積まれた薬草たちを睨みつけてから、次にコンラート殿下をじっとりと睨んだ。
――なにちゃっかりこんな用意までしているのよ。
――もちろん作ってくれるよね?
って。
なにをしれっと嬉しそうな顔で強要してくるんだこの人は。
特権ずるい。立場による横暴反対!
「……あれは薬効はありますが味が良くないので、殿下にはとてもおすすめできませんわ」
しょうがないので、私もしれっと笑顔で断った。
相手は王太子?
もう知りません。どうせ王太子妃にはならないし、なりたくないし。
遠慮はしない。もうしないぞ!
などと意気込んだのだが。
「あら、どんな薬効があるのですか? エスニアさまはお守りだけでなく薬草茶まで作れるなんて、本当に何でもご存知なのですね。ぜひ私もいただいてみたいですわ!」
何も事情を知らない他の四人に口々にそう言われてしまうと、もうそれ以上は断り切れず。
あっという間に引き受ける流れになっていくのをひしひしと感じてしまう私だった。
どうして……。
「ぜひお願いします。私も楽しみにしていたのですよ」
そう言ってさらに追い打ちをかけてくる仮にも王太子殿下に、もはや誰が逆らえると言うのだろう?
私は天を見上げてため息をついてから、やれやれという顔をしつつしぶしぶ調合を始めたのだった。
だが前世私が作っていたこの薬草茶は、ひたすら薬効を突き詰めたせいで味が後回しになった代物である。
正直苦いし、後味も爽やかとはいえないものだ。
なのにそういえば前世の夫はそのお茶を、なぜか美味しそうに飲んでいたことを思い出す。
本当に、なぜ。
しかも生まれ変わっても所望するとか、まさかそこまで好きだったとは知らなかったよ。
私は少々呆れながらも、用意された薬草を最大量使って大量の薬草茶をその場で調合してやった。
ついでに後で調合の方法もメモにでも書いて渡そう。
そうしたら私がいなくなっても、好きなだけお茶が飲めるようになるだろう。
茶葉がなくなったら、まあ、また調合してあげるくらいならしてもいいけど。
ただし、今度はこっそりとにしてほしい。
そうして全員の期待の目をひしひしと感じながら淹れたお茶をお出しした結果。
「……ええと、これは……随分面白い味ですのね……」
「なんというか、ちょっと苦みが……でも体には良さそうですわ……」
「これは、子供の頃に飲まされたお薬を思い出しますわね……」
等々、四人の令嬢のみなさまには複雑な顔をされてしまったのだった。
うん、それが普通の反応ですよ。
知ってる。
というのに。