恋のお守り
「エスニアさまはコンラート殿下のことをあまり良く思ってはいらっしゃらないの?」
とうとうアマリアさまが、そんなことを聞くくらいには。しかし。
「あらいいえ~そんなことは……ないはず……」
まさかあれが前世の夫であろうなどとは口が裂けても言えるわけがない。
ひきつった笑顔であいまいな答えをすることしか私に出来ることはなかった。
「でもコンラート殿下はエスニアさまのことが気になっていらっしゃるようですわね」
「ですわね。殿下はエスニアさまと微笑み合う時だけ、なにか私たちとは違う顔をなさる気がしますわ」
そんなことを言い出すフローレンスさまとエレナさまがにこにこと私を見るが、それはそうかもしれません。
でもそれは決して恋とか愛とかいうものではなく……そう、いわば単なる意思疎通なのです。
みなさまだって十年も一緒に暮らしたら、ある程度出来るようになるやつです……。
「わたくし一生懸命殿下に熱い視線を送っているのに、私を見る殿下の瞳には全く熱が感じられませんの。エスニアさまの恋愛お守りを肌身離さず持っているというのに」
エリザベスさまがちょっと悲しそうだ。
エリザベスさまはコンラート殿下となんとか仲良くなりたいと、お色気で迫ったり甘えてみたり、様々な攻略を試していたがどうも成果を感じられないらしい。
でもあの人、元は魔術バカだからな。
お色気よりも食欲よりも、何よりも魔術が好きな人ではなかったか。
そう思ったので。
「ではエリザベスさま。私の差し上げた恋愛お守りの話でもされてみてはいかがですか? それとも何か悩みを相談するとか。……たとえば、よく眠れないとかそんな感じの」
「ええっ!? エスニアさまのお守りの話? そんなことを打ち明けてもいいものかしら? まるで殿下を狙ってますって言っているようなものじゃない?」
「でもそのお守りは『コンラート殿下と恋愛する』お守りではなくて、『素敵な人と恋をするお守り』なのですから、素敵な人と結ばれたいというエリザベスさまのお気持ちを打ち明けることになるだけですわ」
「まあそうでしたわね! でもコンラート殿下以上に素敵な人はいないから、やっぱり相手はコンラート殿下だと思うの。だからこれはコンラート殿下との恋愛のお守りなのよ! だからきっともうすぐ効果がでるわ。私、頑張る!」
そう言って決意を新たにするエリザベスさま。
コンラート殿下がエリザベスさまを選んだら、私は安心して今度こそのんびり怠惰な生活をさせてくれそうな新たな相手を探せるようになるだろう。
やっぱりちょっと、仮にも夫婦として生活した記憶のある相手の見ている前では、さすがに私も結婚相手なんて後ろめたくておおっぴらに探す気になれない。
エリザベスさまがとってもやる気なのだから、もうエリザベスさまでいいじゃないか。
きっと彼女の愛に包まれて、幸せな人生を送れるだろう。
そして後日。
「エスニアさま! エスニアさまの助言が効きましたわ! 殿下にエスニアさまにお守りをいただいたんですって言ったら殿下がそれはもう興味津々になって、とってもお話が弾みましたの!」
そう言ってはしゃいでいるエリザベスさまがとても可愛らしかった。
エリザベスさまを見ていたら、私も最近は恋というものに憧れるようになってしまった。
だって前世は恋する暇なんてなくて、恋をする前にまあいいかと結婚してしまった。
もちろん今世も出会いなんてなかったから、考えてみたら前世も今世も恋というものをしたことがないと、今更ながらに気がついてしまったのだ。
そうなると、私も恋というものをしてみたいと思ってしまう。
私も幸せそうにはしゃぐエリザベスさまみたいに、頬を染めるフローレンスさまみたいに、うきうきドキドキな気持ちになってみたい。
お話するだけで胸がトキメクような、そんな体験をしてみたい……!
決してあの、すでに目だけで会話できちゃうような枯れた関係ではなくて……。
初めて仲良くお話が出来たとはしゃぐエリザベスさまを見て、ふとエレナさまが私に言った。
「さすがエスニアさまですわね。エスニアさまのお守りは効果絶大ですわ! あの、エスニアさま。実は私にもぜひエリザベスさまと同じお守りを作っていただけたら嬉しいのですけれど」
「んん? それお守りの効果というより、エスニアさまが殿下のことをよくわかっていらっしゃったというだけのような気が――」
「まあもちろんお安いご用ですわエレナさま! すぐに作りますね~!」
「エスニアさまありがとうございます……!」
よくわからないことを言い出したアマリアさまのことは無視して、私は満面の笑みでエレナさまと約束をした。
だってエリザベスさまもエレナさまもさすが「神託の乙女」、とても良い方たちなのだ。
私はすっかり彼女たちみんなを大好きになっていた。
だから全員誰と結婚するとしても、幸せになって欲しいから。
みんなが素敵な人と結ばれて幸せになって欲しい。
その相手がコンラート殿下だろうと他の人だろうと。
「あ、アマリアさまにも作りましょうか? 一つ作るのも二つ作るのも一緒ですし!」
「まあ嬉しい。では、ぜひ。でもご自分は持たなくていいのですか? 私たちばかり応援されるより、なによりご自分のことも応援するべきでは」
「まあアマリアさま、お気遣いありがとうございます。でも私はいつでも自分で作れますからね! この王太子妃選が終わったら、その時は強力なお守りを作るつもりですからご心配なく~」
ふんふんと材料の在庫を思い出しながら私はつい正直に答えていた。
大丈夫、十分在庫はあるはずだ。
「あらエスニアさまは、王太子妃になるおつもりはないのですか?」
「ないです~そんな責任の重い人生は嫌です!」
おっと他のことを考えていたら、思わず本音が出てしまった。
でもまあ、嘘ではないのでもういいか。
とにかく私はライバルではない。そう表明して困る人はここにはいないだろう。
「まあ、それは殿下がお困りになるでしょうね」
ちょっとアマリアさまがどうしてそんなことを言うのかがさっぱりわからないが、私の意志は固いのだ。