白々しいお茶会
今日はコンラート殿下との王宮の庭でのピクニックだった。
カラフルな大きなパラソルの下で、私たちが敷物の上に座ってお菓子やお茶をつまみながらおしゃべりをするという微笑ましい交流の場である。
……微笑ましい?
いやだから白々しいの間違いだと……思っているのは私だけだろうな。
ここ数日、私たち「神託の乙女」と短い時間とはいえ毎日交流を持つようになったコンラート殿下を見ていて気付いたことがあった。
とにかくとても、外面がいい。
そういえば前世の夫も完璧な外面を持っていた。
こんな感じの。
目の前のコンラート殿下を見ていると、嫌でも前世で師匠や貴族を前にしたときの当時の夫の顔が思い出された。
なにしろ同じ顔と態度だからな。
おかげであっという間に私もこの国での厳しかった令嬢教育の賜物である上品な態度を忘れ、前世のただの魔術師の弟子だった頃に戻りつつあるのを感じている。
前世と今世の記憶が混ざって混乱するったら。
だんだん目つきは据わって悪くなり、時には鼻で笑ったりもしてしまう。
でも止められない。
上品に私を見つめるコンラート殿下を今日もジト目で見つめ返し、皮肉な笑みを浮かべる私である。
「あら、エスニアさまはきっと、殿下を前にして緊張しているのですわ。普段はもっとよく笑う可愛らしい方なのですよ。きっと殿下ももうすぐエスニアさまの笑顔が見られますわ。楽しみにしていらしてくださいね! ところで殿下、殿下のお好きなお茶はありますか?」
エリザベスさまがフォローを入れてくれたが、残念ながらこの殿下に対して私には緊張なんて欠片もなかった。
だけれど私の印象が悪くならないようにそう言ってくれるエリザベスさまはいい人だと思った。
エリザベスさまはコンラート殿下が大好きだけれど、だからといって他の人を蹴落とそうとか根回ししようとは思わないところがさすが「神託の乙女」に選ばれる人だった。
そんなエリザベスさまに、コンラート殿下は完璧な外面の微笑みを浮かべて答えていた。
「そうですね。ミチカ地方の紅茶は香りもよくて好きですね。香りがいいと美味しく感じますね。でもお茶なら何でも好きですよ」
そう言って極上の外面笑顔を浮かべる殿下を見ながら、しかし私は密かに思う。
何言ってんの。
お茶なんて、とにかくミルクとお砂糖がたっぷり入った極甘のお茶なら何でも好きなくせに。
「まあ、そうなんですのね! ミチカ地方のお茶はたいそう香りがよいですものね! あ、でも私の家の領地のお茶も香りがとても良いんですのよ。こんどぜひ試してみてくださいませ」
そんな憧れの人のお茶の好みを聞き出してうきうきのエリザベスさまを見ながら、私はというと、この顔で嬉しそうにお砂糖をドバドバ入れるかつてのこの男の姿をうっかり思い出してしまっていた。
あれは実に嬉しそうだった。色男が台無しだとよく呆れたものだ。
でも本当に好きなんだなと感心もしたっけ。
そこでちょっと考えた私は、自分のお茶にミルクをなみなみと注ぎ、その後砂糖を4杯ほど入れてから匙でかき回した。
するとそれを見ていたエレナさまが、
「エスニアさま……あの、とっても甘いお茶がお好きなのですね」
と驚いたように、いや呆れたように? 言ったので、私はしれっと手を頬に当てつつ言った。
「まあ私……ぼうっとしていたらお砂糖もミルクも入れすぎてしまったみたいですわ。こんなつもりはなかったのですけれど……どうしましょう、これを飲んだら私、太ってしまうかも~」
すると他の四人が「まあエスニアさまったら、うっかりさんね」といった顔で微笑ましく見守る空気になる中、予想通りに完璧外面のまま上品に微笑むコンラート殿下が言った。
「ではそのお茶は私がいただきましょう。エスニア嬢は私のお茶をどうぞ。大丈夫、まだ口をつけてはいませんから」
「まあ、殿下なんてお優しい! エリザベス感激です……!」
そんなエリザベスさまの前で、私の極甘のお茶を奪っていくコンラート殿下。
代わりに差し出されたのは、殿下が気取っていたせいで何も入れていないお茶だ。
「ありがとうございます殿下。殿下のおかげで私の体重が救われましたわ」
そう言いながら、私は殿下ににやりと笑ってあげました。
――それが飲みたかったんでしょう?
――そう。美味しいよね。
一瞬の微笑みと視線でそれだけ会話した私たちは、しれっとまた他人に戻った。
だがその済ました顔で激甘のお茶を飲むその姿はほのかに嬉しそうで、しかもそれはかつて散々見た光景だった。
既視感。
ああ既視感。
穏やかな日の素敵なお庭での楽しいピクニック。
だけれど私は一人微笑みを貼り付けながら、一抹の不安を感じていた。
どうしてこんなことになっているのだろう?。
妙に嬉しそうな顔でコンラート殿下が私の方を見るたびに、私はついそう思ってしまうのだ。
毎日の交流に浮かれて幸せそうなエリザベスさまと、理由も言わずに眉間のしわが深くなっていく私の対比は日に日に激しくなっていった。