王太子
もう「神託の乙女」に選ばれた時は狂喜乱舞したという。
今でも隙あらばひたすらコンラート殿下の素晴らしさを語る人だった。
だからこの前私がうっかり、
「そういえば王太子殿下ってどんな人なのかしらね?」
なんて言ってしまった時はもう大変だった。
「エスニアったら! あなたこの国の令嬢なのにコンラート殿下を知らないってどういうこと!? コンラート殿下はね、王立学院も首席でご卒業された天才なのよ! しかも容姿端麗、性格もと~っても優しいの! もう全女性の理想の男性なのよ! あの方を知らないなんて、あなたの人生はほとんど損しているわ! ああもうあの方の瞳に見つめられたら私、気絶してしまうかも!」
と、延々熱く語られたものだ。
「そのコンラート殿下はこの中の誰と恋に落ちるのかしら。楽しみね。エリザベスさまがお相手だったらコンラート殿下も毎日が楽しそう」
フローレンスさまがにこにこしてそう言うと、それを聞いてエリザベスさまがさらに叫んでいた。
「あの顔を! 毎日見られるなら私はなんだってするわ! その上愛の告白なんてあった日には、私もう生きていられるかしら。ああ心臓発作で死んじゃうかも……!」
どうやらコンラート王太子殿下という人は、なかなか評判が良くて見た目もすばらしく美しいらしい。
国中に王太子殿下を崇拝する人たちが山ほどいるという。
へえ。
でも私、うっかり綺麗な顔は見慣れているからねえ。
残念ながら容姿にはひかれない自信があるのだ。
その時ふと、思い出した。
「生まれ変わっても、また一緒になろう」
そう言って泣いていた、とても美しい顔を。
私は前世、結婚していた。
まああの時代、たいていの人は結婚するものだった。
私も別に大恋愛の末なんてことは全くなく、単に私が年頃になった時に、私の師匠が薦めた人とそのまま結婚したのだ。
あの時代、師匠や親など目上の人が薦める人と結婚するのはよくあることだった。
もちろん恋愛して結婚する人もいたけれど、恋愛していない人も、みんな年頃になると周りが薦める手頃な人ととにかく結婚する、そんな時代だった。
だから仕事と修業と勉強で恋愛どころでなかった私を心配した師匠が、他の弟子たちにするのと同じように、私にその兄弟子を薦めてくれたのだ。
その人は、やっぱり私と同じように魔術の仕事と勉強と修業ばかりの、いわば私と同類の人だった。
顔が素晴らしく良いせいでたくさんの女性が寄ってくるのに、熱く話る内容が魔術の話ばかりのせいですぐに女性が逃げてしまう人。
魔術の話になると目が輝くのに、それ以外の話の時にはつまらなそうにする人だった。
おそらく彼は、私の魔力量が気に入って私との結婚に同意した。
私は、私を殴らない人なら誰でもよかった。
だから私たちは「じゃあこれからよろしく」と他人行儀な挨拶をして、特に感慨もなく一緒になった。
それでも今思えば彼との生活は、忙しくもそれなりに楽しかったと思う。
些細なことにも笑い合って二人で仲良く過ごしていた日々。
情熱はなかったけれども、明るく賑やかな生活。
そんなに長い間一緒にいられたわけではなかったけれど。
まあつまり今思うのは、どんなに綺麗な顔でも毎日見ていれば慣れるということだ。
たまに「本当に綺麗だな」と思うことはあっても、普段は見慣れたいつもの夫の顔になる。
だから私はコンラート殿下の顔にはあまり興味がなかった。
ついでに王太子妃という地位にも興味がない。
だって忙しそうじゃない。
王太子妃になんてなったら、一生を公務で塗りつぶされる人生が決定である。
そんなの頼まれても絶対に嫌だ。
私はのんびりしたいんだって。
まあきっとエリザベスさまが選ばれるに違いない。
もしくは一番美人で賢そうなアマリアさまか。
うっかり私には前世で夫を持っていた記憶があるので、結婚生活には夢も期待も何も持ってない。
だから、そう。
どうせ結婚するなら私がのんびり好きなことだけをしていても怒ったりしない、優しくて、ほどほどの地位でほどほどに豊かな人と結婚したい。
とにかく私は、のんびりしたいのだ。
ということで、全く何の期待もしていない私は王太子コンラート殿下への謁見に、王宮の侍女たちに飾り立てられつつも何の感慨もなく見学者の気持ちで臨んだのだった。
重々しいドアが開き、私たちは揃って深々と礼をする。
そして顔を上げるとそこには、王陛下と王妃陛下、そして凜々しい姿の王太子殿下……って、なぜ王さまがいるのかな……?
と、私は思わず、なにやらにやにやしながら玉座に座っている王さまを凝視してしまった。
しかし口を開いたのはコンラート殿下だった。
「みなさまよくいらっしゃいました。私が王太子コンラート・サイラス・ヘリオスです」
そのゾクッとするような低音で発せられた声に、私たちは一斉に王太子殿下の方を向いた。
そして。
私の顔が、盛大に、歪んだ。
きっとその時の私の顔はこう言っていたに違いない。
――うそでしょ……?
なにしろそこにあったその顔は、なんと前世の夫の顔そのものだったのだから!
な ぜ あ な た が そ こ に い る の か 。
って、いやいやいや、さすがにあれは単なる他人のそら似だろう。
なにしろ前世のあれは、何百年も前の人なのだから。
と、気を取り直したその時だった。
私は見た。