魔術師のお守り
早速集められた「神託の乙女」たちは王宮で一ヶ月から二ヶ月ほど、共同生活をしながら時の王太子と交流を持つことになっている。
なにしろ「神託の水盤」が選んだ乙女たちと王太子は、あっという間に恋に落ちてしまうのでそれくらいの期間で十分らしい。
さすが「神託の水盤」。
今回もきっといい働きをしたに違いない。
私の他に選ばれた乙女たち四人はみんなそれぞれにとても美しく良い人たちだった。
「はじめまして。これからよろしくお願いします」
そう微笑むのは、この国でも特に高貴なコルカド公爵令嬢フローレンスさま。優しそうな栗色の髪の令嬢だ。
「はじめまして。こんなことになって驚いていますわ……」
そう言って困惑しているのはソード伯爵令嬢エレナさま。輝くブロンドの大人しそうな方。
「よろしくお願いします! みなさまとご一緒できて光栄ですわ!」
一番笑顔が明るくて元気のあるトレーン伯爵令嬢エリザベスさまは、情熱の赤い髪が良く似合う、とても明るい方だった。
「みなさまよろしくお願いしますわ。しばらくご一緒ですわね」
一番落ち着いているように見えるタルディナ侯爵令嬢アマリアさまは、つややかな黒髪が上品で一番美しいと私が思った方でもある。
「…………よろしくお願いいたします」
それに対してこの場のあまりの煌びやかさにすっかり気圧されて縮こまる私。
この国でも珍しい銀色の髪は艶が足りなくて、このキラキラしい光景の中ではほぼ白く見えているだろうなと、ちょっと悲しくなったけれど。
でもだからといってそんな理由で差別などするような人たちではなく、みなさん私の継母が用意した趣味の悪い時代遅れの服やツヤのない髪には触れずに優しくしてくれたのが嬉しかった。
なんていい人たちなんでしょう。
初めてできた同年代のお友達。
私はこれからの生活が楽しみになった。
でもそんな私も、王宮の「神託の乙女たちは一番本人らしい状態で王太子に出会うべし」という信条のおかげで王宮の使用人たちにあれこれ磨かれ美味しい食事やお茶で癒やされ、あっという間にそこそこ見られる令嬢に変わっていった。
いやあ人って、手間暇をかけると綺麗になるものなのね?
白髪にしか見えなかった私の髪もなんとか銀に見えるくらいには艶を取り戻して、美味しい豊かな食事で血色もよくなった。
もちろん他の四人に比べたらまだまだだけれど、それでも突貫工事にしてはさすがの王宮使用人たち。高度なお仕事のおかげでそこそこ綺麗になった気がして私は上機嫌だ。
私たちはいつも五人で一緒に食事やお茶をして、常に語らい、次第に打ち解け合って仲良くなっていった。
するとお互いの状況や悩みなんかも打ち明けるようになり。
たとえばコルカド公爵令嬢のフローレンスさまは、なんと臣下である自分の護衛騎士だった人と想い合っていたのだという。
「だから私はコンラート殿下に選ばれなくてもいいの。もう少し彼との時間を過ごせるなら、その方が嬉しいから」
そう言って大切な思い出を思い出しているような顔をするのだ。
「まあ、その恋が成就するといいわね。でも、なかなか公爵令嬢という立場では臣下との結婚は難しいものよねえ」
「ええ、だからそれはもう諦めているのよ。でも、それでも今はもう少しの間だけでも、彼の近くにいたいと思っているの」
そんな風に言って頬を染めるフローレンスさまだった。
だからある日、真っ青になって今にも泣き出しそうな様子のフローレンスさまに私たちは驚いた。
どうしたのかと聞くと、なんとその彼が戦地に赴くことになったという。
まだ隣国との国境沿いでは諍いが頻発しているのだ。
フローレンスさまのお父さまの命令で、そこに赴任が決まったそうで。
「フローレンスさまが『神託の乙女』に選ばれて護衛の役目がお休みになったものね。そしてきっと、フローレンスさまの嫁ぎ先が決まる前に引き離して遠くに行かせたいのでしょう」
冷静なタルディナ侯爵令嬢アマリアさまが悲しそうに言った。
きっとフローレンスさまのお家では、フローレンスさまが王太子妃にならなくても「神託の乙女」になったからには良い家柄の結婚先が選び放題になると考えたのだ。
そんな状況で騎士とはいえ臣下に嫁にやる気はないということだろう。
「国境沿いでは今も死者がたくさん出ていると聞いているわ。ああ彼が死んでしまったらどうしましょう……」
そう言って悲しみにくれるフローレンスさまが可哀相だったので、私はちょっとした思いつきで魔術を込めたお守りを作ってフローレンスさまに渡すことにした。
お守りならそれほど難しくはないし、前世で散々作ったから慣れている。
私は自室で身体強化と幸運を願う魔方陣を紙に描いた後、その紙で魔法を効果的に保ついくつかの素材を丁寧に包んだ。
そしてそれに魔力を込めると、出来上がり。
怪我をしないように。
何者にも負けないように。
誰よりも強い体と力が備わるように。
生き残れ。とにかく無事に生き残れ!
そうして綺麗な袋に入れてフローレンスさまに渡した。
私の魔法がこの時代にどれだけ効果を発揮するかはわからないけれど。
でもそれで大けががかすり傷になればいい。
飛んできた凶器が少しだけそれてくれればいい。
そう思って。
フローレンスさまはそのお守りをとても嬉しそうに受け取ってくれて何度もお礼を言ってくれたので、私はなんだか嬉しくなった。
顔も名前も知らないその人が、無事に帰ってきてフローレンスさまと出来るだけ長く一緒に過ごしてくれたらいい。そう思った。
そして私のささやかな魔術で誰かが笑顔になるのは嬉しいことだなとも、改めて思った。
「あら、なにそれ素敵ね! いいなあ、もしよかったら私にも作って欲しいわ! たとえば恋愛成就のお守りとか!」
フローレンスさまに渡したお守りを見て、そう言ったのはエリザベスさまだった。
エリザベスさまは、なんと「神託の乙女」に選ばれる前からのコンラート王太子殿下の熱烈なファンなのだそうで。