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【書籍発売記念SS】とある魔術師夫婦のスープは苦い

【もうすぐ発売】

この「こっち見」のお話が 4月15日(月)にビーズログ文庫さんから発売されます!

元夫婦エピソードももりもり加筆して、ラストも全く違うお話を書き下ろしました!

楽しさがとってもグレードアップしておりますので、ぜひお手にとっていただけたら嬉しいです!


この発売記念SSは、書籍のストーリーを元に書店特典SSとして書いたものとなります。

書籍を読んでからこのSSを読むとクスッとできるポイントも入っていますので、ぜひ書籍をお読みいただいた後もお楽しみいただければ!

もちろんこれ単体でも読めます。短いお話ですが、お楽しみいただけたら幸いです!


「おはよう」

 そう言って起きてきた男は、我が夫ながらどこからどう見ても完璧な容姿を持っている。

 寝起きなのに綺麗とは、もはや人間ではないのでは。

 そう思う時もあるけれど、まあ、それでも普通に朝ご飯を食べる姿は隙だらけのだらけた態度なので、朝日を浴びて光り輝くような美しい容姿に見えたその直後には私にはただの見慣れた夫になるのだけれど。


「おかわりあるよ」

「食べる」


 そう言ってもりもり食べているのは、お腹にも私にも優しいスープだ。

 夫婦共働きなので、朝は夜にたくさん作ったスープの残りを食べることが多い。


 スープ。そう私は呼んでいるのだけれど、この夫はスープという名の「薬草の煎じ汁」とでも思っていそうだが。

 彼の希望を全て取り入れると毎回緑色の少々苦いスープになるのが料理担当としてはどうにも新鮮味がない上に自信をなくしそうな事態とも言えるのだが、それでも結婚して数年もたてば、夫にはこれさえ出しておけば機嫌が良いという料理があるのは大変楽でもある。


 それがたとえ苦くて有名なティルがこれでもかと入っているとしても……。


 なぜこの人はこのスープをそんなに喜んで食すのか。

 いくら魔力が少ない体質とはいえ、だからといってこんな苦行を自分に課すほど深刻に悩んでいるとも思えないのだけれど。


「魔力ならいつでも補充してあげるのに」

 私が呆れてそう言うと。


「うん、今日はちょっと大きな魔術を試そうと思っているから、助けてくれると嬉しいな」

 それとスープは別とでも言うように、ご機嫌でスープを口に運びながらそう言う夫。


 魔力の多い私は、よくそうやって魔力を補充してあげる。

 お返しは私の好きなクルミ入りのお菓子だったり、魔術の勉強の手助けだったり。

 なにかとお返しをしてくれるので、私もいつも快く協力している。

 夫婦どちらも雇われ魔術師で決して裕福ではないこともあって、そうそう気軽に買えないお菓子に私はつい顔がほころんでしまう。


「いいよ~。今日の師匠の手伝いは午前中で終わるはずだから午後だと嬉しいかも。午後は家で作業しているからいつでも呼んで」

「助かる。じゃあ午後に」

「はーい」

「あと、まだおかわりある?」


 そう言って二回目のおかわりを要求する夫は、実にいい笑顔をしていたのだった。

 なぜ……。


 私もスープの残りをさらって一緒の卓についた。

 私はティルの苦みの残るスープにパンを浸して食べるのがいつもの食べ方だ。

 パンは甘ければ甘いほどいい。

 ティルの苦みが和らぐから。

 さすがに何年も食べ続けると慣れてくるとはいえ、私はそこまで好きというわけでもないしな。


「それで終わり?」

「終わり。もうないよ」


 私がそう言うと、いつもこの夫は少しだけしょんぼりする。


「そうか……」

「どうしてそんなに好きなんだろうねえ。でもまた作ってあげるから」


 私がそう言うと、ぱあっと嬉しそうな笑顔をはじけさせるところが少しかわいいな、と思う今日この頃だ。

 しょうがない。またティルを仕入れておいてあげよう。



 目の前でスープを食べている妻をちらりと盗み見ると、夫はついにやける顔を引き締めた。

 師匠に頼んで縁組みをしてもらったこの妻は、自分がどれだけ愛されているのかを知らない。

 でも夫は、別にそれでいいと思っていた。

 たとえ妻が自分に情熱的な恋をしていなくても、それでも日々穏やかな家族愛は自分に向けられている。

 同じ家に住み、同じ部屋で休み、妻の手料理を食べるこの日々は幸せで、ただ妻を独占できていることに満足していた。


 容姿に恵まれたがために多くの女性が自分の顔を目当てに寄ってきては勝手に失望して去って行く中で、この妻は昔からその容姿に惹かれるようなそぶりもなく、自分の顔以外の、たとえば魔術の技術や魔術への情熱を認めてくれる。


 そんな妻が大好きだった。


 魔力量に驕らずに真面目に魔術を勉強するその姿が、誰にでも魔力を分けてあげるその優しさが、そして妻自身は別に好きでもないのに、いつもこのスープに夫が好きだからとティルをたっぷりと入れてくれるその気持ちが、全部愛しい。


 今はまだそこそこ優秀な魔術師程度だけれど、いつかはもっと出世して、もっとお金持ちになってこの妻に楽をさせてあげたい。

 それが夫の目標でもあり、今の生きがいでもある。


 最近妻がよく熱を出すのも、仕事が忙しくて疲れがとれないせいかもしれないから。

 こんど妻のために、新しい元気が出るような薬草の調合も考えてみよう。

 一般的な効果を、より高められるような配合を探すのだ。

 いつまでも、妻のこの笑顔を守りたい。


 そう思う、結婚八年目の初夏。

お読みいただきありがとうございました

書籍ではゴゴちゃんさまによる「神託の乙女」たちや「一人ご機嫌で薬草茶を飲む王太子」、Webにはない「エスニアに色気MAXで迫る王太子」など、美しくも素晴らしい挿絵が満載です!

詳しくは活動報告にも載せていますので、素敵な表紙だけでも見てみてください!


書籍「前世愛のない結婚をした夫が今世、王太子になってこっちを見てくる」を、どうぞよろしくお願いします!

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このお話がビーズログ文庫さんから

書籍化されました!

元夫婦のエピソードも倍増、ラストも完全書き下ろしの別ルートです!!
前世愛のない結婚をした夫が今世、王太子になってこっちを見てくる 表紙
ゴゴちゃんさまの素敵な挿絵も満載です!!
webにはない色気だだ漏れで迫る王太子の姿なんてもう……!!!
ぜひ書籍もよろしくお願いします!
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