最終話
私は小さなため息をつくと、静かにコンラート殿下の隣に立った。
彼の突き出していない左手を手に取る。
そして。
私は繋いだ手を通して、私の魔力を大量に彼に送った。
コンラート殿下がちらりと私を見て、ふっと笑った。
――ありがとう。
――無理しないのよ。魔力が少ないくせに。
コンラート殿下の手から放たれる魔術は、明らかに強力になった。
「ぐえ……!」
魔術で捕縛されている暴漢たちが悲鳴を上げる。
これだから。
すぐ調子に乗るのは変わらないのね……。
私は、コンラート殿下が最初から必要最低限の魔術で男たちを捕縛していたことに気付いていた。
彼らが動けないぎりぎりの力がかかっていたのだ。
私が助力しない場合を想定して、できるだけ長く魔術を保とうとした結果だろう。
しかし大勢の訓練された男たちの動きを確実に止めようとすると、それなりに魔術は複雑になるし魔力の消費も多くなる。
彼の魔力だけでは、それほど長くは保っていられなかっただろう。
だから私が魔力を提供して、彼の魔術を助けたのだ。
それは、前世も同じだった。
彼は魔術のセンスと才能には恵まれていたが、魔力は人より少なかった。
だから、複雑で魔力の消費が激しい魔術を使うたびによく倒れていた。
だから、私たちは師匠により組み合わされたとずっと思っていた。
私の魔力を得て、彼はのびのびと複雑で高度な魔術を取得し、新たな魔術をも編みだすようになった。
私も彼に魔力を提供する傍らで、忙しい師匠の代わりに直接いつでも様々な魔術を教わることができたし、生活も安定した。
お互いに便利な関係だったのは事実なのだ。
だから、彼は私の魔力目当てで結婚したのだと思っていたのだ……。
私の魔力を得たコンラート殿下は、楽しそうに好きなだけ隣国の兵士たちを締め上げ始めた。
「た……たすけて……潰される……」
弱々しくそう言う兵士たちを見て、マルク・レイ王子はちょっと悔しそうな顔をして言った。
「わかりました。私の負けです。ここは引きましょう。この度の非礼を心よりお詫びいたします。ただお願いが。帰国する前にここで、私にアマリアと話をさせてはいただけないだろうか」
「ここで? もしそれが求婚というなら私の立場上許可はできません。だが、あなたのお気持ちをただ伝えるだけなら、いいでしょう」
そう言ってコンラート殿下はマルク・レイ王子の拘束を解いた。
が、部下たちの魔術まで緩めることはしない。
それでもマルク・レイ王子はほっとひとつため息をつくと、そのままアマリアさまの前まで進み出て、跪いて言った。
「アマリア。迎えに来るのが遅れてしまって申し訳ない。だけれど君のことは一瞬たりとも忘れたことはなかった。必ず国を説得してまた迎えに来るから、それまで待っていてほしい。私はこれからも君を一生誠実に愛すると誓う」
真面目な顔で、まっすぐにアマリアさまの目を見ていた。
「アマリア嬢、あなたも正直な気持ちを答えていいのですよ。もしも彼があなたに危害を加えるような素振りを見せたときは、彼の部下たちが死ぬことになりますから」
「そんなことはしませんよ。ここでアマリアをいただけるとお約束いただけるなら、私はとても友好的にさえなるでしょう」
「隣国タイタンの王族との婚姻は国同士の問題になるので、この場でお約束はできません。しかしアマリア嬢。彼に正直な気持ちを伝えることはできます。断るなら今しかないかもしれませんよ」
いつもの王太子としての外面で、コンラート殿下が朗らかに言った。
しかしいきなり国の関係をも左右する状況におかれて、アマリアさまは何も言えないようだった。
その気持ちはわかる。
もしもその返答如何で戦争にでもなったらやりきれない。
でも、二人は熱い視線で見つめ合っていた。
二人の間にはもう誰も入れないだろうほどの、強い、焦がれるような視線で。
これが公衆の面前でなかったら、二人は駆け落ちしていたのかもしれないと私はぼんやりと思っていた。
その時、穏やかな声で王さまが言った。
「アマリア・タルディナ嬢。そなたはこの王子と結婚する意思はあるのかな?」
「王さまのご命令とあらば」
それはアマリアさまらしい冷静な言葉だと私は思った。
でも。
その目には、涙が浮かんでいた。
幸せそうな笑みとともに。
「この王子に見覚えはあるのかな?」
「昔、一緒に隣国の学校で学びました。その時の学友です」
「そして結婚の約束をしたのだな?」
「殿下のお戯れだと思っていました。殿下はとてもモテましたし、身分が違いますから」
「しかし戯れではなかったようだな。それでタルディナ嬢。余がこの話を許可したら、彼に嫁いでもいいのだな?」
王さまは確認するように、もう一度聞いた。
アマリアさまも、もう一度同じ答えをした。
「陛下のお心のままに」
そう言って微笑んだアマリアさま。
その瞬間、涙がアマリアさまの頬をぽろりと落ちていった。
彼女はいつも冷静だった。
そして、コンラート殿下との結婚も受け入れると言っていた。
好きではないけど結婚してもいい。
それが一貫していた彼女の意見だった。
けれども彼女の涙を見て、それは叶わぬ恋をしていたからだったのだろうと私は今、理解した。
彼女にとってはきっとこのマルク・レイ王子以外なら、誰でも同じだったのだろう。
かつて支配国だった国の王子。
そんな人にはかつて属国だった国の一貴族の令嬢では釣り合わない、そう思っていたのだろう。
だから諦めていたのだ。きっと。
けれども王子は本気だった。
そして彼女は喜んでいる。
それは嬉しそうに涙をぽろぽろとこぼして。
「彼女は我が国の、わが王太子の妃候補にまでなった娘である。それ相応の待遇でないと渡すわけにはいかぬな。それにそのせいでまたこのようなことが起こるのも困る。今後話し合いは必要だがそれはよいな?」
王さまは、そう言ってこの話を終わりにした。
アマリアさまに愛を誓ったマルク・レイ王子は、丁寧にお礼を言って去って行った。
きっとこれから国に帰って、正式にアマリアさまとの婚姻を打診してくるのだろう。
アマリアさまは、その後も静かに泣いていた。
とても、幸せそうに。
「さて、これで残ったのは君だけだが」
魔術を止めたコンラート殿下が、魔術を放出していた右手を揉みながらそう言って私ににっこりと笑いかけてきた。
「あれ?」
最後の希望のアマリアさまは……うん、マルク・レイ王子のものですねすでに。
ああ……。
「一生大切にするよ。今度は絶対に死なせない。一緒に長生きしよう。愛している」
そう言って跪き私の手にキスをするコンラート殿下を、もう振り切ることは私には出来なかった。
だって私は思ってしまったから。
この人は結局、王太子だけど正真正銘の魔術師でもあったのだ。
しかも高度で複雑な魔術を、なんと詠唱や魔方陣や道具も使わないでその場で発動できるほどの、まさしく大魔術師だった。
それに。
「あなたは魔術を復興させるつもりなのね?」
私は聞いた。期待を込めて。
それに対して彼は、嬉しそうに答えた。
「君の助けがあったら、きっとできると思っている。我が国の魔術は我が国の宝だった。復興させた暁には、今ある隣国からの脅威もきっと退けることができるだろう」
それはあのマルク・レイ王子が見せた驚愕の表情からもうかがい知れた。
あの軍事国家でも、我が国の魔術を今も危険視している。
きっとこの人はその我が国の魔術を、元大魔術師としての記憶と知識で復活させるだろう。
そして過去の悲劇を繰り返さないために、魔術師でもある王太子として、未来の王としてこの国を守っていこうとしているのだ。
そう思えたから。
それなら同じ魔術師として、一緒に頑張るのも悪くないかもしれない。
それについ今もこの人が、この嬉しそうな笑顔が好きだと思ってしまったから。
昔と変わらないのに、何かが違う。
昔はこの人の笑顔に、こんなにときめきなんてしなかったのに。
でも、アマリアさまがあの王子に感じていただろう感情を、私はたぶん今この人に感じている。
だって涙で視界がぼやけるのだもの。
「仕方ないわね……協力してあげるわよ」
「大切にするよ。今度こそ幸せにするから」
「まあ、ありがとう。でもそんなに気負わなくてもいいのよ。私はきっとあの研究室さえもらえれば、十分幸せになれるわ」
私が笑顔でそう言うと、目の前の人は目を見張ってから、とても楽しそうに笑って言った。
「いいよ。なんでもあげる。君とまた一緒になれるなら、僕はなんでもいいんだ――」
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