武力と魔術と
「しかしこれは私の人生の一大事なのでございますから、この件についてはお譲りすることはできないのですよ。もしもコンラート殿下がアマリアを選ぶことがあったらその時は、私はコンラート殿下に決闘を申し込むつもりです」
「我が国の『神託の乙女』になることは、アマリア嬢も承諾したことです。だからこの場にいるのです。『神託の水盤』はまさに王妃に相応しい人物を選び出す。それはそのまま貴国の王族に嫁ぐに相応しい資質を持つということでもありますが」
コンラート殿下が、頭を少しかしげてそう言った。
うん、いらついているね。
まあ、我が国の伝統のやり方にケチをつけ、お前はオレが好きな女を選ぶなと堂々と言われたら、そりゃあむかつくのは仕方ない。
「その通りです。ですがその彼女を我が国の王族に迎えるためには、ここでコンラート殿下に選ばれることも、選ばれなかったという経歴もどちらも容認できないのです。ですからこの時点でアマリアを候補から外していただきたい。私はそうお伝えするために、急いでこの場にやって来ました。到着したのが今朝だったため、申し出が今になったことは謝ります」
そう言われてもな。
まあ魔法のない国なら、どんなに頑張っても情報を手に入れるまで日数が必要で、そこから馬を飛ばしたとしても一ヶ月でこの国の王宮まで来るのは大変だっただろう。
ギリギリになってしまったのもわからないでもない。
なにしろ隣国は広大な国土があるらしいし、我が国だってなかなかの広さだ。
でもだからといってこの場で?
この大勢の貴族たちの見守る中で?
この状況でその言い分を認めてしまったら、我が国が隣国の言いなりになって伝統を曲げたという印象を与えてしまうだろう。
それはできない。そんなの素人の私でもわかった。
なので。
「それはできぬな。貴殿も他の貴族たちと同様に、コンラートが伝統にのっとり妃を決めるのを待たれよ。まだアマリア嬢を指名するとは決まっていない」
「しかし私も仮にも王子という立場。その私が隣国の王太子に『選ばれなかった女』を妃に迎えることはできないのですよ。我が国の廷臣たちが煩いのでね。ですので、私のお願いが聞き入れられなかった場合は、今この場で力ずくでアマリアをいただくことになりますがよろしいですか」
そう言ったとたん、隣国の王子マルク・レイを囲んでいた部下たちが、一斉に剣を抜いて他の貴族たちを牽制し始めた。
ざわめいて後退する貴族たち。
まさかこの王さまのいる場で、剣を抜くなど……!
私は驚いた。
これは一大事だ。
下手をすると戦争が始まる……!
と、その時。
ガシャン……!!
剣を構えていた大勢の隣国の王子の従者たちが、一斉に剣を取り落として固まった。
え?
驚きとともに、私ははっきりと見た。
彼らに魔術がかけられるのを。
明らかに困惑しながらも、動けずに固まる隣国の軍人たち。
ふと見たら、コンラート殿下が右手を突き出して、その手から魔術を放出していた。
この人数を?
一瞬で?
詠唱もなしに、道具もなしに?
私は彼がかつて大魔術師になったという話を思い出していた。
すごい。本当にあなたは頑張ったんだね……!
ざわざわと貴族たちが動揺していた。
悠々とした態度でアマリアさまの方へ歩き出していたマルク・レイ王子も困惑しているようだ。
「我が国の王陛下の前で剣を抜くとは、何を考えているのです」
さらに頭をかしげたコンラート殿下が、いつもより低い声でそう言った。
それに対しマルク・レイ王子は、
「この国の魔術はまだ生き残っていたというわけですか……もうすっかり消え去ったと思っていましたが。まさか王太子が魔術師だったとは」
そう言ってコンラート殿下を睨んだ。
それに対し、コンラート殿下も言った。
「魔術が我が国から完全に消えることはありませんよ。少なくとも私がいる限りは。我が国はこれからまた、きっと魔術が復興していくでしょう」
とか言っているその人は、前世大魔術師だったときの記憶を持っているから使えるだけなのだが。
でもその時、私はあの研究室を思い出した。
あれは、もしかしたら彼が、これから復興させるために集めていたものたちだった……?
彼は、この国に魔術を復興させようとしている……?
今は本当にもう、この国には魔術が事実上消えているけれど、でももしかしたら。
しかし今はこの人にはそんなことを教える必要はない。
コンラート殿下の言葉を受けてマルク・レイ王子は、言った。
「ならば力ずくで取り返すのみ! アマリアはいただいていく!」
そしてアマリアさまの方へ一人駆け寄ろうとした。
「それはできないな。彼女はまだ我が国の『神託の乙女』だから」
「うっ……!」
コンラート殿下の魔術は、マルク・レイ王子にも及んだ。
固まっている自分の部下たちとアマリアさまの中間地点でそのまま動けなくなった。
「貴殿がこの場で非礼の詫びを入れ、このままお帰りになり、後で改めて国同士でアマリア嬢について話し合いをするという約束をしてくださるなら解放しましょう。しかしもしもこのまま強硬に我が国の『神託の乙女』を強奪しようというのなら、このまま罪に問い逮捕しなければなりません」
コンラート殿下が低い声で言う。
「本人の同意さえ得れば妻を攫うのは我が国では合法である」
マルク・レイ王子は苦々しそうに言った。
「我が国ではそれは罪になるのですよ。そしてここは我が国アルスリートです。あなたの国ではない」
一見、完全にコンラート殿下がこの場を支配していた。
でもこの状況は……たぶん、まずい。
今コンラート殿下は平気な顔をしているが、その手から放たれている魔術に揺れが出てきていることを私は感じていた。
だが、おそらく彼の状態を正確にわかっているのはこの場では私だけだろう。
王子やその側近を逮捕するのは国際問題に発展する可能性があるから、今はまだ誰もこの王子の関係者を捕縛してはいなかった。
王さまやコンラート殿下はマルク・レイ王子が提案に合意さえしてくれたら、このまま何もなかったことにして穏便に帰すつもりなのだ。
でも、もしもこのままこの状況を放っておいたら、押し問答をしているうちに、今はまだ魔術でのみ拘束している男たちは暴れ出すだろう……。




