予想外の人物
だって私たちは選ばれる商品ではないもの。拒否権がある。そうでしょう?
だから、今あからさまに打算的な視線を送って来る人たちの顔は覚えておいて、後から何を言ってきても断ればいい。
私はみんなみたいに、結婚するなら好きになった人としたい。
どうしてそこで殿下の顔が浮かぶのかはわからないが。
わかりたくもないが。
きっと毎日見過ぎたせいだろう。
うん。
宴もたけなわという時、会場を流れていた音楽がふと止まった。
そしてファンファーレが鳴り響き、王さまと王妃さまが会場に入場された。
いよいよね?
しかしどうするつもりなんだろう。
私は結局、最後まで応えられなかった。
毎日仲良く逢瀬を重ね、でも結局彼の申し出に私は頷くことはできなかった。
だって、2週間で決めろと言われても。
入場してきた王さまと王妃さまの威厳に満ちたお姿、威圧的な雰囲気が眩しい。
立っているだけなのにこちらが緊張してしまうような、そんな存在に、私がなれるとは思えない。
だって前世はみなしごで、しがないただの魔術師の弟子だったのよ。
今世だって令嬢教育が終わったとたん、使用人として暮らしていたような人間なのよ。
なのにたった2週間で未来の王妃になる決断なんて……私にはできなかった。
せめて……せめて一年、いや半年でもあればまだゆっくり覚悟もできたかもしれないけれど。
でも、時間切れだ。
私が応えられなかったということは、アマリアさまに決定なのだろう。
だってそういう約束だから。
昨日最後に会話をした時のコンラート殿下は穏やかに微笑んでいたけれど、その心の内はうかがい知れなかった。
もうアマリアさまと新しい人生を築く覚悟を決めているのかもしれない。
ちょっと寂しいと思ったのは本当だ。
でも結局私は夢を捨てきれなかった。
私はまた、魔術師になろう。
コンラート殿下の研究室は素晴らしかった。
かつて兄弟弟子だった縁でなんとかあの研究室に入る許可をもらって、もっともっと学ぶのだ。
そうしたら、今は失われてしまった魔術を少しでも復活させることができるかもしれない。
それは一生をかける価値のある人生だと思う。
魔術を極めるためならば、多少は忙しくてもいいかな。
そう思った時、私の死後一生を魔術に捧げたという前世の夫の話を思い出した。
結局私たち、似たような人間だったのかもしれないね。
私は皮肉に思った。
結局私は王太子妃や王妃なんていうよりも、魔術師の方が性に合う。
この前世の記憶がある限り、魔術を、前世の生き方を捨てられない。
前世のように彼が一介の魔術師だったら、今世はまた前世とは違う形の夫婦になれたかもしれない。
でも、あなたは今は王太子だから。
魔術師ではなく、国の未来を背負う未来の王なのだから。
ちょっと寂しくそう思った時だった。
会場の奥から、明らかに外国の人間とわかる出で立ちの男が、たくさんの従者を連れて進み出た。
背の高い、精悍でとても美しい人だった。
その人は王さまと王妃さまにとても優雅な礼をしてから、言い出した。
「王陛下、王妃陛下、そしてコンラート殿下、ご挨拶を申し上げます。私は隣国タイタンの第三王子、マルク・レイでございます。王陛下ならびに王妃陛下にはご機嫌うるわしく。今日はお招きありがとうございます」
「隣国からはるばるよくいらっしゃいました。楽しんでおられますか?」
王妃さまが、穏やかに返事をする。
「ありがとうございます。素晴らしい会だと感心しております。しかし実は私から、王陛下、王妃陛下、そして王太子殿下にお願いがございます」
「お願い? それはここででないといけないことでしょうか?」
王妃さまがちょっと困惑したように聞いた。
しかしマルク・レイ王子はきっぱりと言った。
「はい。この場でないといけないのです。実は、私は本日の主役の一人であるタルディナ侯爵令嬢アマリア嬢へ結婚を申し込むためにここへ参りました」
ざわり、と貴族たちに動揺が走った。
それもそうだろう。
たくさんの貴族たちが「神託の乙女」を狙って待っていたのだから。
アマリアさまを狙っていた貴族もたくさんいるはずだ。
それでも慣例に従って、王家に敬意を表してコンラート殿下がまず最初に伴侶を選ぶのを待っていたというのに。
「それは待ってもらうことになるな。まず我が国の王太子が最初に伴侶を選ぶというのが昔からの決まり。いくら他国の者とはいえその決まりを曲げることはできぬ」
王さまが、少し不機嫌そうになって言った。
まあ、アマリアさまは王太子妃候補筆頭の方だしね。
それを横からかっ攫おうとするのは無理があるだろう。
だが隣国の王子は余裕の態度でさらに言った。
「それは承知しております。しかしアマリアは先に私と結婚する約束をしていたのです。なのに勝手に王太子妃候補として召集した上にこのように商品のように並べて選ぶのは、アマリア、ひいては私に対する侮辱にも思えます」
私は驚いてアマリアさまの方を見た。
アマリアさまは、いつもの冷静な顔にうっすらと驚きの表情を載せていた。
目が少し潤んでいるように見える。
アマリアさまがここまで動揺している姿を私は初めて見た。
だけれどそれ以上、アマリアさまが実は喜んでいるのか悲しんでいるのか、はたまた純粋に驚いているだけなのかは私にはわからなかった。
王さまが言った。
「それは貴殿の見方であって、この方法は昔から続く我が国の伝統なのだ。それを他国の者から非難される覚えはない。そのような発言が両国の関係を不穏なものにする可能性もある。今は控えていただこうか」
要は、ケチをつけるなら最悪の場合戦争になるぞ、ということだろう。
だが……我が国、かつてこの隣国に負けているという歴史があるのだが……。
いまだ軍事国家の香りを残している隣国に、我が国が今武力で勝てるかはわからない。
なのにうちの王さまはなかなか強気だなと私は思った。
その真意が全く私にはわからないあたりが、きっと私は政治向きではないのだろうな。
うん、再確認。
しかしそんな話をチラつかされたというのにこの目の前の隣国の王子マルク・レイは、不敵に笑った。
 




