神託の乙女2
なにしろかつての偉大な大魔術師により作られたその神器「神託の水盤」が、未来の王妃に相応しい素質を持つ、特に優秀で善良な性質の令嬢たちを確実に選び出すということがよく知られているのだから。
それはこの国で何百年という長きに渡り、毎回確実に素晴らしいと讃えられる王妃を代々輩出してきた歴史が証明していた。
「神託の乙女」に選ばれた五人は王宮で一定期間を過ごし、その間にその時代の王太子と交流を持つ。そしてその五人の中から王太子と恋に落ちた乙女が王太子妃として選ばれることが昔からの決まりだ。
毎回「神託の水盤」は素晴らしい仕事をするので、代々の王太子は毎回「神託の乙女」の中の一人とまたたく間に恋に落ち、自ら結婚へと突き進む。
そして残念ながら王太子に選ばれなかった四人の乙女たちにも、その神器に選ばれた王太子妃候補だったという理由により、求婚者が殺到することになる。
「神託の乙女」を迎え入れたい家はそれこそ山ほどあるので、その中から乙女たちは選ぶことさえできるのだ。
だがその「神託の乙女」たちはさすが「神託の乙女」に選ばれるだけあって、家の大きさや財産、家格などといったことに囚われることなく、心から愛した人の家に嫁いでいき、その家を繁栄に導くと言われている。
だからそんな幸せな人生を願うこの国の親たちは、自分の娘がいつか「神託の乙女」に選ばれるようにと、幼い頃からお行儀やお勉強に励ませ、道徳心や慈愛の心を持つように言い聞かせて育てるのだ。
そして歴代の王妃と王の愛情あふれるたくさんの逸話や各地に嫁いでいった乙女たちの幸せな恋愛や結婚の逸話を聞きながら、この国の女の子たちも、いつか自分もと憧れて育ってゆく。
もちろん私もそんな物語に憧れた一人だった。
もしも「神託の乙女」に選ばれたら、素敵な人と結婚できる。
私がどんなにぐうたらしていても、笑って許してくれるような優しい素敵な人と。
前世で私は魔術師だった。
そう、私には前世の記憶があるのだ。
前世の私はみなしごとはいえ魔力をとても多く持っていることがわかったので、とある高名な魔術師の元に引き取られて修業していた。
ただ魔力が多いからといって、それだけで何でもできるわけではない。
正しい知識と技術を身につけ、その技術に魔力を注ぎ入れて初めて魔法は発動する。
だから魔術師の卵となったその日から、とにかく毎日遅くまで勉強の日々だった。勉強し、実践し、失敗して痛い思いをすることも多かったから、辛いと思ったこともある。
でも他に行くところもない私には、立派な魔術師になる道しかなかった。
師はいつも厳しく、先輩方も魔力を人よりはるかに多く持つ私に冷たかった。
まだ子供だった時から私は、修業や勉強の合間はいつも先輩方から押しつけられた細々とした家事や雑事で忙殺された。
なんとか居場所を手に入れたとはいえとにかく常に忙しかった私は、いつか将来は何にも考えなくてもいい、のんびりした時間を過ごすことに憧れるようになった。
だから今世は貴族の家に生まれたと知り夢を叶えたと喜んだのもつかのま、なんと今度は貴族の家に生まれたがために、私を待ち構えていたのは厳しい令嬢教育だった。
幼い頃からの礼儀作法、ダンスの練習、歴史や外国語の勉強に様々な楽器の練習。
「神託の乙女」を目指すこの国の一般的な令嬢教育は、内容も膨大で要求水準もとても高かったのだ。
しかもそれらをやっと一通りこなして習得してさあ結婚相手を探すために社交界にデビュー、というところで今度は使用人としてくるくる働く生活になってしまった。
人生二度目なのに、いつまでたっても夢は叶えられない。
どうも私の前世は、我が家にある歴史書を見るかぎりどうやら前時代の終わりあたりらしい。
なにしろ魔術師という職業が、実は三百年以上前に絶滅したと言われる人たちだからだ。
この国は、私の記憶にある時代のもう少し後で、攻め入ってきた隣国との戦争に負ける。
そしてその後から、軍事国家だった隣国が我が国で発展していた魔術を脅威に感じて全ての魔道書を焼き払い、魔術師を迫害してこの国を支配した暗黒の時代となる。
その結果、我が国から魔術師や魔法といったものが消えた。
それでも密かに口伝で魔術を伝えられていたとある魔術師が苦難の末にやっと国を再建したとき、すでにほとんどの魔術や魔法の技術は失われていた。
だから今のこの国の人間は、魔力は持っているのにその魔力を使う術を持っていない。
だがそれでも今は国が問題無く成り立っているので、いまさら魔術を復興させようとする人も少なく、私も前世はそんなにたいした魔術師ではなかったので、今特別に何かができるわけでもなかった。
でも、ああ、あの時もっとたくさん勉強していたら、今何か役に立てただろうか。
結局、前世の影響か今も魔力だけは山ほどあるが、それを私は完全に持て余していた。
なにしろ使い道がないのだ。
今までで私の魔術が一番役に立ったのは、幼い頃暖炉の薪に火をつけた時くらいだ。
「ほんとエスニアの魔法は便利ねえ」
そう言って昔、私の母が喜んでくれたのが私の魔法についての一番良い思い出である。
まあ正直なところ、今回はどうして私が「神託の乙女」に選ばれたのかはわからない。
もっと綺麗で教養もあって性格も良い人なんて山ほどいるだろうに。
だがとにかく選ばれたのなら、この話には乗るしかない。
長い長いこの国の歴史上には、私と同じようにどうして選ばれたのかわからない娘が交じったこともあるはず。
だからまあ、ここは素直に喜ぶことにする。
どうせ何故かなんて考えても、きっと答えなんて誰も持っていないのだから。
なにしろ前時代に存在した伝説の大魔術師の一人が作ったと言う神器「神託の水盤」が、どうやって乙女たちを選んでいるのか、もはや誰にもわからなくなっているのだ。
今はもう、そんな高度な魔術を作るどころか理解できる人さえいないので、もしもそんな前時代の遺構が壊れでもしたら、もはや修復さえもできないらしい。
だから。
わーい選ばれた、嬉しいな。
ありがとう前時代の遺構を守り続けてくれた人たち。
おかげで私は第二の人生を得られそうです。いや第三か?
これで私は老人や変態と結婚せずにすむだろうし、なんなら優良で善良な素敵な人と結婚できるだろう。
そう、どんなに私がぐうたらしていても文句を言わないでくれるような。
そんな素敵な人生を私は手に入れるのだ!
ああ今世こそ、ぐうたらして生きていきたい。
でも王太子妃になんてなったら、ぐうたらできないのは明白だ。
だから私は落選する。
それならきっと簡単よ!
そんな脳天気かつ不誠実な覚悟で、私は「神託の乙女」がしばらく過ごすという王宮に乗り込んだ。