終わらない王太子妃選
一応まだ「神託の乙女」なので、アルベインさまとの関係は秘密になっている。
だからイモジェンは知らなかったのだが。
しかしそんなことまでしていたのかあの子は……。
「まあ、誰かを本気で怒らせる前に帰ってくれてよかったわね」
アマリアさまもほっとしたような顔をしていた。
「すみませんみなさま……うちの妹がご迷惑を……」
そんなイモジェンの姉という立場の私は、ひたすら小さくなるしかなかった。
あの家を出てもなお家族に苦労させられるとは思わなかったよ……。
「まあ、エスニアさまが謝ることはないですわ。どうみてもあの子が一人で勝手に騒いでかき回していただけですもの。大切だと言いながら、そのお姉さまの言うことも全くきかないし」
そう言ってエレナさまだけではなく、みんなが口々に慰めてくれたのが嬉しかった。
私はあの家族より、この友人たちを大切にしようと心に誓った。
「でもとうとう諦めたわね。私、あの子は諦めないのかと心配したわ」
フローレンスさまがやれやれといった感じでそう言うと。
「それはそうよ。なにしろコンラート殿下がエスニアさましか眼中にないんですもの」
「毎回頑張って割って入ろうとしていたのには呆れたけれど、それをさりげなく阻止してあくまでエスニアさましか見ない殿下にも驚きましたわね」
「最初はイモジェンさんも自信があったみたいだけど、結局全く相手にされなかったわねえ」
「だって殿下があれじゃあ……」
エレナさま? そう言いながら私を見るのはやめていただけませんかね?
「いやでも待って? 殿下はアマリアさまとも一緒にいたでしょう!? 私だけではなかったわよね!?」
「だって誰かさんが殿下の気持ちに応えようとしないから……。殿下の心に決めた人が結婚を承諾しない限り、この王太子妃選びは終わらないのよ? それまでは、候補の令嬢とそれなりに交流しないといけないのよ殿下も。お可哀想に」
そう言うアマリアさまは、ちょっと楽しそうですが?
「おかげで殿下が私とも会わないと行けなくて、ずっとアルベインさまからの視線が……ふふっ、もうそんなに心配しなくていいのにアルベインさまったらあ~~」
「ほら、アルベインさまもやきもきしているみたいだし、私も早く家に帰ってアルフレッドに会いたいのよ。だからもう終わらせましょう?」
「ええ……そんなに私を責めなくてもいいでしょう!?」
なんだか全員の視線が私に突き刺さって痛い。
でも、私がグズグズしている内に、アマリアさまのことも好きになるかもしれないじゃないか。
それに……悩んでいるんだもの。
この期に及んで私は夢を見つけてしまった。
でも使用人のいる前では、つまり普段は常にあの完璧外面の王太子でいるせいで、最近の私は彼と会うとなんだか情緒が落ち着かないったらない。
見慣れていた顔なのに。
私の知らない妙に甘い言動をされるのは混乱する。
たちが悪いことに、それを知ったらしい殿下がさらに意識して外面の仮面を外さなくなったような気がしていた。
かつての魔術バカで素直で真面目な人は消え、今は世慣れた人あたりのいい、しかも妙に色っぽい人になってしまった。
殿下の顔が近くにくるとドキドキして冷静ではいられなくなるし、見つめられるとなんだか恥ずかしい。
十年も一緒に暮らしたのに。
毎日見ていた顔なのに……!
「でもエスニアさまが決めない限りは、私はアルベインさまとここでいつも会えるからいいんだけどね! 私、今でもアルベインさまの姿を見るたびにドキドキしちゃうの~きゃっ!」
そんなエリザベスさまの気持ちが、なんだかちょっとわかる自分に驚いた。
「私は今は会えないけど、それでもアルフレッドのことを考えるといつでも幸せで温かな気持ちになるの」
それもなんだかちょっとだけわかる気がする。
「私はアルバートの活躍を聞くたびに、自分のことのように嬉しくなるの! もしかしたら最年少で将軍になるかもしれないって!」
それは我がことのように嬉しくなるわね。
そこまで思った時、私はこの前まで感じていた疎外感がなくなっていることに気がついた。
私、ちょっとみんなの気持ちがわかるようになっている……?
そしてそんなみんなの話を聞くたびに、私の頭に浮かぶのがコンラート殿下の顔なことにも気がついて。
え……ほんとうに…………?
あんなに見慣れた、むしろ見飽きた顔なのに、思い浮かぶたびになんだかちょっとそわそわしてしまうのはなぜ。
彼の笑った顔や、私を見つめる真剣な目を思い出すと……。
まずい。
どうしよう。
動揺する私をアマリアさまが、またにやにやしながら見ていた。
でも私はやっぱり魔術師になりたい、いや、もう既に心は魔術師なのよ。
日に日にその気持ちは強くなっているのに。
そんなこんなで私が延々と悩んでいるうちに、とうとう王太子妃発表のためのパーティーの日が来てしまった。
二週間なんて、あっという間に過ぎてしまった。
コンラート殿下は煌びやかな正装で身を固め、私たちも着飾って五人一緒に登場する。
貴族の人々、特に若い独身の貴族たちの視線が一斉に私たちに突き刺さった。
誰が選ばれたのだろう。
誰を狙えばいいのだろう。
もう「『神託の乙女』を娶った家は繁栄する」なんていうジンクスはなくなればいいと思った。
突き刺さる視線に恋愛感情とか思慕の情なんてない。
誰もが打算的な目で私たちを見ているような気がした。
あの子が王太子妃に選ばれたなら、この子にしよう。
高位の誰それがあの子を狙っているという噂だからこの子でいいや。
そんな声が聞こえるようだ。
――緊張する?
コンラート殿下が目線で私に聞いてきた。
だから私は視線で答えた。
――ぜんぜん?




