前世と今世は
「静かにしてください。病人が寝ているのです」
「あっコンラート殿下……あの……お姉さまは……?」
「大丈夫ですよ。私が介抱しているので」
「ええっ!? えっと、それでは殿下が大変ですよね? 私もお姉さまが心配ですから手伝いますわ。私を中に入れてくださいませ」
「それはできません。ここは『神託の乙女』の部屋です。ここには『神託の乙女』か王族しか入れません」
「私、妹ですけど?」
「家族でも入れないのですよ。そういう決まりです。では失礼」
そう言うとコンラート殿下はぴしゃりと扉を閉めてしまった。
「殿下!? でんかあーー!! ねえ私も……!」
そう言う声が次第に遠ざかっていったということは、もしかしたらアルベインさまあたりが連れて行ったのかもしれない。
アルベインさま、とても有能だと私は最近感じ始めていた。
ということは、あの人に見込まれて真剣に迫られてしまったエリザベスさまは、もう落ちるしかなかったのだろうな。
扉を閉めたコンラート殿下が、くるりと振り向いて言った。
「では続きを」
「ええ……いやいや、そんな急がなくても!? それに私はアマリアさまの方がずっと王太子妃には相応しいと思っているのよ……」
「では君は、本当に私がアマリア嬢と結婚して一生連れ添ってもいいんだな? 私には跡取りが必要なんだぞ」
小首をかしげながら、ひたと私を見つめてコンラート殿下は言った。
私は二人が夫婦になったところを、初めて想像してみた。
アマリアさまが赤ちゃんを抱いていて、コンラート殿下がそんな二人を愛おしそうに見ている、そんな姿を。
とてもお似合いだった。
悲しいほどに。
前世では子供には恵まれなかった。
というより、魔術には危険なものもあったから、妊娠するなら前もってその時期を話し合って決めて魔術の仕事や研究を調整する必要があった。
だから、話し合わなかったのだ。
結局ずるずると先延ばしにしているうちに、私は体調を崩すようになってしまった。
前世の私。
魔術師と結婚した私。
でもそれは、今の私とは別の人間、別の人生なのだというのが私の考えだった。
「あなたは今の私でなく、前世の私に会いたかったのよね……?」
それは、少し前から考えていたことだった。
前世で彼が会いたかったのはあの、みなしごで、兄弟子たちにこき使われていた、魔力ばかりたくさん持っていて、でもそれを使う技術はまだまだ未熟だったあの私でしょう?
それは本当に今の私と同じ人間と言えるのかしら?
「僕は、また君と一緒になりたくて、ちゃんとやり直したくて『神託の水盤』を作ったんだよ」
かしげられていたコンラート殿下の顔は、悲しそうに少し下を向いた。
「でも今は新しい人生でしょう。あなたは今は王太子なのよ。なら未来の王としての人生を考えなければいけないと思うの。相応しい人を選ばなければ。たとえばこれからアマリアさまを好きになる可能性はないの?」
私たちは生まれ変わったのだ。
前世に縛られずに、新しい人生を送ることもできるはず。
それに私は……またこの時代に魔術師として生きたいという自分の願いに気付いてしまった。
しかしそんな私を見つめて何かを迷っていた様子のコンラート殿下は言った。
「僕は君と一緒になりたいと、今も思っている。今も君を愛しているから。だが、君が言いたいこともわかる。君には君の人生を選ぶ権利がある。……実は、貴族たちが早く『神託の乙女』たちを解放しろと言い出している」
「貴族たちが……?」
「そう。つまり王太子妃に選ばれない『神託の乙女』たちを早く決めろということだ。その結果、陛下は2週間後に王太子妃を発表するパーティーを開くことに同意された。だからその時までに君が心を決められなかったら、僕は諦めることになる。それまでに考えておいてほしい。君がどうしたいか」
「そういう縛りが出てくるから王族なんて嫌なのよ」
自由に、自分のペースで恋を育むこともできないなんて。
たった二週間で人生を決めろだなんて。
どうして全てが仕事のように期限付きになるのか。
「僕は最初から決めていた。あとは君の気持ち次第だ。今度は無理矢理結婚したりはしない。君の決断はできるだけ尊重しようと思う」
そう言うと、コンラート殿下は私をそっと抱きしめ、私の頬に優しくキスをしてから名残惜しそうに私を見つめた後、静かに部屋を出て行った。
私の頬が、燃えるように熱くなっていた。
結局イモジェンは、散々私に付き纏ったあと、ようやく帰って行った。
付き纏う相手が私だけならまだよかったが、イモジェンはずっと私に付き纏って私が出会う人全員に話しかけ、あたかも自分が六人目の「神託の乙女」であるかのように振る舞った。
私が帰れと言ってもきかない。
周りの人間がみな優しいのをいいことに、自分こそが「神託の乙女」だと本当に信じてるのかむしろ私の方が家に帰れという始末だった。
とうとう最後は
「そろそろご家族も心配しているでしょうから、お帰りになった方がよろしいのでは?」
と、笑顔だが思いっきり小首をかしげたコンラート殿下に冷たく言われていた。
要はあからさまに拒絶されたのだ。
王太子に。
王太子の不興を買えば、今後の社交界での家の立場にも影響するというのに。
この話を両親が聞いたらきっと震え上がって、あの継母ならヒステリーまで起こすかもしれない。
それでも数日はグダグダと「きっと誤解だからいつか殿下もわかってくれると思うの」などと言っていたが、とうとう私とコンラート殿下が会うときにはアルベインさまが毎回銀縁眼鏡を煌めかせながら殿下に同行し、私に会ったとたんに私にくっついているイモジェンをアルベインさまが回収していくようになった。
「なんで邪魔するの! 殿下が私を好きになったら困るから!? そうなんでしょう!?」
最初はそう怒っていたイモジェンも、殿下の様子とおそらくアルベインさまの裏での説得? と、そして他の「神託の乙女」たちからの冷たい目線を浴びに浴びて、とうとう根負けをしたようだ。
最後は
「あんたなんて大っ嫌い! 私の殿下を横取りするなんて!」
そう言って私のドレスを全部汚して帰って行った。
そのドレスは全て王宮が「神託の乙女」のために買ったものだから、そのうち王宮から両親には叱責の手紙が行くだろう。
正直なところ最後の捨て台詞が本気のようだったから、私は離れられてほっとした。
「あのイモジェンて子、なかなか危ない子だったわね」
フローレンスさまがほっとしたように言っていた。
「コンラート殿下に脈がないとわかったら、ちょっとアルベインさまにも近づいていたわよね」
エレナさまも呆れていた。
「そうなのよ! あの子、私の目の前で『アルベインさまぁ、私、なんだか立っていられなくて~』なんて言って彼にしなだれかかったのよ! いくら私とアルベインさまの関係を知らないとはいえ、王宮の中で堂々とそんなことをする!?」
エリザベスさまは怒っていた。




