異母妹
「殿下、いかがいたしましょう」
「エスニア嬢の妹だそうだから、ここへ通せ」
「はっ」
いや通さなくてもいいけど、とは言えないか……。
あの異母妹の性格からして、ここですごすごと帰るとは思えない。
「ほら見なさい! 殿下は私のことをちゃーんとご存じだったじゃないの……あっ! 殿下! 初めましてえ! わたくしエスニア・カーライトの妹のイモジェン・カーライトでございますう!」
いや私に会いにきたんじゃないのかい。
そう突っ込みたくなるくらいには、イモジェンはコンラート殿下に目が釘付けだった。
精一杯お洒落なドレスで目一杯おめかしをして、とっておきの宝石も身につけているようだ。
「はじめましてイモジェン嬢。お姉様に会いにいらしたのですか?」
私の腰をさりげなく抱きながら、それでも完璧王太子の仮面を素早く被ったコンラート殿下は、そう言ってイモジェンに声をかけた。
「あっ! そうなんです……私たち、お姉様がいらっしゃらなくてもう寂しくて……我が家がもう火が消えたみたいになってしまったんですう。私、お姉様の分も頑張って明るくしていたのですけれど、やっぱりお姉様がいらっしゃらないとダメみたいで……」
イモジェンは、そう言いながらコンラート殿下を上目遣いで見上げている。
寂しい……?
人手が足りなくて困っているの間違いでは?
しかしイモジェンは両手を握りしめながら、その両手でさりげなく胸を持ち上げてドレスから見えている胸元がより魅力的に見えるようにしながら言った。
「だから……お姉様にお帰りになって欲しくて私、来ちゃいました。だってもうお姉様が王宮に入って一ヶ月経つのに王太子妃の発表がないということは、お姉さまは違ったということですよね?」
歴代の王太子は『神託の乙女』とあっという間に恋に落ちる。
たしかにそう言われているから、もう一ヶ月が経つのに今代の王太子が表向き誰とも恋仲になっていないのは異例と言えるのかもしれない?
「え、でもそれで押し掛けてくる……?」
思わず言ってしまった。
なぜなら私は急速に前世の自分と今世の自分が重なりつつあったから。
今世のエスニア・カーライトとしての今までの自分だったら、もしかしたらそんな言葉は出なかったかもしれないが。
「え……? お姉さま、酷いわそんな押し掛けるなんて。私は寂しがるお母さまやお父さまのためにお姉さまにお願いしに来たんです! お姉さまが『神託の乙女』に選ばれたからって、そんな酷いことを言う権利はないと思います!」
そう言って目に涙をためているのだが。
そう言いながらも両手で胸を強調するのはやめないあたり、この異母妹もなかなかあざとく育ったな、と私は感心した。
そんなイモジェンに、コンラート殿下は優しく言った。
「『神託の乙女』の家族なら、お客さまとして歓迎しますよ。後ほど再会の場も設けましょう。アルベイン! お客さまを客間へご案内しろ」
「はい。それではカーライト伯爵令嬢、どうぞこちらへ」
どこからか突然現れたアルベインさまが、イモジェンに近づいた。
さすが側近。そして相変わらず気配を消すのが上手い人だ。
と。
「まあ、私は今お姉さまとお話がしたいです! お姉さまとは一ヶ月、いいえそれ以上ぶりなんですもの! いいですよね? お姉さまあ?」
そう言ってイモジェンは私とコンラート殿下の間に割り込んで私の腕を掴んだ。
「申し訳ありません殿下。イモジェンさまに、殿下とエスニアさまの居場所を伝えたものがいるようで」
アルベインさまが慌てたように言った。
まあ、家族がやって来て今どこにいるのかと聞かれ、誰かがうっかり答えてしまったのだろう。
しかし。
「……わかった。それでは美しいお嬢さんが二人になったことですし、ゆっくりお話もしたいでしょうから一緒に客間に行きましょうか」
完璧仮面をつけてはいるが、小首をかしげて言うその仕草はちょっと怒っている時の仕草だと私は知っていた。
この国の王太子を怒らせるとはイモジェン、なかなかやるわね。
考えてみたらここで仲良くなった「神託の乙女」の四人は絶対にこんな失礼なことをしない。
「神託の水盤」は本当に優秀なのだと、私はかつてそれを作ったという前世の自分の夫を誇りに思った。
と、その時、イモジェンが私に小声で耳打ちしてきた。
「ねえ、もう今まで散々殿下と一緒にいたんでしょう? じゃあ代わって」
「なにを?」
思わず私は問い返す。
今この場を明け渡したとしても、何かが変わるとは思えないが。
イモジェンは何を勘違いしているのか知らないが、少なくともアマリアさまには逆立ちしても勝てないから。
ここで私を排除できても、アマリアさまという最強令嬢がいるから……!
「なにをって、その立場よ。もう一ヶ月以上たつのに、結局お姉さまどころかまだ誰も選ばれていないんでしょう? だったらやっぱりあんたじゃなくて私だったんだって、お母さまが言ってらしたわ!」
「なるほど?」
たしかにまだ王宮から王太子妃決定の発表はされていない。
そして王宮の完璧な情報管理の結果、詳しい現状の情報も出ていないのだろう。
まあ、考えてみたら明らかに王太子が入れ込んでいる令嬢なんて、特に前半はいなかったしね。
完璧王太子な外面を保って、完全に平等に親睦を深めていた。
でもそれはエリザベスさまを取られたくなかったアルベインさまの采配だったような?
それがアルベインさまの私利私欲のせいだけなら問題だったかもしれないが、その期間があったことで、もう二人の本心も表面化してしまった。
その結果あっという間に候補が二人にまで絞られてしまったので、決して無駄な期間とは言えなくなっている。
今では戦線離脱した三人は、毎日きゃっきゃと恋人や好きな人の話題で楽しそうに語らいあっている。
私もたまに交ぜてもらうのだけれど、その会話の甘さと疎外感に耐えられなくて早々に部屋に帰ることになる私である。
いいなあ、私も恋をしてみたい。
そう思ったとき、ふとコンラート殿下の顔が浮かんで私は慌てた。
いや、恋はしていないから。
さっきはドキドキしたけれど、それはきっと久しぶりに近くに来たからで。
これはただの情なのよ。付き合いの長い人に抱くやつ……!
そうは思いながらもちょっと顔が赤くなっている気がした。
そんな私を見ていたイモジェンが、大きな声で言った。
「まあ、お姉さまお顔が赤いわ! お部屋に戻って休んだ方がいいと思います。大切なお姉さまが病気になってしまって欲しくないものお。でも、王宮の温室は素晴らしいと聞いていたから私、この温室を見て回れないのは残念ですわ……」




