殿下の前世
「いやでもそれ……」
「輪廻転生のことわりは永遠に変わらない。でも、生まれ変わってもまた再会できるかはわからないだろう? だから、再会したときにすぐにわかるように記憶を保全したまま同じ時代に生まれるように調整したし、もしも距離が離れていても再会できるように『神託の水盤』も作った」
「作った!? あなたが!?」
「そうだよ? 『神託の水盤』を作ったのがかつての大魔術師サイラスだというのは有名じゃないか。前世の僕だ。あれはいつか僕たちが生まれ変わった時にまた再会できるように、そのためだけに作ったんだ。僕の寿命が魔術の完成に間に合ってよかったよ」
そう、嬉しそうに語る今は王太子のコンラート殿下だったが。
「え……何をそんな勝手なことを……」
私には戸惑いしかなかった。
なにやってくれてんの、この人は。
一生をかけて、いったい何をやっているの。
「だって約束しただろう? 僕が来世も一緒になろうって言ったら、君はにっこりと笑ってくれた。もう笑う気力もないほど弱っていたのに、笑ってくれたんだ。僕のために。だから僕は、君にしたその約束を絶対に守ると決めて頑張ったんだよ」
思った通りの反応ではなかったらしい私を見て、戸惑うようにそう言う殿下。
いや笑ったの? 私、あの時笑ったの……?
覚えてないな。
「でもそれなら王太子になんてならなくてもよかったのでは? 前世は魔術師だったじゃない。別に再会するだけなら王族になんてならなくてもよかったんじゃないの?」
そう。なにも王族、ましてや王太子などにならなくても、また普通の庶民になればよかったのだ。
「でもあの『神託の水盤』の出来が良すぎて、王家に取られてしまったんだよ。だから君と再会するためには、王族に生まれる必要があったんだ。でも君も来世は王子さまと結婚して楽をしたいと言っていたから、てっきり喜んでくれるかと」
と、なんだか悲しそうな顔をするのだが。
私は額に手を当てて言った。
「ああ……あの頃の私は王子さまと結婚したら遊び暮らせると思っていたのよ……。でもあくまでそれは比喩であって、本当に王子と結婚したいというわけではなかったの。単に、楽でのんびりできる人生を送りたいと思っていたのよ。だから私、今世は普通の裕福な貴族と結婚しようと決めていたの」
「でも、約束をしたよね?」
コンラート殿下は真っ直ぐに私を見ていたが、私は後ろめたさから目をそらしてしまった。
あの後、私が死んだ後、まさか彼がそんな目的で生きたなんて知らなかった。
普通にまだ若くて顔もいいから、きっとまた師匠に誰か紹介されて再婚しただろうと思っていた。
彼がそんなに頑張って私と再会しようとしていたなんて、そのために人生を捧げたなんて、知らなかったのだ。
だいたい。
「あなた、どうしてそんなに私と再会したかったの……? 私たち、単なる見合い結婚だったじゃない。別に愛し合って結婚したわけじゃないし、あなたも師匠に別の人を紹介されていたら、その人と結婚していたでしょう?」
私がそう言うと、彼が皮肉な笑みを浮かべたのが意外だった。
「君が僕を愛していないということは知っていたよ。君は本当に師匠に薦められたから僕と結婚したというだけだったよね。でも僕は君のことをずっと好きだったから、いい加減結婚しろと師匠に言われたとき、君となら結婚すると答えたんだ」
「えっ……? それで師匠が私にあなたを勧めたの……?」
「そうだよ。だから君と結婚できて僕は本当に幸せだった。ずっと一生その生活が続くと思っていたのに、君が早死にしてしまって僕はどれほど悲しかったか。当時は原因不明で手当のしようがなかったが、君の死後、僕はそれも突き止めた。だから今世は、君を死なせはしない」
「えっ私、また早死にするの?」
びっくりして、うっかり今までの話が全部吹っ飛んだ。
当時、私は原因不明のままどんどん弱っていって、最後はとうとう死んでしまった。
熱はよく出していたが他にたいした症状もなく、何を食べてもどんなに休んでもじりじりと弱っていって、とうとう私も最後は覚悟を決めたのを覚えている。
彼はとても心配してくれて、できる限りのことをしてくれた。
それでも泣いたりはしないで淡々とよさそうなものを調べては試してくれていた。
泣いたのは、あの最期の時だけだ。
正直、十年も一緒にいたから、すっかり情がわいてよくしてくれたのだろうと今までは思っていた。
「おそらく今の君も昔のように魔力の量が多すぎるから、昔と同じようになるだろうと思う」
「え、魔力量のせいだったの?」
考えたこともない理由で私は心底驚いた。
「体に存在する魔力の圧力に、体が疲弊して負けてしまうんだ。若い内は体力があるから耐えられるが、体力が下降しはじめるといつか体が負けてしまう。君は特に持っている魔力が膨大だったせいで、それが早く起こってしまった」
「じゃあ今の私もそのうち、体力が衰え始めたら同じようになるってことなのね?」
衰え始めるのはいつだろう?
でもきっと、前世と同じ位の年齢になるのだろう。
考え込む私に、コンラート殿下は晴れやかな顔になって言った。
「大丈夫。今回は死なせはしない。前世僕はその研究もしていた。そして、体から溜まりすぎた魔力を抜く魔術も開発したんだ。今の僕ならいつでも対処できる。今度こそ君と最後まで添い遂げられるんだ」
「今度こそ……?」
「そう。また一緒になろうって言っただろう? 僕は約束を守る。僕は前と変わらず君を愛している」
そう言ってコンラート殿下は私を抱き寄せて、私の顎を持ち上げなんだか熱い視線で私を見つめた。
本当は口づけしたかったのかもしれないけれど、きっと私が拒むとわかっているのだろう。
久しぶりに間近に見る彼の顔はやっぱり綺麗な顔をしていて、熱い視線の中にもほのかに懐かしい彼の優しい性格が見えたような気がした。
彼の顔が静かに近づいてきた。




