秘密の研究室
私がどうこう言うよりも、一緒に時間を過ごしてもらって仲良くさえなってもらえば、自然とアマリアさまが王太子妃になる流れができるじゃない……!
私は突然のこの自分のひらめきにたいそう満足だった。
よしこれからは二対一で親睦を深めるような場面になったら、私が抜けよう。
なんならもう仮病にかかって寝込んでもいいかもしれない!
「まあ大丈夫?」
「大丈夫ですわ。でもどうしてかしら。なんだか少し寒気がするみたいで~」
「それは大変だ。心配ですから私がお部屋までお送りしましょう」
そ れ は ち が う の よ 。
そうじゃない。そうじゃないの!
ぎょっとしてうっかり殿下の方を見たら、そこにいたのは全く心配そうではない、うっすら嬉しそうな顔をした殿下だった。
なにを喜んでるのか。
――あなたは来なくていいのよ。
そんなつもりで睨んでみたのに。
「まあそう言わずに」
と、なぜかほくほく顔のコンラート殿下に腰を抱かれ、なぜか強制的にエスコートされてしまったのはなぜだ。
「あの……本当に大丈夫ですから」
そう言って逃げようともがく。しかし、なぜかその腕はびくともしなかった。
「そうですか? ではこのまま散歩がてら、私の魔術の研究室の見学などいかがでしょう? あなたは興味はありませんか?」
「研究室……?」
私は戸惑ってコンラート殿下の顔を見上げた。
でもここ、王宮よ……?
しかしそんな戸惑いも見越していたのか、コンラート殿下は嬉しそうに言うのだ。
「そうです。私が個人的に作った魔術の研究室なのですが、国中の魔術書を集めているのですよ。あと少々実験器具なんかも。あなたになら見せてもいい」
王宮の中なので、たくさんの使用人の目があるために常に物腰は上品にしているのだろう。さすが生まれながらの王族である。
滲み出る優雅さと上品さは筋金入りで、いつも感心してしまうほど。
でも今、その目だけは昔と同じ目だった。
魔術について語る時の、明らかにわくわくしている少年のような目。
「………………そうですね」
あの魔術バカであった人がわくわくするような研究室なのかと思ったら、つい私も興味が湧いてしまった。
敗北。たぶん。
でも、元魔術師としては、この国から消えてしまったであろう貴重な魔術たちがそこにはあるかもしれないと思ってしまったのだ。
それは見ておきたい。
なんならそこで手伝いにでも雇ってくれたら、今世ではもうできないと思っていた魔術の勉強ができるかもしれない。
なにしろこの人は私の兄弟子だったのだから。
この時、結局私は魔術が好きだったのだと改めて自覚した。
辛い辛いといいながらも、それでもいつも、結婚しても魔術の勉強と練習と仕事を続けていたのは好きだからだったのだ。
「あなたならそう言ってくれると思っていましたよ」
そう上品な外面の微笑みを浮かべながらも、明らかに嬉しそうになったコンラート殿下はずんずんと王宮の奥に向かい、周りの使用人の制服も変わり……変わり?
まさかここは、王さま一家のプライベートな領域なんじゃあ……?
などとおののいている内に、とある扉の前まで来てしまったのだった。
「……ずいぶん奥にあるのですね」
「まだ公には内緒ですからね。さあようこそ、我が研究室へ」
そしてコンラート殿下は仰々しくお辞儀をしたあと、扉を開いて私を中に入れてからまた閉めた。
閉めた?
「あの……殿下、扉は開けたままにしてください。未婚の男女が密室で一緒というのはよろしくありませんわ」
下手したら密室で良からぬ事が起こったと見なされて結婚を強要されるなんていうことが、本当にあるのが貴族の世界の恐ろしいところだ。だから――
「でもそうしないと誰が見ているかわからないからね」
その言葉に驚いて、扉から殿下に視線を戻して驚いた。
そこにいたのは、いままで完璧につけ続けていた理想の王太子という外面を外した、やたらと見覚えのある寛いだかつての夫がいたのだから。
「殿下、さっきまでの外面はどこへやったのです?」
「え? でもここにはもう使用人はいないし。君は僕を知っているだろう? なら外面なんて必要ない。面倒なだけだあんなもの。ところでこっちに来てみて。ここにあるのが僕が収集した魔道書たちで――」
私の嫌みなんて全く気にもせず、そこからは蕩々と今は失われた魔術の記録や魔道書を見せられ、今はもう伝わっていない魔術がどれだけあるかという話を延々と、目を輝かせながら話すかつての夫そのものがそこに出現したのだった。
もちろん私はジト目である。
かわんねえな、この人。
それでも私はこの国の魔術についての現状を、初めて詳しく知ることが出来た。
随分知識が失われていた。
悲しいほどに。
「これじゃあ私でも今なら大魔術師になれてしまうわね」
私は悲しかった。
私は死ぬ直前でもまだまだやっと一人前になったくらいだったのに、そんな私でも知っていたものたちまでほとんど失われていたのだから。
「そしてこっちが今僕が執筆している魔術書」
「執筆?」
「そう。僕は前世の知識があるから。その知識を全て書き記しておこうと思って少しずつ時間を見つけて書いているんだ。なにしろ僕の記憶は大魔術師サイラスのものだからね」
「大魔術師サイラス……? じゃああなた、あの後大魔術師にまでなったのね? まあおめでとう! 夢がかなったのね!」
サイラスという名前は当時よくあった名前なので、同じ名前の魔術師は何人も記録が残っている。でもそのうちの一人になるほどの魔術師になったのなら、それは素晴らしいことなのだ。
なんだかまるで自分のことのように嬉しかった。
私の言葉を聞いたコンラート殿下も、ぱあっと笑顔になって言った。
「ありがとう。あの後僕は長生きしたからね。その一生を魔術に捧げたんだ。僕は君と約束をしたから、その約束を守るために新しい魔術をたくさん開発したんだよ」
約束……?
私はそこはかとなく危険な方向に話題が変わったのを感じとった。




