神託の乙女
ビーズログ文庫さんから書籍化されました!
たくさん加筆して【後半全て書き下ろし】でさらに盛り上がっていますので、よかったらそちらもお楽しみください!
勢いで書きました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
「どうして! どうしてイモジェンではないの! イモジェンの方が百倍も美しくて可愛らしくて王太子殿下に相応しいのに!」
カーライト伯爵夫人が半狂乱で叫んでいた。
そんな場面を見て、薄汚れた下級使用人の格好のまま驚いて部屋の入り口近くで固まる私。
「あー、王宮はエスニアとイモジェンを間違えたに違いない。もしかして『神託の水盤』はカーライト家の娘と言ったのではありませんか? それならばきっとイモジェンのことだったのでは……」
夫人のあまりの剣幕に、頭が半分禿げてしまっているカーライト伯爵が恐る恐るといった感じでそんなことを言い出した。
その言葉を聞いて初めて、私はこの家に「神託の乙女」に関する使者が来ていたのだと知った。
なにか騒がしいと思ったら、まさかそんなことが起きていたとは。
「そうですよ! 絶対に私のイモジェンです! 使者さまも見て下さい! この娘の素晴らしさは使者さまの目からも明らかでしょう! さあさあイモジェン、涙を拭いて。使者さまにあなたの素敵な笑顔を見ていただきましょう。そうしたら使者さまだってわかってくださるわ」
「そうですわねお母さま……使者さま! 私、『神託の乙女』として頑張ります! だって、私がこのカーライト家の娘ですから!」
しかし使者さまは困惑したように言った。
「『神託の水盤』は、そのような曖昧な表現はいたしません。王陛下は『エスニア・カーライト』さまというお嬢様をお呼びです。そちらにいらっしゃるイモジェンさまの他にも、エスニアさまというお嬢様がこの家にいらっしゃると思うのですが」
「そんな名前の娘は私にはいませんわ!」
即座に夫人が叫んだ。
「ここの娘は私だけよ!」
「しかし貴族年鑑によりますとカーライト伯爵家にはエスニアさまというお嬢様もいらっしゃるはずです」
「ああ……では、それではどうでしょう。『神託の乙女』としてイモジェンを我が家から出し、エスニアをイモジェンの侍女として付き従わせます。そして王宮にて、どちらが本当に『神託の水盤』が選んだ娘なのかをご判断いただくというのは」
すると使者さまはその言葉を受けて、
「ということはエスニアさまというお嬢さまもいらっしゃるということですね? その方は今どちらに?」
「そんな娘は私にはおりません!」
即座に夫人が叫ぶ。
「ではいまカーライト伯爵が仰った侍女につけるエスニアというのは」
「あんなみすぼらしい娘を使者さまにお見せするなんて、恥ずかしくてできませんわ! ましてや『神託の乙女』になんて全くふさわしくありません!」
そう叫ぶ夫人に、出で立ちの煌びやかな使者さまは冷たい視線で静かに告げた。
「『神託の水盤』はかつて、貧困にあえぐ平民を指名したことさえあるのはご存じですね? 今どのようにみすぼらしくても、とにかくここへ呼んでください」
「あの子はこの家からは出しません! 家の恥ですから! きっと王宮に行っても恥をさらすだけですわ! それよりずっとこのイモジェンの方が、全てにおいて素晴らしいのです!」
もはや夫人はパニックになっていて、それでも絶対に私を差し出さないという決意をしているように見えた。
しかし、使者さまはあくまで冷静だった。
「とにかくその『エスニア』という名前の人物をここに呼んでください。私は王の代理としてここに来ています。これは王命なのです。逆らうことは、反逆とみなされますよ」
とうとう「反逆」という言葉まで出たところで、ようやく夫人は黙ったようだ。
もうぐっしょりと濡れたハンカチでまた汗をふきふき、当代のカーライト伯爵は渋々言った。
「……エスニア。使者さまにご挨拶しなさい」
「はい、お父さま。使者さま、私がエスニア・カーライトでございます」
そうして初めて私の姿が使者さまの視界に入った。
「ああ、あなたがエスニアさまですね。それではエスニア・カーライト伯爵令嬢。あなたは今代の『神託の乙女』に選ばれました。つきましては至急、王宮へお越し下さい」
突然バターンと大きな音がした。
継母が失神して倒れた音だった。
私のお母さまが死んだのは、私が十四の時だった。
その後父さまは、すぐに愛人だったらしい新しいお母さまと再婚した。
そしてその継母は、私の異母妹と異母弟を連れてこの館の女主人におさまった。
それからは、私はこの家の娘ではなくなってしまった。
「私は跡継ぎを産んだんだからここの女主人になるのが当然なのよ。なのにあんたの母親は跡継ぎも産めなかったくせに、だらだらと今までこの家に居座って。今まで私が待たされたなんて許せない! ああ悔しい」
そう言われて、私はいないことにされた。
今このカーライト伯爵家の子は異母妹イモジェンと、まだ幼い異母弟ロクサムのみ。
その後はただの一使用人として、私はひたすらこき使われる日々になった。
「そのうちあなたの使い道も見つかるでしょう。それまで住まわせてあげていることに感謝なさい」
使い道というのは、おそらく政略結婚のことだろう。
だから私はそのうちどこかの金か地位があるだけの年寄りとか評判の悪い男とか変態趣味のある男にでも無理矢理嫁がされるのだろうと思っていた。
だけれど、いきなり奇跡は起きた。
なんと私は「神託の乙女」に選ばれたのだ。
この国で「神託の乙女」の五人に選ばれるということは、素晴らしい嫁ぎ先と幸せを約束されたと言っても過言ではない。