地方での問題に直面する創
某日。
創は相変わらず、神国アヴァロンで放浪の旅を続けていた。
もちろん、彼は妻たちには一切何も伝えておらず、無断で放浪している。
そうして、創はとある立ち寄った町で出会ったおじさんにおすすめのレストランを教えてもらい、そのレストランへ向かっている最中だった。
この町はミサンガリアという小さな町で、牧畜が盛んな町だ。
そして、この町で育てられる家畜たちは非常に評価が高く、有名ではないものの、食通たちの間では語り継がれている。
創もミサンガリア産の肉を何度も食べたことがあるが、やはり最高級品ということもあり、とても美味しい。
ならば、捌きたての肉ならば、もっと美味しいのではないか?
創はそう考えると居ても立ってもいられなくなり、妻たちには黙ってこの町に訪れたのだ。
実際にミサンガリアに訪れたことはない創であるが、ここの領主とは知り合いだ。
このミサンガリアがある場所は神国アヴァロンの中心区域から遠いため、あまり発展していない。
そのため、このミサンガリアは民衆によって選ばれた市長ではなく、この町を昔から治めてきた貴族が管理している。
そして、その貴族であり、ミサンガリアの領主は創に会う時は絶対に土産の品として、ミサンガリアの特産品をくれる礼儀正しい人物だ。
なので、創はミサンガリアの領主がお気に入りである。
まあ、創は基本的に自分に友好的な者たちには甘々なので、多くの者たちが彼にとってのお気に入りなのだが。
ちなみに、この町に訪れた時から創へ向けられる視線がやたらと多い。
何故なら、創は特に変装などはせず、ありのままの姿でミサンガリアに訪れているからだ。
そして、創は神国アヴァロン国内だけでなく、世界規模で見ても有名人であるのに加え、国内で彼のことを知らない者はいないと言わしめるだけの知名度がある。
まあ、彼はああ見えて国王だしね。
そうして、創は周りから向けられる視線を全く気にした様子はなく、ただ教えてもらったレストランへ向けて歩き続ける。
彼に話しかける者は今のところおらず、創は少し残念に思っている。
創はよく訪れた町の現地住民と仲良くなり、そのまま現地住民たちと友達になることが多い。
そして、多くの場合、創から声をかけても相手が緊張しすぎて仲良くなるどころではないので、創は基本的に受け身の姿勢をとっている。
実際、相手から話しかけてきた場合と自分から話しかけた場合では前者の方が仲良くなれることが多く、創はなるべく相手から話しかけてきてくれることを期待して待っている。
ちなみに、大きな都市との交流があったり、以前創が訪れたことがある町と隣接する町では、この情報が出回っており、創が来るなり我先にと彼に話しかける住民で溢れかえる。
そうして、創が少し残念に思いながらもレストランで誰かしらに話しかけるかとも考えていると、
「創様ー!!!」
自分のことを呼ぶ声が聞こえてきた。
創が声が聞こえてきた方へ視線を向けてみると、そこにはいかにも好青年といった容貌の紺色の髪を持つ男性が立っていた。
そして、創はその青年に見覚えがあった。
「サイマンじゃないか。どうしたんだ?そんな慌てた様子で」
それはこのミサンガリアの領主である貴族、サイマンであった。
サイマンは慌てた様子で創の方へ近づくと、今にも泣きそうな顔で話しかける。
「創様!!どうか、私の娘を助けてください!!」
そして、サイマンは創に話しかけるなり娘を助けるように懇願する。
流石の創も今回のことは詳しく知らないので、サイマンに落ち着くように言う。
「サイマン、まずは落ち着け。流石の俺も今のやり取りだけでは何があったのか分からん。とりあえず、何があったのか説明してくれ」
「す、すみません、創様。ですが、娘の危機ですので、手短にお話しします」
そうして、サイマンは自分たちの身に起きたことを創に説明する。
彼の話をまとめるとこうだ。
いきなり隣の領地を治める伯爵がサイマンの元へやって来たそうだ。
その伯爵は悪徳領主であることで有名であり、サイマンはなるべく関わらないようにしていた。
しかし、相手は自分よりも爵位の高い者であるため、無碍にすることもできず、嫌々彼を招き入れることにしたそうだ。
サイマンが悪徳領主を招き入れると、彼はいきなり自分にした借金を返せと言ってきた。
確かに、ミサンガリアは裕福ではないものの、特産品などから安定した財政を維持できており、悪徳領主から借金をした覚えなどない。
サイマンはそのことを伝えたのだが、悪徳領主は引き下がることはなく、とある紙をサイマンに投げ渡す。
そこには多額の借金とサイマンのサインが記された紙であり、ミサンガリアが所属している国の国王直々のサインも記されていた。
それも国の紋章が刻まれた印まで押されており、それは歴とした正式文書だ。
ちなみに、神国アヴァロンは連邦国家であり、複数の国が集まった巨大な国である。
サイマンはこのような契約をした覚えはなく、間違いなく偽装されたものだ。
しかし、正式な文書であるため、無視することも出来ない。
だが、ミサンガリアは裕福な領地ではないため、記された額の借金を支払うことも出来ない。
そんな手詰まりの状況にサイマンが頭を悩ましていると、いきなり彼の家の中へ大量の武装した兵が侵入してきた。
そして、その兵たちは侵入するなりサイマンのことを押さえつけ、拘束してしまう。
拘束されたサイマンが状況を理解できずに慌てふためいると、
「国王直々に武力行使を許されている。あまり余計なことをすると、自分の身が危険だぞ?」
悪徳領主がそのようなことを言うと、サイマンを拘束している兵が彼の首筋に剣を突き立てる。
そして、サイマンが身動きが取れずに地面に這いつくばっていると、
「いや!!やめて!!離して!!」
年若い女性の悲鳴が聞こえてくる。
その声を聞いたサイマンはその声の主人が自分の娘であるマナであると一瞬で分かる。
そして、いてもたってもいられなくなったサイマンは悪徳領主に怒りを滲ませた声で叫ぶ。
「マナを!!娘を一体どうするつもりだ!!」
娘をどうする気なのだと。
それに対し、
「ふん、そんなの決まっているだろう。貴様が借金を返すまでの人質とするのだ」
悪徳領主は借金を返し切るまで人質として、彼の娘を自分が預かると言った。
その言葉を聞いた途端、サイマンの怒りは爆発する。
何故なら、この悪徳領主は美しい女性を様々な理由で連れ去り、酷い扱いをしているためだ。
そして、彼の発言はサイマンの娘であるマナに対し、そのような行為をすると言う宣言するようなものだ。
そうして、サイマンは怒りのままに叫ぼうとした時、
「ああ、娘の命が惜しかったら何もしない方がいい。私は短気だからな。何をするか分からない」
悪徳領主はそう言いながらマナの頬を僅かに剣で切る。
切られた頬からは血が滲み出ており、彼が本気で言っていることを証明した。
そのため、サイマンは悪徳領主の言うことを聞くしかなく、そのまま娘であるマナは悪徳領主によって連れ攫われてしまったようだ。
一連の話を聞いた響は、
「よくもまあ、俺の国で好き勝手してくれる。この国を好きにして良いのは俺だけなのにな。まあ、後のことは任せてくれ」
サイマンからの頼みを聞き入れ、そのまま何処かへ飛んで行ってしまったのだった。